13歳 秋2
「ちゃんとした自己紹介がまだだったね。僕はリュイだ。モリエヌス唯一の錬金術専門学校で教師をしている」
「え、先生!?」
「そうだよ。こう見えても、鉱物科ではけっこう凄いんだぞう」
新たな私の師となったリュイ先生は、細っこい腕をむんと見せつけてくる。
いちにもなく弟子になると答えた私は、一月以上お世話になった酒場に別れを告げ、リュイ先生とともにモリエヌスへと向かっていた。
なんでもモリエヌスの人間しか知らない抜け道があるらしい。
その抜け道もさすがに雪が降れば使えなくなるから、出発はすぐにでもした方がよいということだった。
騙されているんじゃないかと考えなかったわけではないが、リュイ先生は心配になるくらいヒョロヒョロだし、何より語ってくれた錬金術の知識は本物だった。
このチャンスを無駄にはできない。
背中を誰かに押されるように、私は自分の本当の名前はアニエスだと打ち明け、彼についていくことを決めた。
家を出た時は軽かったトランクには、街のみんなからもらった餞別でパンパンだ。
リュイ先生は持ってくれると言ったが、見るからに非力な彼には自分の荷物と私のトランクは重量オーバーだったらしい。みるみるうちにへばってしまったので、トランクは一時間もせずに私の手に戻って来た。
この人に何かされることを心配するよりも、私が守ってあげなくちゃいけない場面がでてくることを心配したほうがいいかもしれない。
街のみんなからの親切が詰まったトランクを振り回せば、盗賊の一人や二人は倒せる気がする。無事にモリエヌスに辿り着いたら、私、絶対に手紙書くんだ……!
脳内で茶番を繰り広げる私を連れ、リュイ先生は慣れた足取りで山をずんずん登っていく。
彼は大人十人が腕を広げても囲めなさそうな巨大な枯れ木の前で立ち止まった。
「ここが入り口だよ」
「入り口って、木しかないですけど……」
ちょいちょいと手招きされて木の裏手に回ると、これまた大きなうろがあった。
彼はそのぽっかりと空いた口のようなうろに、ひょいっと片脚を突っ込む。
「ついておいで」
半信半疑で後に続いてうろを潜った私は、木の内部に地下へと続く階段があることにすぐに気が付いた。
ずっと下はぼんやりと明るく、風が吹き上げてきている。
「地下道だ!」
思わず叫んだ声が、わんわんと地下の空間に響いた。
目をまん丸にして興奮しつつ、私は先生の後を追って階段を下りていく。
はたしてそこには想像通り、地下道があった。
岩盤を掘りぬいて作られた坑道で、壁にはエメラルド色の光を放つランプが等間隔に配置されている。ランプの中で緑色の美しい光を発しているのは、何かの鉱物のようだ。
「石が光ってる……」
「これは鉱石ランプ。ヒカリガエルの粘液を塗った石英が入っているんだ。一年くらいで石を交換する必要があるから、他国では流通していないんだ」
ヒカリガエル。
初めて聞く生物だ。
光るカエルを頑張って想像してみるが、おもちゃみたいなイメージしか浮かばなかった。
「モリエヌスにはそういう変わった生き物や植物がたくさんいるんですか?」
「そうだよ。モリエヌスは大陸の端っこで、他の国とも険しい山脈で隔てられているだろう?そのおかげで神代から変わらない森が国の半分以上を占めているんだよ。モリエヌスの祖先たちが厳しい土地で生き抜くために、それらの生物を大切に保護し、共生してきたことも大きいけれどね」
なんだかおとぎ話みたいだ。
「もう一学期は始まっているから、編入するなら三年生だね。モリエヌスについたら、編入試験にむけて猛勉強だ」
「頑張ります!」
「うん。その意気だ」
リュイ先生はひょっとしたら学生にも見える幼い顔を、鉱物ランプの緑の光に染めて、うんうんと何度も頷いた。
それからさらに一時間は歩いただろうか。
どこまでも続く地下道にクラクラし始めた頃。
前方に地上へ出る階段が現れた。
先に上へのぼったリュイ先生が手を貸してくれて、ついに私は地上へ顔をだす。
そこはあらゆる建物、その背後にそびえる巨大な森と山々が雪化粧を施された美しい国だった。
遠くから響く鐘の音は、いかにも年季の入った荘厳な音だ。
空は曇っているのに、雪に反射した光が眩しくてついつい目を細めてしまう。
吐く息はたちまち凍って、白い靄になる。
繋いだままの先生の手だけが温かい。
「ようこそ、モリエヌス皇国へ」
神代から続く神秘の森と錬金術に守られた孤高の北国に、ついに私は辿り着いたのだ。
次話より二章モリエヌス編が始まります。ヒーローも登場して恋愛っぽい話も増えてくると思いますので、楽しんでいただければと思います。いつも読んでくださる皆様、ブクマ・評価ありがとうございます!大変励みになっております。