86’.12歳 皇族秘匿の魔法
「ま、まだなにかありましたっけ…?」
「あるよ。さぁ、座って?」
さっさと特別室を出ていこうとした私の肩をオーギュスト様はガシっとつかんで優しく着座させられた。
動作や物腰は穏やかで優しいのに張り付けたような笑顔にはモノを言わせない圧があった。
根本的に私は『ラブファン』攻略対象に弱い。
逃げたほうが賢明だとわかっているのに従ってしまうのはそのせいだ。
「えー、と…」
圧迫面接再び、である。
お父様もお兄様も『まだ何かやらかしていたのか』とでも言いたげに私をじっとりとみていた。
口には出さなくても目が語っている。
「うん。真名の話ですっかり忘れているようだけど、セイガ様が皇族秘匿の魔法を奪取しようとしているってどういうこと?」
「え?!それ本当?!」
食いつきがいいのはディーだった。
もちろんルーシーもお父様も驚いているけれど、それよりもディーのほうがよほど反応がいい。
やはり魔法の専門家としては気になることなのだろうか。
「皇族秘匿の魔法なんて古代魔法のなかでも存在くらいしかわかっていない代物だよ…。一体どうして…」
「ディーさん、皇族秘匿魔法というのは一般にどのくらい知られているんだい?」
「一般っていうか誰でも知っていそうなものだと原初魔法…『再生』『破壊』『創造』くらいは知っているよね。でも魔法式も構成記号もまるで資料はないからおとぎ話に出てくる魔法ってくらいの認識かな」
「だろうね」
「それも皇族秘匿魔法だったんですね…」
「そうだよ。けっこうおとぎ話や伝説になっているような魔法や魔道具は皇族の魔法であることが多いんだ」
『再生』『破壊』『創造』これらをまとめて原初魔法と呼んだりするが最初につくられた魔法とも言われている。アルテリシアと属国の住人なら誰でも知っている魔法だ。
でもどんな物語でも名前くらいしか出てこないし誰が使ったかもはっきりしていない。神様が使ったとか最初の皇帝が使ったとか、曖昧な内容だったはずだ。
「魔法式も構成記号もわかっていないような魔法を朱菫国の人間が手に入れられるわけないよ…」
「一応だけど僕も存在くらいしか知らない魔法なんだ。父上、皇帝陛下しか知らないと思う」
「あと知っているとしたら大主教だね。魔法は教会の管轄だから」
「殿下、そこまで話してもよいのですか…?」
お父様が伺うようにオーギュスト様に尋ねた。
「あぁ。原初魔法なら平民でも知っているような魔法だし皇族秘匿の魔法として真っ先に上がる。であればセイガ殿も真っ先に狙うのはこのあたりだろう。メアリーやアルバートも知っておくべきだろう?」
「そう、ですね…」
お父様は皇帝陛下の側近でもある。
皇族の魔法については何か知っていたのかもしれない。
皇帝陛下の許可なく私たちにそんな情報を渡して良いのか悩ましいところなのだろう。
だからといって『皇族秘匿の魔法』はほかにもある。どれを狙うかわからない以上ある程度の情報共有は必要だった。
「でも存在がわかったところで魔道具どころか魔法式も記号もわからないんだろう?」
「じゃあ奪取なんて不可能じゃない…!」
在ることしかわからないような魔法をどうやって持ち帰るつもりなのか…。
そもそも魔法を手にいれるっていうのは魔法式と魔道具が必要になる。
原初魔法が使える魔道具なんて厳重に保管されているし盗もうものなら重罪だ。
「奪取なんてしたら逮捕されることは目に見えている…」
「ただ逮捕ってだけで済んだらマシなほうだよ…セイガ殿の立場でそんなことしたらアルテリシアは見せしめのために厳重な処罰をくだす。そうしないと他国に示しがつかない」
一介の貴族家が所有する魔法や魔道具は家宝として扱われることもある。
これを盗んだとなればかなり重たい罪として裁かれる。
それが皇族ともあれば家宝どころか国宝という扱いだ。
たとえ未遂や失敗であったとしても実行に移せば処罰が下るだろう。
こんなこと誰でもわかること。
でも本当に厄介なのは、
「朱菫国は逆にセイガ殿が罠に掛けられたと主張するだろうね」
朱菫国の出方だった。
厄介者の第三王子。
文武に秀で人望もありその優秀さはお兄様も認めるほどだった。
現国王の立場を脅かすその存在は王室にとって邪魔でしかない。
しかし国民の人気も高いセイガ様を蔑ろにもできない。
体よく追い出す理由ができたとあれば喜んで追い出したことだろう。
「…どっちにしたってセイガ様の命はないじゃない…」
「だからだ。セイガ殿の存在を利用してアルテリシアと朱菫国の間に再び戦争の理由を作りたい者たちがいるのだろう」
