74’.11歳 しもじもの者たち
学園でのお茶会日程表が掲示板に張り出されたのは歓迎会が終わった翌週のことだった。
掲示板の前には学年問わず日程表の前で自分の担当日を確認する学生たちで溢れている。
開催予定日の、どこかに必ず『メアリー・スティルアート』の名前が書かれているので掲示板を確認する誰もが驚きの声を上げていた。
フローレンス様はやるときはやる方だったようだ。
「やりましたわね!メアリー様」
「まさか本当に全日程とるとは思いませんでした…」
「生徒会のかたが融通してくださったみたいね」
顔では涼しげに当然です、みたいにしてるけど内心ガッツポーズを決めたいくらいにはよろこんでいた。
しかし私がこれだけとってしまうと困るのはほかのお茶会の予約ができなかった人たちで、しわ寄せはどうやら民衆派のところへいっていたようだ。
全てを把握しているわけではないけど民衆派の名前はどこにもなかった。
これはどうやら辛酸を嘗めさせられたフローレンス様からの意趣返しだろう。
私との約束を守ってくれたのだから民衆派の担当日がなかろうがどうだっていいけれど。
「メアリー様!私にも是非招待状を送ってくださいませ!」
「お茶会ではコーヒーとやらもいただけるのかしら?」
同じクラスの子たちが私のところに集まってめいめい騒ぎはじめた。
花園会の4人は当然招待されるし、日によってはメンバーと共同という形でお茶会を企画することも考えている。
そうなってくるとお茶会というより何かのイベントみたいで心が踊った。
そのあたりのことはまだ内輪の人にしか話していないけれど『スティルアート家の人間が主催する』ことに興味があるみたい。
「みなさんぜひ参加なさってください。お茶会では我がスティルアート領からのお土産もご購入頂けるよう手配いたしますわ」
わぁ、という歓声が上がって一層沸き立った。
まだまだ注文したら1日で品物が届くほど流通は整っていない。
ソニア商会の品は王都の店で買えるが私の研究所の品はまだ伝手を使って買うしか方法がないのだ。
これは希少価値を高め価格を釣り上げているとかって批判もあるけど実態は流通できるほど数がないっていうのが本当の理由。
あとはコーヒー関係の道具は製造に時間がかかるし、オーダーメイド品が多いので取り扱いできるお店がないっていうのもある。
「絹のドレスはまたお召しになられますの?」
「スティルアートのお菓子楽しみです!」
「コーヒーはお持ちになられるのでしょうか!?」
詳細を聞こうとする声がそこらじゅうからあがってきた。
だんだん収拾つかなくなってきてどうしようかなと悩んでいると隣にいたふたりが耳打ちする。
「メアリー様、ここは私たちにお任せください」
「では招待ご希望のかたはこちらへお願いします」
ベリンダとクリスがすかさず手をあげお茶会参加希望者の受付をはじめた。
我先にと群がり始めたのでクリスが声をあげた。
「お名前とクラスをお書きください。なお希望者多数の場合は抽選となりますのでご了承ください」
「はーい」
先着順ではなく抽選ときいて押し掛けてきた観衆が落ち着きを取り戻す。
「抽選となりました場合は招待状の発送をもって当選の案内とさせていただきます」
「当日招待状をお持ちでないかたはたとえいかなる理由があろうともご参加いただけません。また同伴の場合も同様ですのでお気をつけくださいませ」
名簿に記入させさくさくと人を捌いていく。
慣れたものだ…。
それからふたりが手際よく受付をしてくれたので私の仕事はなくなってしまった
手持ち無沙汰なのでどうしうかなーなんて少しふたりのそばを離れていたら眉間にシワをよせた怖い顔の集団が私を睨みながらずんずん近づいてきた。
「メアリー様、少々よろしいかしら?」
明らかに友好的なお話ではない。
生憎、こういうとき頼れるふたりはさっき置いてきてしまった。
「あら、なにかしら?下位貴族のみなさま」
余裕をもってにっこりと微笑んでみる。
あまりしもじものかたたちとお話しする機会ってないから楽しみかも。
「メアリー様!どういうことですか?お茶会の予約をすべて埋めてしまわれるなんて!」
「全てだなんて…ちゃんとあなた方の予約は取れているではありませんか」
中心にいたリーダー格の女子、名前は忘れたけど下位貴族たちのまとめ役だったはず。
10人くらい引き連れて私の前に立ちはだかるので迫力があった。
「そのかわり平民出身者は一切予約が入っておりません!このようなこと許されるとお思いですか?!」
リーダーが声を張り上げる。
「許されているからこうして貼り出されているんじゃありませんこと?」
私は貴族らしくゆったりこたえた。
「いくら大貴族とはいえやっていいことと悪いことがあるのではありませんか?」
「どうせお父上にお願いして生徒会のかたを脅したのでしょう!」
「権力を傘にきた貴族のやりそうなことだわ」
近い、けどおしい。
全て私が脅したのよね。
リーダー女子につづけと言わんばかりにほかの子が声をあげた。
