9.L様ルート、解釈違いです
ルイ様が去ったあと私は大急ぎでメイドを呼んでお色直しをしている。
メイドたちにはもう?早くね?みたいな顔されたけど仕事だ、耐えてくれ。
悪役令嬢の花道はきみたちの手腕にかかっている。ぜひとも世界がうらやむ玄人職人技を提供してくれたまえ。
ではここでルイ様ルートを思い出してみよう。
ルイ様ルートへは最初に庭園を選ぶことで選択可能になる。
何故庭園かっていうとお砂糖と蜂蜜と甘いモノと少しのスパイスで出来ていそうなルイ様はあぁみえて草木や樹木、花への造詣が深くていらっしゃる。
これから通うことになる学園の庭園が気になったが学校が始まってしまうと一人でゆっくりと観察する時間が取れないのでお忍びで訪れたのだが、少数のお供を連れて庭園に向かうとそこには先客がいた。
それがヒロイン。
ヒロインは散歩の最中に花の香りに誘われるように庭園を訪れる。よく手入れされた庭園に興味があったのだ。
するとそこへ供をつれたルイ様が声をかけるのだ。
『やぁ。庭園にごよう?』
外向きの天使フェイスで愛想よくヒロインに声をかけるルイ様。でも本心ではこの時庭園を一人で回れなかったことに少しだけ苛立っていて、出来ることならヒロインを追い出そうと思っていたのだ。
『あ!!初めまして!!私明日からこの学校に転校してくるのですが…勝手に入ってしまって申し訳ございません…』
ルイ様が皇族であることは知らなかったものの数人の供を連れていたので身分が高い貴族であることは一目でわかった。
ここはえらい貴族が持っている庭園だと思ったのだ。ヒロインは弾かれたように立ち上がって丁寧に頭を下げた。
そして続けて、
『すみません、とてもきれいな庭園なのでつい入ってしまいました…すぐ出ていきますね』
『待って!!』
謙虚に頭をさげ、媚びるでもなく立ち去ろうとするヒロインとなんとなく話したくなって、つい引き留めてしまう。
『あ…その…よかったら一緒に見ていかない?僕もここへ来るのは初めてなんだ…』
『まぁ!それは素敵です!ぜひともお供させてください』
ルイ様が供を下がらせてふたりで庭園を回ることにした。初対面で一度もルイ様に媚を売ったり子ども扱いしないヒロインに少しだけ好感をもつ。
『こちらは初めて見る花です。花びらが不思議な形をしていますね』
『それは虫を食べる花なんだ~。その花びらと花びらの間から虫を誘う香りが出ていて、入ってきた虫を酸で溶かして食べちゃうんだよ!びっくりだよね!』
『え?!では私の指も食べられてしまうのですか?!』
『かもしれないね?』
『まぁ!!』
『あ!これは知っています!フキノトウに似ているから間違えて食べてしまったのですよ』
『フキノトウと形が違うじゃない。どうやって間違えるの~?』
『フキノトウって若い芽が美味しいのですよ。芽吹いたばかりのフキノトウと間違えやすいのです。ほら、こちらの芽は毛がないでしょう?毛がないものは食べてはいけません』
『へぇ。本当だ。毛がないや』
『あ!!ダメです触れては!!』
パシっとヒロインがルイ様の手をつかんだ。女性の力なのでそれほど痛みはないが皇族にそのようなことをするものはいないので遠目でみていたお供たちは驚き、なによりルイ様もぽかんとしている。
『す、すみません!!!この芽は素手で触れると危険なのです…とんだ失礼を…!!!ごごごごごごめんなさいっっっ!!!!』
地べたに這いずるように土下座をするヒロイン。
実家で何度もしていたその行為はヒロインにとって慣れたものだった。
『…いいんだ。顔を上げて、そんなふうに頭を下げないで。僕を守ろうとしてくれたんだね。ありがとう』
『…あ、ありがとうございます』
おずおずと顔を上げるヒロインの手を取って同じ目線になろうとする。まだ成長期の途中にあるルイ様はまだ身長がヒロインとそれほど変わらなくて、目線は同じ位置であっていた。それが少しだけ悔しくて、もっと牛乳を飲もうと決めた。
『ねぇ。僕はルイ。ルイ・パティス・フォン・ロート・ド・ジョージ・フリードヒ・アルテリシア』
『あ、アルテリシアって…皇族の方だったのですか…私ったらなんて失礼を…』
『いいんだ!僕は君と友達になりたい。だから君の前ではただのルイでいたい。そんな風にかしこまらないで…』
ヒロインの手を取ったまま小首をかしげ、下からのぞき込むように潤ませた瞳をそっと上に向けた。その真摯な瞳にヒロインは思わずハイと頷いてしまう。
