四年生1
初めての夏休みは、瞬く間に過ぎていった。
まず、リュイ先生の鉱物採集に弟子としてついていったので、半分以上は山や森で過ごしていると思う。
鉱脈の場所とか、採集時の注意だけではなく、雪山でも生き抜く方法とか、動物に襲われた時の対処法とかを教えてもらったので、すごく濃い時間だった。
リュイ先生曰く、鉱物科の錬金術師とは採掘者でありサバイバーでもある。
とのことだ。
肉体派すぎる名言だが、リュイ先生みたいに縦に細長い人が言ってもあまり説得力はない。
という理由で、数日家に戻らないことも多かったので、カエルは仕方なくロランに預けることも多かった。本当にあまり気乗りはしないし、不安だったけれど、何もしらない人に世話を任せるわけにもいかないし、放置するのは動物愛護の精神に反する。
その際にロランも採集に誘ったけれど、彼は彼でどこかの工房に弟子入りしたらしく、修行で忙しいようだった。
といいつつ、なんだかんだ理由をつけてはリュイ家に遊びに来ているけど。
とはいえ自分のことばかりしていたわけではない。
リュイ先生の鉱物採集と課題の間に、国立図書館へ行って、ハルバート家について資料集めもコツコツしていた。
というわけで、わかったことを以下にまとめる。
ハルバート家は百年前に途絶えた貴族だ。
錬金術師の名家でもあり、多くの有名な錬金術師を輩出している。
その始まりは四百年前。
賢人ハーメスが死んだ後。
ハーメスが現れるよりも前からあった皇族の一つ、ローゼンクロイツ家からハルバート家錬金術の研究を掲げて独立した。
そして本家にあたるローゼンクロイツ家は、その年に謎の滅亡を迎えている。
なにか事件があったとか、罰を受けたとかではなく、すっぱりと消えてしまったのだ。
一方ハルバート家は数学科の名家として名をあげていった。
しかしそれも百年前にはかなり廃れてしまい、借金を重ねたあげく一家離散したと書いてある。
他の科に比べて、数学科で大成するのが難しいというのは、百年前からのようだ。
順当に考えるならば、ロランのお母さんが、このハルバート家の生き残りだったと考えるべきだろう。
でもあの地下の祭壇は?
カエルは?
なぜロランは地下に閉じ込められ、むごい実験の数々を受けなければならなかったのか。
父親だというあの男は何者か……。
何か手掛かりはないかと歴史をあさって、一つだけ妙に気になるものを見つけた。
ローゼンクロイツ家からハルバート家が分かれる直前の時代。
ハーメスが生きていた時代に、ローゼンクロイツ家にもハーメスの弟子が一人いたらしい。
それぞれの科の祖ではない、いないはずの六人目の弟子だ。
そしてこの弟子の名はどんな書物にも残っていない。
ここまでなら単なる噂話なのだが、ローゼンクロイツ家の家系図には黒塗りの名前が一つだけ存在するのだ。
この黒塗りの人物が、六人目の弟子がいたことを証明している。
「六人目の弟子……」
ふと、ニーカから聞いた降霊科という言葉がよみがえった。
本当にそんな科があるとすれば、六つ目の科になる。
六つ目の科。
六人目の弟子。
名前を消された錬金術師。
夏の終わりは、どんな世界でも少し寂しい。
モリエヌスの街を東に見下ろす山の上で、私はリュイ先生と野宿の用意をしていた。
いくら夏とはいえ、北端のこの地では、夜の山はフレイム王国の真冬ほどに冷え込む。
日が落ちきる前に、丈夫で暖かいミニマンモスの毛を織り込んだテントを張って、火をおこす必要がある。
最初は手こずっていたけど、二人分のテントを張るのも、ずいぶんと慣れたものだ。
白い息を吐きだし、焚火のそばに座る。
リュイ先生は折りたたみの炉に燃焼石をいれ、夕食を作る準備をしていた。
今日もたぶん干し肉のシチューだろう。
干し肉はわりと好きだからいいけど、たまには違う味も食べたいな。
カレールーとかあったら、いいんじゃないかな。
となるとまずはカレーを作る必要があるか。
カレーのあの色と味ってどうやって作るんだろう。
ルーの材料とか考えたこともなかったな……。
鍋をかき回すリュイ先生の線の細い横顔を眺めつつ、私はもう長いこと口にしていないカレーに思いはせた。
夕食を済ませ、道具の手入れをする。
