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鉄砲斎  作者: 梔虚月
第一章 長崎所払い
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金髪碧眼の砲術指南役

 1 金髪碧眼の砲術指南役


 ()前国(ぜんこく)(その)()(ぐん)(さん)(じょう)(じょう)に呼ばれたリャンは十四歳、ポルトガル商船で長崎港に来航した火縄銃を商う彼の噂を聞き及んだ家老に、下級武士の砲術指南役を申し付けられる。


 長崎港は天正六年、(りゅう)(ぞう)()隆信(たかのぶ)から攻撃を受けて苦戦したところ、カトリック教会の男子修道会イエズス会のポルトガル人宣教師の助力を得て撃退したが、渦中にあってリャンが手解きした砲術師が撃退せしめた敵は他を圧倒したらしい。重ねて彼自身の討取った首が群を抜いていれば、火縄銃を貿易の商材としても興味を抱いていた老中の誰もが、年端のいかない商人の砲術指南役を適任だと反対しなかった。


 リャンは唯一の肉親である妹リズと、イエズス会の教会領に寄進された長崎に暮らすこととなり、屋敷に招いた下級武士に火縄銃を(きょう)()する。若輩で金髪碧眼の商人から火縄銃の手解きを教授される者は、武士でありながら長崎港の攻防で論功にも値せず、刀剣の精彩を欠いた甲斐性無しばかりが集まった。かのような手合いが上席から派出を仰せつかれば、不満の捌け口がリャンに向うのは必定だった。


「老中が戦場から離れて久ければ、武士が何たるかを忘却しているようだ。武士の射術は古来、心身の鍛錬のために弓を引くと相場が決まっておる。技芸を必要とせん鉄砲隊は近頃、足軽の仕事だと聞いておるぞ」

「百姓の火縄銃が背後にあっては、おちおち先槍を担げんなあ」


「お前は、先槍なんぞ担いだことなかろう」

「こんな卑怯な武器に狙われた戦場で先頭に立つのは、よほど酔狂な奴ですよ」


「違いない」


 砲術指南役の屋敷に集められた武士は、縁側に腰を下ろして、火縄銃に(さく)(じょう)で火薬と弾丸を銃身の奥に込めながら談笑している。火縄銃が戦場に登場してから時が経っていれば、彼らも銃身の下から『カルカ』と呼ばれる朔杖を引抜いて、銃口に弾丸を込める所作を心得ていた。


「しかし狙いを定めて引き金を引くだけで、何の鍛錬になるのだろう。これならば、相撲を取った方が良い鍛錬になる」

「それなら、あとで一番どうですか」


 雑談に興じる武士たちは弾丸の装填が終わっても、銃身をカルカで突いている。彼らは、射場の傍らに佇んでいる金髪碧眼のリャンが、いつまでも口籠っているのを見て見ぬ振りしていた。


 なぜならリャンは北欧出身の祖父方の血統が色濃く、色白の肌こそ血色が良くてヒノモトの国人と然程変わらなかったものの、金髪は日に透かした絹糸のように艶めき、瞳は海の底に潜り海面を見上げたかのような澄んだ碧眼だった。詮ずるところ異国の師範代は、およそヒノモトの言葉を理解する容姿ではなかった。


「そろそろ参りましょう」


 射場で待ち構えていたリャンだったが、席を立つ気配のない彼らに小声で話しかけている。しかし話に花を咲かせている武士たちは、射場に移動を促す砲術指南役を一瞥するだけだった。


"Se você não está motivado, vá para casa"


 リャンがポルトガル語で呟くと、武士たちが眉を吊り上げて睨みつけた。リャンは長崎に来航して一年に満たなければ、大方の予想通り言葉に難儀していた。しかし屋敷の指南所に集まっている武士たちは、異人の行き交う貿易港の住人であり、彼が不用意に言い放ったポルトガル語『()()()()()()()()()()』を理解している。


「おい、なんぞ言いおったか」


 火縄銃の床尾を(くつ)(ぬぎ)(いし)に突き立て威嚇した平松(ひらまつ)は、先程から呆けている武士を率いている徒組(かちぐみ)(がしら)だった。平松は長崎攻防のとき、敵味方の銃弾が飛び交う戦場で活躍を阻まれたと、火縄銃そのものを目の敵にしているふしがある。


