73’.11歳 古参貴族とのお茶会
「ようこそ、我がお茶会へ。メアリー様」
フローレンス様はどこからみても完璧な笑みをたたえて出迎えてくれた。
王都に所有するアプトン家邸宅。
歴史ある、それこそ観光地になっていてもおかしくないような豪邸である。
門を越えてから玄関に着くまでそこそこかかったのではないかしら?
「こちらこそお招き頂き光栄ですわ。フローレンス様」
「今日はメアリー様のために特別力をいれて準備いたしましたのよ」
「まぁ、それは楽しみですわ。私もフローレンス様には一等特別なものを用意してまいりましたの。喜んでいただけるとよいのですが…」
「何かしら?楽しみにしているわ」
今日のお茶会は学園にて行われているものではなくフローレンス様が個人的に私を呼んだ私的なお茶会だ。
学校施設は使わないので学園への連絡は必要ない。
そもそも私のせいでお茶会自体できないのだけどね。
だからルーシーも一緒に来てもらっている。
ただ後ろに控えているだけかもしれないけど敵陣に乗り込むときひとりより味方がいてくれたほうがいい。
あとお兄様もルーシーを連れて行くように厳命された。
私の信用なさすぎじゃない?
「急にお呼び立てしてごめんなさいね。どうしてもあの場でしかあなたにお声掛けする機会がなくて…」
フローレンス様はファサっと音でもしそうなほどに豊かな睫毛を備えた瞳を伏目がちに俯かせた。
その仕草だけでなんでもお願いを聞いてくれそうな人はごまんと現れるだろう。
そのくらい、フローレンス様は深窓の令嬢という言葉が似あう儚げで美しいお嬢様なのだ。
色素の薄い巻き毛に今にも零れ落ちそうな瞳、触れたら溶けてしまいそうに白く磨き上げられた肌。
砂糖菓子より重たいものは持ったことがないと言わんばかりのほっそりとした指先を彩る花びらの爪。
少女から女性へと移り変わる危うさが彼女の神秘性とより引き上げていた。
こういう女は見た目通りとは限らない。
前世の勘がそう、メアリーに警告した。
もとより、メアリーは見た目に絆されて自分の目的を忘れるような女の子ではないけれど。
「アプトン家のかたともなれば周囲の目もありますから仕方ないことです」
「ご理解頂いているようでうれしいわ。そうなの、どうしても私の周りって目の良い方が多いみたいで少しでも私が他所のかたとお話するとすぐ知れ渡ってしまうの」
「フローレンス様は特別なお方ですからね」
「お上手ね。最近はうるさいネズミが多くて…困ってしまうわ」
はぁ、ともの鬱げにため息をついた。
ー来た。
ルーシーと少しだけ視線を交わす。
「ネズミ、ですか?それはまた…」
「身の程も弁えないネズミのせいで学園の今後が不安でなりませんの」
「まぁ…」
「今や飛ぶ鳥も落とす勢いのメアリー様なら…このネズミたちを大人しくさせることができるのではなくて?」
艶のある薄桃色のグロスが塗られた口元が怪しく弧を描く。
丸みを帯びた瞳が光るところを私は見逃さなかった。
「『なにぶん若輩の身ですので…』」
「そんなことないわ。こんなことお願いできるのはメアリー様以外にいないのよ」
「『身に余る光栄ですけれど…』」
「ずいぶんご自身を過小評価なさっているのね?メアリー様はいつも自信に満ちていると思っていたけど…思い違いだったかしら?」
「『ありがたく思いますが…』」
「…もしお願いを叶えてくれたら…あなたを私たちのお友達に加えてあげてもよろしくてよ?
