表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/35

四年生9


あのあとすぐにルネは涙を乱暴に拭って、理由を尋ねてもなんでもないと無理やり作った笑顔で首を振るばかりだった。

たぶんカルに謝りに行って、また何かあったのだろう。

ルネを泣かせるなんて、なんてやつだ!

そりゃお兄さんのことは地雷だったかもしれないけれど、勝手に拗ねて感じの悪い態度をとったカルにだって非はあるだろうに。


一晩経っても憤りを抑えられなかった私は、翌日の一限目が始まる前に、カルになにしたんだと詰め寄った。

「何のことかわからない。言いがかりはやめてくれないか」

いつもより冷たいというか、他人に向けるような目で見られて、私は面食らってしまった。

でも現にルネは今日体調不良で休んでいるし、絶対何かあったに決まっているのだ。

もしかして私が思っているより、二人の間に深刻な問題がおきてしまったのだろうか。

言葉を失う私を無視して、カルはぼんやりと机を見つめる。

なんだか様子が変だ。

「カル……」


その時、教室に飛び込んできた生徒がこう叫んだ。

「イザベラが襲われたらしいぞ!」

その思いがけない情報に、教室内は軽い狂乱状態に陥った。

やっぱりポルフィリンフィンチだ!捕まえよう!と男子が叫び、女子の一部は悲鳴を上げて、中には恐怖からか泣き出す子もいた。

すぐに先生が来て、落ち着きなさい!と大声をあげるが、生徒たちの興奮はますます膨れ上がってしまう。

「先生、イザベラが襲われたって本当なんですか?」

「今朝イザベラさんが倒れているのが見つかったのは事実ですが、襲われたかどうかはまだわかりません。憶測で騒がないように」

やっぱり!と誰かが叫ぶ。

「静かに!」

「先生!これ以上被害者が出る前に、学院全員で犯人を捜すべきです!」

「捕獲用の罠を設置したらいいじゃないか?」

「エサはどうするんだよ」

「占星科で居場所を占ったりできないわけ?」

バタン!と何かが倒れる音がして、悲鳴があがる。

「先生!アンが倒れました!」

泣きすぎてひきつけを起こした生徒がでたのだ。

そして私たちは混乱に取り残されたまま、一限目は自習となった。


自習といっても教室待機みたいなもので、私たち四年生は何か課題に取り組むでもなく、ひそひそと仲間同士で吸血事件について話し合っていた。

大きな声で騒ぐほどではないが、同級生が襲われたという身近に迫ってきた恐怖に誰もが興奮している。

そんな中、我関せずと今週末提出の課題をやっている男が一人いる。

「……ロラン」

「嫌だ」

「まだ何もいってないじゃない」

これ見よがしにため息をついて、ロランはペンを置いた。

数学科の提出課題はもうほとんど終わっているように見える。

「犯人を捕まえようって言うつもりだろ?」

「うん」

「嫌だ」

「そんなばっさり……」

「危ないことには近寄らないのが一番だ。僕はまだ自衛手段があるけど、アニエスはウィスプのことも知らなかっただろう?そんな状態で、危険なものに近寄らせるわけにはいかない」

「ロランが一緒にいてくれれば危険じゃないもの」

「あのね……」

珍しく声を荒げ、ロランは体ごとこちらを向いた。

「ロランが手伝ってくれないなら、私一人でも探すかもよ」

「それって卑怯じゃない?」

「卑怯じゃないですぅ」

ムカつくとつぶやき、ロランは私の顔を片手でつかんで、頬をむぎゅっとつぶした。

「いひゃい」

不細工な顔にされようが折れないぞとロランの赤い目を見つめることしばらく。

とうとうロランは折れた。

「……絶対に一人で危ないことをしないって約束して」

「しますします」

「返事は一回」

「はい」

「はぁ……。じゃあどうする?どこから調べる?」

そりゃやっぱり被害者を実際に見てみるところからだろう。

吸血されたと聞いてはいるが、見つかった状態や傷口、容態などは憶測交じりの噂だらけだ。

でも二人目までの被害者は病院に入院してしまったから、会いに行くのは難しい。

「イザベラの様子を見に行こう。今朝見つかったのなら、まだ保健室にいるかも」

「わかった。行こう」

そうと決まると行動が早いロランはてきぱきと机の上を片付けて、教室を抜け出す準備を済ませてしまった。

これは自習を抜け出す展開!