「俺たちは技芸の鍛錬に来たんだが、的を狙って指先一つ動かすことが武芸になるのか。射術とは、弓を引く剛腕と精神を鍛える技芸のことだ」

「平松殿の言うとおりです」


「ほらみろ、石崎も申しているではないか」


 平松の無茶に相槌を打つのは、腰巾着の石崎(いしざき)だった。不満を漏らすのは決まって平松であり、彼の意見に賛同して音頭を取るのは石崎である。他の者も若輩の、それも異人のリャンに師事する不満があるものの、それを声に出して騒ぐのは主に平松と石崎の二人だ。


「ポルトガルには、火縄銃を極めた銃士がおります。銃士の装填速度や正確な射撃は、洗練された弓の射手に見劣りしない見事な技芸です」


 リャンは鼻頭を指で掻いた。


「心技体が揃って武芸だぞ。百姓如きの手習いが、武士が極める武芸なものか」

「武士の技芸が武芸ならば、火縄銃は今後、立派な武芸になりますよ。それに射術ではなく、これは砲術です」


「貴様は、先に()()と言ったぞ。射劇が、見世物の芸事だと認めておる」


 リャンは困った顔で愛想笑いすると、言返す言葉が見つからず、うつむき加減にため息を吐いた。

 二人のやり取り見兼ねた(かり)()(すけ)は『止めないか』と、割って入る。彼は弓の名手にして(ゆみ)(たい)(しょう)、リャンの指南所に参加している唯一の上級武士だった。


「戦場で火縄銃が活躍していれば、私たちの学ぶべき武芸も変わる。まあ時代が変わったのでしょう」


 狩野助は、他の武士に先駆けて弾丸を詰め込んだ火縄銃を手に立ち上がると、屋敷の庭に作られた射場に向かっていた。射場は簡易な小屋の日除けに水引(みずひき)()(れん)が垂らされており、そこから五十尺(約15㍍)ほど離れた的場に砂山が作られて、人に見立てた板切れが置かれている。


「狩野助殿は大村家の家老筋なのだから、わざわざ異国の商人に火縄銃の稽古つけてもらわなくても良いのです。そもそも小僧が討取ったのは(ぞう)(ひょう)(くび)ばかりで、龍造寺を長崎から撃退した立役者は、本陣を守った狩野助殿の堅陣(けんじん)があってこそですぞ」


 平松は弓の名手で名を馳せた狩場助が、異国の宣教師が連れてきた火縄銃の商人に教えを乞う必要がないと言った。砲術指南役に抜擢されたリャンは長崎攻防で便宜上、イエズス会の推薦で足軽大将を任されたものの、武士でもなければ国人ですらない。それに火縄銃を宛行われた足軽たちが、射術の達人である狩野助を差し置いて論功行賞にあずかったので憤懣(ふんまん)やる方なかった。


「私は雑兵首も取れなかったから、ここで火縄銃を学んでいる。武士の鍛える武芸は、戦場で戦果をあげてこその技芸だと心得ています」

「狩場野殿ほどの剛勇には、卑怯な武器が似つかわしくないと言っているのです」


 唇に人差し指を翳した狩野助は、周囲に静粛を促した。石崎が平松の言葉に同意すれば、まだまだ話が続く気配にあったが、上席である狩野助の睨まれて言葉を飲み込んだ。


各方(おのおのがた)、心お平らに」


 射場で一礼した狩野助は火縄銃の火蓋を開けると、左手を銃身に添えて弓を構えるような恰好で床尾に頬を寄せる。両目を見開いた狩野助は、先目当で人形が描かれた板切れに狙いを定めた。板切れの人形には顔と胸に大きな穴が空けられており、彼はそこを狙って引き金に指を当てる。


「これほどの近距離では、手慰みにもならない」


 狩野助が囁いた次の瞬間、火挟みの火縄が着火薬を叩いて轟音とともに銃口から弾丸が飛び出す。火縄銃は滑腔砲(かっくうほう)であり、砲身内に螺旋状の溝をもつ(せん)(じょう)(ほう)に比べて直進性に劣っていたが、それでもたかだか五十尺離れた直径五寸(約15㌢)の穴を通すのはわけがなかった。


