72’.11歳 花園会 後編
一通り趣味の話を発散し尽くしたあたりで盗聴防止の魔道具を解いた。
あまりにも当たり障りのない会話ばかりをしているとこっそり聞き耳を立てているメイドたちに怪しまれるのだ。
そしてここから私は情報収集を始めることにした。
誰が呼んだか私を中心とした5人の令嬢の集まり、花園会。
この花園会のメンバーはお父様とお母様が厳選した家柄の令嬢なので情報通なのだ。
最近の学園の勢力図なら最も正確で詳細な情報を持っている。
今の生徒会の事情なんてお手の物だった。
「フローレンス様ですよね?今の生徒会では彼女もおもしろくないでしょう」
「エレナ、どういうこと?」
「兄が言っていたのですけど今の生徒会って民衆派と古参貴族で構成されていますの」
「そうでしたね」
学苑の勢力図のなかでも上と下だけを抜いたような構造だ。
「はい、話は私たちが入学する前まで遡ります」
学園ではより優秀な人材の育成を目的として爵位を持たない平民にも入学資格を認めるようになった。
最難関と言われる試験をクリアし貴族と遜色ないレベルでの教養とマナーを身につけた者に限るとしていて決して簡単なものではないがそれでも学園を目指す者は多かった。
ちなみに『ラブファン』の主人公、アリスちゃんもこの試験を受けている。
試験に合格することが義両親から出された入学式条件だったから。
アリスちゃん頭いいのよね。
そうして苦労して入学するも平民のかれらが貴族ばかりの学園で成り上がるのは容易なことではない。
貴族出身の生徒たちからの嫌がらせや差別に耐えそれでも尚、結果を残さなくてはいけない。
そこで彼らは徒党を組んで貴族たちからの理不尽ないじめや要求に対抗することとした。
この平民たちで構成された派閥が民衆派と呼ばれる派閥で、つい最近まで貴族たちと激しい争いを繰り広げていた。
学園の勢力図は大きく別けて4つある。
まずひとつめがこの民衆派。
平民出身者と一部の下位貴族が多い。
ふたつめに下位貴族派
領地も資産も家柄も低い貴族が多くて人脈作りのために学園に入学する。
みっつ目が私たち上位貴族派
領地、資産、家柄も申し分ない貴族たちで学園の最大勢力ともいえる。
だけど上位貴族派のなかでも支持する皇子はバラバラだしそれぞれの家の思惑で動くから結束力はない。
利害の一致で手を組むことが多い。
最後に古参貴族派
上位貴族の更に上ともいえる存在で遡れば建国期までさかのぼれるような家柄の貴族だ。
皇族との繋がりも深く血縁も濃く結束も固い。
ほかにも上位にも下位にも属さない中位くらいの貴族たちもいるけれど、上位貴族たちは下位にまとめてしまう傾向があって、あまり両者の関係はよろしくない。
この勢力図がだいたい社交界にも適応されていたのだけど、最近では次の皇帝選抜のために各派閥に分かれている傾向にある。
民衆派にとっては皇帝選抜よりも自分達が学園内で置かれた状況のほうが重要なようだけど。
「この民衆派と貴族の長年の争いを止めたのがアルバート様たちなのです」
「え、お兄様が?!」
「えぇ、メアリー様…ご存知ありませんでした?」
「聞いたことなかったわ」
「アルバート様があまりご自身の手柄を自慢するかたではありませんからメアリー様にもお話にならなかったのかもしれませんね」
ベリンダが助け舟を出してくれた。
そうだったんだ…全く知らなかった。
「アルバート様のご活躍は目覚ましいものでした。
虐げられている民衆派の生徒を助け平民の生徒でも結果を出せば正当に評価しました。
たったこれだけこと、と思われるかもしれませんが反対する者や異を唱える者に権力ではなく話し合いで挑んだのです」
「まぁ…」
クリスが驚くのも無理はない。
私たちのような上位貴族では格下の相手ならわざわざ意見なんて聞かずに命令すればいいだけなのだ。
そのほうが物事が早く進むし自分の意見を通しやすい。効率がいい。
…私は断然命令するだけ。まどろっこしいことってめんどくさい。
「アルバート様が在籍された3年間で民衆派の地位は向上しました。少なくとも貴族たちからの理不尽な嫌がらせや暴力に晒される危険はなくなったのです。
しかしそれを面白く思わないのは…」
「他の派閥の貴族たち…」
「はい。特に古参貴族たちにとっては歓迎されない事でした」
古参貴族というのはやたらと血統と伝統を重要視する。
