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三年生5


鉄馬車の停留所を降りて、数分歩くうちにリュイ先生の肩にはうっすらと雪が積もっていた。

学院から帰ってきた私たちを、リュイ先生のご両親が玄関先で出迎えてくれる。

「おかえりなさい、アニエス」

「おじさん、おばさん、ただいま帰りました」

「まぁ、少し背が伸びたんじゃない?」

私を抱きしめ、おばさんは伸びた背を確認するようにぽんぽんと頭をなでてくれる。

「その割には相変わらず細いな。ちゃんと食べてるのか」

むすっとした顔のおじさんは、私の服についた雪を払う。

もとの顔が怖いから怒っているように見えるけれど、心配な時ほど不機嫌そうな顔になるという難儀な御仁なのである。

「息子の帰りも歓迎してくれよ」

「お前は早く嫁を連れてこい」

結婚適齢期の独身男性は大変だなぁと、おじさんとおばさんによしよしされながら思った。


リュイ家で過ごす年末は驚くほど穏やかで、冬休みの課題をやって、おばさんの手伝いをして、おじさんの仕事を見学して、リュイ先生の鉱物への愛を聞き流しているうちに、あっという間に年が明けた。

モリエヌスの新年はそれぞれの家でゆっくりお祝いするスタイルだ。

日持ちのするパンに近いケーキを食べて、夜に庭で花火をあげるのだ。

「うちは鉱物専門の家だから、毎年ご近所さんに花火を配っているんだよ」

年末におじさんが作った花火が入った袋を両手に、リュイ先生の後ろをついて回る。もちろん先生の両手も花火の袋でふさがっている。

どんだけご近所さんに配るつもりなんだろうか。

「鉱物の種類、粒の大きさ、キメで花火の色は変わる。四年生の授業で花火の作り方を習うから、来年はアニエスも作ろうね」

「楽しみです」

花火を個人で作れるとか、やっぱり錬金術師凄いな。

作るなら何色がいいかな。

綺麗な赤がいいな。

ロランの目みたいな。

……ロランどうしてるかな。

ずっと一人で寮にいて、寂しくないかな。

そんなこと直接聞いたら、鼻で笑われそうだけど。


ご近所さんに花火を配り終わり、帰ってきた私たちの両手は相変わらずずっしり重たい。

みんな花火のお礼といって食べ物や、珍しい植物、自分の家で作っている商品をくれたからだ。

屋敷かパーティーかの二択だったフレイム王国との暮らしとは、何もかもが違っている。

夜になって、おばさんのケーキを食べ、私たちも花火をあげることになった。

花火は人差し指くらいの筒に入っている。

これを地面に設置した着火筒に入れて、上から水を少し入れる。すると時間差で発火して、花火が噴水みたいに吹き上がるのだ。

「なんで水を入れたら火がつくんだろう」

花火の筒を眺めたり、嗅いだりしていると、リュイ先生が横から教えてくれる。

「生石灰が詰めてあるんだよ」

「石灰って、あの白いやつですか?」

「水を加えると発熱して、周囲のものが発火するんだ」

「じゃあ石灰自体が燃えるわけじゃないんですね」

「その通り」

なるほどなぁ。

改めてしげしげと眺めてから、花火を着火筒に入れた。

その上に少量の水を注ぎ、すぐに離れる。


数秒の沈黙。

ジュッと火花が飛び出した。

火花はどんどん勢いを増して、噴水のように吹き上がる。

青、緑、黄と変化して、地面から巨大な花が咲いたようになる。

光の粒がパチパチと弾けて、縦横無尽に駆け回り始めた。

赤い光の粒が跳ねまわり、ぶつかって、天に昇っていく。

集まった光が色とりどりの蝶の姿を形成する。

「わぁ……!」

蝶たちは優雅に羽を動かし、ひらひらとあたりを飛び回った。

その羽を作る光がほろほろと解けて、空に溶けていく。

最後はまるで夢のように蝶たちは消えさり、あたりには暗闇が戻ってきていた。


「凄い……」

あの光の蝶はどういう原料を組み合わせて作るのだろう。

鉱物の中には、加工された形を記憶するものもあるから、その性質を応用しているのかもしれない。

