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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
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79’.彼女を怒らせると~side others~


アルテリシア学園中等部には食堂が3つある。


正式名はなんだか優雅で長い名前がついているけれどわかりにくいので単純に上、中、下と呼んでいる。


優雅の欠片もない呼び方だけどわかりやすくて良い。



価格帯ごとに別れていて下は安い定食が中心で質より量を重視した私達庶民向けの食堂。


食件を買ってカウンターに渡して商品と交換。自分でテーブルに運んで食べ終わったら返却口に返す仕組み。


場所も校舎の端にあるので行きづらいうえ眺望も良くはない。


中は可もなく不可もなくってかんじの食堂。システムはほぼ下と同じだけどメニューが少しだけ豪華になっている。


だいたいの生徒は中で食べてるんじゃないかしら?


上に関してはまるで違う。


まず場所は教室からの移動がしやすくてながめのいい中庭に面した場所にある。天気がいい日はパラソルを立てて外で食べることもできる。


食堂には専門の接客スタッフがいて注文から下膳まで彼らがやってくれるから、生徒は案内された席でメニューを見ながら注文するだけでいい。


メニューも小難しい単語の並んだおしゃれなものが多くて私は気後れしてしまうくらい。


でも中と下どころか上の食堂ですら注文しないで席だけ使うことができるというのだから驚きだ。


これは他の生徒と一緒に食堂へ来たけれど何らかの事情で食事はしない生徒向けの対応らしい。


何らかの事情っていうのが、例えば上位貴族のかたが下の食堂に行ったとき『こんな不味そうなもの食べたくない』だとか、逆に懐の寂しい学生が上の食堂に行かざるをえないとき『1食が高いので食べられません』みたいな事情。



だいたいみんな身の丈にあったところで食事を取る。

だから貴重な昼食時間にわざわざ上位貴族のみなさんの顔色をうかがう必要がなくて私はラクだった。


でもそういう人ばかりってわけでもないらしくって、一部の平民出身の生徒が貴族たちに混じって上の食堂に出入りしたりするのだ。



すると1度美味しい汁を吸ってしまうとなかなか不味い水は飲みたくないもので、上の食堂で食べられなくてもせめて雰囲気だけは味わいたいって考えるようになってしまった。



その結果、弁当持参で上の食堂を陣取っている図々しい人たちが増えて頭を悩ませている。



いくらアルバート様が平民生徒でも安心して学べるようにしてくださったというのにこれでは『平民が調子にのっている』と言われてしまう。


…いや、実際彼女たちは調子にのっているんだけどさ…。


特に今年入ってきた1年生とあまり貴族たちに虐げられてこなかった2年生の一部はその傾向が顕著で食堂の一角を占拠して大騒ぎしたりと恥ずかしいことこのうえない。



注意しても聞く耳を持たないし、貴族の人たちから睨まれてもわかってない。


このあいだもアプトン家のかたから注意されたのに『アルバート様にいじめられているって相談しようかしら?』『落ち目の貴族サマが何言っているの?』ですって…!!!


