024.凍てつくもの
「えっ!? 宇納さんっておんなじ高校出身なの!?」
お昼休み。それは社会人にとって数少ない癒やしの時間。
学生時代は1時間ごとにあった休みも会社に入れば3~4時間ごと。
熱心な者はこの時間にもひたすらパソコンと向き合ってカタカタとキーボードを叩いているが、そこまでエネルギーを使う気のない俺はしっかりと休息の道を選択する。
今日の休息の場は、よくあるチェーンの牛丼屋だ。
筋肉痛に肉といえばササミなどを思い付くが、近場に安価で肉といえばここしかなかったから仕方ない。
一人の女性と向かい合って食事をする。俺がどんぶりいっぱいの牛丼をかき込んでいると驚きの言葉が聞こえてきた。
「はい。 あの県立校ですよね?ちなみに短大も同じですよ?名前を見たことがあります」
「まじかぁ……。 ってことはこの会社に入ったのも推薦?」
いやぁ、思わぬ形で同郷の人と出会えるとは。
懐かしいなぁ学生時代。基本ボッチだったけどイジメられるとかでもなかったしそこそこ楽しかった。
色々と思い出してくるよ。修学旅行とか体育祭とか。色々と語りたいけど時間忘れちゃうから我慢我慢。
ウチの短大には就職時、学校からの推薦で入る手段が存在する。
名も知らぬ先輩が先に入学してその縁でというパターンや、学校側が営業して面接に来てもらうなど、推薦と行っても様々。
どちらにせよ、ネットなどで自ら売り込むより内定率が高いのがウリだ。会社によってはこの学校から何人なんて枠も存在するみたいだが詳しいことは知らない。
俺は学校が営業して面接に来てくれたパターン。だから推薦入社組だ。
「推薦…………そうですね。私も紹介されて入りました」
「へぇ……。じゃあ一緒だ。 まだ推薦してくれてたんだ」
この会社、俺が入社して以降同学から入ってこなかったから推薦を取りやめたものと思っていた。
でもちゃんとこうして後輩が入ってくれると嬉しい。俺の頑張りが評価されて後に繋がっているのかもと考えると、ちょっと誇らしくもある。
「ところで先輩。なんで先輩はこの会社に就職しようって決めたんです?」
「なんでって……う~ん…………」
……どう答えよう。
有り体に言えば給料と、自分のスキルでもやっていけるかのバランスだけど、入社直前からそんな夢のない事を言っていいのかどうか。
入社する前と後で意識は変わってくる。俺の場合入社時は社会を変えるってレベルの意気込みだったが今となってはただ今を生きるためにパソコンに向かうロボットの気分。
それを直接言ってテンション下げさせるのものなぁ……う~ん……。
「……まぁ、求人見たりしてここが一番合ってそうっていう単純なものだよ」
「そうですか……」
苦笑いを浮かべる俺の言葉に彼女はフムと唇に手を当てて考える素振りを見せる。
だいぶ誤魔化したような当たり障りのない回答だったけどこれで良かっただろうか。納得してくれると助かるのだが……。
「じゃあ、例えば引き抜きとかあったら行きます? 親会社とかに」
「親会社!? いや、それはありえないでしょ」
「例えばですよ。 仮定の話です」
ウチの会社は、単体では小さいが一応巨大グループの1つという位置づけだ。
数十万いるといわれる巨大グループ。その末端の末端である会社がここだ。さすがにありえないけど、仮にと考えるとどうだろ……。
「そりゃまぁ、行くんじゃない?」
「ホントですか!?」
いやいや、なんで宇納さんが目輝かせてるの。ありえない話でしょ。
でも、行くとしても今の立場を考えると――――
「――――やっぱり無いかな。 行かない」
「えっ…………」
やはり無いと、首を振ると彼女の喜びの顔が急転直下、唖然としたものに変わる。
それはそうだろう。だって…………。
「だって今は宇納さんの研修受け持ったばかりだし、せめて宇納さんが嫌になるか独り立ちするまでは残して行くことは無いよ」
「先輩…………!!」
そりゃそうだろう。初めてできた後輩。自分の手で教えるんだ。なのに即抜けるなんて俺のプライドが許せない。