鉱物を取り出すためのツルハシとか、ロープ、岩盤を割るため火薬などなど。取り扱い注意なものは多い。
それらを手順通り確認しながら、私はとうとうリュイ先生に降霊科について尋ねてみることにした。
「リュイ先生」
「なんだい?」
「降霊科ってなんですか?」
前にニーカが尋ねたとき、とても怖い顔をして教えてくれなかったと言っていたので、緊張で心臓が早くなる。
先生はぴたりと手をとめ、はぁとため息をついた。
彼は道具を布の上に置き、体ごとこちらを向く。
そして見たこともないくらい真剣な怖い顔で、こう話し始めた。
「降霊科について、年頃になれば多くの生徒は親から教えられる。そうでなければ、師が責任をもって教えなければならないことになっている。アニエスにはまだ少し早いかもしれないけれど、その言葉を聞いてしまったのなら、僕からちゃんと説明しなくてはいけない」
「ごめんなさい……」
「謝ることじゃないさ。ただ、どこで聞いたのか教えてもらっても?」
クリスティーナさんのことや、カエルのことを素直に言っていいのか判断が付かず、国立図書館で調べ物をしているときに見かけたとごまかした。
「ハーメスの六人目の弟子の話を見かけたんだね」
「……はい」
先生は少し安心した様子で、肩から力を抜いた。
夜空を背景に、焚火に照らされた先生の顔が再びきゅっと引き締まる。
「降霊科は六人目の弟子が創設した科だ。魂の本質を理解することが、彼の命題だ」
「魂の本質?」
「魂の本質、霊素とよばれているものを、物質的な情報として抜き出すんだ」
「つまり魂を形あるもの、触れられるものに変えるということですか?」
例えば、あの地下の祭壇に飾られていたネックレスに入っていた水のような。
「その技術を持っていたのはハーメスの六人目の弟子だけだ。今の降霊科はその失われた技術を復活させるために研究を続けている」
「どうして、失われてしまったんですか?」
「危険だからだ」
リュイ先生は近くの石を拾い上げ、道具で真っ二つに割ってしまった。
「こんなふうに一度壊れたものは、もとには戻らない。直す方法はあっても、まったく同じものには戻れない。それは生命も同じだ。魂を物理的に保管することができれば、別の体に移し替えることができる。肉体は違っていても、魂の情報が継承される限り、その人間は死なないということになる」
「不死……」
「そう、不死だ。そしてハーメスをはじめとした始まりの錬金術師たちは、これを禁忌とした。生命の理を壊す禁術である、と。……僕もそう思う。僕たちは限られた存在だからこそ、幸福を求めるし、そのために努力をする。鉱物だって永遠に変わらないように見えて、地中では少しずつ成長して、地表に出ればすり減り消えていくんだ。だからこそ僕たちは、命とこの瞬間に価値をつけることができない」
半分に割った石を手渡し、先生はにっこり笑った。
断面を見てみると、中心に小さな空洞があり、空洞と表面の石との間を藍色の結晶が複雑な模様を描いていた。
焚火にかざしてみると、中で光が複雑に屈折し、内部のひびが金色に輝く。
「雷みたい」
「サンダーストーンのなりかけだよ。持っておくといい。なりかけで割れた石は、持ち主の夢が途中で終わらないように守ってくれる。それに何かあったとき、身を守る術になる」
お茶目に片目をつむって見せたリュイ先生に、思わず笑ってしまう。
サンダーストーンは砕いて粉にすれば、その名の通り強烈な静電気をまとう性質があるのだ。
「ありがとうございます」
半分のサンダーストーンを握りしめると、ひんやりとした冷たさとともに、ピリピリと微弱な電流が流れてこんでくるような気がした。
降霊科の命題を知った今なら、断言できる。
あの地下で、禁じられ、失われた禁術を私は目の前で見たのだ。
そして普段は慎重なロランが、操られるようにあの水を飲もうとしていたことにも、きっと何かがある。
帰ったらカエルを回収して、問い詰めよう。
私の手に負えないようなら、全部話してリュイ先生に助けてもらおう。
そう決めて下山したことがわかっていたのか。
それともただの偶然なのか。
カエルを迎えに行った私を待っていたのは、空の水槽だった。
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