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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
98/132

87’.最善の方法~side A~

メアリーとルーシーが去った後の特別室には破ってはいけないような沈黙が流れた。

何がここまで空気を硬直させているのか。


アルバートは視線を横に動かしその張本人たちを伺った。



「どうして言わなかったんですか?」


意外にも、先に口火を切ったのはディーだった。

怒りを含んだ威嚇するような低い声である。


普段はとぼけて本音を隠しているディーにしては珍しい声音だと思った。


そのうえディーの怒りはオーギュストに向いている。ディーがいくら不遜だとはいえ、この国の皇子にもこんな態度を取るのか。

本当に怖いモノ無しなのか、考えなしなのか。



「なんのことだい?」


一方のオーギュストはそんなディーの態度も怒りも気にすることなく躱して見せる。

こういうところが歳に合わない、とアルバートは常々思っていた。



「とぼけないでくださいよ。お嬢サマに一言いえば済む話だ。朱菫国の王子と主従契約を結べ、と」


「エスターライリン家とスティルアート家で揉めたくないんじゃないかい?」


「そんなこと…皇族秘匿の魔法を奪われることに比べたら些細な問題じゃないですか」


「一応彼女はボクの婚約者なんだけどな。それなのに朱菫国の王子と主従契約を結んでいるってなんだか嫌だよね。やきもちってことには…してくれない雰囲気だね」


「あなたはそういう人間じゃない。1を犠牲にして100が助かるなら迷わず1を犠牲にする」


「まるで知っているような口ぶりだね。ディーさんとは初対面だったと思うけど?」


「確かにあなたとは初対面だよ。あなたとは」


意味ありげなその言葉に、ディーにはまだ隠していることがあるのかとアルバートは頭を抱えたくなった。

ディーには何かと秘密がおおい。

今でも本名もわからないし何なら性別だってわからないくらいだ。身元も調べたことはあるがまるで何も出てこなかった。


そんなことありえるだろうか?


何も出てこなかったことこそ不信たる最大の理由だった。


メアリーにそれとなく話してみたこともあるがメアリーは全く気にしていない。

どんな人物だろうと役に立つのならそれでいいのだという。



ディーをどうしてメアリーが側におくのか、アルバートは答えがわからないでいるし、逆にディーがなぜメアリーを主とするのかもわからなかった。

ディーは1ヶ所に留まり誰かを主とするよりも自由に旅でもしていそうだし、実際教会のに潜り込むまではそうしていたようだった。


教会に追われることがなくなった今でもスティルアート家の研究所にいる理由は、充実した環境というだけではないと思っている。



「ディー、口が過ぎる。相手はオーギュスト殿下であるぞ」


「…」


「いいんだ。構わないさ、どうせ僕たちしかいないからね」


オーギュストの手前、一応諫めたというところだろう。

父とてディーと同じことを思ったはずだ。

そしてその理由が『婚約者だから』という生易しいものではないということも。


「しかし、殿下。失礼ながら私もディーと同じことを思いました。なぜ娘に名前を受けろと言わなかったのですか?メアリーは殿下のご命令とあれば喜んで引き受けたでしょう」


「だから婚約者だから…」


「オーギュスト、違うだろ?」


まだ無意味な言い訳を重ねようとする態度にアルバートは小さく溜息をついた。誰もそんなこと信じていない。


オーギュストにはオーギュストなりの考えがあるはずだ。何か隠すなりの理由があるとき、いつもなら問いただすことはしない。

ディーが言ったオーギュストの思考も実のところ的確にオーギュストの考え方を示しているし、それで構わないと思っている。


メアリーが関係しているとあれば話は別だ。

アルバートとしても可愛い妹を都合よく使われるだけ、ということは避けたかった。


しかしオーギュストの答えはそんな三人を大いに裏切るものであった。



「うーん、それが僕にも理由がわからないんだ」


「は?」


「え?」


「殿下…?」


「たしかに僕もメアリーが名前を受けて奪取をあきらめるよう命令してもらえば全て丸く収まることくらいすぐわかったよ。でもなんとなく嫌でね。メアリーに名前を受けてもらうくらいならもっと別の方法を考えようって思ったんだよ」


「本当にそんな理由なのか…」


「それ以外心当たりがないんだよね。なんでこんなに嫌なんだろう」



………。


…………。


言葉にならない沈黙が流れる。

今何を言ってもこれ以上の答えは得られない。全員が確信した。



なんという無自覚。

そこまで答えが出ていてどうしてその先に進まない?


わざとではないかと疑うが、とうの本人は本当にわかっていないようで、あごに手を当ててウンウンと悩んでいた。


オーギュストは勉強もできるし頭もいい。

母親と父親のいいとこどりをしたような容姿は目を引く華を持っているし、このまま成長すれば若い令嬢たちから黄色い歓声を受けることは明らかだった。


学園ではオーギュストを慕う人間は男女ともに年齢問わず多い。


メアリーがいる手前、積極的なアプローチは受けたことがないようだったがそれらしい誘いを受けていることは知っている。

何度か年上のご令嬢に迫られているところを助けに行ったこともある。



それなのに。


これ。



「まぁたぶん婚約者を取られるような気がして嫌なんだろうけど…別に婚約者に従者がいるからなんだって話だよね。気心知れた執事が結婚先まで着いてくることだって珍しくないし…。

まぁだからなんでそんなこと言ったのかわからないしこれ以上は説明しようがないんだ。困ったね」



困るのはこっちだ。

とぼけても誤魔化されないからな。



メアリーがオーギュスト絡みのことになると昔から少々、いや、かなり過激な行動にでることはアルバートもよく知っていた。


それは幼少期の令嬢たちにしでかした監禁事件や、婚約者候補を蹴落とした時、最たるはオーギュストがスティルアート領を訪問するというだけで大規模な領地内の整備から教会の告発まで。