まぁ、宇納さんが嫌がってるなら話は別だが。この話も俺に出ていってほしいって前提ならばもう泣く泣く抜けるしか無い。
でも、その輝きに満ちる表情を見る限りは嫌がってなさそうでよかった。
やっぱり後輩は笑顔がいい。可愛さも十分あるが、愛嬌も相当ある子だ。きっとこれまでもこれからもモテるだろう。
「じゃあ、私はいつまで経っても独り立ちしなかったら何十年でも見てくれるんですね!?」
「さすがに数年で独り立ちしようよ!? それもう結婚レベルになっちゃうじゃん!」
「あははっ! 冗談ですよぅ、冗談!」
彼女のその冗談に突っ込むと可愛らしく笑顔を浮かべる。
俺はそんな表情に笑みを浮かべながら肩をすくめ、最後の肉を放り込んでいった。
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「それじゃあ今日はこのくらいにして、帰ろっか」
「え、もうですか?」
昼休みも終えおやつ時も超え、時刻はもう17時半。定時だ。
窓から外はもう陽も落ちて青くなっており、冬特有の早い夜を迎えようとしている。
今日は一日彼女につきっきりだった。
教育係としては当然のことなのだが、初めてな分仕事をした感覚が希薄な気がする。
けれどこれも仕事の内だと納得させて帰るよう促す。なんとか改革というやつだ。
「早く帰って明日の英気を養わなきゃね。 ほら、荷物まとめてっ」
「は、はいっ! そうだ先輩!帰りにどこか食べに行きません!?」
「食べにか。 いい……いや、やっぱダメだ」
『いいよ――――』そう言おうとして寸前でせき止める。
先週までだったらきっと喜んで行っただろう。こんな可愛い後輩と夕食なんて学生時代でもなかったことだ。
了承しようとした瞬間、頭をよぎるのはずいちゃんの笑顔。
今は違う。家に帰れば彼女が待ってくれているだ。部屋に寄り道をしていられない。
その誘いに首を振って見せると不思議そうな顔をする。
「何か用事でもありましたか?」
「いや……まぁね。 色々と……」
説明したいところだけど、きっと言ったら軽蔑されるだろうなぁ。
いくら妹分とはいえ血の繋がってない年頃の子が家に居るなんて、せっかくできた後輩を失いたくない。
「……わかりました。 じゃあ駅まで一緒しましょ?」
「あぁ、それくらいなら」
「わ~いっ!」
笑顔で駆け寄る彼女を横目に、俺達は並んで会社を出る。
それくらいなら何の問題も無いだろう。俺は隣で楽しそうに歩く宇納さんと楽しくおしゃべりしつつ駅のホームまで歩く。
「それじゃあ私はバスなので! また明日です!!」
「あぁ、また明日」
何事もなく駅につき、彼女はホームの反対側にあるバスターミナルの方へ。
しかしその足が一歩踏み出したところで止まり、何事かと俺は顔をしかめる。
「……? 宇納さん?」
「その……先輩。 明日も色々と、教えてくれますか?」
「? そりゃ教えるけど……」
何を当たり前のことを……。
背中を向けたまま問われる不思議な質問に当たり前の答えを返すと、彼女は数歩駆け出した後振り返って満面の笑顔を見せつける。
「えへへっ。良かったです! ではっ……純人さん!また明日ですっ!!」
純人――――。
それは間違いなく、俺の名。
知っている理由は考えるまでもない。会社では社員名簿やらメールなどでいくらでも見る機会があっただろう。
けれどそれを最後の最後で……別れ際に呼ぶとは……。
心底楽しそうな表情のまま、駆けるように人混みの中に消えていく宇納さん。
そんな彼女に目を奪われた俺は、ボーッと見とれながらその場に立ち尽く――――
「…………へぇ、純人さん……ねぇ…………」
「っ――――!!」
――――立ち尽くすことは、できなかった。
彼女が消えた途端背後から聞こえてくるは凍てつくような冷たい声。
恐る恐る振り返ると、そこには制服姿の美汐ちゃんが腕組みしながらこちらをジッと見つめているのであった。