75’.11歳 プライベートエリアのお茶会
学園は中等部と高等部、大学とあるが広大な敷地にこの3つが併設されている。
国内の貴族令息令嬢が集まってくるうえ、平民、さらには属国の留学生まで集うため施設設備が整っているのも特徴だ。
この3つが同じ敷地にないとアルバートが攻略できないっていうのもあるんだけどね…。
充実した設備の例として食堂も中等部だけで3つほどある。
価格帯が違うので必然的に使う場所もちがう。
そのなかでも高価格帯の食堂はキレイだし華やかな作りになっているし、一言いえば自由に出入りできるから食堂に弁当を持ち込む学生もみられる。
これが以前フローレンス様があげていた『民衆派が調子にのっている』一端でもある。
そしてこの食堂エリアの一部に限られた学生のみ使用を許されたプライベートエリアが密かに存在している。聞かれたくないお話をするときはそこを使う。
爽やかな極上スマイルのオーギュスト様に連行され、ユリウスに睨み付けられながら私はプライベートエリアに連れていかれた。
「これがコーヒーというのだね。苦いけれど深みのある味わいだ」
「このような泥水のようなものをお召しにならずとも…」
興味深そうにコーヒーをみつめるオーギュスト様にユリウスが苦言を呈した。
道中で唐突にオーギュスト様がコーヒーがのみたいというので急遽、食堂から手配してもらったのだ。
連絡鏡の試作品を持っていてよかった。
おかげですぐに家に連絡をしてコーヒーのセットをもってこさせることができた。
ユリウスの今にも射殺そうとする眼力で睨み付けてくるところはむかしから変わらない。
領地に来たときもこんなんだったっけ。
一緒に入れてあげたコーヒーにも手をつけていなかった。もったいない。
さっきまで湯気がたっていたのに全く手をつけられないまま湯気はみる影もなくなってしまった。
これだけ敵意むき出しにされているのに私がユリウスを嫌いになれないのはやっぱり『ラブファン』の攻略対象っていうのもあるけど…
「殿下!こいつのしたことをこのままにしておいて良いのですか!?入学早々騒ぎを起こして…それでもオーギュスト殿下の婚約者候補としておくのですか!?」
ただ単純に同じオーギュスト様の大ファンであるという仲間意識である。
「まぁまぁ、メアリーにも事情があったかもしれないじゃないか。なにも聞かずにただ責めるのは良くない」
「どんな事情があるのか…古参貴族に喧嘩を売って民衆派を弾圧して…アルバートのおかげでようやく均衡が保てたというのに」
残念ながら、ユリウスは私のことが嫌いなようだけど。
ユリウスは同担拒否派なのかもしれない。
『ラブファン』でふたりの絡みはそんなになかったからユリウスのメアリーに対する反応は新鮮味がある。
「ふぅん、傍目にはそう映っているのね」
「貴様他人事のように…!!これからどうなるかわかっているのか!?」
「別にどうも。私は目的達成のために行動したまでよ。だいたい、民衆派を弾圧なんていつしたの?お茶会の日程を決めるのは生徒会よ。
…それとも、私が生徒会のかたに無理強いしたとでも?」
まぁしたんですけどね、脅迫、
しかし最終的に判断したのは生徒会側だ。
生徒会の人たちが許可したに違いはない。
「アプトン家のフローレンス様と先日会っているだろ?そのときなにかしたに決まっている」
おっと、当たっている…。
ユリウスって直情型のくせに勘がいいのよね。
「そんな証拠どこにあるの?」
「証拠?同席したアプトン家の人間に聞けばすぐわかるだろう」
「そうね、たとえわかったところであなたはどうしますか?私を処罰すればフローレンス様も無事では済まされませんよ?それでもいいのかしら?」
「なっ…そんなこと…」
「ユリウス、残念だけどメアリーの言う通りだよ。どういう経緯であれお茶会の日程は生徒会の裁量で行われる。たとえメアリーが何かしら手をまわしたとしてもフローレンス嬢の名誉に傷がつくことは免れられない」
「くっ…!!なんと卑劣な!」
「なんとでもおっしゃい」
「で、我が婚約者候補殿は入学早々お茶会を独占してまで達成したい目的はなんだったんだい?」
オーギュスト様の視線がスーっと私に向いた。
にこやかな笑みの奥にある全てを見透かそうとする意思を見逃すほど腑抜けてはいない。
でも慌てるようなことじゃない。
だってこのコーヒーをもらいにいったときたしかに警告を受けたではないか。
『答えを間違えるな』
『オーギュストに下手な嘘や誤魔化しは通用しない』
ならば私の出す答えはひとつだ。
でもその前にしておくことがある。
「殿下、ひとつ魔道具を使うことをお許しください」
「構わないよ。許可しよう」
