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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
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77’.ふたりと彼女〜side O&Y〜

メアリーがプライベートエリアから出て行ったことを確認して、オーギュストは盛大なため息をついた。


「座りなよ、ユリウス。せっかくだから少し話してから出よう」


オーギュスト自身、涼しい顔をしていたが思っていた以上に気を張っていたのだ。

いまだにメアリーという人物については不可解なことが多い。

自分に好意を向けられていることは理解しているがその好意すらもオーギュストにとっては不可解なものであった。


ユリウスは先ほどまでメアリーが座っていた椅子を一瞥して眉をひそめると、パタパタと座面を払って腰掛けた。

その様子にオーギュストは微笑ましいような気分になった。


ユリウスとメアリーのジャレ合いは見ていて楽しいのだ。



「オーギュスト様は本当にあいつを婚約者としておくのですか?」


ユリウスにとっては敬愛する主たるオーギュストの隣に並ぶ女性がメアリーであって良いのかという疑問をずっと抱えていた。

幼少期ならいざ知らず、学園に入学する歳になっても彼女の傍若無人な振る舞いはオーギュストに相応しくない。



「今のところ婚約者から外すメリットはないよ」


「学園に入る前からやつの身勝手さは目に余ります。あいつ一人でどれだけ事件を起こしたか…」


「アルバートもよく頭を抱えていたね」


「えぇ!何度も!」


「でも彼女は少なくとも人からのアドバイスは聞けるみたいだよ」


「アドバイス?」


一体誰がいつなんのアドバイスを与えたというのか。

オーギュストが急になんの前振りもなくメアリーを呼び出したということはユリウス自身が1番よく知っている。


先に使いを出せばメアリーはソツのない完璧な令嬢としての返答を用意していただろう。

それではオーギュストの目的は果たせない。



「あぁ。このコーヒー」


「え?」


オーギュストがコーヒーを飲みたいと言ったのは気が向いたからとか、そんな理由ではない。


唐突にメアリーにコーヒーを頼めば人を介して家に連絡を入れると踏んでいたのだ。

まさか連絡鏡を使うとは思わなかったが。

オーギュストからの要望とあれば側近であるアルバートにも連絡がいく。


コーヒーを受け渡すだけの短時間でアルバートがメアリーにアドバイスをするとなると『正直に話せ』ぐらいなものだろう。


お茶会を独占した理由も気になったがメアリーがそのアドバイスを聞き入れるか判断したかったのだ。



「結果は見た通り。見事にアルバートの言う通りにした。まさか研究所の運営資金を稼ぐためだなんて思わなかったけどね」


メアリーに誰もなんの助言も与えなかったらメアリーは考えうる最高にソツのない答えを編み出すはずだ。

しかし自分のことをよく知るアルバートだけをメアリーと接触させアルバートの与えた最適解を正しく受け入れることができるか。


それがオーギュストの知りたいことであった。


そしてメアリーは見事に最適解を最も正しい形で使って見せたのだ。




「まぁ…令嬢のすることではありませんね…」


「開発費の捻出なんてそれこそ人を雇うなり寄付を募るなりしたらいいのにメアリー自らするなんて…一周回っておもしろいことになっているけど気づいているのかなぁ」


「どうでしょう…?」


ユリウスも横で聞いていて意味がわからなかった。

家からもらっている予算が足りないのはわかる。


だからお茶会で稼ぐとはどういうことだ。


普通は家からの予算を追加させるとか、研究員たちに命令して資金調達させるとかあるだろう。


聡明だとは聞いているが何か違う。


しかし、


「しかしこのままではいずれ問題を起こすことは目に見えています。これではあなたの評判にも関わる!」


それとこれとは話が別だ。

婚約者候補とはいえユリウスの主であるオーギュストは無関係ではない。

メアリーに悪評が立てばオーギュストにも影響する。



「婚約者候補が好き勝手やって僕の評判が落ちるというなら僕の評価はその程度というだけさ。実際僕はメアリーほどこの国に貢献していない」


「…っ!!」


ユリウスは苦々しげに唇のはしを噛んだ。


オーギュストがアルテリシアに貢献していないということは全くない。

彼自身も議会に出席し兄弟のなかでは最も政治に精通しているだろう。


しかしメアリーの功績はそれらを上回る。

メアリーの起こした騒動と、功績は繋がっているのだ。

特に教会問題を解決してみせた手腕においては皇帝陛下も一目をおいていて、彼女の行ってきた功績のほとんどは父や兄の実績とせざるを得ない状況が惜しいと言わせるほどだ



思い返せばユリウスはメアリーが幼少のころから嫌いだった。

幼少期のアカール事件に始まるメアリーとの出会いはどれもユリウスのプライドを刺激するには十分過ぎた。



「そんなにメアリーが嫌いかい?」


「…嫌いです」


「素直じゃないなぁ。メアリーのほうは君のことそれほど嫌いって訳でもないみたいだよね。じゃなきゃ貴重な魔道具を渡すわけがない」


「そういうところも嫌いなんですよ」


何の気なしに自分にできないことをアッサリとやってのけてしまうのだ、あの兄妹は。


アルバートのほうはまだいい。

同じオーギュストの側近として彼の人となりや努力家であること、誠実な人柄であることは嫌というほど知っているし意見が衝突したときはお互い思う存分ぶつかり合って最後はアルバートがうまくまとめてくれる。