「恥ずかしいと思いませんの!?」
彼女らのかん高い声は掲示板エリアに反響してきんきんとうるさいくらいだった。
そのせいもあって私たちにのまわりには徐々にギャラリーができつつある。
ギャラリーに気づいていないのか、彼女らの視線は燃えるように熱く、怒りをもって私に向けられていた。
こんな目を昨日もみたなぁと緩く思い出した。
ちなみに王都にきてから新しく私に付けられたメイドの入れてきたお茶がぬるくて気に入らなかったから、そのお茶をぶっかけてやったのだ。
ぬるいし火傷の心配はないだろう。
驚いたのか金切り声の悲鳴をあげて部屋から飛び出してしまった。
おおげさだわ。
「聞いてますか!?」
おっと、意識が別のほうにいってしまったようだ。
「小汚ないネズミがキーキーうるさいわね。
この学園で貧相なお茶会が開かれるなんて我慢ならないじゃない?」
「貧相?!」
「あなたたちの開くお茶会でさえ億劫なのにもっと貧相なお茶会をされるくらいなら自分で取り仕切ったほうがずっとマシよ。
だから私は考えたの!全部私の日を作ってしまえばいいんだわって」
まさか借金返済のために少しでも稼ぎたいから、なんてメアリーのプライドが許さない。
ギャラリーまで出来てしまった以上、少しでもメアリーのイメージをまもりフローレンス様との約束を果たしつつ彼女らが勝てないことを言うしかない。
「わ、私たちにのお茶会が貧相ですって!?」
「だってそうでしょう?中古の制服しか買えないようなかたたちの用意するお茶をなんて…きっと薄くてのめたものじゃありませんもの」
「ななな…なんてことを…!!」
「お茶会では高級な茶葉を用意するとお父様が…!」
なんだ、図星か。
学園の授業料は高い。
授業料のほかにも制服代や教材費、寄付金などなど多額の費用がかかる。
もちろん、私たち高位貴族にはたいした金額ではないけれど彼女たち下位貴族の実家からしたらそういうわけにはいかない。
だから削れるところを削るため制服は中古で手にいれることも珍しくないのだ。
ちなみにもっと収入の低い平民出身者たちはその費用をどうやって工面するか?
奨学金である。
入学試験の結果に応じてだけど学園から奨学金が出るのだ。
成績上位にもなれば必要な費用は全て学園が出してくれるし寮にもタダで住める。さらに定期試験での結果によっては学園から給付金が出る。
場合によっては下位貴族よりいい生活をしていることもあるくらい。
パッと見ただけでは下位貴族の生徒か平民の生徒なわからないこともしばしばある。
「高級な茶葉?銘柄すら知らないのかしら?この人たちは。
そんなかたがたの開くお茶会なんてたかが知れてますことよ」
「ひどい!そこまで言わなくてもいいじゃない!」
「これだから貴族は!」
「うるさいわね」
「ひぃぃ」
自分達から仕掛けておいていざやり返されたらびびるって…。
もっと根性だしなさいよ…。
「で、あなたたちはどうして私にわざわざそんなこと言いにきたのかしら?あなたたちはお茶会の予約を取れているじゃない」
「そ、それは…」
「まさかお茶会ができない平民のみなさんのためとか?」
「え、そ、そうよ!彼女たちではメアリー様に何も言えないから代わりに私たちが…」
「ずいぶんと…見上げた正義感ですこと」
「ひっ!」
「ではお茶会をひらきたいかたがいらしたら私に遠慮なく言ってくださいな。少しくらいなら融通してあげてもよろしくてよ?
ただし、
私が譲ってあげてよかったと思えるようなお茶会を開いてくださるのでしたら、ですけど」
「は、はいぃ!!」
このへんにしておくか。
人が集まりすぎてしまったので今にも飛びだして噛みつかんばかりのオーラをだすベリンダとクリスのところへ戻った。
実はさっきからそばにいることはわかっていたんだけどあんな小物の相手くらい私だけで出来たしふたりまで加わると本当に収拾つかなくなってしまうから止めたのだ。
「メアリー様!よいのですか?」
「あんな無礼なかたたち一度ご自身の立場を理解したほうがいいですわ!」
「いいのよ。どうせなにも出来っこないのだし。それより予約の取り仕切りありがとう。首尾は?」
「予約満員ですよ!会場のキャパを確認しないとです!」
「そう。ならお願い」
「はぁい」
予約票にびっしり埋められた名前をみて小さく拳を握った。
これなら1年で借金返済も夢じゃないかも!
帰ったらルーシーと色々打合せして、提供するのもを研究所から取り寄せて、なんて考えていたら正面から素敵なオーラがちらほらみえた。
「メアリー、ちょっといいかい?」
天から降り注ぐような美声と輝くお姿。
この学園でそんな神々しい存在はただひとり。
「殿下!」
「学園でその呼び方は恥ずかしいけど…まぁいいや…今時間あるかい?」
「もちろんです!」
オーギュスト様以外ありえない。
嬉しい反面、背中をダラリと嫌な汗が伝った。
…これはもしかしなくてもさっきのこととお茶会のことだろうなぁ…




