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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
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82’.12歳 花園会の新メンバー 後編

おしゃべりが一段落して、各々の創作物を交換しあったあたりで盗聴防止の魔道具を解いた。



誰が呼んだかこの花園会ではこのたび縁があってフローレンス様を新メンバーとしてお迎えすることとなった。



先輩で古参貴族の中核でもあるフローレンス様に萎縮してしまわないか心配していたけれど私の杞憂だったようで共通の趣味がお互いの壁を取り除いて気兼ねのない会話の輪を広げてくれた。


フローレンス様にとっても裏読みしなくていい友人の存在は貴重なようでこの時間を楽しんでくれているようだった。





「明日からしばらくいそがしくなりますね」


魔道具を解いたということで話す内容は外向きのものになる。


それはつまり明日から始まる学園の特別行事のことが中心になるわけで…。



「そうよ…私も頑張るわ…」


思い出したくない、けれども大事な行事だ。

フローレンス様もどこか遠くをみつめていた。



「あぁ、朱菫国からの…」


クリスが思い出したように手をぽんとたたいた。


明日は朱菫国の第三王子セイガ様がエスターライリン家に婿入りする前段階として留学にやってくる初日なのだ。

あまり騒ぎ立ててほしくないという朱菫国側からの要望もあって学園で歓迎会をするため、私たちも準備に追われていた。



つい数年前あわや戦争寸前とまでなった国の王子様を迎えるというだけあって学園側も警備に余念がない。



本来なら国賓として扱うべき一行を学園内だけで持てなそうというのだから中等部は今セキュリティの確認だとか施設の整備とかで慌ただしく、学園は立ち入り禁止となっている。


…だからこうしてお茶会ができるのだけどね…。


警備の関係から今年は学生主催のお茶会も取りやめることが決まった。

平民学生へのいじめ問題も明るみになったこともあったのでいい理由ができたようだった。




異国からの賓客が来るということで古参貴族としての役回りがあるフローレンス様も忙しい。

それでもあくまでお忍び。

公にはしないということで皇帝陛下も出席しなければ代理人もいない。

だからこそ中等部に属する貴族学生たちが中心となってもてなすわけなのだけど、それは生徒会所属の学生とか皇族に近い縁のある学生の役割。


一般の生徒たちは歓迎会に参加してちょっと朱菫国の王子様を眺めて終わり。せいぜいうちのクラスに転入してくるってくらいの変化しかない。


だから私とフローレンス様以外のみんなではプレッシャーに大きな差がある。



「億劫だけどみなさんのおかげで頑張れそうよ。私は来年には先に卒業してしまうけど花園会のメンバーではいさせてね…」


フローレンス様がぎこちない笑顔を作って自分を鼓舞していた。

さっきまで溌剌とした笑顔でおしゃべりしていた人と同一人物とは…。


「もちろんです!私たちは学園を卒業しても切れない関係なんですから少しだけ会える時間が減るだけじゃないですか」


エレナとフローレンス様が固く抱擁を交わし、それをディアナが唖然とみつめていた。

がんばれ、ディアナ。

フローレンス様のような貴族然としたお姉さんタイプは珍しいんだ。ちょっと憧れているだけだから。




「まぁ…このなかで一番忙しいのはメアリー様ですけどね」


ニヤリと笑ってフローレンス様が爆弾を落としていく。



誰のせいだ、誰の。



そう、学年が上がり生徒会副会長なる地位を得た私はやることが多いのだ!



このたび2年に進級した私は生徒会副会長の指名を受けた。

もちろんフローレンス様からの。



昨年の平民騒動から権力を手に入れたフローレンス様はその手腕と人脈を存分に振るい生徒会の舵を密にきってきた。


会長を黙らせて以降、影の権力者として辣腕ぶりを発揮され、ただのひとつも問題を起こすことなく滞りない生徒会運営をした。


生徒会が主体となって運営を進める学園ではちいさなもめ事や問題は良くある話で派閥間でのトラブルは大なり小なり避けられない。


それなのに彼女は人脈をフルに使ってトラブルが起こる前に防いでみせた。


これは過去類をみない偉業だとお兄様も驚いていた。


そして最後の仕事として終業式にて新生徒会役員指名式の壇上に立ったのだ。



次の役員を決めるとき、本来なら事前に打診して了承をとったうえで指名する。


しかし大胆なことにフローレンス様は打診を全くしないまま生徒会引き継ぎ式で私を指名した。


これまで自分の人脈を武器に根回しを全て行ってきたフローレンス様にしては異例の事だ。



フローレンス様にしてみれば絶対に断れない状況に追い込んだ人事と言えよう。




中等部全員が集められたコンサートホールのような講堂。

壇上で最後の大仕事に挑むフローレンス様。

突如読み上げられる私の名前(フルネーム。長い)