「ありがとうございます」
懐から小さな小物入れのような細工がされた箱をとりだす。横にはちいさなハンドルがついている、オルゴールのような魔道具だ。
蓋をあけてハンドルをくるくると回すとオルゴール特有の金属音の音楽が流れると同時にドーム状の薄い膜が部屋全体を覆った。
「これは?」
「盗聴防止の魔道具です。プライベートエリアとはいえ誰が聞き耳をたてているかわかりませんから」
「へぇ、でも無音だと逆に怪しまれないかい?」
「てきとうに当たりさわりのない世間話をしているように聞こえてますから問題ないかと」
「貴様が魔力の供給をしているのか?」
「いいえ。魔力供給には試作品の電池を積んでいます」
「電池?なんだそれ」
「…今その話はよろしいのではありませんか?」
離すと長いんだ、これは。
ユリウスは聞きたそうにしていたけれど魔力電池の話までしていては本題に進めない。
これは花園会で使った盗聴防止の魔道具と同じもので、デザインと仕様を変えてある。
花園会で使っていたものはメンバー登録が必要だけどこれは範囲指定したらそこだけ覆うタイプでこちらのほうが使い勝手がいい。
ただ魔力供給にムラがあるのでまだ試用段階でもある。
「そうだね、では改めて話してもらえるかい?」
「…借金返済のためです」
「しゃっきん?」
「なんだそれ?」
オーギュスト様とユリウスはよほど驚いたのか、瞳をぱちくりと開けたり閉じたりしている。
幼馴染みであるが故か、ふたりはたまにリアクションがシンクロするみたい。
私の出した答え。
それは正直に話すことだった。
ユリウスにまで聞かれるのは癪だけどこいつが言って部屋を出ていくとは思えない。
「えーと…話すと長いのですが以前私が詐欺師を炙り出そうとして立てた作戦でかなりの散財をいたしまして…そちらを返済するため金策に奔走しておりまして…」
「だけどスティルアート領の財政なら多少のマイナスくらいどうということはないだろう?どうして令嬢である君自らそんなことをしているんだい?」
「父から卒業までに返済するよう約束をさせられまして…」
「だが貴様のことだ。そのような約束事など律儀に守るわけないだろう」
「あなた結構な言いぐさね…。さすがに平民の年収分のマイナスを1度に出してしまったら私にも罪悪感くらい沸くわよ」
「…なにをしたんだ…貴様は…」
「……」
まさか手当たり次第、宝石を叩き割りましたとは言えない。
言ったら倍以上の小言を言われる気がした。
やっぱりユリウスは脅してでも外させるべきだったかしら。いらない嫌味を言われるはめになったじゃない。
「経緯はわかった。しかしそれほど急いで返す必要もないだろう?ハロルドは愛娘に借金を背負わせて催促するような人じゃない」
「父から返済期日は明確にされておりません。しかし借金にくわえ研究者たちがこぞって新しいものを開発しますからそちらの費用の補填をしなくてはいけませんの」
「そういうのは家から工面されていると思っていたけど…」
「それじゃあ足りませんわ。家から出させることはかんたんですけどそんなに研究者たちを甘やかしてやるほど私だって優しくありませんの。かれら甘やかしたらすぐ役に立たないものの開発だの研究だのはじめますし」
「なるほど…たしかにこの魔道具の開発といいスティルアート、特にメアリーが持っていると言う研究所ではおもしろいものばかり開発されているよね。その開発費用のためにお茶会を開くということかい?」
「おっしゃる通りです。学園で開催すれば新規の顧客に繋がります。我が研究所は販路が弱く多売向きの商品が少ないので客単価を上げるほうが効率がいいのです。学園で獲得できる新規の顧客はぴったりなのですよ」
「そういうことが…わかった。なら僕からはなにも言わない」
「オーギュスト様!よろしいのですか!?この者に好き勝手させて!」
「メアリーに他意があるのなら止めるつもりでいたけど…どうやら助言を素直に聞いてくれたみたいだし嘘はないようだからかまわないよ」
「しかし民衆派はっ…」
「良い、と言っているだろ?ユリウス」
「っっ…!!」
「要件はこれでおしまい。ところでコーヒーまだ残っている?」
「は、はい!もちろん!」
思ったよりあっさりと終わってしまった。
もっとあれこれ聞かれると思っていたしユリウスから色々嫌味を言われると思っていたのに…。
ある意味で拍子抜けだ。
婚約破棄イベントが発生するとは思っていなかったけど確実にオーギュスト様の反感はかったはず。
それなのにオーギュスト様はにこにこと笑みを浮かべていらっしゃるどころかコーヒーのおかわりまで所望とのことだ。
うーん、やっぱりオーギュスト様って奥が深いわ~!!