これならあなたのお父様、スティルアート家の方々にも見返りとして十分ではなくて?」
フローレンス様の目がじわじわと細められる。
甘えるような、媚びるような口調から貴族然としたそれに変化する。
フローレンス様はスティルアート家を古参貴族の勢力に入れてやってもいいと言っているのだ。
古参貴族の勢力に加わるには古参貴族たち、それもとりわけ中核となる家をはじめとした貴族たちの同意がいる。
しかしアプトン家が推すとなればそれも容易だろう。
古参貴族との繋がりというのは貴族としては持っておきたいコネクションの一つで、特に比較的新しいとされる我が家のような貴族家なら喉から手が出るほどほしい代物である、と判断しての餌だ。
しかし、
「『そんなのいらないわ』」
「!!」
こちらの真意に気がついたフローレンス様が雰囲気を一変させた。
先程までの柔らかな空気は立ち消えピリピリと張り付いものにかわる。
「スティルアート家の見返りが古参貴族の仲間入り?そんなんで足りると思っておいでなのかしら?もう少しマシな条件はなかったの?」
「なっ…!!!!」
蹴られるとは露ほども思っていなかったフローレンス様は瞠目した。
その儚げな美貌に不釣り合いな、それこそ深窓の令嬢らしからぬお顔をされている。
愉快ゆかい。
美少女のご尊顔が崩れるところって本当にみていておもしろい。
こっそり背後に控えるルーシーと視線をあわせて唇のはしを釣り上げた。
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昨晩。
「まぁそんなかんじでフローレンス様から何言われるかわからないわけだけど…どうしましょうか」
「無策というわけにも参りませんからね…」
花園会が終わって帰り道。
魔車のなかでルーシーとため息をついた。
「みなさんの見立てでは古参貴族としてのお話もあるのではないかってかんじだったわ。ルーシーの予想通りね」
「しかしフローレンス様が生徒会のメンバーですからお茶会の件という可能性も否定できません」
「そうなのよ」
今のところどちらの可能性もある。
ならば、
「だから私は両方を信じることにするわ」
お兄様もルーシーも私は信用しているし信頼している。
そのふたりの予想なら両方信じてもいいじゃないか、と結論づけた。
私の答えを聞いてルーシーは一瞬驚いたような顔をするが、少しのあいだ考えて、
「でしたら…」
ルーシーにフローレンス様とのお茶会にむけた模範解答をいくつか作ってもらったのだ。
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「あ、あなたのお父様は喉から手がでるほどほしいのではなくて…?古参貴族との繋がりが…」
「古参貴族の繋がりがほしいなんていつ我がスティルアート家が言いましたか?自分達を特別な存在と思うなんておこがましいにもほどがあるわ」
「思う?私たちは特別な存在よ。神に選ばれた皇族に連なる選ばれた存在!」
「あははははっ!!なにを勘違いしているの?たしかに皇族の方々はは特別な存在ですけどあなたたちは単なる古くさい貴族じゃない」
「古くさいですって!?」
「誰も教えてくれなかったのかしら?古参貴族は歴史ばかり古くてしがらみにがんじがらめにされた不自由な存在だって!」
「……」
「我がスティルアート家は古参貴族とお近づきになる必要なんてないのよ。民衆派を黙らせたいならその権力をつかってご自身でおやりなさい」
「あなたたちも民衆派が目障りなのではなくて?彼らのせいでこれまで築き上げてきた学園の伝統が滅茶苦茶よ。私たちはあんな新参者に馬鹿にされているのよ!民衆派なんて学園の恥でしかないわ!同じ空気を吸っていることすら忌々しいというのに!」
吐き捨てるように言い切ったフローレンス様に優雅で優美な令嬢の面影はない。
たしかに造形は変わらずお美しいけれどね。
「たしかにネズミにのさばられるのはおもしろくないわ。でもね…
私たちは自分たちでネズミを黙らせます。あなたたちみたいに高いところから見物しているだけで何もしない人たちと一緒にしないで」
「なんの歴史も伝統もない田舎もののくせに…」
「今やこの国をまわしているのはその田舎者ですけどね」
「っっ!!」
「政なんて私たちには関係ありません。でも美味しい汁は吸わせてね、なんてワガママ通るとお思いですか?古参貴族の役人なんてほとんどおりませんのよ?」
「…労働なんて貴族のすることではありませんわ…」
不貞腐れたようにフローレンス様がプイとそっぽを向いた。
いくら偉そうなことを言っていてもまだ彼女だって年端のいかない少女なのだ。
でも、
「そんな考えをしているから民衆派がのさばるんじゃない」
