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13歳 春1


春が来た。

春といえば、社交シーズンの幕開けだ。

これから夏にかけていろんなパーティや夜会が開かれる。

そしてその始まりを告げるのが、離宮で開かれる王家主催の舞踏会だ。

その昔、離宮には先代の王様の王妃が住んでいた。

体の弱い彼女のために先代の王様が春を告げる舞踏会を催したのが始まりである。

わりと歴史は浅い。


しかし今年は、例年の比ではなくこの舞踏会への注目が集まっていた。

十五になる王子アレクシスの正式なお披露目も兼ねるというのだ。

ちなみにリリアン様はまだ幼いので、夜遅い舞踏会には不参加だ。

この王子のお披露目に合わせて自分の娘や息子を社交界デビューさせようとする貴族は多く、例に漏れず我が伯爵家も私とオデットをデビューさせることとなっていた。


流石に父もみすぼらしい格好で私を舞踏会にいかせるわけにはいかないと見えて、オデットと同じくらい豪華なドレスやアクセサリーを用意してくれた。

お母様の形見のネックレスは私が貰う約束だったんだけどなぁとアピールしてみたが黙殺された。

舞踏会で床に寝転がって駄々こねてやろうか!?あぁん!?

まぁそんなことしませんけど。

体は子供でも、心は大人なので。


離宮へ向かう馬車は四頭立ての立派なものだった。

これはかなりの気合の入れようだ。

御者の手を借りて乗り込むと、なぜかオデットも兄の助けを借りて乗り込んでくる。

「なんで」

目を丸くする私に、兄がきつく返した。

「オデットがお前と仲直りがしたいと言ったからだ」

いや仲直りも何もないんだが。

えぇ~、めっちゃ嫌だ。

うへぇと顔を歪めた私をどう解釈したか、兄はオデットの手を取り、気を付けるんだぞと囁いた。

美しい兄妹愛ですなぁ。

私も妹なんですがね。

というか兄は完全に兄妹愛というか、恋してるよね、オデットに。

異母兄妹はアウトだぞ、兄よ。

「大丈夫です、テオ兄様。これから舞踏会へ向かうんですもの。アニエスも酷いことはしないわ」

兄を安心させるように微笑む姿は、儚くも気丈な少女という感じだ。

早くこの茶番終わらないかなぁと私はぼけっと窓の外を見ていた。


そして馬車の扉が閉められる。

父と兄を乗せた馬車が先に行き、私たちの馬車はその後ろをついて動き始める。

がっこんと車輪が回り始めた振動で、お尻が軽く浮いた。

「お姉様、二人でゆっくり話すのは本当に久しぶりですね」

「そうね」

いつもオデットのそばには兄か、仲のいい使用人がいたから、完全な二人っきりというのはオデットがうちに来た時以来だろうか。

その時は急に目の前でセルフ平手打ちをして、私に叩かれたと泣き出したのでものすごくびっくりしたんだっけ。

「ネックレスのことごめんなさい」

眉尻を下げて、本当に申し訳なさそうにオデットは謝った。

彼女の胸元では、母の形見のネックレスがキラキラと光っていた。

大きな青い石がついた珍しいものだ。

たしかゲーム内では、一気にコーデポイントが上がるレアなアイテムだった気がする。

現実ではコーデポイントってどう表現されるんだろう。

ちょっと気になるな。

「お姉様がもらう約束をしていたなんて私、知らなくて……」

「じゃあ私に返してくれるの?」

オデットはニッコリとそれは綺麗に微笑んだ。

彼女の本性を知っていても、思わず見とれてしまうほどにオデットは美しい少女だった。

「いいえ」

「でしょうね」

馬車の中の空気は、一気に冷え込んだ。

オデットは私を挑発したいのだろうか。

そう考えると、もう腹も立たなくなってしまう。

私はがっちり組んで、オデットの存在を無視することにした。

「お姉様って、本当につまらない人」

なんとでも言えばいい。

もう少しお金が貯まったら、永遠におさらばしてやるんだから。

「もっと怒ってもらわないと困るわ」

返事の代わりに、はんっと鼻だけで笑ってやった。

「呆れてものも言えないだけよ」

「あら、口がきけなくなったわけではないのね」

喋るんじゃなかった……。

どうしてこんな綺麗な顔から、悪意しかない言葉がでてくるのだろう。

「でも私、お姉様には感謝しているのよ。だってお姉様のおかげで、私はいまとても幸せですもの」

「どういたしまして」

オデットはふふっと小さく笑って、遠くを潤んだ瞳で見つめる。

「ああ、早くアレクシス様に会いたいわ。私の未来の旦那様」

オデットも私と同じように前世の記憶があったりするのだろうか。

ずっと疑問に思っていたことではある。

けれどそれを確認したところで、オデットが私の敵だということに変わりはない。

むしろ私にまで前世の記憶があると彼女に知られるほうが面倒くさそうだ。

結局、それきり私たちが口をひらくことはなかった。

そして馬車は燦然と光あふれる離宮へと到着したのであった。


ホールは眩しいほどの光ときらめきにあふれていた。

