第21話/魅惑的な葡萄
熱々のハンバーグが美味しい。やっぱり、パンケーキに1200円払うなら私は大好きなハンバーグを食べて1200円を払いたい。
美沙が連れてきてくれたお店は私が好きなハンバーグのお店で美沙は私の好みを熟知しているから幸せな気持ちになれる。
もぐもぐとデミグラスソースがかかったハンバーグを食べ、白いご飯を食べる。今日は体重なんて気にしない。
明日、食べる量を調整して今日は満足いくまで大好きなハンバーグを食べまくる。
「みのり、元気出たみたいだね」
「うん。ハンバーグと美沙のお陰だよ」
2人で300gのハンバーグをペロリと食べ、デザートにさっぱりとしたシャーベットを食べ最後に手を合わせてご馳走様と言う。
久しぶりにお腹が一杯だ。いつもは腹八分で抑えて体重管理をしているから常にお腹が満足することはなかった。
お会計をするためレジに向かうと美沙が私の分まで払ってくれた。「私からのおめでとうだよ」と言われ、目頭が熱くなる。
待ち望んだメジャーデビュー。今も悔しい気持ちが強いけど、美沙のお陰で頑張らなきゃという気持ちが湧き上がってきた。
私には応援してくれている人がいる。やっとスタートラインに立ったばかりで、私はまだ走り出してもいない。
「美沙、ありがとう…」
美沙はいつも気持ちをストレートに伝えてくれる。ドライな私だけど、ストレートに気持ちを伝えられると嬉しい。
私の隣に美沙がいてくれて良かった。美沙のお陰でやっと前を向けた。
それに、これから先どうなるか分からない。一番最下層にいるならもう下に行くことはなく後は上に上がるだけだ。
だったら、成り上がってやる。絶対に上に行き、下剋上をしてみせる。
「頑張るね」
美沙に決意表明をすると美沙が「うん。楽しみにしてる」と笑顔で返してくれた。
駅までの道のりを歩きながら美沙と手を繋ぎ、私は負けない!ここからが勝負だと自分自身を鼓舞する。これ以上、下を向くのは嫌だ。
Love and Lies(恋と嘘)のサビのフレーズを何度も頭で再生させながら鼻歌で歌う。
〈本気にならない恋が好き〉
恋なんて1ミリも興味ないけど、何となく本気にならない恋ってフレーズが好きだった。
恋は私にとって面倒くさいものでしかない。きっと私が主導で、私が思うがままにできる恋じゃないと無理なのだろう。
その点、美沙は凄い。いつも彼氏がいて、常にモテている。今はいないけど、どうせいつもの事ですぐに彼氏ができるだろう。
「みのり、何?ジッと見て」
「えっ?」
美沙に言われて、ハッとする。いつのまにか歩みが止まり美沙を見つめていた。
そして、改めて美沙の顔をまじまじと見てこの顔でモテない方がおかしいと納得した。
「美沙ってさ、可愛いよね」
「へへ、みのりに褒められた」
「モテるのが分かる気がする」
美沙は可愛いく、スタイルが良く、性格が良い。そして、甘えん坊で尽くすタイプで、男の人からしたら恋人にしたいタイプだ。
だけど、美沙が付き合うのがロクでもない人ばかりなのが欠点で勿体なさすぎる。
「みのりもモテるよ」
まただ。歴代彼氏は2人だし、告白されたのは元彼を含めて3人しかいないのに美沙は何度も私がモテると言ってくる。
それも意味ありげな感じで…いつも、私に対しモテると言う度、顔が笑っている。
「私はモテないよ」
「モテてるよ。みのりは優しいから惚れちゃうんだよ。カッコよくて、優しくて、みんなの王子様だから」
意味が分からないよ。一体誰にモテてるのか分からないし、元彼からは「心がない」とまで言われたドライな私だ。
最後は「俺のこと、好きじゃないでしょ」と言われ、嫌味たらしく鼻で笑われた。
「意味が分からないって顔してる」
「だって、そうだし」
「うーん、このままのみのりでいて欲しいから分かってほしくないかも」
「何それ。気になるじゃん」
「みのりはそれでいいんだよ。意識したらみのりがみのりじゃなくなる」
意識とは?それに私が私ではなくなるってどういうこと?美沙に言葉の意味を聞きたいけど、きっと美沙は教えてくれない。
飄々とした表情で私の隣を歩く美沙からは、いつも甘い香りがする。
果物の香りで完熟した葡萄の香り。この香りは魅惑な香りに近いかもしれない。美沙は女の私にとっても不思議な女の子。




