12歳 春
二章の途中まで書けているので、毎日いい感じに投稿できるよう頑張ります。
はじめに説明しておこうと思う。
私の名前はアニエス。
モレル伯爵家の長女だ。
一方で私には、日本という国で暮らしていた平凡な記憶もある。
いわゆる転生というやつだ。
そして私は気づいてしまったのだ。
私、アニエス・モレルが、恋愛アプリゲーム「振り向いて!~私のプリンス様~」に登場する悪役令嬢であるということに。
自分が悪役令嬢のアニエスだと気が付いたのは、十二歳の春のことだった。
「明日、お前の妹が来る。面倒を見てやれ、アニエス」
「妹?」
「名前はオデットだ。いいな」
「……わかりました」
妹なんて初耳だ。
というか相変わらず、お父様は一方的な話し方をするなぁ。
などという不満を呑み込み、オデットという名に何か嫌な予感を覚えた。
そして次の日父が連れてきた少女を見て、私は嫌な予感の正体を知ることとなったのだ。
家にやってきたオデットを見て、私は驚愕した。
オデットは薄紅色の髪に、金色の瞳をした、とても可憐な少女だった。
妹だというのに、私と同い年で、髪色や瞳の色などが私と似ている。
ちなみに私の髪と瞳の色は、父譲りのものだ。
だからオデットが父の愛人の子供なのだろうというのは、聞かずともわかった。
しかし私が驚いたのは、父に愛人がいたこととか、何食わぬ顔で連れてきたこととではなく、オデットの容姿に見覚えがあったからだ。
何を隠そう私には前世の記憶がある。
俗にいう乙女ゲームから流行のソシャゲ、ゾンビを倒すアクションゲームまで幅広くプレイしていたオタクだった前世の私は、修理費を出し渋ってエアコンが壊れたままの部屋で熱中症になり、このアニエスに転生したのだ。一日くらいならいける!むしろ汗を流してデトックス!などと思ったのが運のつきである。日本の猛暑を舐めてはいけなかった……。
という後悔はいったん置いといて。
私が当時やっていたゲームは多岐にわたり、スマホの恋愛アプリゲームも数えきれないほど攻略していたわけなのだが、その中の一つ「振り向いて!~私のプリンス様~」は、攻略対象は王子アレクシスだけで、攻略のためのミニゲームに主体を置いたゲームであった。いや、タイトルだけみると正直ダサいな。
タイトルは置いといて。
ドレスやアクセサリーを集めていって、ライバルたちに勝とう!みたいな内容だ。
そしてオデットは、ゲームの主人公に見た目がそっくりだったのだ。
となると長年自分に抱いていた違和感にも気が付く。
オデットよりも赤みの強い変わった髪色に、キツイ印象の吊り目。
美人ではあるけれど、どこか意地悪そうな感じのするこの顔。
そしてアニエスという名前に、突然やってきた妹。
そう、私は、主人公を長年いじめ続ける、ゲーム内一邪魔なキャラ、アニエスに転生してしまっていたのだ。
いや、しかし。
しかし、である。
こうして自分が悪役令嬢のアニエスで、オデットがゲームの主人公だと気が付けたのは不幸中の幸いではないだろうか。
だって私はオデットをいじめるつもりなんてないし、王子も正直興味がない。
これはオデットと仲良くなって、悪役令嬢回避の流れでは?
