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四年生12


落下によって重力から一時的に解き放たれたことによる浮遊感。

内臓がひっくり返るような不快感。

このあとにやってくるであろう衝撃と痛みを覚悟して、私はダンゴムシのようにぎゅっと体を丸めた。

ロランに抱きかかえられた私の体は、草の茂った土の上へと落下する。

「うっ……!」

背中から着地した衝撃に息が止まる。

しかし想像していたものよりもずっと痛くない。

けれどまだ油断はできない。

瓦礫が降ってくると身構えたが、不思議なことに塔を構成していた石は私たちをさけて周囲に落ちたようだった。

砂埃が舞い、激しくせき込む。

私は必死に目を開いて、ロランの顔に手を伸ばした。

「ロラン……!」

「怪我はない?」

「私は大丈夫。ロランは!?」

「僕も大丈夫だ」

私を落ち着かせるように、ロランはきゅっと唇を結んで、不器用な笑みを浮かべた。

「他のみんなは……!ルネ、リュイ先生、カルは……!?」

ロランの肩口から顔を出して周囲を見回すと、瓦礫の山がガラリと崩れる。

その下から水晶の塊が現れ、そして砕け散った。

「先生!」

防護壁として水晶を展開させたのだろう。

複数の生徒を抱えるようにして水晶の中から現れたリュイ先生は、頭から血を流していた。彼の腕の中にはルネもいる。

よかった、無事みたい!

ほっと一息つくのもつかの間、瓦礫が爆発でもしたかのようにはじけ飛んだ。

蛇を従えたカルは、クリスティーナは、よろよろと立ち上がる。

その足元にはニーカが倒れていた。

クリスティーナが獣のような唸り声をあげると、蛇ものたうち、すっと霧が溶けるように空中に消えた。

彼女は荒い息を整えることもせず、なぜか私たちの方へと顔を向けた。

「ロラン、貴様、ロア様の器の分際で……!その娘か……その娘がいなければ……!」

彼女は懐に手を差し込み、新たな小瓶を取り出す。

また何かを呼び出そうとしているのだ。

「もうやめろ、クリスティーナ」

ロランは静かに説き伏せるようにそう言って、立ち上がろうとした。

なぜか猛烈に嫌な予感がして、私は彼を引き留めようとローブに縋りついた。しかしローブだけがするりと脱げて、彼は立ち上がってしまう。

「それ以上無理をすれば、封じられる前に消滅する」

「存在の継続などこの期に及んで望むものか!せめて、せめてロア様のために……!」

クリスティーナの手に力がこめられる。

瓶のきしむ音が聞こえる気がして、私はロランの背に手を伸ばした。

刹那、ロランの口から鋭く短い口笛が放たれた。

空からミサイルのように赤い鳥が降下し、クリスティーナの体を吹き飛ばした。

「うあっ!」

その手から小瓶が落ちて、瓦礫の間に転がり消える。

ダッとロランが地を蹴った。

彼は瓦礫だらけの足場を軽やかに駆け、彼女の頭をわしづかみした。

「やめろぉおおおおおおお!」

絶叫が耳をつんざく。

ロランが頭を掴んだ手を後方へと引っ張ると、半透明の何かがその手にくっついてカルの体から伸びた。

ロランはゾッとするほどに冷徹な赤い瞳でもって、それをカルの体から完全に引きずり出す。

「もう終わりだ」

ふっとカルの体が力を失い倒れる。

半透明の何かはロランの手の中で凝縮し、女性が叫んでいる顔になる。

「イヤァアアアああぁ……!」

ガラスがこすれるような不協和音。

クリスティーナの悲鳴はか細くなり、そして彼女はロランに握りつぶされて霧散した。


断末魔がおんおんとこだます砂塵の中、ロランの傍らに赤い鳥が降り立った。羽を閉じた状態でも人の胸のあたりまで身長がある。

それがクリスティーナが呼び出した蛇と同じ種類のものだということは、誰の目から見ても明らかだった。

「ロラン……」

カタカタと体が震える。

どうして?

どうしてロランも降霊科の術を使っているの?

自衛のために勉強してるんじゃなかったの?

そんなふうに使ったら、まるで……。

まるでロランも降霊科の錬金術師になってしまったみたいじゃないか。

「ロラン。どういうことだ。なぜ君が使役霊獣を使っている。しかもさっきウィスプを引きはがした術も……」

頭から血を流しつつも立ち上がったリュイ先生とロランは対峙し、沈黙した。

彼の手のひらからぽたぽたと血がしたたり落ちる音が、やけに大きく聞こえる。

「ロラン、違うよね?」

私の声は体同様に、みじめに震えていた。

お願い。お願い。と彼の口から否定の言葉が出てくることを願う私の心の中とは裏腹に、ロランは振り返らない。

「ごめん、アニエス」

「ごめんって何……?私、何も怒ってないよ。ロランのおかげで怪我もしていないし」

そういう意味ではないことくらい分かっていた。

けれど脳が理解することを拒んでいる。

違う。

違う違う!

ロランは確かにロアの器だけど、降霊科なんかじゃない!

ロアなんてやつのことを崇拝している連中とは違う!


「約束する。必ず僕は君のところに帰るよ」


決して大きな声ではなかったけれど、私の耳は彼の言葉をしっかりと聞いた。

静かな、優しい声。

秘密の工房で、あの暖かな暖炉の前で、寄り添って語り合う時と同じ。

同じなのに、それを言うロランの顔は見えない。

彼は振り返らない。

私を見てくれない。

「どういうこと?こっちを見てよ、ロラン」

「必ず、帰るから」

そんな約束をするくらいなら、そばにいてよ。

ずっと一緒にいたいって、いるって、言ったじゃない。

強烈な感情が喉のあたりで言葉と一緒につまって、爆発してしまいそうだ。

ロランのかたわらで、この世のものではない鳥が両翼を広げる。風とともに砂塵が舞い上がり、私は思わず顔を腕で庇った。

閉じそうになる瞼を無理やりこじ開けると、埃が目に入ってキリキリと痛み、涙が勝手にこぼれる。

「待って!ロラン!」

鳥はロランを乗せて、あっという間に空へと舞い上がった。

「行かないで!」

私は駆け出し、すぐに瓦礫に足をとられてこけた。

それでも立ち上がって、またすぐにこけて。

涙があふれて、目の前が見えない。


泣いている場合じゃないのに。

ロランを追いかけなきゃいけないのに。

どうして!どうして体が動かないの!


這いつくばったまま顔をあげると、ロランの姿は夜の闇に紛れてもう見えなくなっていた。

「アニエス……」

うずくまって泣きじゃくる私の背に、リュイ先生の手が触れる。

その時、ぼんやりと前方が明るいことに気が付いた。

のろのろと顔を上げると、あの光る水球、ハーメスの魂が私の眼前にあった。

誘われるように手を伸ばす。

指先が揺れる表面に触れた。

誰にも触れることも、損なうこともできないはずの魂が波打ち、私の指先にまとわりつく。

「あ……」

指先からじんわりとした温かさが伝わり、透き通った輝く水は、私の体へと望んでしみ込んでいった。

そこで私の意識は、真っ白な光の中に飲み込まれた。



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