ほんっとうにやめてほしい。

あのときは生きた心地がしなくてすぐさま謝りに行ったものだ。



できることなら貴族様とはあまりか関わらずにいたいのだけど、私にも事情があってどうしてもメアリー様にお願い事ができてしまった。



失礼を承知でメアリー様に比較的はなしかけやすい昼休憩の時間を選んで食堂に来たわけだ。


懐の具合からして2度目はないので失敗するわけにはいかない。



そういうわけで上の食堂に来て、1番安くて食べやすいサンドイッチを頼むと、いつもメアリー様たちが使うテーブルに近いテーブルを案内してもらった。


洗練された豪華な装飾の食堂に優雅な貴族たちばかりの空間は気後れするし粗相をしていないかと考えるたび胃が痛くなる。


今すぐ逃げ出したい衝動を抑えてメアリー様を目で探した。



ところが、私の不安を他所に、事件はおきた。




慣れた様子で平民の女子生徒が5人ほど固まって食堂に入ってきた。

貴族たちには似合わないゲラゲラとした笑い方と大きな声は彼女たちが平民であることを如実に語っていた。


入り口に立っていた案内係のかたを無視して見晴らしのよいテーブルにずんずん向かっていく。


しかしそこには既に先客が案内されているところだった。



ドン、と音がしてひとりがメアリー様の肩にぶつかった。


メアリー様の細い体は衝撃で飛んでしまうが幸いすぐ近くに控えていたご友人に支えられ事なきを得た。


それをみてぶつかった女子は謝るどころか面白くない、つまらないものをみる目をしていたのでその行為が事故や偶然ではないことを悟った。


「あら、ごめんあそばせ。貴族の方たちにしては態度が小さくていらっしゃるから気づきませんでしたわ」


リーダー格のぶつかった女子が鼻高々に言ってみせる。それに追従するように品のない笑い声を上げていた。


「ちょっと!あなたがた、メアリー様に失礼よ!」


「ぶつかっておいてその態度はどういうことかしら?」


メアリー様のご友人がたが声をあげる。

自分達の主人が侮辱されたのだから当然のことだ。


しかしそれがおもしろくなかったのか女子学生たちの目元がきついものになる。



「あなたがたが幅を取りすぎなのよ。横に広がって歩かれたらぶつかっても仕方ないわ」



「まさかメアリー様に譲れとでも言うおつもり?これだから生まれの卑しいものは礼儀を弁えないのね」


「まぁ!平民だからって差別するの?これだから貴族って傲慢でイヤだわ!アルバート様が聞かれたら何て言うかしら?」


「こんなあからさまな平民を差別する発言…心を痛めるでしょうね」


「あなたたちは今年から入学したから知らないかしら?」



ちょっと待って!何いってるの!?

もうみていられない!

失礼にも程がある!失礼を通り越している!