連鎖的に他の騒動に繋がっていくこともあるがだいたい根本的にオーギュストが関係している。


メアリーの一方的な片思いだと思っていたのに。


これは…。




「オーギュスト…それは…」


「アルバート」


たまりかねてアルバートが助言しようとするが、父に黙殺された。



ーとりあえず黙っておけ。これ以上頭痛の種を増やすな。


ー…わかりました。





「はぁ…。そうやって気づくのが遅れると取り返しのつかないことになりますよ…前みたいに…」


ディーが呆れたような溜息をついた。

他人の感情に対して無神経な研究者だと思っていたが案外そうでもないのかもしれない。


「前?」


「ディー、きみは一体何を知っているんだ?」


「今はまだその時ではありません。でもいずれはわかりますよ、お兄サマ。皇子サマも、まぁせいぜい早く気が付くことですね。そうしないと今度こそボクが彼女をさらっていきますから。彼女のメイがなくとも」



言うだけ言って、ディーは特別室を出て行こうとした。

しかし、止めたのはオーギュストだった。


「そういうディーさんはメアリーを通して誰をみているんだい?」


「……」


ディーの足がとまる。


「メアリーに黙って魔道具を持たせていたようだけど…どうしてかな?」


「オーギュスト?魔道具ってどういうことだ?」


「ディーさんは教会の主教たちに紛れていたからメアリーの異変にすぐ気が付いたと言っていたけれど違うだろ?


それなら僕たちが誰にも不審がられず抜けてこられるわけがない。そばにいたほかの生徒会メンバーでも気づいていなかったんだ。主教たちがいた祭壇から気づくなんておかしい。おそらく今日メアリーが着けていたブローチじゃないかな?あれが魔道具だったと思うよ。持ち主の異変を感知してかつ場所まで精細にわかるような」


アルバートはディーから連絡を受け父を呼んで今に至る。そのあいだにディーがメアリーを探しだしルーシーを呼んだのだ。

メアリーが特別室に来たとき趣味のいいブローチを着けていた。

自前のデザイナーの新作かとでも思っていたが魔道具だったのか。



「なるほど…だからディーはメアリーをみつけることができたのか…。教会に休憩室は至るところにある。そのなかから見つけ出すなんて至難の業だ…」


「そう。でもメアリーには魔道具を持っている自覚はないようだった。それでは魔力は魔道具に供給されない。唯一、魔力を自動的に供給してくれる魔法は既に廃れてしまったから、何か僕らの把握していない魔法を使ったというところだろう?」


「あ…」


しまった。

オーギュストにはまだ知らせていない。

今ディーが研究している魔法のことを。

実用化まであと少しだという魔力自動供給式であればオーギュストの言ったことは実行可能だった。

ディーはそれを使った魔道具をメアリーに持たせていたのだ。



「僕はひとりだけそんな魔法を使える人物に心当たりがあるんだ。でもその人物は今…」


「さあ。ボクにはさっぱりですね」


では失礼。


それだけ残してディーは特別室から出て行った。

結局謎は残されたままだし、アルバートは増々ディーへの不信感が高まっただけのような気がした。


「なんだったんだ…」


「僕の婚約者は変わった人を惹きつける特徴があるってことだけはわかったよ」


「…」


たしかに、オーギュストの言う通り、メアリーのまわりには変わった人が多いように思う。


正体不明の怪しい研究者たち、

過去に因縁のあるデザイナーに

祖国から逃げてきた絹職人、

誰も懐に入れることがない古参貴族のご令嬢、

ワケアリの異国の王子…。


常識人としてとらえて良いのは秘書のルーシーだけではないだろうか。



「あー、その…殿下、くれぐれも危ないことだけはなさらないでください…殿下の御身が第一ですから…」


「わかっているよ。どうしようも無くなったらメアリーにお願いするつもりさ」


「ならばいいのですが…」


「しかし父上、エスターライリン家とまた揉めることになりませんか?」


メアリーが名前を受けるうえで問題になるのがセイガの婿入り先であるエスターライリン家だ。


スティルアート家のせいで異国の王子を溺愛する末娘の婚約者にされてしまったうえ、その婚約者まで憎きスティルアート家の娘に頭を垂れているとあればエスターライリン家の怒りが留まることはない。


ディーは些末な問題と言うし、たしかに皇族秘匿の魔法に比べたら小さな問題かもしれない。


それでもアルバートや父は問題の解決に当たる本人だ。

とてもではないが些末な問題と片付けられるわけがない。




「まぁ…そうだな…黙っておこう」


「へ?」


「真名や呪術のことはエスターライリン家も知らないことだ。言わねばわからん」


「えぇ!?!?」


堅実な父親にしては随分と投げっぱなしな結論に思わず肩の力が抜けた。

それでも皇帝陛下の右腕か。

皇帝陛下の信の厚い知将と名高い父にしては適当すぎる方針である。



「あはは、そうだね。エスターライリン家は呪術のことは知らないだろうしメアリーからそういうふうにセイガ殿へ命じてもらえばなんとかなるだろ」


「なるようにしかならん。今はとにかくすべてを丸く納めるように努力しよう」


「そうですね…がんばりましょう…」


「頼りにしてるよ」



なんだか考えることに疲れ始めたアルバートはそれでいいや、と投げやりな思考になり始め最後はどうにでもなれ、とぼやいた。



ディーから『お嬢サマがやらかした』という予想通りな連絡を受け急ぎで教会に飛んできて、今日は散々な1日だった。


できることなら故郷の片隅にある少女の家で穏やかな時間を過ごしたいが、このあとに控える歓迎会の事を思うとまだまだ休めそうにはない。




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