三年生11
ゴライアスの丘は郊外にある墓地である。
モリエヌスの墓地でも最も歴史が古く、ハーメスの時代からあるらしい。
私たちは鉄馬車をいくつか乗り継ぎ、明るい林を十数分歩いてようやくそこにたどり着いた。
風は涼しいが、日差しが強い。
帽子をかぶってくればよかったと後悔する私とは違い、ロランはあまり眠れなかったようで顔色はよくなかった。
蔦の絡んだアイアンの門を超え、緩やかな丘をとぼとぼ登っていくと青空を背景にたくさんの墓が見えてきた。
「ハルバート家の墓って、どうやって探せばいいかな?」
「ハルバート家は百年前に途絶えた貴族だ。だからもっと奥の小屋みたいな墓、見える?」
指さされた方に目を凝らすと、確かに石でできた小屋が集まっているのが見える。
「あの霊廟のうちのどれかだと思う」
「ということは、あとは全部の家名を確認?」
「そうなる」
「わかった。頑張るね」
いくつあるかわからないけれど、日が暮れるまでに終わるといいな。
それから私たちは二手に分かれて、早足に墓の前を通り過ぎながら家名を確認していくという作業を続けた。
墓地にも初夏の明るさが満ちていたので、一人で歩いていてもあまり怖くないのが幸いだ。
ハルバート……ハルバート……と呟きながら確認して回っていると、ひときわ立派な霊廟が現れた。
大きさも装飾も周りのものよりもワンランク上って感じだ。
アイアンの扉に掲げられた名前は、ハルバート家だった。
「あった!ロランー!あったよー!」
離れたところで同じように探し回っていたロランを大声で呼ぶ。
墓地は静まり返っているから、私の声は遠くまでよく響いた。
小走りで合流したロランはハルバート家の墓を前に、小さな声で本当にあったと呟く。
見つけたけれど、これからどうするのだろうと思っていると、ロランは鞄からバールのようなものを取り出した。
「いや、それバールじゃん!」
「扉を開けるのに必要だから持ってきたんだけど」
「そんなわざとらしい純粋な目で言われましても……」
話し合いは解決したとばかりに、ロランはさっそく霊廟の扉をバールでこじ開けようとする。
は、犯罪……!
いやでも、他に開ける方法もないし……!
「つっ……!」
わたわたしていると、鍵の部分に手をかけたロランが、熱いものに触れたみたいに手を引っ込めた。
「大丈夫?」
「大丈夫。何か刺さっただけ」
見れば親指にぷっくりと赤い血の玉ができている。
ハンカチでロランの指を包んで血をとめていると、カチャンと鍵の開く音がした。
見ると霊廟の扉がかすかに開いている。
「どうして……」
こ、怖……。
私、心霊現象とかホラーはちょっと苦手というか。
「たぶん血族なら鍵が開く仕組みなんだと思う」
「じゃあロランはハルバート家とつながりがあるってこと?」
それってかなり凄いことなんじゃないだろうか。
だってハルバート家は、こんな立派な霊廟建てるほど力のあった貴族なのだ。
ロランは険しい顔のまま開いた扉の隙間からのぞく闇を睨みつけ、わからないとだけ答えた。
「行こう」
えぇ、行くのぉ……?