だからアルバートには頭が上がらないしオーギュストを任せていいと思える相手だ。


しかしメアリーは違う。


澄ました顔で自分ではできないことをいとも簡単にやってのける、という意味ではメアリーのほうが度合いが強く、絶対に敵わないと思わせるには十分だった。


アカールの持ち込んだ感染症をその身を挺して最小限の被害に抑えたことが最初であったが、オーギュストの暗殺未遂を未然に何度も防いだときは自分の無力さを痛感させられた。


何が騎士だ。

何が誉れ高いオーギュスト殿下の側近だ。


自分はあのとき何をしていただろうか。


その悔しさがユリウスを邁進させることなく精進させていることを知っているのでアルバートもオーギュストも何も言わずに彼を見守っているわけだが。


「ユリウスはメアリーのおかげで僕の側近になれたから余計悔しんだろ?」


「…その件がなくともいずれ俺自身の実力で側近となっていました!」


「はは、そうだね」


忘れもしないアカール事件でユリウスはスティルアート家当主に面と向かって意見をした。

身の程も弁えずに。


今となっては恐ろしすぎて身震いがするが。


しかしどういうわけかそのときのユリウスを気に入ったらしく当主はオーギュストの側近にユリウスを推薦したのだ。

オーギュストの信も厚く皇帝陛下の側近にして実力派と名高いスティルアート家当主、ハロルドからの推薦とあればオーギュストは受け入れるのは必定で、推薦されたことでユリウスの評判は側近となる前から上々であった。


「オーギュスト様の側近になったばかりの頃は馬にも乗れませんでしたけどね…」


「その前評判がきっかけで真面目な君は努力したわけだろう?」


「…そうですね」


「たとえハロルドの推薦とはいえ僕は気に入らない者を何年も側近に置いておくほど寛容ではないよ。君のそういう真っ直ぐなところや真面目なところが気に入っているんだ。きっかけはメアリーかもしれないけれど、運をモノにしたのは君の実力だと思っている」


「ありがとうございます…。しかしあの女と今更仲良くなんてできませんよ…」


「わかっている。努力しろとは言わないよ。それに僕も君たちのやりとりをみているのはけっこう好きなんだ」



「………」


それがオーギュストの優しさなのか、本音か一瞬迷うがオーギュストは必要のない嘘はつかないので本音だろう。


どちらにせよ無理にメアリーと仲良くする必要はないと言われ内心少しだけ安堵した。


ユリウスは器用な人間ではないので考えていることがすぐに顔や態度に出る。

だからこそ常に普段から思っていることを顔に出さないようにしているのだが、容姿も相まって「氷のよう」などと言われているらしい。


努力が候を奏しているにも関わらずなぜかメアリーを相手にすると努力は全く無駄になってしまう。

どれだけ冷静を装ってもすぐに頭に血が上るし普段なら絶対女性には言わないような侮辱的な言葉もスルスル出てきてしまう。




「それはともかく、本当によろしいのですか?民衆派の動きも気になります」


メアリーと自分の関係についてはかまわない。問題はメアリーが民衆派を敵に回したということだ。

今日の様子では下位貴族も同様と考えていいだろう。


民衆派と下位貴族は第一皇子の支持基盤でもある。


「あぁ、そのことなら問題ないよ」


「え?」


ユリウスの不安をよそにオーギュストはあっさりと返した。まるで指をぶつけたが大したことはないとでも言うように。


「メアリーの出方をみるまでユリウスには黙っていたんだけどね、民衆派は今回の件でメアリーには感謝しているくらいなんだよ。まぁ下位貴族の恨みは買ったけど」


「何故?お茶会は上位の貴族と繋がりをつくる絶好の機会では?その権利を卑怯な手段で奪われたんですよ。民衆派が恨みこそすれ…感謝なんて…下位貴族に恨み?たしかにさっき何やら言い合いをしていまたが…どうして」