少女だからって手を抜いてあげるほど私も優しくはない。
「…とはいえ、私も魔物じゃないわ。フローレンス様にとっておきの武器を貸してあげる」
「武器?私、武術の心得はありませんよ」
「そんなの期待しちゃいませんよ。私からのお土産を持ってきてちょうだい」
すかさずフローレンス様のメイドが分厚い封筒を盆に載せて差し出した。
「なに?」
「開けてください」
フローレンス様は訝しげに首を傾けたままそっと封筒の中身を取り出す、
瞬間、カッと目を見開き私のほうをゆっくりと向いた。
「これ…!」
「失礼ながら、フローレンス様のお役にたつのではと思い集めさせました。差し出がましいようですが」
封筒の中身は現生徒会長が裏で手を回し会長の指名を受けたという証拠の手紙である。
「どうやって手にいれたの?!」
「とあるお家で最近何やら怪しい動きがあったのでうちの者に調べさせました。そしたら何やら怪しいお手紙が出てきましたから…」
「証拠品を横流しさせたということ!?」
「まさか!捜査の目的とは関係がなかったのでお借りしただけですわ」
「あなたそれ…」
けっこう犯罪ギリギリ、っていうかアウトだ。
フローレンス様も呆れた様子でいらっしゃる。
さて、生徒会役員の選出とは前任の生徒会長が後任を指名することで決まるわけだけど、この前任の生徒会長さんのご実家は貴族ながら商売をされている家だった。
で、このお家は最近あまりお仕事が上手くいっていなかったそう。
その原因がお母様の運営するソニア商会や私のもつ研究所のせい。
そこでこの商家のかた、こともあろうに私の研究所に産業スパイを送っていた。
産業スパイなんていくらでもいるから取り立てて珍しいものでもなかったし入られたのは随分前だしなんなら何も持ち帰ることなく終わったわけだけど、今回はそのときの記録を利用させてもらった。
突発的に『産業スパイの疑惑あり』としてご実家を捜索させてもらったのだ。
そしたら息子の部屋から現生徒会長とのお手紙を発見。
ガッツリ『次期生徒会長にはキミを指名する』とか『一緒に頭の固い貴族の鼻をあかしてやろう』とかなんとか恥ずかしいことがしっかりと書いてあったのだ。
まぁ指名だからお手紙が出てきただけでどこまで効力があるかはわからないけれど…。
問題はそこじゃない。
「私、これでも今はあなたのお願いを断るつもりはありませんの。これをどういうふうに使うかはあなた次第よ。是非とも私の気が変わらないうちに私が喜ぶ条件を提示してください」
「……」
「あぁ、それから、あなたが何もされなかったら民衆派と私どもは仲良くさせていただくつもりですから」
「え…」
高位貴族は一枚岩ではない。
私をはじめとした第3皇子派が民衆派を抱き込むというだけ。
所詮は金も地位も権力もない平民だ。やりようはいくらでもある。
「だからお早い行動をお勧めいたします」
「…」
フローレンス様も『使い方』は理解したようで意味あり気に頷いた。
「ではそろそろお暇させていただきますわ」
「待って!」
今日はここまで、と判断して引き上げようとしたらフローレンス様が唐突に大きな声を出された。
「あら、まだ何か?」
「学園でのお茶会、今お困りなのではなくて?」
スッとフローレンス様がまっすぐに私と視線を合わせた。
そこには先ほどまでの甘えや動揺は見受けられない。
「あぁ、そうなんです。私ったら暗黙のルールを知らなくて…」
「私が融通して差し上げてもよくてよ?」
それが彼女の出せるカードということだった。
それは、
「まぁ!フローレンス様がおっしゃるのなら間違いないですわね」
「あなたが入れた申請の半分くらい…」
「全部」
「え…」
古参貴族との繋がりなんてものよりよっぽど魅力的。
でも、
「半分だなんてケチ臭いことおっしゃらず…全部」
「全部はちょっと…あなた長期休暇まで入れてるのよ?」
「そうよ?それがなにか?」
「せめて3分の2…」
「全部よ、全部」
「……」
「どうしますの?私、一部でも漏れがあったらネズミを大人しくさせるためのやる気がなくなってしまうかもしれませんの」
私、メアリーはとても欲張りなのだ。
「わかったわ。全ていれましょう!全部!」
ヤケクソとでも言うように言い切った。
もうどうにでもなれと言った感じだろうか。最初の印象よりよほどこちらのほうが好感がもてた。
「さすがフローレンス様。お話が早くて助かるわ。結果はお茶会の日程表にて確認します」
「おぼえてなさい!」
負け犬の遠吠えを背後からかけられた私は口元に優雅な微笑をたたえてアプトン邸を後にした。
あー!なんて愉快!なんて愉悦!
あぁいう美少女の鼻を明かしてやるのは本当に楽しい。