止めにはいるべきと判断して席を立ち上がると同時に、凛とした静かな、でも室内に広がる声が響き渡った。



「平民ごときに舐められたものね」


「なっ!」


メアリー様だ。

何かと世間を賑わすお騒がせな方ではあるがやはり深窓のお嬢様である。

急にあからさまな悪意を向けられさぞ驚かれたと思っていたら…そうでもないらしい。


ただ冷たい瞳がそこにはあった。

美人が凄むとこれほどまでに迫力があるのか。

齢11歳とは思えない気迫はやはり将来の妃候補であると納得させられた。


平民の女子たちよりメアリー様のほうが身長が低い分目線がしたにあるにも関わらずたった一言でまるで遥か高い場所から見下ろされているような錯覚に陥った。



もう蛇に睨まれた蛙のように彼女たちは身動きをとることができなくなってしまう。



「平民を差別するですって?平民のかたたちって難しい入試を受けてこの学園に通っているはずだけど…勘違いだったかしら?」


チラリと隣に控えるスラリとした細身のご友人に視線を送った。


「いいえ、メアリー様のおっしゃる通り学園入試の難易度は国内トップクラスです」


「そう。偉大なるアルテリシア学園の入試がこんなお馬鹿さんに受かるのかしら?」


「お言葉ですがメアリー様、お勉強ではなくて教養の問題だと思いますわ」


反対側に控える可愛い系のご友人が外見を裏切らない可愛らしい声で答えたが、その内容は全く可愛くない。



「クリスの言う通りね。そうよ、教養がないのね、きっと」


「しかし入試項目には教養の分野もあったかと…」


「あら、ベリンダは物知りね。それならお父様に来年の入試では教養分野の見直しが必要と進言しましょう」



「それは素晴らしいです」



「学園に優秀な生徒を迎え入れると言う考えには賛同いたしますが珍獣と机を並べて学ぶ気にはなれませんからね」



「おっしゃる通りですわ。でも獣ってお話できるのでしょうか?」


「一応そこの獣は意思の疎通がはかれるようね。珍しいわ」



「珍獣ですから」


「1本取られたわ」


あらあら、ふっふっふ。


すくんで動けない女子生徒を尻目にメアリー様とご友人は優雅に談笑をはじめてしまった。


まるで動物園の生き物についてあれこれおしゃべりしているような雰囲気ではあるが、紛れもなく人間をネタにしている。


これが上位貴族ってやつだ。自分たちと平民は同じ人間とすら思っていない様子に恐ろしさが垣間見える。



「ちょっ、ちょっと…あなたたち黙って聞いていれば人のことを動物扱いして…失礼じゃないの!?」


「お黙りなさい」


「ひっ!」


「ここで礼儀を弁えない無礼者が人を名乗ろうなんて…恥を知りなさい」


「なっ…!貴族だからって偉そうにしないでよ!身分より大事なものがあるってアルバート様も…」


「成績上位10人にも入れないような人が何を言っているの?32位のジョセリン・ジェイムズさん?」


「わ、私の名前…」


「お隣のかたは39位のケイラ・ラッセルさん、45位のカミラ・ジャクソンさん、47位のベイリー・ヒルさんですよね?よくそんな順位で威張れたものですわ」


「あ、あんたは何位なのよ!貴族なんてしょせん家庭教師としか勉強したことないじゃ…」


「メアリー様は入学後の最初の試験で学年2位ですよ?」


「は?」


「スティルアート家の者として当然です」


メアリー様は胸を張って答えた。

首位はオーギュスト殿下であらせられるので2位というのは実質学年首位と同義である。

ちなみにオーギュスト殿下は不正をしているわけではない。

そもそも幼少期から神童ではないかと言われるほど大変優秀なかたなので首位以外ありえないのだ。



「す、スティルアート??」


きょとん、と女子学生が言った。

え、もしかして知らなかった?そんなわけないよね…?


「まぁ!あなたがたメアリー様のことをご存じなかったの?」


「信じられない…」


「お勉強や教養以前の問題かしら?」


「うそ…」


さすがにスティルアートという家名を聞いてどんな貴族家だったかは気づいたみたい。

スティルアート家といえば良くも悪くも国中で名前を知らない人はいないほどの家柄なのだ。


…だからそれ以上は恥をさらさないで!



「残念ながら本当でしてよ?」


「い、命だけは…」


「たかが犬に噛まれた程度で命を奪ったりしませんよ。ただ…私にケンカを売ったからにはこちらも全力でお返しするのが礼儀だと思うのだけど…どうかしら?」


「同意いたします。手を抜いては失礼ですから」


「おっしゃる通りです!」



あ、これダメかも!

メアリー様たちが完全にノリノリだ。

アレコレどうやって女子生徒らに制裁を加えようかお話されていると鈴を転がしたような高貴なお声が横から割り込んできた。


「まぁ、メアリー様?動物相手をまともに相手をするなんて何をお考えなの?」


「フローレンス様…」



フローレンス様だ。

名門アプトン家のご息女であらせられる学内でも1、2を争う名家のかただ。


生徒会副会長もお務めになっていて貴族らしい貴族ではあるけれど比較的良識のある人だったはず。


フローレンス様が丸く納めてくれたらなんとかなるかもしれない。


「人の言葉を話すからって人間だとは限らないのでしょう?人に飼われている獣なら…飼い主に責任をとってもらうべきではなくて?」


…やっぱりダメかもしれない!



「さすがフローレンス様です!そうですね、ペットの責任は飼い主のが取るべきですわ。なら…アザレア商会と私の研究所のお取り引きを中止しましょう。あとこれまでラッセル家から買い付けていましたがそれも辞めて…」



