三年生8
緑の発光スライム事件から、私とニーカは以前よりもずっと親しくなった。
クリスティーナさんのことも中身が人間だと知って、怖いと感じることはほとんどない。
魂を中身っていうのが正しいのかはわからないけど。
モリエヌスを覆う分厚い雪雲は、雪とともに姿を消しつつある。
フレイム王国の南の方では、もう花が咲き始めている頃だ。
ここでの春はまだ先だ。
季節の巡りは土地で違っていても、暦はどこでも同じだ。
つまり毎年春先だった私の誕生日が、モリエヌスでは冬の終わりにやってきた。
リュイ先生のプレゼントは薄手の赤いコートだった。
軽いけれど布地は目がつまっていて、何より色が綺麗だ。
「これから暖かくなってきたら、休みの日に街へ遊びにいくこともあるだろう」
そう言ってこのプレゼントをくれたのだ。
誰かが私のことを本当に思って用意してくれた誕生日プレゼントなんて初めてで、胸がいっぱいになってしまう。
プレゼントを大事に抱きしめて歩いていると、よほど嬉しそうな顔をしていたのか、よく知らない生徒たちからもおめでとうと言われた。
リュイ先生のプレゼントは、本日の主役と書かれたたすきなみの効力があるに違いない。
寮に置きに戻ろうと食堂の前を通ったら、カルと目が合った。
奴は紳士で通しているからか、明らかに誕生日っぽい雰囲気を出す私を無視できなかったらしい。
「やぁ、アニエス。もしかして誕生日か?」
「ええ、十四歳の誕生日よ」
「おめでとう」
などと言いながら、とても爽やかな笑顔で食堂のお菓子をくれた。
案外いい奴だ。
食堂から出たところでニーカと会った。
「部屋に戻ったらあげようと思っていたんだけど、いろんな人に先を越されちゃったみたいだから」
リュイ先生からのプレゼントの上に、カルからのお菓子とニーカからの平たい包みが並ぶ。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「クリスティーナと一緒に編んだ栞。虫よけの効果があるハーブで染めた糸を使っているから、紙が長持ちするはずよ」
「ありがとう!大切にするね。……でも、虫よけ効果がある糸ならクリスティーナさんもつらかったんじゃない?」
虫かごの中でクリスティーナさんは前脚をワイパーみたいに振っている。
「大丈夫だって」
「よかった。クリスティーナさんもありがとう」
いっぱいもらっちゃったな、誕生日っていい日だな、とニコニコしながら談話室に差し掛かる。
談話室にはなぜかたくさんの女子生徒が集まってきた。
中心になっているのは三年生だが、他の学年の子もちらほらいる。
なんの騒ぎかと人の中心を覗き見てみると、ファンに捕まったロランが勉強会という名の質問攻めされていた。
彼は普段なかなか捕まらないし、捕まっても機嫌が悪ければ睨まれて終わりなので、今日というラッキーな日にたくさんの生徒が集まってしまったようだ。
いまもまさに三年生ファン筆頭のイザベラが、数学の問題を教えてもらっている。
ということは今日のロランは結構機嫌がいいということか。
美形は大変だなぁと我関せず通り抜けようとしたが、私を目ざとく見つけたロランに名前を呼ばれた。
「アニエス!」
なんだよぉ……ファンサービス中に呼ぶなよぉ……。
邪魔されたとイザベラの鋭い視線が刺さる。
しぶしぶ近寄ると、ロランはプレゼントの数々に眉をひそめた。
「強奪したの?」
「してないよ!誕生日だからみんながくれたの!」
強奪ってなんだ。
人のことを山賊みたいに言うんじゃないよ。
「誕生日?」
「そうだよ。今日は私の誕生日」
「そっか、誕生日ってプレゼントあげる日だっけ」
「ちょっと違うけど」
まぁお祝いする気持ちを物に込めて贈るという意味なら、決して間違いではないか。
「誕生日のプレゼントっていつまで?」
「いいよ。おめでとうって言ってくれるだけで十分」
それこそ今日中に持ってこいとか、山賊みたいになる。
プレゼントは無理に用意しなくていいと言う私の返事を、質問しておいて聞いていないロランは歯ぎしりしながら私を睨んでいたイザベラを急に見た。
「女の子って、何をもらったら嬉しいの?」
今にも嫉妬の炎を口から吐き出しそうだったイザベラは、急にロランの興味が自分に向いたのでぽっと乙女の顔になる。
凄い切り替わりだ。
「えっとプレゼントならお花とか、アクセサリーとか」
「花にアクセサリー……」
「でも私は、頬にキスとかでも……」
言っておいて恥ずかしくなったというふうに、イザベラは頬に手を添え、きゃっと照れた。
「そんなものでいいの?」
「ええ、もちろんです。ロラン様がしてくださるなら……」
「アニエス」
「ん?」
イザベラって性格悪いことをのぞけば、かなり見た目は可愛いよなぁとトンチンカンなことを考えていたので、ロランが何を考えているのか全く気が付かなかった。
むにゅっとしたものが頬に触れる。
驚くほど近く、というか右の頬にロランの顔がある。
つまり、私は、ロランに、ほっぺにチューされていた。
「誕生日おめでとう」
きゃー!と爆発したみたいな悲鳴があがった。
「な、な……!」
言葉が出ずにキスされた頬を押さえて真っ赤になる私に、ロランは満足げに笑う。
いやあなた、そんな達成感に満ちた顔されましても。
ガッターン!と凄い音がしてそちらを見ると、イザベラが椅子ごと後ろにひっくり返って気を失っていた。
かくして十四歳の誕生日。
私とロランは学院内公認カップルとなったのだった。
いや、付き合ってないんだが。




