第152話/ぼやけたレンズの向こう
松本梨乃.side
うるさい心臓を落ち着かせたいけどずっと激しく動いており、イケナイ夢を見た日のようにベッドの上でバタバタと暴れる。
みのりに正面から抱きしめられ、嬉しさと恥ずかしさの狭間で体が爆発しそうだった。
冷静さを取り戻すため、大の字になり私はみのりに言われたことを思い返す。受かるかなんて分からない映画のオーディション。
どうせって気持ちはあるけど、そう思って受けたドラマのオーディションに受かったからどうしても躊躇していた。
きっと、ドラマは今回限りの奇跡だと分かっているけど受けたくない気持ちが強い。
でも、みのりに私の演技が見たいと言われ…受かるはずのないオーディションを受けてもいいかなとも思っている。
同世代が多いドラマと違い、今回の映画の役はとても重要な役だとよっちゃんに聞いている。それに恋愛ものじゃないよと言われた。
受けるだけ受けて、落ちたら「ほらね」となるからと心が揺れている。
みのりは明日から高橋君との映画の撮影に入るし、美香が羨ましい。私もクラスメイトの役でいいから出たかったと思ったけど、高橋君とみのりの青春ラブストーリーだと思い出し顔を顰める。
キスシーン…(最悪)
原作のどこまでを2時間の映画で描くか分からないけど確実に一度はキスシーンはある。
本気で見たくないし、してほしくない。嫌だよ…好きな人が仕事だとしてもキスをするなんて絶対に嫌だ。なんで、よっちゃんはみのりにこんな仕事を受けさせたの…バカ野郎。
みのりと高橋君とのキスシーンを想像するだけで心が苦しいし涙が出そうになる。みのりの唇に高橋君の唇が重なるなんて嫌だ。
けど、決まったものは変わらない。きっとストーリーにキスシーンは含まれているはずで、キスシーンは少女漫画の定番だ。
私がどれだけ願っても、嫌だと叫んでも変わらない現実に逃避し目を瞑る。みのりの温もりと感触を思い出すと幸せな気持ちになる。
「さんかくパシオン」が青春と友情ものだったらいいのにと逃避したけど、すぐに現実に脳が勝手に戻りまたモヤモヤと戦う。
もし、私がいつか演技をする機会があるなら女の子達の青春の物語がいい。アイドルグループの話だとCLOVERと被るから普通の学生の物語がいいな。
私は学生時代の青春!っというものをしたことがなくずっと憧れがある。だから、友達と最高の青春を送る物語が好きだ。
良かった…やっとモヤモヤから脱出できそう。私の周りにはみのりがいて、美香・由香里がいて楽しい高校生活を送る。
なんて楽しい学生生活だろう。みんな同じ制服を着て、同い年で、クラスも一緒でみのり達と一緒の部活をやって…ふふ、最高だね。
夢の中でもみのりはモテモテで困るけど、常にみのりは私の横にいる。梨乃って私の名前を呼び、笑顔を見せてくれる。
あー、好き。大好き。止まることのない想いは常にアクセル全開だ。夢の中でこんな青春を送りたいと想像をする。隣にみのりがいておでこを合わせ私達は眠りにつく。
吉田夏樹.side
みのりに今度、美味しい物を奢らないといけない。きっと、梨乃はオーディションを受けるはずだ。本当に良かった。
でも、まだ受かるかなんて分からない。ここからが頑張りどきだ。ソファーにだらけた格好で座り、資料を見ながら、缶ビールをグイッと飲み、おつまみのジャーキーを食べる。
今回の映画のオーディションはきっとライバルが多く、梨乃と同世代の若手女優の子達が沢山受けるだろう。
でも、これは普通のことで新人の頃は受かるか分からないオーディションに何度も行くのは当たり前で、落ちるのも当たり前だ。
受かったらよっしゃー!と喜び、落ちたらすぐに次のオーディションを受ける。
そうやって新人時代を過ごす人は沢山いる。森川愛ちゃんみたいにすぐに売れる人もいるけど稀で、だからこそオーディションのお誘いを貰えることはとても有難いことだ。
梨乃は初めてのオーディションでヒロインの座を掴み、他の女優からしたら羨ましいのに梨乃はアイドルへの想いが強すぎる。
ジャーキーをグイッと噛み切り、もぐもぐと食べながらオーディションのライバルを予想する。きっと、森川愛ちゃんや売れっ子の若手女優さんが受けるはずだ。
一番の厄介は森川愛ちゃんで一番の有力候補になるだろう。きっと、森川愛ちゃんはこの役を必ず取りに行く。
森川愛ちゃんを調べた時、一番尊敬する女優が主役の女優だった。事務所もこの映画は賞レースを狙えると分かっているから必ず狙っていくだろう。
他の事務所も同じで…それほどこの映画は若手女優にとって欲しい役柄だ。
ドラマは梨乃がヒロインを勝ち取ったけど、今回は厳しいかもしれない。役柄的に森川愛ちゃんの雰囲気が合っているし合わせてくる。
活発な女の子役はどちらかというと梨乃よりみのり向きだし…考えれば考えるほど大きなため息が出る。
ライバル。きっと、梨乃はそんな風に思わないけど、芸能界はみんながライバルだ。どれだけ仲が良くてもライバルになる。
これは梨乃とみのりも一緒で、グループ内でも序列でライバルになるし、常に順番が付き回る。これが芸能界で心を強く持たないとやっていけない世界だ。
だから、梨乃の尻に火をつけたい。
みのりに置いていかれるよと…




