四年生7
今日の鉱物学応用は、ついに花火の実習だ!
授業が始まる前からローブを脱ぎ、いつでも実験着を着る用意ができた私はみなぎるやる気に拳を握りしめた。
「夏休みにリュイ先生の鉱物採集特訓を受け、簡易的な火薬の作り方も習った私に死角なし!ぶっちぎっていいものを作って、さすがリュイ先生の弟子だと言われてみせる!」
「たぶん個人じゃなくてグループ作成だと思うよ」
「そうなの?」
「火薬を使うから危ないし」
「ははは!そこは任せてくれたまえよ!」
「なにそのしゃべり方……」
こちとら貴重な鉱物を取り出すために、岩を爆破する現場の手伝いもしたんだぞ。
十四歳に爆破の手伝いをさせる師匠ってどうなんだってちょっと思うけど、郷に入っては郷に従えである。
リュイ先生!私、立派な鉱物科の錬金術師になってみせます!
と、多少の暴発も根性で乗り越えたものだ。
リュイ先生の授業は意外と大変だ。
知識重視の植物科のアデラード先生と違って、リュイ先生は実技重視の授業をする。
砕くのも加工するのも鉱物によって方法を変えなければならないから、体で覚えるのが一番だというのが先生の持論だ。
しかし地味な力仕事が多いので、生徒たちからはおおむね不評である。
リュイ先生自体は悩み相談に真摯に乗ってくれる親切な先生ということで好かれているのだが。
「じゃあみんな、まずは四人グループを作ってくれ。メンバーが決まったら僕に報告し、すぐに実習をはじめるように」
うへぇと声が出そうになった。
四人かぁ。
他の生徒たちは仲の良い友達同士でとりあえず集まって、さっさと人数合わせを始めている。
もちろんその流れに乗れない生徒も複数いて、彼らは川の流れに取り残された石のように周囲をうかがっている。
その一人に見知った姿を見つけ、私はロランの袖を引っ張った。
「ニーカ誘っていい?」
「いいよ」
快諾をもらって、ぽつねんと座るニーカに声をかける。
「ニーカ、よかったら私たちと一緒に」
「アニエス!よかったら私たちと……」
横から現れたルネは、あっと固まって気まずそうに私とニーカを交互に見た。その後ろには腕組をしたカルが立っていた。完全に後方彼氏面してやがる。
「えっと……」
「私は残った子たちと組むから、アニエスはルネと組んであげなよ」
「いいの!私が後から声をかけたんだし!」
ぶっきらぼうに譲ろうとするニーカに、ルネはぶんぶん頭を横に振って辞退する。
困ったことになったなと悩んでいるうちに、周りはどんどんグループ決めが終わって実習に入っていく。
カルがいらいらしたように早く決めろよとぼやいて、ルネに足を踏まれた。
「ねぇ、ちょっといい」
久しく聞く声に驚いて振り返ると、イザベラが無表情にニーカを見ていた。
「あなたたち一人余ってるんでしょう?私たちあと一人探しているの。よかったらニーカ、こっちに来ない?」
「え……」
信じられない申し出に、ニーカは目をむいた。
その申し出はイザベラとすでに組んでいた二人にとっても意外なことだったようで、二人とも慌ててイザベラの名前を呼ぶ。
「何?あと一人必要なんだから仕方ないでしょ。それにあなたたちは役に立たないのだし」
「そんなこと言わなくていいじゃない……!」
三年次に私に突っかかってきていた時よりもきつい視線をイザベラは仲間に向けて黙らせる。有無を言わさない調子でニーカに問いかける。
「いいかしら、ニーカ?」
「いいけど……」
そのままニーカを連行していったイザベラは、なんだか前よりもずっと冷たい感じがした。しかしニーカをいじめるわけではなく、むしろ自分の仲間にいらだっているように見えるから不思議だ。あんなにいつも一緒だったのに。
結局、実習は私とロラン、ルネ、カルの四人で取り組むことになった。
今日は材料や試してみたいことの話し合いで終わり、明日火薬の配置を決めることになった。
ルネには完成形が見えているようで、すごく張り切っている。もしかしたらこの花火の実習でハーメス祭りの優秀賞を狙うつもりだろうか。
なにやらアイデンティティーの危機を感じる。
次の教室への移動もなんとなく実習の延長みたいな感じで、四人で話しながら廊下を渡っていく。
「ルネは凄いんだぞ。普通は思いつかないようなことをさらっと出来てしまう」
「なんでカルが自慢げなわけ?」
「つまりだ。お前と、ロランが、いなくても俺たちはA評価が取れるってことだよ」
「ちょっと、カル!」
ロランが、のところをわかりやすく協調して、カルはふんと鼻を鳴らす。
「あーはいはい」
今年も次席だったうえに、ルネがロランを怖がらなくなったから面白くないのだろう。
まったく、おこちゃまめ。
当のロランはどうでもいいという様子で廊下の先をぼんやり見ていた。
カルと言い合いしながら角を曲がると、やにわに騒がしくなる。
「なんだろう?」
廊下に人だかりができている。
「おい、どうしたんだ?」
人だかりの中に知り合いを見つけたカルが、腕をつかんで尋ねた。
「三年の女生徒が倒れてたんだ」
「なんだよ、貧血かなんかだろ」
「いや、それが血を吸われてたんだって」
「はぁ?吸血種の動物かなんかか?」
「でも先生たちが大慌てで連れて行ったから、もしかしたらポルフィリンフィンチかもな!」
「そんな凶暴な鳥が学院にいるわけないだろ。馬鹿馬鹿しい。だいたいなんで血が吸われてたなんてわかるんだよ」
「さぁ?でもみんなそう言ってるぜ」
「くだらね」
なんかよくわからないけれど、女生徒が倒れていて、血を吸われていたっぽい。
あまり信憑性はないみたいだけど。
なんとか人だかりの中心が見えないか背伸びしたり左右に揺れていると、ちょいちょいとルネに肩をつつかれた。
「ねぇ、アニエス。ポルフィリンフィンチってなに?」
「確か吸血種で一番大きな鳥だったかな。大きさは鷹くらいで、動物の首にくちばしをさして吹き出た血を吸うの。昔は頭に穴をあけて脳みそを吸うとか言われてたこともあったみたいだけど」
「脳みそを吸う……」
青ざめた顔でルネが自分の頭を守るように手で押さえるので、慌てて付け加える。
「南のほうにしかいない鳥だから、こんなところにいるはずないよ」
「そ、そっか。よかったぁ」
「どうした、ルネ。怖いのか?」
「ち、違うよ!」
隣でイチャイチャされるとなんか邪魔だなと、思わずルネとカルを白い目で見てしまう。
もしや私とロランもこんな目で見られているのか?
いやいや、私たちはここまでわかりやすくイチャイチャしてないし。
おこちゃまなカルとロランを一緒にしてもらっては困る。
ロランは大人だし、サマーパーティーではドレスの手配をしてくれるような紳士なんだぞ!
「ポルフィリンフィンチがいるなら捕まえたいな」
「え、捕まえてどうするの……」
「飼う。アニエスも世話する?」
「しな……す、する」
一瞬しないと言いかけたけど、純粋な目で見つめられ、ついすると答えてしまった。
でももしも本当に、本当にありえないけれども、飼うってなったら、絶対反対しようと思う。