それからウォーマーで温められたコーヒーのおかわりをお出しして他愛ない、本当に世間話やお互いの近況報告をした。
なんだかデートみたいでドキドキしたのは内情だ。
ユリウスが終始機嫌悪そうにイライラしてきたけれど無視しておいた。
お腹痛いのかな?
「少し失礼します」
連絡鏡が小さく震えた。
おそらくお兄様からの呼び出しだ。そろそろ痺れを切らしているころだろうと思って連絡鏡を開くと、やはりお兄様が映っていた。
「あら、お兄様ですね」
「アルバートの連絡鏡を持ち歩いているの?」
「はっ!とんだブラコンだな」
…ユリウスのような美人顔にブラコンなんてスラングで使われると違和感がとんでもないけれど、今のユリウスの心情で使うのならブラコンが正しい…。
そういい聞かせて表面上は平静を装った。
本当は2、3発言い返してやりたいけどね!
「私の連絡鏡は研究所で開発した新型です。1台で誰とも使えるので持ち歩いています。いくつも持たないといけないのは不便ですから」
「へぇ、それはいいな…」
オーギュスト様がぐいっと近づいて連絡鏡をみつめた。
これまでオーギュスト様との連絡手段は手紙だった。
お忙しいなか連絡鏡を使って予定を合わせるより返事ができるときに返事を書いて送ったほうが効率がよかったから。
でももし…
「もしよろしければ殿下も使われますか?」
「いいのかい?」
「えぇ、お兄様も持っていますし」
「なら頂こうか」
「あとでお贈りさせていただきますわ!」
オーギュスト様のお顔がいつでもみられるのなら、それは素敵なことかもしれない。
前世の岡部真理にはそんなイベントなかったけれど、片想いの相手とメアドと電話番号を交換した気分だった。
相手は最推しなわけだから内心叫びたくて仕方がない。
でもメアリーのイメージのためにもガマンガマン…。
あ、そうそう。
「ユリウスもほしい?」
ニヤリと意地悪く嗤ってユリウスに私の連絡鏡をみせびらかした。
実はさっきからこちらをチラチラみていることに気づかない私ではない。
「貴様!ことにおよんで呼び捨てか?!」
「いいじゃない。で、ほしいの?いらないの?」
「……………」
「殿下とおそろいよ」
「……………もらってやらないこともなくはない」
「はいはい」
素直じゃないなぁ~。
なんだかんだ気になるんだろうね。
呼び出しの震動がずっと続くのでいよいよお兄様が乗り込んでくるかもしれないとなったあたりで私はプライベートエリアを先にあとにした。
オーギュスト様とユリウスはまだお話があるみたい。
食堂側にでると、
「メアリー!何の話をしていたんだ!?」
「メアリー様、お待ちしておりました!」
「お嬢様は最初から問題をおこす天才だねぇ」
お兄様と見慣れた私の従者たちが待ち構えていた。