目立たないように私たちは教科書を抱えて、中腰になって教室から抜け出した。

「おお~。不良っぽくてドキドキしてきた」

「言っておくけど、抜け出したのが見つかったら一週間トイレ掃除だよ」

「一緒に頑張ろうね」

「見つかる前提で話すのやめてくれる?」





授業中の廊下というのは、静かなのに人の気配は微妙に漂っていて、一種独特の緊張感がある。

私たちはこそこそと柱の陰に隠れながら、保健室へと向かった。

途中何人か先生に出くわしそうになったが、あわただしい様子で早足に通り過ぎていったので、気づかれることはなかった。

「先生たちもかなり焦っているみたい」

「三人も生徒が襲われれば、学院を封鎖することも考え始めているはずだよ」

学院が封鎖されるのは困る。

やはり早く犯人を捕まえなければ。


保健室の扉は開いていた。

角に身を隠しながら頑張って覗き込むと、中で先生たちが集まって話しているのが見える。

「中には入れそうにないね……」

たぶんイザベラがいるとすれば、先生たちがいる診察室の奥にある休憩室だ。

困ったなと口をへの字に曲げて考えていると、リュイ先生がアデラード先生と一緒に出ていくのが見えた。

ちょいちょいと腕を引っ張られ振り返ると、ロランは二人を追いかけるぞと指さしで伝えてくる。

私たちはできるだけ足音を立てないように息をひそめて、リュイ先生たちの後をつけた。

二人は保健室からどんどん離れ、人気のない廊下へ進んでいく。

そして周囲に誰もいないことを確認するように見回して、ぴたりと足を止めた。


「アデラード先生、イザベラは吸血されたわけではないと?」

どういうことだろう?

イザベラは被害者ではないということだろうか。

アデラード先生はリュイ先生の問いかけに、もともと厳しい顔をさらにしかめて答えた。

「ええ。彼女の首にも傷はありましたが、霊素の減り方が吸血時とは違っています」

「ということはウィスプは彼女に……」

「おそらく。他の体に乗り移るときにイザベラの霊素を奪っていったのでしょう。ただ少し不思議なことが」

アデラード先生は冷たい石造りの手すりをトントンたたきながら言った。

「多くの場合、ウィスプは他者の霊素を根こそぎ奪ってしまいます。しかし今回のウィスプは命を奪う手前でやめている」

「まさか!自制心が残っているとでも?」

「信じがたいことですが……」

ということはイザベラも命に別状はないということだ。

よかったと胸をなでおろす。

「それは元降霊科のあなたからしても、信じがたいと」

リュイ先生の言葉にアデラード先生はわずかにうつむいた。

聞き間違いでなければ、アデラード先生が元降霊科だと聞こえた。

元ということは、今は違うということだろうけど。

意外な事実に私は瞬きも忘れてしまった。

「学院内の審問官全員にこのことは報告します。僕はあなたの事情も知っているし、人柄を信じていますが、審問官の中にはいまだあなたに対して懐疑的な視線を向けている者もいます。どうか気を付けて行動なさってください」

「言われるまでもありません」

返事もそうそうにアデラード先生はカツカツと踵を鳴らして去ってしまった。

先生たちの話をまとめると、イザベラにウィスプが取り付いていたが、そのウィスプはもうほかの体に乗り移っていて、まだ自制心を持っているようだ。

そしてアデラード先生は元降霊科の錬金術師で、リュイ先生は審問官という聞いたことのない役職に就いているらしい。

なんとなくウィスプとかが出たときに対応する役職のことみたいだけど。

ロランなら知っているかな。

この場からアデラード先生もいなくなったら尋ねて……。


その時、油断しきった私の耳に、矢のように鋭いリュイ先生の声が放たれた。

「さて、そこの二人とも。出ておいで」

ば、ばれとるー!

ど、どうしよう!本当に一週間トイレ掃除の罰に……!

「アニエス」

あ、もうこれは観念せざるを得ない感じのやつだ。

とぼとぼ柱の陰から現れた私たちに、リュイ先生は苦笑いを浮かべた。

「まったく。立ち聞きとは呆れた生徒だな」

「すみません……」

「だが僕の知る限り、君たちは二人とも優秀で物わかりのいい生徒だ。そんな君たちが授業を抜け出してまでこんなことをするのには、何か理由があるはずだと僕は考える」

腰に手を当てたリュイ先生は、厳しい教師然とした態度からいつもの親しみやすい態度に戻って言った。

「というわけで、隠していることがあるなら洗いざらい話してもらおうか」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