88’.12歳 皇子たち
セイガ様の留学はあくまで内密にという体で進められている。
公式な行事ではないから皇帝陛下のご出席もない。
まぁなるべくセイガ様の訪問を大々的に知らせない方が動きやすいって言うことなんだろうと今ならわかるけど…。
つまり学園内で歓迎会をする程度で済ませるつもり。
呼んだとしても高等部代表として生徒会メンバーくらいだったのに…。
「すみません…会長とメアリー様の不在のあいだにいらっしゃって…」
今にも泣きそうになりながら頭を下げているのは生徒会書記のマケイラ・オールティーだった。
中位貴族の出身で真面目でよく働く、素直なタイプ。押しに弱くて自分の方が立場がうえなのに舐められがち。
「仕方ないじゃないですか…勝手に来ちゃったんですから…どうしろっていうんですか!?」
叱られることがわかっている子どもみたいに不貞腐れているのがコルトン・ロス。生徒会会計。
下位貴族だけれど成績は良く人望もある。一方で思うようにならないとこんなふうにむくれる子どもっぽいやつ。
「マケイラ、仕方ないわ。そちらの対応は私が引き受けましょう。コルトン、あなたは少しは申し訳ないフリでもしたらどうなの?」
「どうせ下位貴族のオレなんか皇族のかたがたに意見なんてできませんよ!」
「それでも私の命令を破ったには違いないでしょう。着任早々クビにするわよ」
「チッ。すみませんでした!」
「ふん。会場の確認でもしてちょうだい。あとバックの確認も。マケイラ、準備に問題は?」
舌打ちされたことには腹が立つけど今はそんなことで時間を取られている余裕はない。
シッシとコルトンを追い払いマケイラを呼んだ。
「あ…はい。今のところ進捗に問題はありません。副会長の予想通り花の業者が遅れておりましたが副会長の秘書のかたから連絡をしていただいたので既に設置済みです。厨房も順調との報告を受けています。問題があるとすれば…」
「会場の話題をかっさらったあの方々ね…」
歓迎会の会場は学園教会の礼拝堂上階に併設されたイベントホールを使っている。
構造上、どうやってこんな広いホールを作ったのか…耐久性とか心配だけど建築に明るくない私はわからない。ここは魔法の国だ。何か仕掛けがあるのだろう。
中等部生全員が入って尚、余裕があってかつ一般的なイベント会場と遜色ない設備がもてるほど広い建物なんて学園内にいくつも作れないから同じ場所をつかおうというのはある意味で合理的だった。
まだ歓迎会が始まるまでに時間はあるけれど気の早い学生たちは学生同士の社交に花を咲かせるため、あるいは発足間もない生徒会の粗を探すため時間にかなり余裕をもって到着していた。
それを予想したうえで会場の準備をさせていたのでどれだけ早く会場に来たところで問題ないのだけどね。
全て予想通りに進んでいたし私がセイガ様とトラブルを起こす以外イレギュラーは何もなかったはずなのに…。
「どうしてわざわざ第一皇子殿下と第二皇子殿下が揃ってご出席なさるのかしらねぇ…」
「せ、セイガ様とのつながりを作るためでしょうか…」
一見するとマケイラの思う通りだろう。
セイガ様は第三皇子であるオーギュスト様と同級生となる。
更には今年から入学されたルイ様ともつながりが出来る可能性はたかい。そんな兄弟とセイガ様が友人同士となれば次期皇帝選抜において優位に働くだろう。
セイガ様が朱菫国でどういう立場にいるかはアルテリシアの住人知らないことだし、少しでもセイガ様とつながりを作るために無理やり会場に押しかけたというところだ。
もし真名の件がなく予定通りオーギュスト様か私が会場に来ていたらこの事態は防げたかもしれない。
少なくとも易々と会場に入られることはなかったはずだ。会場入りする前に多少の牽制はかけられた。
しかし会場を取り仕切っていたのは気弱な中位貴族の女子と素行の悪い下位貴族の男子だ。
そんなふたりに皇子ふたりが押しかければどうなるかは火を見るより明らかだった。
何の障害もなくルールを堂々破って、まだ始まっていない歓迎会の中心にいる皇子ふたりは取り巻きたちに囲まれてにこやかに談笑している。
「マケイラ、あとをお願い。私はデイヴィット殿下とエドモンド殿下にご挨拶してくるわ」
「は、はい!」
戦場に躍り出る兵士の気分で私は会場へ躍り出た。
「おや?これはこれは。メアリー嬢、今日は急に押しかけて申し訳なかったね」
「俺たちが出席してやるんだ。ありがたく思うんだな」
私の姿をみてあちらから声をかけてくれた。
ふてぶてしい偉そうなほうが第二皇子のエドモンド殿下。口よりも先に手が出るタイプと噂で口が悪い、前世の世界でいうなら不良みたいな人だ。あと腹が立つくらい偉そう。いや、偉いんだけどさ。
母親が上位貴族の出身で幼少期から周囲に甘やかされて育ったらしい。
