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三年生4


編入してから早いもので、もう二か月が経っていた。

大陸の北端にあるモリエヌスでは、毎日雪が降っている。

晴れ間なんてもうずっと見ていない。

フレイム王国の十二月は、どうだっただろうか。

頑張って思い出してみようとしたけれど、不思議なことに全く思い出せなかった。


「アニエスは冬休み、帰る?」

「冬休み?」

そんなものあるのかと聞き返すと、ベッド下から随分と大きなトランクを引き出していたニーカは呆れたとこちらを見る。

「明後日から冬休みだって知らなかったの?」

言われてみれば、みんな休みがどうのとか話していた気がする。

友達があまりにもいないから、全然気が付かなかった。

「うっかりしてた。休みっていつまでだっけ」

「一月の第二火曜日まで」

「ニーカは家に帰る?」

「まぁね。冬眠しない子を全員連れて帰らなきゃいけないから、本当は面倒臭いんだけど」

「だから、そんなに大きなトランクを引っ張り出しているわけね」

最初こそ怖いというか不気味だと思っていたニーカとは、それなりに仲良くなっていた。

蜘蛛のクリスティーナさんは、慣れてみるとけっこうチャーミングなところもあるし、大量の虫かごのことさえ考えなければ意外とうまくやれている気がする。

「アニエスはリュイ先生のおうちに帰るんでしょ」

「そうなるのかなぁ」

「帰らないなら、冬眠してる子たちのお世話を……」

「帰る帰る!めっちゃ帰る予定!」

さすがにお世話だけは勘弁してほしい。


ニーカの手前帰ると宣言してしまったので、次の日の昼休みに私はリュイ先生の研究室を訪れることにした。

リュイ先生の研究室は頑丈な石造りの部屋で、ところどころ焦げた跡がある。

「先生~」

奥に進むほどに硫黄のにおいがしてくる。

たぶんまた実験に夢中になっていて、聞こえていないんだろうなと思いつつ、ずんずん進んでいくと、案の定先生は黒板の前でうんうん唸っていた。

黒板には崩れた数字や文字が飛び交い、はた目からでは何が書かれているのかわからない。

「リュイ先生」

「ん?おや、アニエス。どうしたんだい?」

グレイのローブのいたるところにチョークの粉が付いている。

「先生、明日からの冬休みなんですけど……」

「そうだった!冬休みの課題があるんだった!」

「まだ準備してなかったんですか!?」

「いや、大丈夫……確か先週用意して、たしかここらへんに……ほら、あった!」

課題プリントを高々と掲げる姿は、とても鉱物科の前途有望な若手教師には見えない。

「あれ、それでアニエスは何の用だったっけ」

「冬休みの間、また先生のおうちに居候させてもらってもいいか聞きに」

「えっ!?」

「あっ、やっぱりご迷惑でした!?」

「違う違う!いいに決まってる。当然一緒に帰るものだと思っていたから、驚いてしまったんだ。ごめんね」

一緒に帰る。

先生が何気なく言った言葉が妙に耳に残って、胸がじわじわ暖かくなる。

「二人もアニエスのことを待ってるよ」

リュイ先生のご両親。

おじさんとおばさんの顔が浮かぶ。

休みに入るのが一気に楽しみになった。


リュイ先生のところに行っていたので、すっかり昼食がおそくなってしまった。

ミートボールに付け合わせのポテトとジャムをもりもりに盛った皿を手に、空いた席を探していると、見慣れた黒髪があった。

「隣いい?」

ロランは読んでいた本を閉じ、無言でどうぞと椅子を引いてくれる。

自分の隣に誰も座らせない彼が自ら椅子を引いたのを見て、近くにいた女子たちが顔を寄せ合ってヒソヒソ何か言うのがわかった。

彼は私の圧倒的肉とポテトで構成された昼食を見て、眉をひそめる。

「なにその馬鹿みたいな皿」

「失礼な」

確かに初めてミートボールと甘いジャムの組み合わせを見たときは私もびっくりしたけど、このあまじょっぱさが癖になるのだ。

そういうロランの手元には、食べかけのまま放置されたパンが転がっていた。

「ちゃんとご飯食べなきゃ駄目だよ。身長伸びないよ」

「じゃあ、アニエスは横に大きくなるね」

「失礼な」

さっきから失礼なことしか言われていない気がする。

私もロランも友達がいないから、自然と一緒にいることが多いのだが、彼は結構意地が悪い。

「そういえば、どうして明日から冬休みだって教えてくれなかったの?」

「そうだっけ」

「そうだよ」

本当に忘れていたとふうに、ロランはふーんと気のない返事をする。

「どうせ、僕は帰らないから」

「帰らないの?」

てっきりみんな帰省するものだと思っていたのだが。

ということは、休みの間もずっと寮にいてもいいのか。

「年越しだからっていちいち帰るのが面倒なんだ」

そう言ってロランはわずかに目をそらす。

仲良くなって気が付いたのだが、彼は実家や家族の話題になると、こうやってすぐに目をそらす癖がある。

この話題は不快だと悟られることすら嫌だとでも言いたげな雰囲気に、私はいつも理由を尋ねることができずにいる。

私も家族のことは、あまり話したくないから。

勝手に落ち込んだ私を見かねてか、ロランはフォークを手にほんのり微笑む。

「モリエヌスの新年は初めてでしょ。楽しんでおいで」

そう言ってミートボールにフォークを突き刺し、自身の口に放り込んだ。

「ありがとう。でもそれ私のミートボールだからね」

よりによって肉を食うな、肉を。

でもロランがこんなふうに親しく接してくれるから、誰も表立って私に意地悪できないでいることを私は理解していた。


前に一度だけ持ち物を隠されたことがあった。

その時ロランは一番に見つけてくれて、みんなの前でそれを返してくれたのだ。

犯人をつるし上げるなんてことはしなかったけれど、それ以来誰もロランの怒りを買いたくなくて、いじめっぽいことは起こっていない。

私がそのお礼を言おうとしたら、すぐにはぐらかしたり、意地悪なことを言ったりする。

素直じゃないロランのおかげで、私の学院生活は守られていた。



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