「ちょ、ちょっと待ってよ!そんなのあんまりよ!!」


女子生徒たちが悲鳴をあげた。

アザレア商会とメアリー様の取引がなくなると何がいけないのかと思ったが、すぐにわかった。


「お父さんは関係ないでしょ!」


「そうよ!卑怯だわ!」


女子生徒の親の勤め先がアザレア商会なんだ。

ほかにもいくつかの家名をあげるたび悲鳴が上がる。


メアリー様の記憶力もさることながらこれら全てと取引のあるというメアリー様の研究所って一体…。



「卑怯?どうして?」


「そうやって自分のものでもない親の権力を振りかざすところよ!私たちは耐えるしかないじゃない!」


「そんなの知らないわ。親の権力だろうと私がやりたかったらやるの。お父様もアルバートお兄様もこの程度で怒りはしないもの」


「そんな…」


「アルバート…お兄様?」


再びキョトンとしている女子生徒たちをみて私は頭を抱えた。


やっぱり気づいてなかったんだ…。

もうダメだ。そろそろ同じ平民としてたすけてやるか。


私は人混みを掻き分け前に出た。


「メアリー様はアルバート様の妹君でいらっしゃるのよ?知らなかった?」


「えぇ!?」


「嘘でしょ!?」


「本当よ…。だいたいスティルアートって家名を聞いてどうして気づかないの?」


「あ…」


「てっきり偶然同じなだけだと…」


あー、彼女たちの擁護をするわけではないけれど平民だとよくあることだ。


貴族たちは持っている領地の名前がそのまま家名になるので近しい親戚でもない限り同じ家名にはならない。


平民はが同じ家名を名乗ることも禁止されているので貴族の家名覚えておけば困ることはない。



でも平民の場合は住んでいる地区の名前や大きな通りがあればそれをそのまま家名にするので同じ家名の人はたくさんいる。


でもそんなの教養の範囲の話なわけで…たしかに教養が欠けていると言われても仕方ない。




女子生徒たちはすっかり絶望しきった顔になって床に座り込むと項垂れてしまった。



「メアリー様、このたびは大変な無礼な行為の数々申し訳ありません。この者たちには私がきつく言ってきかせますので…」


腰を90度以上まげ深々と頭を下げる。

顔がみえないので上から声が降ってきた。


「あなたは…民衆派の代表ね?」


メアリー様の声はどこかおもしろがっているようにも聞こえたが、お顔がみえないので確信は持てなかった。


「代表というほどではありませんがまとめ役のような役割をしております」



「ふぅん。でも派閥が違うでしょう?どうして庇うの?」


平民の派閥まで把握しているなんて…。


まだ入学して間もないはずなのにメアリー様レベルになると頭の構造が違うのかもしれない。



「同じ平民のよしみというやつです」



「まぁいいわ。あなたがきつく叱ったところでそこの躾のなっていない子が学園にいるのは不快なの。お兄様の名を使って好き勝手したことも許せないわ」



そりゃそうですよね…。

私の頭ひとつで許してくれるわけなかった。

やっぱり噂に違わずスティルアート家のメアリー様だ。


「…メアリー様のお心のままに」


「理解が早いのね」



私も自分の身が可愛いのでここらで引き下がった。




「さっ、お騒がせして申し訳なかったわ。お詫びにカフェオレを皆さまにご提供いたしますわ。みなさんどうぞ、おめしあがりください」



パン、と手拍子を打つと食堂から歓声があがった。

少しだけラッキーだったかもしれない。カフェオレというのはコーヒーより飲みやすいということで今人気なのだ。


そもそもコーヒーが入手困難だからなんだけど。


女子生徒たちはカフェオレの話題で盛り上がっているあいだに食堂から出ていってもらった。

おそらく二度とこの食堂に立ち入ることはないだろう。

それどころが学園にいられるかもあやしいけれど…。


歓声と人だかりが落ち着いた頃合いを見計らってメアリー様に近づき、もう1度頭をさげた。



「差し出がましい口を聞いて申し訳ありません」


「構わないわ。おかげで目障りな獣たちも追い出せましたし」



あれだけの騒ぎがあったというのにメアリー様は涼しげだ。

まるでちょっと羽虫を追い払っただけみたいな。



「で、わざわざ私に接触してきたってことは何かご用があるのではなくて?」



「…お見通しでしたか…」


「今は気分がいいからだいたいのことは聞いてあげるわ」



「ならお言葉に甘えて…



私たち平民の生徒をメアリー様のお茶会で雇っていただけませんか?」





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