「お金を持っている上位貴族にとってはお茶会というのは新しい繋がりをつくる絶好の機会かもしれないけど…民衆派ってみんな平民なんだ」


「たしかにそうですが…」


何をいまさら。

空が青いことを改めて言われたような気がしてますますわからない。


「彼らには学園から金銭の支援があったりするけどそもそも生活するだけで手一杯なんだよ。学用品や寮の食費は学園からもらえるけどそれ以外にもお金はかかるだろう?」


「えぇ…」


学業に必要なものと食事と住むところがあれば生きていけるというわけではない。

生きている以上なにかと出費がある。

そういうところは家から仕送りをしてもらうものではあるが、仕送りを全員ができるかと問われれば答えはノーだろう。


「お茶会を開くにはけっこうお金がかかる。それなのに学園は場所しか貸してくれない」


「まぁそうですが…」



お茶会の内容は全てもてなす主催の学生に任される。招待状にはじまり提供する飲食物、装飾、席次、食器から接客係、調度品にいたるまで全て主催者が決めて用意する。


学園から貸し出ししている備品もあるがそれらを使うのは本当に緊急の場合で「用意できなかった」不手際を曝すも同然であり後から噂されることは免れられない。


そのうえ貸し出し品だけではお茶会は開けない。


お金のある上位貴族なら家から潤沢な資金を用意してもらい整えることができるが、資金力の違う平民にはお茶会を開くことすらままならないのだ。


それならお茶会を開かなければ良い話ではあるのだが、彼らがそれをできないことには理由があった。


下位貴族によるいじめである。


お茶会を開こうにも資金が足りない平民学生に目をつけ彼らはそっと囁いた。

「お金を貸してあげる」「返済はお茶会のとき我が家の品を売った売上で返してくれたらいいから」と。

渡りに船とばかりにお金を借り、さらにお茶会なんて開いたこともない彼らは下位貴族のアドバイスという名の命令に従ってお茶会ひらく。


しかしお茶会では目新しいものでもなければ売上なんて上がるわけがない。


結局借金だけが残り返せないまま利子だけが増えていくという仕組みだ。

借金の返済を待ってもらう対価として下位貴族は平民学生を奴隷のように扱っているという報告を何件も受けていた。


「なんと卑劣な…!」


「お金がない平民の学生を支援する目的でお金を貸すことはこれまでにもあったから学園も問題視していなかったんだ。でもからくりがわかってしまうと…問題だよね」


「しかし平民がお茶会を開かなければいい話ではありませんか?」


「そうすると下位貴族たちから嫌がらせや脅迫を受ける。彼らも金を貸す先がほしいからね」


「……」


言いたいことは山のようにあるがここで言ったところでどうにかなることではない。

なによりこの状況を最も憂いているのはオーギュストなのだ。


騎士たる自分が騒ぐのは違う。


「そんなときにメアリーがお茶会を独占したというわけだ。まぁ平民の日程をすべて排除したのはフローレンス嬢だろうけど…」


「平民から不満は出ないのでしょうか?」


「彼らは『あのメアリー様を押し退けてまでお茶会を開く勇気はありせん』で通すつもりらしいよ。下位貴族もさっきメアリーに返り討ちにされたみたいだし。たとえ不満がでても民衆派の一部だろうね」


「一部?」


「あぁ。民衆派は基本的に温厚なんだけど一部に貴族制の廃止だとかを訴えるいわゆる革新主義者っていうのがいるんだ。最近学園を騒がせているのはこの革新主義者だよ」


「貴族制の廃止などくだらない…」


「はは、遠くの国では王家を廃止したっていうところもあるからその影響だね」


「しかしあの悪役令嬢ならそんな革新主義者たちも木端微塵にしてしまいそうですね」


「頼もしい限りだ」


「………」


オーギュストが自分以外を頼りにするのは気に入らない。オーギュストを守るのは騎士である自分の役目なのに。


ユリウスがなにか不満そうな顔をしているので眺めながら既に冷めてしまったコーヒーを含んだ。


そしてポロリと、ユリウスには聞こえないように小さく呟いた。


「どちらにせよ、アルテリシアは皇族がなくなるわけにはいかないんだけどね」



「オーギュスト様?」


「いや、何でもないよ。ところで…このコーヒーセットどうしようね」


「あ…」


メアリーが兄に呼び出されたときまだオーギュストが飲み終わってなかったのでコーヒー道具一式は置いていってもらったのだが、用意はすべてメアリーがしてくれた。

ふたりでは片付け方がわからない。


食堂に預かってもらうこと考えたがスティルアート家が今後売り出すつもりなら外部に漏らさない方が懸命だ。

精巧な細工の施された箱に納められる見慣れない道具たちは明らかに高価で、メアリーの持つ研究所の技術力の高さをみせられたようだった。


食堂に預けた場合これらを外部に漏らす不届き者がいないとも限らない。



「うーん、とりあえずアルバートを呼ぼうか」


「そうですね」


ユリウスは懐から連絡鏡を取り出した。

アルバートとオーギュストに繋がるものだけは持ち歩いている。


2つだけとはいえ不便さはあるので早くメアリーから新しい連絡鏡を受けとりたいところではあった。


そのときは礼くらい言ってやろうとユリウスは決めていた。

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