「いまのは、先生が作ったんですか?」

「まぁね」

普段はおっちょこちょいなところが目立つけれど、やっぱりこの人は凄い錬金術師なんだ。

そう改めて実感すると、ふいに不安になった。

もっと優秀な生徒がいるのに、どうしてリュイ先生はあの酒場で私に弟子にならないかと言ってくれたのだろう。

「先生はどうして私を弟子にしてくれたんですか?」

先生がいなければ私はモリエヌスに来ることも、学院に入ることもきっとできなかった。

こうして休みを過ごす居場所もくれて、無条件に知識を与えてくれる。

どうして、こんなに私によくしてくれるのだろう。

私は先生に何を返せるだろう。

リュイ先生は新しい花火を取り出し、私に手渡した。

「君に才能を感じたからだよ」

「錬金術のですか?」

「いいや」

ゆっくりと茶色い頭を左右に振り、先生はびっくりするくらい優しい目で私を見た。

「努力する才能だ。錬金術師に必要なのは、家柄でも歴史でもない。探求心と努力する才能なんだ。僕はそれをアニエスに感じたんだ」

先生の言葉が、乾いた地面に水がしみこむように、私の中へしみこんでいく。

これまでの人生を、努力のすべてを、認めてもらえた気がして、涙がこぼれた。

急に泣き始めた私に先生はアワアワと手をさまよわせて、どうしたんだと焦る。

「大丈夫です。嬉しくて涙が出ちゃった」

モリエヌスに来てから、涙腺がすっかり緩くなってしまったようだ。

涙を拭いて笑う私に、先生はほっと胸をなでおろす。

「アニエスを泣かせたってばれたら、母さんに何を言われるか」

「その時はちゃんと私が説明しますから」

私は涙で塗れた指先をしっかりと拭いて、花火を握りしめる。

どうしてだか、ロランと一緒にこの花火を見たいと思った。

「先生、明日ちょっとだけ学院に行ってきてもいいですか?ケーキと花火をロランに持って行ってあげようかと思って……」

ロランの名前に、先生はわずかに目を見開く。

しかしすぐに嬉しそうな笑みを浮かべて、頷いてくれた。

「行っておいで。彼もきっと喜ぶ」





次の日、私はおばさんが焼いたケーキと花火を持って寮へ向かった。

ケーキといっても、石並みに硬いパンみたいな感じだから、バスケットが揺れるたびに中でゴロゴロ転がる。ちょっとケーキに対して、バスケットが大きすぎたな……。

寮の管理人のおばさんは休み中に戻ってきた私に驚いていたけど、ロランに会いに来たと言うと、なぜかニヤニヤしながら通してくれた。

なんなんだ。

「どこにいるかな」

いちおう談話室や食堂も覗いてみたが、案の定見当たらない。

がらんとした学院の中でロランを探して歩いていると、まるで死んだ巨大な生き物の中をさまよっているかのような心地になった。

地下へ下りて、慣れた廊下を進んでいく。

「あけましておめでとうー!」

確信を持って柱に紛れた扉を開けると、実験机で何かを読んでいたロランが顔をあげた。

「まだ休みは終わってないけど」

新しい年になってもロランの憎まれ口は変わらないらしい。

苦笑して私はバスケットを持ち上げてみせた。

「差し入れにきたんだよ」

「差し入れ?」

戸惑ったような顔をするロランの隣に勝手に腰かけ、マフラーを外す。

「リュイ先生のお母様が焼いた新年のケーキと花火を持ってきたんだ。一緒に新年のお祝いをしようと思って」

「ケーキってあの石みたいなやつ?」

「そうそう。おいしくて甘い石ね」

やっぱり地元民も石みたいだと思ってるんだ。

棚から皿を持ってきて、切り分けたケーキを乗せる。

ロランは砂糖がまぶされたそれを、実験対象でも観察するかのようにジッと見つめた。

「紅茶淹れようか?」

素直に首を縦に振る姿は、小さな子供みたいだ。

よしよし、美味しい紅茶を淹れてあげよう。

暖炉にやかんをかけて沸騰するのを待っていると、ケーキを一口食べたロランがぽつりとこぼした。

「まともに食べるの久しぶりだ」

モリエヌスでは毎年食べるものだと聞いていたのだけれど。

