第90話/不完全なストライド
吉田夏樹.side
私は朝から事務所で、完成した新しい事務所のHPを確認しニヤリと口角を上げる。
出来上がった新しいHPはCLOVERをメインとしたもので、メンバー一人一人が目立つようになっており、何度も製作会社の人と打ち合わせをして完璧なものが出来た。
もうすぐ、梨乃とみのりのプロフィール欄にはドラマのタイトルが入る。私はドラマの製作発表が待ち遠しくて最近はカレンダーに1日が終わると数字に丸を付け始めた。
今日のポスター撮りが終わったら、やっと明日製作発表がされる。新聞に載るし、朝のニュースでも取り扱うみたいだから楽しみだ。
SNSでは高橋君のドラマの制作発表がいつされるのかとファンが待っている状態だ。
そして、ヒロイン役の佐藤小春と鮎川早月が誰が演じるのかずっと議論されている。
ヒロイン役の予想に森川愛ちゃんの名前があったけど、私は画面に向かって「残念〜久保田凛ちゃん役だよ」と教えてあげる。
この業界にいると情報が早く入ってくるから少しだけ優越感に浸れる。特に自分の事務所の子がドラマや映画に出る際は我が子を自慢する親の気持ちになり最高の気分だ。
CLOVERはメジャーデビューをしたら今使っているライブハウスとはさよならする。最初の予定では人気が出るまで使う予定だったけど梨乃とみのりのドラマ出演が決まった。
流石に距離が近いライブハウスでライブをさせることはできないし、それに22時台の歌番組に出ることが決まったから尚更だ。
早くメンバーに歌番組のことを伝えたい。最初はローカルな歌番組から徐々にと思っていたらドラマ出演が決まったことで、地上波の歌番組に出れることが決まった。
ドラマ効果は絶大だ。きっと、2人のドラマに出演が決まらなかったら地上波の歌番組なんてまだ遠い存在だった。
人気アイドルの高橋君が主演のドラマにヒロインと人気キャラとして出演するタイミングで、メジャーデビューするなんて最高のタイミングだし、きっと神様が1年間頑張ったご褒美をくれたのかもしれない。
「よっちゃん、おはよう」
「あっ、みのり。おはよう」
みのりが待ち合わせ時間の30分前に来た。私は早く新しくなったHPを見せたくてみのりを手招きし、パソコンの画面を見せる。
机に鞄を置き、画面を見つめるみのりの目は輝き「凄いー!」と喜んでいる。
「お洒落だねー」
「私ね、社長に直談判したの。CLOVERをメインにして作り直しましょう!って。前のHPは簡素だったし、きっと明日はこのHPを見にくる人が沢山いるからね。頑張ったよ」
「えっ…そうなんだ。よっちゃん、ありがとう。ドラマ、頑張るね!」
「うん、頑張ってね」
仕事を頑張った結果の成果がついてくるとやる気が出てくる。梨乃とみのりが頑張ったから色々と変えることができた。
「明日、一気に世界が変わるよ」
「ドキドキする…早月、人気があるキャラだから似合ってないって言われたらどうしようって考えちゃうと不安になる」
「大丈夫だよ!早月の役はみのりにしか出来ないキャラだから」
「なにそれー。励ますならちゃんと励ましてよ。言葉が変だよ」
鮎川早月はみのりそのもので、私からしたらみのりが演じないと違和感しかない。
それに梨乃はみのりが早月役じゃなかったらきっと今もドラマに出ることをゴネていたはずだ。だから、みのりじゃないと困る。
上手く回り出した歯車が良い方向に進んでいる。共演者の高橋君も森川さんも良い子そうだし、共演しても問題なく進みそうだ。
後はトラブルが起きないことを祈るだけ。みんな良い子だし問題は起こさないと思うけど、思いもよらない所から起きることがある。
そう言えば…とあの日のことを思い出す。みのりが初めて梨乃に怒った日。
あの時は梨乃がみのりの頬にキスをしたせいで美沙ちゃんのことまで頭が回らなかった。キスマーク…ってやっぱりおかしいよね?私も梨乃と同じ気持ちだ。
みのりと美沙ちゃんの仲の良さは異質だけど、若い子達の間ではキスマークなんて遊びで普通のことかもしれないから判断が難しい。
それに、普通の定義は人それぞれで正解がない。例え、マイノリティーであっても普通はこれだと決めつけることはできない。
それに、私としては友達とお揃いのネックレスを付けることも、キスマークもキスも相手が異性じゃなければいいと思いがある。
考えたくないけど、一番問題なのは梨乃だ。こんな大事な時期に恋なんてと思うし、リスクが高すぎる恋だから頭が痛い。
最終選択がYes or Noしかない恋。胃が痛くなってきた。考えれば考えるほど正解がないし、梨乃が動けば…いつか判断が下される。