などと考えていた時期が、私にもありました。
結論だけ言おう。
甘かった。
パンケーキに生クリームとチョコレートソースとさらにキャラメルをかけたくらい甘かった。
「何をしているんだ、オデット!」
「テオ兄様……その……アニエスが……」
「またアニエスか!アニエス!どこにいる!」
こちらこそ、またか……とため息をつきつつ、私は階下へおりていった。
「なんでしょう?」
「白々しい。お前はまた、オデットに使用人の真似事をさせて!妹を可愛がることもできないのか!」
兄のテオが指さした先には、雑巾を手に持ったオデットがいた。
彼女の指先は冷たい水に触れたせいか、痛々しい赤に染まっている。
「私はそんなこと命じていません。オデットが勝手にやったことです」
「どうせ強制したのだろう」
「テオ兄様、違うんです。私がお姉様の紅茶をこぼしてしまったから……」
そう言ってオデットはスカートの裾をもぞもぞと隠すような動きをする。
目敏くテオが彼女のスカートに手を伸ばし、グワッと目を見開いた。
「服が汚れているじゃないか」
「これは……」
まるで私がかけたとでもいうかのように、オデットはおどおどとこちらを見る。
私はもううんざりして、深いため息をついた。
もちろんオデットが私の紅茶をこぼしたなんて初耳だ。
こぼしたことも知らなかったのに、服に紅茶をかけるなんてできるわけがない。
「アニエス……お前というやつは……」
兄はせっかく綺麗な顔を忌々しそうに歪めて、私を睨みつける。
「お兄様、私、勉強の途中なので戻っても?」
やってもいないことを責められても困る。
もうこうやって怒られるのも慣れてしまった。
もともと私はあまり物怖じしない性格だから、ますます心臓が強くなってしまった気がする。
それを兄や父は可愛くない、愛嬌がないと、オデットと比べる。
「オデットに謝罪しなさい」
「……ごめんなさい」
これでいいでしょ?と目配せし、私はさっさと自室へと戻った。
背後で兄がオデットを慰める声が聞こえる。
ドアを力いっぱい閉めて、私はベッドに飛び込んだ。
そして枕に顔を埋めて、力いっぱい叫んだ。
「カァーーーーッ!ムカつくーーー!!」
脚をばたつかせ、むしゃくしゃした気持ちをなんとか治めようとする。
「勝手に紅茶こぼして、勝手に拭いてる奴に、なんで謝らないといけな、ウェッ!」
あまりに力みすぎて、むせてしまった。
ひとしきり咳をして落ち着いた私は仰向けに寝転がった。
「はぁ……」
最初は本当に仲良くできると思っていた。
けれどあの通り、オデットは無いことをでっち上げて私にいじめられていると父や兄に泣きつき、私は叱られ、嫌われていく一方。
そりゃ可愛くて守ってあげたくなるオデットと、キツイ顔立ちで愛想のない私だったら、オデットの方を可愛がりたくなる気持ちはわかるけどさ……。
だからって、私が悪くないと疑いもしないのは、ちょっと酷くないか?
もともと仲が良い家族ではなかったけれど、オデットが来てわずか三か月で、私と家族の仲は最悪になってしまった。
私を悪者にすることで、他の三人が団結してしまったような感じだ。
「もう、どうしようもないのかな……」
じんわりと目頭が熱くなる。
あんな奴らのために泣いてやるものかと涙をぐっと引っ込めて、ベッドから跳ね起きた私は机についた。
この世界には暇つぶしになるゲームもなく、父は娯楽品を買い与えてくれないので、必然勉強して時間を潰すのがくせになっていた。
なにより勉強を一生懸命すれば、少しは自分の道が開けるかもしれないと思ったからだ。
「いまに見てろよ」
それを口癖に今日も私は机に噛り付く。
この時までは、優秀になれば父だけでも私を認めてくれるかもしれないと、儚い希望を抱いていた。
勉強に励んだ成果がついに出た。
家庭教師から十五歳までに習う内容は、全て習得したというお墨付きをもらったのだ。
十二歳で十五歳までの内容を終わらせるって、我ながら優秀なのでは!?
浮足立って、私は父の書斎を目指した。
ちょうどよく書斎の扉が開いていたので、父を呼びながら元気よく中を覗き込む。
「お父様!」
部屋の中には、父と兄と、そしてオデットがいた。
「お姉様……」
はっとオデットは手を胸の前で握りしめる。
その首元には、母の形見のネックレスが輝いていた。
「そのネックレス……どうして……」
あれは私が母からもらう約束をしていたものだ。
それをどうしてオデットが。
「なんだ、アニエス。騒がしい」
「えっと、先ほど十五歳までの内容を修了したので、その……」
「そんなことか」
「そんな、こと?」
「お前はそれしか取り柄がないのだから、それくらいで満足するな。まぁ女が賢くなったところで、小賢しいだけだがな」
父の言葉に、ガツーン!と頭を殴られたような心地になった。
そっか、私が頑張っても意味ないんだ。
どんなに頑張っても、私には興味がないんだ。
ごめんなさいと下がる私に、家族は目もくれない。
ただいかにも申し訳なさそうな顔をしているオデットの首元で、母の形見が美しく光っていた。
そしてとうとう、私は決意したのだ。
「こんな家、出てってやる!」
と。