第54話/面倒くさい感情
やっぱり、ライブは最高に楽しい。沢山の声援の余韻に浸りながら、新年一発目のライブが盛況に終わる。
今日はCLOVERにとっても新たな門出だ。新しい1年が始まり、デビューに向けて走り出す1年になるから気合が入っている。
最後にファンをお見送りしながら手を振っているとある男の子が目に入る。
なぜか帰ろうとしない若い男の子。後ろの方でじっと私達のことを見つめている。
私は誰だろう?と思っていると、由香里が小声で「あきら…」と人の名前を呟く。
私は由香里の方を向き、手を振りながら小声で知り合い?と聞くと「元彼…」と一番最悪な返事が返ってきた。
私はよっちゃんに視線で合図を送る。よっちゃんは私の合図を受け取り、男の子の元へ行き帰るよう促してくれた。
良かった。よっちゃんと何か起きた時のために合図を決めていて。男の子が見えなくなって私は由香里の方を向き話を聞く。
もうすぐメジャーデビューする私達にとって恋愛の揉め事は一番避けたい。今現在、彼氏がいなくても元彼の存在はアイドルにとって致命的でタブーである。
私は由香里に「何で、元彼が来たの?」と聞く。早い状況判断は大事だ。
「分からないよ…別れたのは1年も前だし」
由香里も困惑をしている。きっと、元彼が勝手に突然来たのだろう。
それに由香里は仕事に対して真面目だし、恋愛などは引きずらないタイプのはずだ。
「由香里、別れる時に変な別れた方とかしてないよね?」
「してないよ…普通に別れようって言って別れたし。あきらも納得してたよ」
「どっちが切り出したの?」
「私の方から…」
由香里とあきら君は普通に別れたけど、由香里から別れを切り出しており、もしかしたらあきら君が未練があるのかもしれない。
私は静かにため息を吐く。あきら君のせいで面倒くさい気持ちが溢れ出そうだ。
別れを受け入れたなら、さっさと次の恋に行けばいいのに…何で1年も前の恋を引きずるの?もう、終わっているのに。
「もしかしたら、あきら君から電話やLINEが来るかもしれないけど出たらダメだからね」
「出ないよ。もう別れているし。今が大事な時期って分かってるし」
「よし、偉い偉い」
「へへ、でしょ」
過去の恋愛は普通は過去のものだけど、引きずっている人は過去の恋愛ではなく、現在進行形で進んでいる。
きっと、あきら君は由香里のことを忘れられないのだろう。だから、会いにきた。
「でも、ライブに来られると嫌だな…ファンにあきらのことバレちゃう」
「そうだね…よっちゃんと後で話し合おう」
本気で何でこのタイミングなの?と問ただしたい。あまりにもタイミングが悪すぎる。
まさか、由香里がメジャーデビューするから…?もしそうだったら最悪だ。グループにとってもあきら君は足枷になる。
私達は楽屋に戻り、着替えながらよっちゃんが来るのを待った。
衣装から私服に着替え、椅子に座ってよっちゃんを待っていると、渋い表情をしているよっちゃんが楽屋に入ってきた。
「由香里、あきら君に気を付けなさいね」
「えっ…」
「よっちゃん、どういう意味…?」
私はよっちゃんの唐突な言葉に驚き、慌てて説明を求める。
「あの子、由香里とヨリを戻したいってしつこくて」
「最悪…別れて1年も経つのに何で今頃」
よっちゃんの言葉に由香里の顔が歪む。私だってそうだ。終わった恋を引きずられても困る。美香も怒った表情をしており、みんな同じ気持ちだと思っていたけど…
「きっと…由香里のことが忘れられないんだよ」
梨乃があきら君の気持ちを代弁するかのようにポツリと言葉にする。恋愛未経験の梨乃のまさか発言にみんなが驚いている。
「りっちゃん、そんなのおかしいよ。2人はちゃんと別れてるし終わってるだよ。それなのに今頃、やっぱり好きだからって…相手のこと何も考えてないじゃん。全部、自分だけの感情だし、私達がデビューするタイミングで来るなんてただの嫌がらせでしかないよ」
美香が怒りながら私や由香里の気持ちを代弁してくれた。美香の言葉は力強く、最年少だけど頼もしい。
「私、あきらとちゃんと話してみる。あきらが暴走したら困るし…」
「だったら、私も一緒に話す」
「えっ、みーちゃんも?」
「由香里だけじゃ不安だしね」
「だったら、みんなで話そうよ。りっちゃんと私もいたら説得できると思うし」
美香がみんなであきら君と話し合う提案をし、よっちゃんも同意する。
由香里は今、頑張らなければいけない時期なんだと説明してねと言われた。
「よし、今からあきら君を呼び出して話し合おう」
私はリーダーとしてみんなの指揮をとる。恋愛系の拗れ話は早く解決するに限るし、ちゃんと終わらせないと拗れてしまう。
グループが大きくなればなるほど過去が邪魔をする時がある。過去は過去でキッパリ整理したはずなのに過去に縋る人がいるから。
これが華やかな世界に行くということ。
前を向く人と後ろを向く人に分かれる。
私達はこれから色んなものと戦わないといけないし守らないといけない。
よっちゃんに頑張ろうと肩を軽く叩かれる。面倒なことや疲れることが嫌いな私は苦笑いし、そうだねって返した。
恋愛って…本当、面倒くさい。あきら君に電話を掛けている由香里を見つめながら、私の中で恋愛の負の部分が強くなっていった。
やっぱり、私には恋愛の良さが分からないし、私にとっては恋は蛇足でしかない。
大事な新年初めてのライブなのに…蛇足でしかない恋愛に邪魔をされた気分だ。