とにかくプライドが高く身内意識が高い。
爵位を持っていても家柄が良くなかったり悪い評判のある家の者は同じ人間と思っていない人たちだ。
貴族ですらない平民たちと同格の扱いなんて彼らのプライド許さない。
「でもアルバート様なら彼らも説き伏せてしまえそうですが…」
「一時的には彼らも納得していたのです。アルバートさまのもとで両者のバランスも保たれていましたし、古参貴族たちのプライドを保つよう采配されていましたから。
しかし事は昨年、アルバート様たち3年が学園にあまり登校されなくなったあたりから始まります」
学園では3年の後半は高等部進級の準備として登校日数が減る。
補習を受けたり特別用事がある場合は除くが、お兄様は優秀なのでほとんど学園には行っていなかった。
その期間は残された在校生が先輩の力を借りずに運営するための期間ともされているので3年生はあまり関わらないのが習わしとなっている。
「事もあろうに民衆派が権力に胡座をかくようになったのです」
「胡座って…」
「民衆派のなかには学年でも上位の学力となる方も珍しくありません。アルバート様が試験の結果や部活動の活躍を正当に評価されたことで『自分たちは貴族より優れている』と思うようになったのです」
「でも、そんなのどうにかなるのではありませんか?相手はなんの権力も持たない平民なのですし」
「スティルアート家のアルバート様が両方の均衡を望まれている以上、下手に民衆派を虐げる行為はスティルアート家に歯向かう行為とみなされかねません」
「なるほど…」
「…なんだかウチの家が遠因になっていそうね…」
「まさか!勝手に彼らが調子に乗っているだけです!アルバート様もスティルアート家の皆様も何の原因でもありませんわ!」
「ありがとう…クリス…」
「かといって既に卒業されたアルバート様が民衆派を抑え込むということも歓迎されたことではありません…アルバート様に助力を求めること自体、今の上級生たちのプライドを刺激するのでしょう」
「各々の勢力でアルバート様たち3年の力を借りず生徒会メンバーの選出を行った結果、民衆派と貴族が半分ずつという中途半端な結果になりました。しかもそう言いながら民衆派の権力が拡大しつつあるのです。
暗黙の了解となっていたカフェテリアの貴族席だって民衆派が居座るようになりましたし、お茶会の優先順位も民衆派が優先されるようになっています」
「生徒会長が民衆派の男子生徒だから?」
「それも原因のひとつのようです。生徒会は前任者の指名なのですが本来ならフローレンス様が指名されるはずでした。
しかしギリギリのところで今の会長がねじ込まれ裏で手を回したと噂ですから」
「それは…フローレンス様からしたらおもしろくない結果ですね…」
「フローレンス様がお仕事に積極的ではないのもこれが原因かと…。どうせ何をしても民衆派の良いようにされるのですから」
民主主義ではないので選挙は行わない。
そのため全て指名で行うのだけど会長には爵位が高い者が選ばれる。
だから次回の選抜ではオーギュスト様が指名されて当然なのだけど…。
「今のままですとオーギュスト様が指名されない可能性もあるのです」
「なんですって?!」
「現会長は第一皇子の支持者ですの」
「第一皇子?ディヴィット様のこと?」
「おっしゃる通り」
エレナが重々しく頷いた。
「ディヴィット様は近頃あまり表舞台に出られませんが以前より身分に関係なく分け隔てないところが平民たちに人気がありました」
「今の生徒会長が第一皇子の支持者だから次も第一皇子の支持者を指名するかとしれないってこと?」
「はい…。前回、今の選抜のときのように裏で無理やり手をまわすことも考えられます」
「いくらなんでも行き過ぎでは?」
ベリンダの言う通り、勢力のバランスを取るにしてはやりすぎだ。
もし次回の選抜でオーギュスト様が選ばれないようなことがあっては次期皇帝選抜にも影響を及ぼす。
そうなれば貴族同士のパワーバランスも崩れかねない。
「と言うことはフローレンス様からのお誘いってもしかして…」
「フローレンス様というより『古参貴族』とのお誘いと思ったほうが良さそうね」
ルーシーの予想に軍配があがるのかもしれない。
「メアリー様、お茶会の日程って…」
「明日よ」
これは心してかかったほうが良さそうだ。




