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アイドルは偽装する。  作者: キノシタ
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第169話/動かぬ羅針盤

吉田夏樹.side


今日はみのりとではなく、梨乃と一緒にオーディション会場に来ており、周りを見渡しながらライバルのチェックをする。

予想通り森川愛ちゃんがおり、一番手強いライバルだ。それに、若手人気女優の子達も沢山おり、この映画の注目度が窺える。


梨乃は相変わらず呑気に周りを見渡しながら机の下で指遊びをする。梨乃は大人しいイメージだけど一番鉄の心臓の持ち主で、唯一の弱点はアイドルの仕事以外のことに興味が全くないこと。きっと、このオーディションも受かりたいという気持ちが全くない。


アイドルは歌って踊るだけじゃやっていけない。梨乃は口下手で、バラエティー向きでもないし、1人の仕事を極端に嫌がる。

だからこそ、才能がある演技の仕事を頑張って欲しいし、マネージャーとして梨乃の才能を見て見ぬ振りは絶対にしたくない。


周りを見渡すとみんな真剣な表情をし、このオーディションに受かりたいという気持ちが溢れている。これが…普通だよね?

なぜ、梨乃は…はぁ、、頑固者すぎる。演技の才能はあるのに理解していないし、梨乃自身の自己評価が余りにも低い。


みのりが梨乃の演技の才能を悔しいって、素直に認めるぐらい梨乃の演技はとても素晴らしいのに。


「よっちゃん、トイレ行ってくる」


「えっ、、あっ、うん」


前回と一緒で、梨乃は緊張でトイレに行くとかではなくただ単にトイレに行き、私は緊張と疲れで壁に寄りかかった。

梨乃よりマネージャーの私の方が緊張しており、胃が痛い。前回同様、また胃が痛くなってきて、帰りたくなってきた。


胃を手で抑えながら梨乃はどうやったら女優の仕事にやる気を出してくれるだろうかと考える。恋愛ものは絶対にやらないと言っているし、もし演技の仕事が来てもまず梨乃が出ると言うまで説得しなければならない。


みのりみたいに何でもやると言ってくれたら私も仕事を取って来やすいし、仕事のサポートと応援をしやすい。

仕事がみのりと対照的な梨乃。今回はオーディションを受けてくれたけど、このままでは梨乃はみのりに置いていかれる。


椅子に座って集中している森川愛ちゃんを見ると羨ましくなる。梨乃も森川愛ちゃんみたく演技に向き合ってくれたらと。

きっと、梨乃には何かスパイスが必要なのかもしれない。やる気を出させるスパイス。





松本梨乃.side


早く帰りたい。トイレから戻ってきた私は椅子に座り、また机の下で手遊びをする。

周りの人達は緊張した面持ちで椅子に座っており、森川さんがいることで私の期待なんて0で受けてもという感情が強くなった。


そもそも私はオーディションが苦手だし、この重い空気感は緊張感を漂わせるし、マネージャーのよっちゃんとも普通に話せない。

みんな真剣な表情で、如何にこのオーディションが大事なのか伝わるけど、演技をやりたくない私にとって苦痛でしかない。


よっちゃんにはこの映画がどれだけ女優として得られるものが大きいか説明されている。

賞レースを狙える映画とも言われたけど、私は女優の仕事も賞レースも全く興味がない。

なのにこの場にいることは矛盾しているけど、みのりに言われたから仕方なく来た。


みのりは今日も映画の撮影で、早くライブの日になってほしいし、みんなで雑誌の撮影でもいいから一緒にいたい。

1人での仕事は今も慣れないし、孤独感が襲ってくる。今日はよっちゃんがいるからいいけど、いつもは違うマネージャーさんで…


これまでアイドルとして夢見てきた仕事は叶ってきた。でも、全く夢を見ていない仕事がありアイドルなのにと凹む。

演技の仕事は女優志望の人がやるべきで、演技の仕事に興味がない私がすることは失礼にあたるし、私もしんどい。


なのに私の番号が呼ばれ、私は立ち上がる。よっちゃんに小さな声で「頑張ってね」と言われ私は一応頷いた。

立ち上がった際、チラリと森川さんを見たけど集中しており私の視線に気づいていない。


既に疲れた足取りで私はオーディションを受ける部屋に向かう。早く帰りたいと願いながら私はさらに緊張感が漂う部屋に入る。

私は…女優の仕事なんて興味がない。だから、今回は奇跡は起きず落ちるだろう。

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