前々から思っていたけれど、ロランって家族と仲悪いのかな。

帰りたがらないし、新年のケーキも久しぶりに食べるらしいし。

「その、答えるの嫌だったら無視してくれていいんだけど、ロランって家族とあまり仲良くない感じ?」

ロランは無言でケーキを口に運んだ。

人に聞いておいて自分は何も話さないのも変な感じがして、私は言葉を選びながらゆっくりと口を開いた。


「私、家を逃げ出してきたの」

やかんの中でポコポコとお湯が揺れる音がしている。

「恵まれた環境だったとは思う。でもどんなに努力しても意味がなかったり、簡単に奪われたりして、嫌になって逃げちゃった。リュイ家で過ごして、初めて家っていいなと思ったの。でも私の本当の家は、私が逃げ出してしまったあそこで……家族ってなんなんだろうね」

モリエヌスに来て本当に良かったと思っている。

でもフレイム王国にも親切にしてくれた人はいた。

マグヌス先生にリリアン様、そしてアレクシス王子。

オデットはうまくアイリスのふりをしている頃だろうか。

マグヌス先生とリリアン様には、アイリスがオデットだったことになっても、どうか怒らないでほしいと手紙を残していったけれど、リリアン様は納得していないだろうな。

でも私のためにマグヌス先生が仕事を失ったり、リリアン様がまた気難しい王女だと言われたりしてほしくないのだ。

私は私のことを諦める以外で、大切な人たちに迷惑をかけないですむ方法がわからなかった。


「自分がいたいと思う場所を、自分で探そうとしただけだろ。それとも家族を捨ててきたって後悔しているわけ?」

「……してない。ここに来てよかったって思ってる」

「なら、そんな顔しなくていい」

「そんな顔って?」

自分がどんな顔をしているかわからず尋ねると、ふいっと顔をそらされた。

「申し訳なさそうな、不細工な顔」

「ぶ……」

不細工は余計だ。

でも、ロランなりに励ましてくれたのかもしれない。

不細工は余計だけど。

それから私たちは特に会話をすることもなく、ケーキを食べ終わり、温かい紅茶を飲んだ。

居心地のいい沈黙に、私は自分がいたいと思う場所が確かにここにあることをひっそりとかみしめた。


日が暮れても、雪が積もった中庭はぼんやりと明るい。

暖炉で暖まった体に、宵の口の寒さはさすがにつらいものがある。

私は寒い寒い言いながら、雪に着火筒を埋めて少量の水を注いだ。

そして急いで離れようと立ち上がったのだが、雪に足を取られて数歩も進まないうちにずっこけてしまった。

顔面から雪に突っ込んだ私を、何してんのと笑いながらロランが引っ張り上げてくれる。

「アニエスはどんくさいね」

「返す言葉もない……」

そうこうしているうちに火花が噴き出し、雪を眩しく照らし始めた。

「あぶなっ!」

ローブが燃えると転がるように雪の上を逃げる。

自分だって危ないのに、ロランは余裕の顔で逃げまどう私を笑っていた。

青。

緑。

黄。

火花は色を変えて、真っ白な中庭を彩る。

赤い火花が弾けて、跳ね回り、蝶たちが姿を現す。

冷たく澄んだ空気の中を泳ぐように飛ぶ蝶たちが、私たちの頭上へゆっくりと昇っていく。

その輪郭が徐々に崩れて、光の粒となって降り注いだ。

「ね、綺麗でしょ!」

自分が作ったわけでもないのに得意な気持ちになって、私は振り返る。

ロランは振り返った私にポカンと口を開けて、息を吸って一瞬止まった。

彼の赤い瞳に、花火の最後の光が映り込んでキラキラと光る。

花火の光が完全に消えてしまった後、寒さのせいかほんのりと赤くなった顔で言う。

「……うん、綺麗だ」

そして屈託なく笑う。

無邪気で、本当に嬉しそうな、心臓がちょっとギュッとしてしまう笑顔だった。



アニエスの実家が気になっている方もいらっしゃるとは思いますが、もう数話ほどロマンスパート後、いろいろと展開していく予定です。

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