高い天井には、いくつもの巨大なシャンデリアがぶら下がっていて、クリスタルの一つ一つが七色に輝いている。

楽団が奏でる音楽は美しく、着飾った人々はまるで花のようだった。

いちおう長女ということで父にエスコートされて入った私は、そうそうに父と別行動をとることにした。

本当は家族と一曲踊るんだろうけど、そんなのは父も私もごめんだ。

オデットは兄とさっそくど真ん中で踊っているけど。

歩きづらいヒールで壁の装飾や、ドレスを見て回っていると、前方にちょっとした人だかりができていた。

「マグヌス先生!」

「あら、アニエス」

先生の周りには、同い年くらいの令嬢、令息が集まっている。

みんな先生の生徒なのだろう。

凄い、みんな賢そうな顔をしている。

挨拶をすると、好意的な挨拶が返ってきた。

いつも歓迎されていない視線をむけられているからか、ちょっと感動してしまう。

私は少しぽっちゃりとした大人しそうな令嬢と並んで、いまどんな勉強をしているか、マグヌス先生の宿題は容赦がないというようなことを話した。

「私、マグヌス先生のような働く女性になりたいんです」

そう打ち明けると、彼女は不思議そうな顔をする。

「ではアニエス様は、アレクシス様の婚約者選びには参加なさらないの?」

「ええ。興味がないもの」

「まぁ、アニエス様ったら変わっているのね。でも、素敵だわ」

「ありがとう」


ベルが鳴る。

国王が入場する合図だ。

ホールに満ちていたざわめきが潮のように引いて、ひんやりとした沈黙に包まれた。

ちょっと身動きしたら、その音が響きそうなくらいの静かさだ。

ホールと二階を繋ぐ階段の扉が開かれる。

階上に現れた国王は王妃と手を取り合い、威厳漂う足取りで階段を下りてくる。

その後ろから、ほっそりとした体躯の少年が現れた。

透き通るような白い肌に、ふわふわとした金色の髪。

深いブルーの瞳は、星の海のようにきらめいていた。

「アレクシス様よ……」

うっとりと隣のややぽちゃ令嬢が呟く。

彼女もいつか王子を巡ってオデットと争うのだろう。

健闘を祈る。

アレクシスはまさに理想の王子様だった。

まだ十五歳だから少し幼い感じはするが、私は成長した彼の姿を知っている。

十八になった彼は、非の打ちどころのない精悍で美しい青年に育つだろう。

そして自らの妻として、外見、教養、身分、全てが揃った女性を愛すると公言する。

しかし決して、冷たいわけではない。

その実、内側には熱いものを秘めているのだ。

ゲームのヒロインは、彼と偶然知り合い、恋に落ちる。

王子もまた彼女に特別な感情を抱き、二人はひそかに、時には運命の偶然ともいえる逢瀬を重ねるのだ。

そしてヒロインは王妃にふさわしい女性として自分を磨き上げ、婚約者の座を勝ち取る。

そういう内容だった気がする。

どちらかという着せ替えとか、ミニゲーム主体のゲームだったから、婚約者の座を勝ち取るところまではまだ配信されていなかったけれど。


国王の挨拶が終わり、ホールには騒めきと興奮が一気にあふれた。

アレクシス王子のところにも、娘を紹介する貴族が殺到している。

私も何度かダンスに誘われ、断るのも悪いので何曲か踊った。

みんな名前が長くて、あんまり覚えていないけど。

そうこうしているうちに、舞踏会は終盤へと差し掛かる。

ずっと立ちっぱなしで足がつらくなってきた。

テラスの椅子に腰かけ、私はふぅと息を吐く。

ちゃんとダンスや立ち居振る舞いの授業は受けていたから、それなりに上手くやれていたはずだ。

他の令息たちに山ほどダンスを申し込まれていたオデットに比べれば、本当にそれなり、という感じなのだろうが。

夜風が火照った頬を撫でていく。

華やかな音楽とざわめきを背に、私はぼんやりと夜空を眺めていた。


ふと顔に影がさす。

誰だろうと思って、見上げると深いブルーの瞳と目があった。

なぜかアレクシス王子が私のそばに立って、私を見下ろしていたのだ。

近くで見ると、妖精もかくやという美少年だ。

びっくりして固まる私に、彼は数度口を開け閉めして、意を決したようにこう尋ねた。

「アイリス?」

私が使っている偽名を呟き、彼は緊張した面持ちで見つめてくる。

私はとっさに立ちあがり、叫んだ。

「違います!」

脱兎のごとくホールに逃げ込む。

王子が追いかけてきたが、人の波に紛れた私をすぐに見失ったようだった。

どうして逃げてしまったのか、自分でもわからない。

とにかく動揺していて、ばれちゃ駄目だということしか頭になかった。

私は具合が悪いと休憩室に飛び込み、そのまま馬車を呼んで一人帰宅した。


後から父に勝手に帰宅したことをこっぴどく叱られたが、私の頭の中は、王子にアイリスだとばれたのではないかということで一杯だった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでてものすごく不愉快。
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