12歳 夏1
家を出るといっても、どこへ行けばいいのだろう。
机の上に広げた地図を覗き込み、うーんと唸る。
私の生まれた国、フレイム王国は西側が海に面しており、北、東、南それぞれが三つの国と接している。
南はわが国と似た農業国。
東は大陸の主な街道が必ず通る商業の国。
そして北は古の錬金術を極める学問の国。
「女が賢くなったところで、小賢しいだけだがな」
父の言葉が脳裏に蘇る。
なんだその古臭い考えは。確かにこの国では、まだ女性が家を継ぐことはあまり一般的ではないけど、職業婦人だって少しずつ増えているんだぞ。
父への反発心からか、それとも錬金術に心惹かれたのか、私はひとまずの行先を北の国、モリエヌス皇国に定めた。
モリエヌス皇国は周囲を山岳地帯に囲まれた、孤高の国である。
一年の半分は雪で覆われ、目立った特産物もない。
しかしかの国が長い間、孤高を保っていられる理由は、彼らの持つ錬金術の知識ゆえである。
いま私たちが使っているランプや印刷機、薬などもモリエヌスで作っているらしい。それらの全てが東の国へ運ばれ、大陸全土へ行きわたっていくのだ。
なんでも他の国にはいない神秘的な生物がたくさんいるらしい。
ぶっちゃけ、この国だけ世界観が違うと言っても過言ではないだろう。
そんなモリエヌスで錬金術を学び、何かを発明すれば、一攫千金も夢じゃないかもしれない。
財産を築いて、自分の家を買う。
そして悠々自適な暮らしをするのだ。
想像するだけでニコニコしてしまう。
とはいえ無計画に家を飛び出しても、絵に描いた餅で終わってしまう
最悪、道中野垂れ死ぬ可能性もあるわけだし。
道端で骸骨となって横たわる自分のイメージが浮かび、慌てて頭から追い払う。
「とにかく旅費がいるよね」
どれくらい貯めればいいんだろう。
というか、どうやって貯めるんだ。
アルバイトする他ないんだろうけど、十二歳の女の子を雇ってくれるところなんてあるんだろうか。あっても給料低いだろうしなぁ……。
などど頭を抱えていたのだが、問題は意外と簡単に解決した。
私の家庭教師をしてくれているマグヌス先生が、手助けをしてくれることになったのだ。
マグヌス先生はもともと高貴な出自な人だが、結婚せずに家庭教師として働くことを選んだ凄い女性なのだ。
なんでも近々、王女様の家庭教師もすることになっているらしい。
私は週に一回だけ授業を見てもらっているけど、真面目な生徒なので先生のお気に入りの部類であった。
そんなマグヌス先生に、私は理由は言えないけれどお金を稼ぐ方法が知りたいと打ち明けた。
酷く緊張した様子の私に、先生は力強く微笑む。
「なら、私の助手として働けるようにしてあげましょう」
「本当ですか!」
「ええ。例え女であろうと、自由になるお金さえあれば人生は変わります」
打ち明けたことはなかったが、先生は私の家での立場を察してくれていたようだ。
人生は変わる。
彼女のその言葉に、どれほど励まされただろうか。
たぶん、一生忘れることはないと思う。
父にはマグヌス先生のお宅で特別に勉強を教えてもらうことになったと伝え、私は今人生初のアルバイトへ向かっていた。
私たちを乗せた馬車は、名だたる貴族たちの屋敷の前を通り、どんどん王宮へと近づいていく。
そしてなんと、王宮の裏門で止まった。
「マグヌス先生、ここって」
「王宮よ」
裏門といえど、我が家の玄関より大きい。
真っ白な壁に陽が反射して、なんだか目が痛い。
「ということは、今日の生徒って……」
「ええ。今年八歳になられた王女様よ」
かくして私は家から逃走する資金を得るために、王女様の家庭教師助手を務めることになった。
頑張って稼ぐぞー!