とはいえ行きたくないと駄々をこねる雰囲気でもなかったので、私も覚悟を決めた。
もちろん怖いものは怖いので、ロランの服の裾をつかませてもらって進むことにした。
霊廟の中は外とは違いまだ冬のただなかにあるかのように、ひんやりとしていた。
壁一面が棚のようになっていて、小さな箱が収められている。
そして空間の真ん中には、蓋をされた井戸のようなものがあった。
「我らが主、この下にて復活の時を待つ」
蓋に刻まれた言葉を読み上げ、ロランは問答無用とバールでこじ開けにかかる。
ここは世紀末かというほどの倫理観のなさであった。
蓋は固定されておらず、ゴリゴリと石のこすれる音を立てて徐々に動く。
しばらくしないうちに、人一人が通れるほどの隙間が開いた。
「梯子がある」
もにょもにょと恐怖を飲み込み、私はランプで井戸の底を照らした。その灯りを頼りにロランは梯子を下っていく。
高さはそうないようで、すぐに底についたロランが手を振る。
ヒカリガエルの粘液を利用した緑の光を放つランプは、かなり頑丈なつくりをしているので底に投げ落とし、私もまた梯子を下って行った。
井戸の底はちょっとした小部屋ほどの広さで、壁の一面に祭壇のようなものがあった。
低い天井にフックがあったのでランプをかけると、ぼんやりと部屋全体が緑色に明るくなった。
突然現れた訪問者に驚いたヒカリガエルが一匹、ゲコッと鳴いて飛び跳ねる。
「カエルがいる」
「どこかに別の出入り口があるのかもしれない」
「なるほど」
燭台に刺さったロウソクはまだ新しく、最近も誰かがきたことがうかがえる。
「ここって何かの祭壇?」
不気味な雰囲気をかもしだす祭壇に恐る恐る近づいてみる。
燭台がいくつかと、中央に青い小瓶のネックレスが飾られている。
意外と簡素な祭壇だ。
ロランは引き寄せられるように、その青い小瓶のネックレスを手に取った。
「ゴライアスの丘にあるハルバート家の墓に行って、ネックレスを壊しなさい……」
そう呟き、彼はネックレスを緑色の光にかざす。
親指ほどの小瓶はラピスラズリでできていて、光が当たるたびに銀河のように輝く。
「中に水が入ってる」
ぽつりとそう言って、ロランは小瓶の蓋を開けようとした。
「ちょ、ちょっと待って!それどうするの!?」
怖くなって腕にしがみついて止めると、正気に返ったようにロランは瞬きをする。
「どうって……壊すなら中身も捨てなくちゃいけないと思って、それなら飲もうかなって……」
「飲む!?」
いやいやそれはないでしょ!
「変な薬だったらどうするの?水だとしても腐ってるよ。お腹壊すよ」
「そっか」
彼にしてはふわふわした調子のまま、ロランは未練がましそうに小瓶を見つめる。
「そんなに中身が気になるなら、一滴だけそこのカエルにかけてみよう」
カエルにはかわいそうだが、実験台になってもらおう。
いや、本当にカエルには申し訳ないのだけれど。
「……わかった」
不服そうに頷いたロランとともに、祭壇の脇で光っているカエルにそっと近づく。
なんだかロランの様子がおかしく不安なので、私が小瓶を預かり、蓋を開けた。
心の中でごめんねと謝りつつ、一滴だけたらそうと傾ける。
しかし水は自らの意志でもあるかのように、わずかに傾けた小瓶から飛び出し、カエルの体にまとわりついた。
「ヒィ……!」
やっぱり変な薬だったんだ!
思わずしがみついた私を抱えて、ロランはカエルから距離をとる。
水はうねうねとカエルの体を包んだのち、しみこむようにその体の中へと消えていった。
二人とも絶句して見守っていると、ゲコッと一声鳴いた。
カエルは周囲を見回し、私たちを見る。
そしてこう言った。
「俺を復活させたのはお前たちか?」
「カエルがしゃべった……」
「ぎゃーーー!?」
「うわっ!落ち着いてアニエス!」
恐怖メーターが完全に振り切れてしまい、発狂したように泣き叫ぶ私をロランは必死に抱きしめて落ち着かせようとした。
「うるさい、女だな」
「カエルにうるさいって言われだぁあああ!」
「よしよし……アニエス、いい子だから……」
頭を撫でられ、幼児扱いを受けて、少しだけ立ち直る。
そんな私たちに呆れた目線を送っていたカエルは、何かに気が付いたように、ん?と声をあげた。
「カエル?」
まるで自分がカエルであることに初めて気が付いたというような物言いだ。
「お願いだから、カエルはちょっと黙っててくれる。せっかくアニエスが落ち着いてきているんだから」
「え、あぁ……いや、待て。俺はカエルなのか?」
「そうだって言ってるだろ」
カエルは口をぽっかり開けて、驚愕の表情になった。
カエルにも驚愕の表情とかあるんだかと思えるくらいには、私も回復していた。
「なんということだ……」
最悪だとカエルは力なく呟き、ぐったりとする。
「あの、大丈夫……?」
思わず心配になって尋ねると、大丈夫なものかと妙にいい声で言われる。
いま気が付いたけれど、カエルなのにどうやって発声しているんだろう。
よろよろと顔をあげたカエルは、私たちを睨みつけて、まるでこの世の終わりのような低い声でこう告げた。
「お前らには、責任を取ってもらうぞ」