『わ、私は(ヒロイン名)です。これからよろしくお願いします』
『ふうん、よろしくね!』
今ならわかる。これは全てルイ様の計算だったのだ。
ちょっと面白そうな子をみつけたから遊んでみようかな~みたいな程度のちょっとした気まぐれ。
というのも…
『ねぇ、(ヒロイン名)!ちょっと来て!』
『あ!僕のどかわいちゃった~!』
『そこの本読みたいなぁ~。取って』
『(ヒロイン名)さん、ルイ殿下がお呼びです』
『(ヒロイン名)さん、さっきルイ殿下がお呼びでしたよ?』
『ルイ殿下が教室でお待ちよ!』
以下、エンドレス。
ルイ殿下は何かとヒロインを便利屋扱いしたりわがままを言い放題にする。
ヒロインもルイ様が気になってしまい何度もパシリ扱いは辞めてほしいと言おうとするのだがそのたび小悪魔笑顔に絆されてしまう。
そうしているうちにルイ様とヒロインがいい仲だという噂が立つようになる。
それを気に入らないのが悪役令嬢メアリーだ。
で、ここからのいじめは例によっていつもと変わらないので以下略として…。
ルイ様ルートでメアリーがヒロインを虐める理由はヒロインのような下位貴族が皇族入りすることが気に入らないとかそんなんだったはず。
え?そんな理由?まだふたりが付きあうとかそんな段階まで行ってないよ?
ユリウスやアルバートお兄様と違う点はルイ様ルートが意外とバックグラウンドが重い点でもある。
ある雨の日、ヒロインは自分のカバンがないことに気づく。いつものメアリーたちによる虐めだ。
窓から下をみると自分のカバンと思わしきカバンが裏庭に落ちていたので拾いにいくと、そこには供を一人もつけていないどころか傘もささずに佇むルイ様をみつけた。
『ルイ様!!傘もささないでどうしたのですか?!』
傘を持って慌てて駆け寄るヒロイン。その時のルイ様は明らかに様子が違ったのだ。ルイ様はどんなときでも笑顔を絶やさない。
それは純真無垢な可愛い皇子のイメージを崩さず自分の要望を通すためのルイ様なりの手段で、鉄の仮面のように張り付いたその笑顔はルイ様にとって自分の身を守るための強固な鎧でもあったのだ。
それなのにこのときのルイ様はどこか虚空を見つめ、その眼には光がなかった。
『あぁ、きみか。ねぇ、自分の大切なものがどうしようもない力に壊されそうになったらどうする?』
『え…』
『メアリーさんが…この庭園を壊すと言っているんだ。雨の日とか天気が悪いとお茶会ができないでしょ?この庭園を一部を潰して天気が悪いときでもお茶会ができるようなハウスを建てるんだって…』
『そんな…でもそのようなことは学園が許さないのではありませんか?ルイ様からも反対したら…』
『したさ!!でも兄上が…兄上も許可しているんだ…僕が何か言ったところで覆るわけない…』
兄のオーギュスト様に対して、弟のルイ様は絶対に敵わない理由がある。
普通、同じ親から生まれた兄弟同士なら同様に王位継承権が与えられるものだ。
しかし、この兄弟は少しだけ勝手が違う。
内々の話ではあるがルイ様に玉座が回ってくることはない。
ふたりの母親であるソフィア様が亡くなるとき同じ兄弟で争う姿は見たくないとおっしゃったのだ。
陛下はソフィア様が亡くなるそのときまでソフィア様のことを深く愛していた。ふたりが皇族では珍しく恋愛結婚したという点においてもそれは明白だろう。
愛するソフィア様の遺言を叶えるため、また不要な王位争いを防ぐためにルイ様は将来侯爵位を与えられオーギュスト様の補佐に回ることが決まっているのだ。
それでなくてもルイ様は優秀すぎる兄に対してコンプレックスを抱いている。たとえ自分が最大限の努力をして、最高の結果を出したとしても、頭上には常に兄がいる。どのような結果をだしても過去にオーギュスト様が出した結果にルイ様はいつも敵わない。
…これは一重にオーギュスト様が優秀すぎるってだけでルイ様も一般的な貴族からしたら十分に優秀でいらっしゃるんだけどね…
―ルイ様「も」大変優秀でいらっしゃいますね
―兄上に負けないように努力なさってください
―オーギュスト様を思い出します
―兄君はこの程度ではありませんでしたよ
―兄上は…
―オーギュスト殿下は…
いくら頑張っても努力しても敵わないルイ様は本当はオーギュスト様のことが大好きで補佐に回ることだって嬉しいのに、それを素直に受け入れられない、でも周囲には兄を尊敬する可愛い弟を演じてしまうという曲がりくねった坂道並に屈折した思いを抱くようになってしまう。