「狩野助様は、なかなか筋が良いですよ」


 リャンは狩野助が撃ち終えた火縄銃を受け取ると、初めての射撃でも銃声に物怖じせず的を射抜いたことを褒め称える。なぜなら軒先で見ていた平松たちが、耳を劈く破裂音に怯んで耳を手で覆っていたからだ。


「リャンさんは、何尺離れた的を射抜けますか」

「尺?」


「例えば、あの枝を射ることは可能ですか」


 狩野助は、的場の後ろにある松の小枝を指差した。小枝は七十尺(約21㍍)ほど離れた松の木から一本飛び出しており、幅は一寸(約3㌢)ほどしかない。狩野助ほどの弓の名手でも、射抜くのを難儀する距離にある小さな的だった。


「あの程度ならば造作無いです」

「そうですか。では−−」


 リャンは狩野助が言い終えるの待たず、火縄銃の銃身に軽く握った左の拳を当てると引き金を引いた。刹那、彼が指定した小枝が銃声と同時に爆ぜる。

 リャンは狩野助から受け取った火縄銃に即座に次弾を装填しており、小枝を射抜けるかと問いかけられたときには、既に弾丸を装填した火縄銃を脇に立てていた。そして構えてから引き金を引く所作では、きっちり狙いを定めた様子がなかった。


「リャンさんほどの速射と正確な射撃が可能であれば、火縄銃は武芸でしょうね」

「恐れ入ります」


 狩野助は、リャンが銃身の煤を払ったカルカを指先で返すと、また次弾を装填している様を横目で眺めた。砲術指南役は手元見ずに、それら一連の動作を行えるほど癖付いている。狩野助は、まだ軽輩(けいはい)の彼に火縄銃を教示した者に興味が向いた。


「リャンさんに火縄銃を手解きしたのは、父上でしたね」

「ええ。父は商売柄、子供の僕に火縄銃の扱い方を教えてくれました。父には連射や目隠し撃ちなんて曲撃ちも仕込まれたので、平松様の言うとおり僕の射撃は、見世物の類かもしれませんね」


 リャンは狙い澄ました様子もなく、庭木の小枝を撃ち抜いてみせた。それが異国の地に子供を連れてきた父親に仕込まれた曲芸であれば、彼の腕前は火縄銃の実演が目的だったのであろう。狩野助は一人納得して頷いた。


「リャンさんの父上が師匠ならば、是非お会いしたい」

「父が存命であれば、このような大役を引受けずに済んだのですが」


 リャンは金髪をかきあげると、作り笑いで語尾を濁した。


「父は長崎港に渡航前、寄港した澳門で病死しました。だから今は、僕が父の代わりに火縄銃の商いを引継いでいます」

「そうでしたか」


「妹のリズもまだ幼いし、異国の地では頼る者がいません」


 リャンが目配せした先には、襖から顔を覗かせる妹のリズがいた。リズは奥座敷から、騒がしい軒先の様子を伺っていたようだ。リズは十二歳だったが、日焼けした肌艶がよく、淡い栗毛と同系色の瞳の色が艶やかであり、体つきが西洋人のそれで早熟だった。

 ヒノモトでは十代になったばかりのお輿入れもあり、狩野助は『まだ幼い』と紹介されてもしっくりこなかった。それどころか兄を物憂げに見つめ返した視線は、大人の色香をもはや秘めており、彼女を子供扱いするのは過保護とも思われた。


「私は、リャンさんが若くして砲術指南役に選ばれたことに得心がいきました。これからも折を見て、ここに通わせてもらいましょう」

「それは良かった。僕では、平松様の押さえが利きません」


 火縄銃を構え直したリャンは、不貞腐れた顔で射場に集まってくる平松たちの手本として、今度はしっかりと銃身に手を添えて足を軽く開いた。左目を瞑り首を傾げた彼は『このように的を狙います』と、銃口を人形の穴に向けるのだが、それが彼の真骨頂ではないのが明らかだった。

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