「そんな…」
ゲームではたしかセイガ様は異母兄たちに命を狙われていた。
そのうえ『皇族秘匿の魔法奪取』の命令を父親からもされている。
でもセイガ様は逃げた。
どちらからも。
つまり彼は生きることを諦めていないし皇室秘匿魔法を奪取する気もなかったということだ。
ゲームとシナリオが変わっていたとしてもセイガ様の考えが変わっていないとしたらあっさりと私に名前を捧げようとしたことにも説明がつく。
彼は逃げようとしたのだ。
祖国からも、自分を厄介者扱いする家族からも。
「どうしたら…?」
セイガ様は私に真名がばれたから国王からの命令は失敗したと言っていた。
でもそれは私が真名を受けた場合の話。
私はセイガ様の、トーリの名前を受け取れない。
トーリのことまで背負えない。
「そんなの、僕たちができることはひとつだよ?」
オーギュスト様の声が特別明るく聞こえた。
なんの答えも出ていないのに、大丈夫だと暗に言っているようにも聞こえた。
「殿下?」
「セイガ殿に諦めてもらおう」
「えぇ!?」
「僕たちもセイガ殿に同情して魔法を渡すわけにもいかないし、だからといって戦争を起こされても困る。いずれセイガ殿はアルテリシアの住人になるわけだし今は諦めてもらうしかないじゃないか」
「そんなかんたんにいくわけ…」
「やるんだよ」
ぐるぐると迷う頭のなかにオーギュスト様の重たい一言がドンと落ちてきた。
そうしなければいけいない、それが正解である思わされる。
「事情を知ってしまった以上僕はアルテリシアにとって最善を尽くす。いずれセイガ殿もこの国の住人になるんだ。だったら彼が最も安全でいられる道を選ぼう」
「それが皇族秘匿の魔法を諦めてもらうということ…?」
「あぁ。幸い彼はそこまで祖国に忠誠心があるようにはみえなかった。奪取できないとわかれば諦めてくれるさ」
ひとりで頷くオーギュスト様は楽観的にみえるが、そうではないことはわかっていた。
あちらの出方がわからない以上、こちらは諦めてもらうしかない。
それはつまり皇族秘匿の魔法を守りきるということだ。
「まぁとにかく隠せばいいってことだよね?それほど難しくはないさ」
続いてお兄様とお父様も同じように頷いた。
「アルバートはセイガ殿と会ったことはあるのだろ?」
「あぁ。朱菫国に行ったときに何度か」
「ならいい友人同士でいてくれ」
「そのつもりだ。まかせろ」
短いふたりの申し合わせは終わったようでふたりは小さく口のはしで笑っていた。
やっぱり違う。
オーギュスト様とアルバートは確かに信頼しあっていたけれど、私の知っている関係じゃない。
私が知っているよりもっと深い信頼が築かれている。
まだ中等部だから?
これから高等部に上がって変わるということ?
トーリの件といい、ゲームと何か変わっていることに焦りを感じていた。
イレギュラーなことがおきるとアリスちゃんが編入してきたときにシナリオが変わってしまうかもしれない。
それだけは避けないと…。
「で、メアリー」
「は、はい!」
「セイガ殿はメアリーのことを特別に思っているようだ」
「え、えぇ…不本意ながら…」
「だからこそ、セイガ殿はメアリーだけには何か漏らすかもしれない。なるべくセイガ殿の事情を探ってほしい」
つまりスパイみたいなことかな?
「はい。おまかせください!」
胸をはって答えるが、少しだけ寂しくもあった。
大切に守りたいと思っている相手にはこんなこと頼まないだろう。
やはりオーギュスト様は私のことを『スティルアート家の令嬢』としか思っていないことを改めて突き付けられたような気分だ。
愛しい相手にこんなスパイじみたことは命じない。
もっと大切に守ろうとするはず。
だからメアリーはその対象ではない。
でも、
それでいい。
「必ずやセイガ様の内情を探ってみせますわ」
もう一度、胸を張って見せればチリチリと胸のやけるような痛みはあっという間に引っ込んだ。
そうだ。
メアリーの役回りはそれでいい。
「頼もしいね。それじゃあメアリー、歓迎会のほうが心配だから様子をみてきてもらっていいかい?僕はハロルドとアルバートに用があるんだ」
「えぇ。もちろんです。なにかありましたら連絡鏡で呼び出してください」
「わかったよ」
「ルーシー、時間がないから手伝って頂戴。会場の装飾に手配した業者が遅れているはずだわ」
「かしこまりました。あそこの花屋は作品は素晴らしいですが配達が遅いのが難点ですね」
「本当に!」
私はすぐさま頭を切り替えて、慌ただしく特別室をあとにした。
今はセイガ様のことより歓迎会のほうが重要なんだから!