ルイ様の小悪魔っぷりはオーギュスト様へのコンプレックスが引き金になっていると思うのだよね。オーギュスト様と違う個性を持っていないと自分がオーギュスト様に押しつぶされて、消えてしまいそうで。
そんなルイ様の屈折しまくった思いを昇華するのがヒロインなのだ。
どうせ兄にはかなわない、
オーギュスト様に勝てるわけない、
ルイ様の心にがんじがらめに縛りついた思い込みの蔦をヒロインが引きちぎって成長させることがルイ様ルートの醍醐味でもある。
『そんなことわかりません!!戦う前からあきらめていては勝てる勝負だって負けてしまいます!!』
『でも僕は一度だって勝てたことはないんだよ?!』
『だったらこれを最初の1勝にしたら良いのです!大丈夫、ルイ様には私がついております!』
グっと握りこぶしを付きだすヒロインに思わず笑ってしまうルイ様。
『ぷっ!!君がいたところで勝てる保障なんてあるの?』
『…ちょっと勇気湧いてきません?』
『あははっ!!なんの根拠もないじゃないか!…でもありがとう、僕戦ってみるよ』
いつもの可愛らしいだけのルイ様ではなく、可愛さのなかに少しだけ凛々しさを備えたルイ様がいた。(はい、ここスチルチェック)
ルイ様がメアリーに直接ハウス建設を中止するよう抗議する。
『メアリー殿、庭園を潰してハウスを建設するそうだが庭園を潰すという提案には承服しかねる』
『あら、そちらの提案にはオーギュスト様も同意されているのよ?これに異を唱えるということは兄君に逆らうということではなくて?』
『兄上にはわたしから直接交渉する。お茶会を開催する場所はほかにもあるはずだしこのようなハウスの建設は不要のはずだ』
『そうでしょうか?たまには綺麗なお花でもみてお話したいときもありませんこと?オーギュスト様も同意されているのですしこれ以上なにかありまして?』
『あら、メアリー様おかしくはありませんか?もうメアリー様がご卒業ですよね?これから建設してもご在学中には間に合いません。オーギュスト様も同じですよね?』
そう、この時ゲーム内時間は既に冬。
庭園を潰すくらいのハウスを作ろうと思う春を過ぎてしまう。そのときには卒業学年であるメアリーは既に卒業しているはずなのだ。このメアリーが後輩への贈り物なんてするわけがないので贈呈品は考えられない。ヒロインはそれに気が付いていたのだ。
少しだけ形勢が傾いたところに決定的な一撃が加えられる。
『おや?わたしはそんなことを許可した覚えないよ』
凛と澄み渡るような、静かなのに周囲に響き誰しもの耳目を集めてならないその人がご降臨なさった。
オーギュスト様である。
『オ、オーギュスト様…!!』
『兄上!』
『殿下…』
『メアリー、きみはまたわたしの名を語ったようだね。今まで黙っていたけど可愛い弟を傷つけたとあっては黙っていられない。きみがしたことは全て知っている。処分については後日伝えるよ』
『お、オーギュスト様…これは…』
さきほどまでの勢いはすっかりなくなって真っ青な顔でオーギュスト様に縋りつこうとするメアリーをオーギュスト様は一切みることなく素通りした。
『ルイ、立派になったね』
『は、はい!兄上!』
『庭園は潰さないから安心して。きみが大切にしているものを壊すわけないよ』
『兄上…ありがとうございます』
こうして、ルイ様の大切な庭園は守られた。
あとはお決まりのコースで卒業式に大々的にメアリーは婚約破棄を言い渡され中年貴族の5番目の再婚相手になるのだ。
そしてルイ様はオーギュスト様の補佐をすべく勉強に邁進して、在学時から懇意にしていたヒロインとの関係を認められ無事に婚約する。
~トゥルーエンド~
はい、これがルイ様ルート。
いやぁ…ルイ様の成長に涙がとまらないね。あんなに可愛さふりまく天使みたいなルイ様にそんな屈折した思いがあったとかヒロインとの思い出がある庭園を守るために悪役令嬢相手に奮闘するところとか…涙なしには見れないね…悪役令嬢って私のことだけどさ…
でも私はこのルートに若干不満がある。
私の知る、真面目で実直で誠意あるオーギュスト様なら大事なルイ様の庭園を潰そうとしているメアリーをもっと早く叩くと思うのだよね。
庭園を潰すなんてルイ様が悲しむに決まってるのだから。
そうなるとシナリオが成り立たないからなんだろうけど…
このルートのオーギュスト様は解釈違いです!!