その瞬間集められる期待に満ちた視線の数々。

誰もが私が指名されて当然だと、そういう目をしていた。



…まぁそうなんだよね、同級生の間ではスティルアート家はオーギュスト様に次ぐ家格。

成績も上位、素行にも問題なし(あっても揉み消した)、人望もある(取り巻きのみなさん)とあれば指名されない理由がない。




もちろん、制度上断ることはできる。

でも今だかつて拒否した者はいない。


そりゃ事前に話が通してあれば断られることなんてないからね。


さらにこの指名を断るということは相手の顔に泥をぬるも同然の行為なのだ。


ここで私が断るということは最後の最後にフローレンス様の功績に傷をつけるということになる。


それも目をかけて可愛がっていた後輩が。



だからこそ、私が断れないとわかったうえでフローレンス様は騙し討ちのような方法に打ってでた。




事前に打診しておけば断れるのは目に見えているからね…。


このとき借金については返済の目処が立ちつつあるけれど次から次へと研究費の追加をされるのでいくら稼げど足りないという火の車みたいな状況に陥っていた。

そのうえ2年生では少なくとも1年間お茶会がない。

つまり最も大きな市場がなくなるというわけで次の金策を考えないといけないということ。


生徒会の役員なんてしている場合ではない。



と、いう事情を少しは知っているはずなのにフローレンス様は私を指名したわけだ。


フローレンス様と仲がいいことは全校生徒レベルで知っている。

当然内定済みだと思われている。


壇上ではしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべ私をみつめるフローレンス様。

さらにその横には次期生徒会長として指名を受けたオーギュスト様。


どうしようかと視線を泳がせていると、オーギュスト様とふいに目が合った。


すると真っ直ぐにこちらをみて極上の笑顔を向けられているではないか。

その微笑みだけで1枚の絵画のよう。

背景は荘厳な天空の油絵となり天使が舞い躍り祝福の笛を奏でている。

この絵そのものがスチルに違いない!

たぶん、ゲームでみた!



さらにオーギュスト様の唇が音もなく動いて、


『う け る よ ね?』



そう言った。

間違いなく言った。

聞こえていないけど聞こえた。

見えていないけど見えた。

間違いない。

パーンとなにかが弾ける音がして頭のなかで花が咲き誇り風が吹き小鳥たちは囀り星ぼしは瞬いた。



「謹んでお受けいたします!」



こうして、私は2年生に進級すると同時に生徒会副会長の座についたわけである。


フローレンス様ってばオーギュスト様まで巻き込んで騙すなんて全くひどいにもほどがある。




「でも今年も副会長はおひとりですのね」


「去年…私たちのときは権力のバランスとかなんとかで私だけだったの」


クリスは情報通というだけあって学園のことに精通している。上に兄いるエレナも負けてはいない。

ふたりとも私にとって重要な情報源なのだ。


「副会長って何人かいるの?」


「はい。その時の派閥勢力にも左右されますが基本的に会長1名に副会長2名、書記と会計1名ずつとなります」



「私たちのときは会長が平民だったから副会長に古参貴族の私を指名してバランスをとったのよ」


そもそも、会長に平民を指名せずフローレンス様を指名して副会長に平民を指名しておけば前会長もその前の会長も秘密を暴露されずとも済んだろうに…。



ちなみに書記も会計もこの学園においては名ばかり職である。


あくまでバランスを取ることと、会長の補佐役としての役回りが求められる。

今年は中位貴族と下位貴族からそれぞれ選ばれたので平民学生の指名はなし。


貴族復権を望むフローレンス様らしい人事となった。

昨年から比べるとかなり権力に集中しているので一部の学生から批判の声が上がっているが、これが本来あるべき姿なのだとフローレンス様は素知らぬ顔だ。




「そうねぇ。今年のもう1人の副会長についてはお楽しみってことにしておきましょうか」


あ、いるんだ…もうひとり…。


意味深ににやにやと笑うフローレンス様は何か知っているようだった。

これ以上語るつもりはないようで機嫌よくコーヒーを飲みはじめてしまった。


それはつまり近いうちに何かあるということで、何かあった場合に後始末をしなくてはいけないのは私ということ。


「人生にはおどろきが必要ということを学んだわ。メアリー様にもおどろきを楽しんでほしいのよ」


「あまりに驚かされると手に負えなくなるのでほどほどにしてください」


「ふふ、どうかしら?みなさんもメアリー様を支えてね」


フローレンス様の言葉に力強くみんながうなずいた。


たとえこの先の未来で婚約破棄されようとも、少しだけ未来は明るくなりそうな兆しを感じた。


ゲームのメアリーに取り巻きはいたけれど何気ない会話ができる友達はいただろうか?

信頼できる頭脳明晰な文官はいただろうか?

変わり者で怪しいけれどほっとけない研究者はいただろうか?

厳しくも理解のある両親だっただろうか?

心配症だけど妹おもいの優しい兄はいただろうか?


いや、いたらアリスちゃんに意地悪するような性格にはならないはず。


少なくとも今の私はアリスちゃんのようないいこをいじめる趣味はない。

オーギュスト様に急接近したところでもっと違うやり方を選ぶだろう。



絶望しかないと思っていた自分の未来に光が指したような気がした。



もしかしたら未来は少しだけ変えられるかもしれない、そんな予感。


少しだけマシな未来を掴むことができるかもしれない、そんな予感。


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