もう片方のキレイ系がデイヴィット殿下である。艶っぽい声と優雅な仕草、女性に優しいフェミニストなことで有名で一時は女性とのうわさが絶えなかった。エレナの情報によると学生時代は同級生の女子全員と関係があったとか…。こちらの母親は古参貴族のかたである。
現在4人いる皇子のなかで同腹の兄弟は第三皇子であるオーギュスト様と第四皇子のルイ様おふたりで、母親であるソフィア様への皇帝陛下の愛情の深さが伺える。
デイヴィット様とエドモンド様の母親はそれぞれ皇帝陛下の後ろ盾を強化する目的の政略結婚だと言われている。学生時代からソフィア様にご執心だった皇帝陛下の地盤を固めるための結婚だったのだ。
だからオーギュスト様より先にそれぞれの妃と子どもを作って両方の家に義理を立てた。
最終的に次期皇帝は指名制だから生まれた順に意味はないので皇帝陛下もかまわなかったのだろうし、次期皇帝の指名は皇帝の一存で決まることでもないからこそだろう。
ソフィア様の死因は産後の肥立ちが悪く回復が遅れたためと言われているが実のところ妃たちからのいじめだったとすら言われている。
うわさの真偽はわからないけれど、そのためデイヴィット殿下エドモンド殿下同盟とオーギュスト様、ルイ様兄弟は対立しているというのが貴族たちの認識だ。
私もオーギュスト様から聞いたことはないし、デイヴィット様とエドモンド様ともつながりはないので真相はしらないまま。
「事前にご出席される旨をお伝えいただければ準備いたしましたのに…」
かるく文句だけ言っておく。勝手なことをされたら困るのだ。これは学園の行事だから中等部の学生以外参加不可としていたはずなのに。
「あぁ。可愛い後輩たちを驚かせたかったんだ」
デイヴィット様がにっこりとほほ笑んで手を振れば、女子たちから黄色い歓声があがる。キッときつい顔で睨み付けると蜘蛛の子を散らすように散らばっていった。
「そういう意味では大成功ですね。おおいに驚かされました」
「はっ!先触れを出したところで会場には入れんつもりだったのだろう。女がよく使う姑息な手段を使ってな!」
「まさかそのようなこと…」
なんだこいつ。
第二皇子だからって偉そうに…。ここが歓迎会の会場じゃなかったら即刻、影を使って闇に葬り去っている。
「まぁまぁ、エドモンド落ち着きなよ。彼女はおれたちの可愛い弟の婚約者候補じゃないか。あまり苛めたらオーギュストに怒られてしまう」
「そんなもの…気にする必要あるまい。どうせ下賤な女から生まれたやつらだ。父が同じとはいえ弟とは認めていない」
「でもおれはオーギュストは怒らせたくないなぁ。ねぇ、婚約者、候補さん」
デイヴィット様は『候補』という単語を殊更強調した。
おまえはあくまで候補であって婚約者ではないのだ、ということを突き付けるように。
これは捕食者の目だ。
エドモンド様が直情型の野獣だとしたらデイヴィット様はじわじわと獲物を絞め殺す狡猾な蛇だ。
まずい。
今は一方的に私のほうが立場が弱い。
相手は上位貴族と古参貴族を後ろ楯にもつ皇子。
オーギュスト様を待ってから動くべきだった。
急なことで準備不足だったせいもあるが読みの甘さがはっきりとした。
ふたりの目的は中等部生の前で私を陥れることだ。
一種の憂さ晴らしみたいなものだろう。高位の人間にはよくあるし、私もよくやる。
なんの準備もなく敵う相手ではない。とあればこの場から一時撤退することが望ましいがふたりの目は私を逃がすまいとしているようだった。
「そういえばきみは入学早々好き勝手しているみたいだねぇ。ここは皇子としてきみを諫めるべきなのかな?」
「なんだ?スティルアート家はいつからそれほど偉くなったのだ?畑を耕して家畜を作っているだけの家が偉くなったものだ」
「さぁ?父上がスティルアートの当主と仲がいいからって自分も偉いと勘違いしているんだよ」
「思い上がりも甚だしいな!」
「何かと話題に事欠かないお嬢さんだし目立ちたがりなんじゃない?」
さっきエドモンド様を闇に葬りたいと思ったけれど、訂正する。
ふたりともぶん殴りたい。できることなら地面に土下座させて足で頭を踏みつぶしてやりたい。
デイヴィット様はフェミニストとか絶対嘘でしょ。
オーギュスト様とソフィア様のことを侮辱した件も含めて死よりも恐ろしい目に合わせないと気が済まない。
とはいえこの場をどう切り抜けるべきか、と考え始めたあたりで助け船が現れた。
「まぁ。デイヴィット様ったら私の可愛い後輩を虐めるなんてどういう了見でいらっしゃいますの?いい大人が恥ずかしいですね」
「申し訳ないがそんなのでも我が主の婚約者なのだ。それ以上無礼を働くというのなら黙って見過ごすわけにはいかない」
「フローレンス様!ユリウス!」
堂々たる貫禄はさすがアプトン家の令嬢。フローレンス様が私をかばうようにデイヴィット様の前に立ちはだかる。
「まて、俺は呼び捨てか?」
あとユリウスも来てくれた。




