70’.11歳 お兄様と作戦会議
『ではその通りに。細かいことはアルバートと相談したらよいだろう』
画面越しの父は小さくため息をついて額に手を当てた。あからさまに頭が痛いと主張されたようだった。
「わかりました。お兄様と相談して進めますわ」
『間違っても独断専行しないように。いいか、よくアルバートと話し合え』
「何度も言われなくても大丈夫ですよ。…私の信用度の低さが伺えますね」
『むしろ信用されていると思っていたことにおどろいた』
「お父様!」
冗談か本気かわからない乾いた笑い声をあげてお父様は連絡鏡を切った。
既にそこにはただの鏡となった魔道具が鎮座している。
歓迎会が終わって、私はとある貴族令嬢からお茶会の誘いを受けた。
フローレンス・ローレン・アプトン様
アルテリシアに古くから伝わる、それこそ建国期からあるような伝統ある貴族家である。
複数に分岐していてアプトンの名を持つ貴族家は多いが、そのなかでもローレン・アプトン家は最も古い家として知られている。
皇族に過去何人も后を排出しまた姫を迎え入れてき縁の深い家だ。
資産こそ我が家のほうが勝るが家格ではアプトン家に軍配が上がる。
ちなみにフローレンス様もお名前は私より長いけど学園内では不便なので略している。
だから私も学園ではメアリー・スティルアートと呼ばれる。
アプトン家は現在密かにくすぶり続ける次期皇帝争いにおいては中立の立場を守ってどこの派閥にも属さないでいる。
古くから続く貴族家を古参貴族と呼ぶのだけど、彼らは古参貴族同士で組んでギリギリまで支持を表明しないことがほとんどなので珍しい話ではない。
だからこそ、名実ともに第三皇子オーギュスト派であるスティルアートの、それもオーギュスト様の婚約者候補である私に接触をはかってきた意味がわからずにいた。
古参貴族の中核ともいえるアプトン家が古参貴族を出し抜いて中立の立場を崩すとも思えない。
「お嬢様、フローレンス様の調査結果が届きました」
「こちらへ頂戴」
まさかフローレンス様にお茶会の誘いを受けるなんて夢にも思っていなかったから全くの情報不足だった。
そのためお茶会までに交遊関係や家の状況を整理しておく必要があった。
有能な秘書は指示をだしたらすぐに調べあげてくれたようでお父様に報告し終える頃には調査資料が出来上がっていた。
紙の束をペラペラとめくって資料に目を通す。
「ルーシー、あなたの意見はどう?」
「アプトン家としてというより古参貴族としてお茶会の誘いがあったのではと思います」
「なるほどね。お父様の予想通り傲慢な貴族サマにお灸を据えてやった方がいいかしら」
「…お嬢様はなかなか古い表現を使われますね」
「…本で読んだのよ」
アルテリシアにお灸の文化はまだ浸透していない。
それからルーシーと作戦会議をしているとトントンとドアを叩く音がした。
「メアリー?入ってもいいかい?」
「お兄様?どうぞ、お入りください」
普通はメイドが仲介するのに…。お兄様は急いでいるのかこちらが返事をし終える前にドアを開けた。
隙間からメイドが慌てる様子が見える。
エマやデイジーなら慣れているせいかこんな普通ではないことがあっても慌てることすらしないので久しぶりの反応だ。
「入学早々何をしているんだ…!」
「絹の宣伝は大成功でしたよ、リリー様の鼻をへし折ってきましたしフローレンス様にお茶会の誘いを受けて準備に追われてるってところです」
「そういうことじゃ…いや…!それもあるけど…じゃなくて!!」
よほど慌てているようだ。
お兄様に着いている側近が落ち着くようにと一緒に深呼吸していた。
私もメイドに指示をだしてお茶を用意させお兄様にソファを勧めた。
「フローレンス嬢とのお茶会については後から話し合おう。絹のことについても僕からは何もない。それよりお茶会だ!お茶会」
「お茶会?」
「学園の!お茶会!」
「あぁ~、私の借金返済のためにたくさんいれたんですよね。お兄様、有益な情報ありがとうございます」
「やっぱりそうか…いや…ちゃんと話さなかった僕が悪いんだ…」
「お兄様、そんなに落ち込まないでください」
「誰のせいだと…」
「誰でしょう?」
「メアリー、君だよ…」
「あら嬉しい」
「あー、もう…。えっとね、学園のお茶会っていうのはまとめてたくさんやるものじゃないんだよ」
「まぁ、そうでしたの?」
全くの初耳だ。
お兄様の話をまとめるとこう。
学園でのお茶会というのは暗黙の了解がいくつかある。
そのうちの1つに上位貴族は年間通して1、2回程度開催する、というもの。
というのも予約の日と場所が重なった場合、より上位貴族が優先れるため上位貴族が独占しすぎると下位貴族はお茶会を開催できなくなるのだ。
上位貴族ばかりお茶会を開くと下位貴族が主宰となったときセッティングや提供する品々に差がでるし、場所が違っても日時が被ってしまった場合、たいてい上位貴族主宰のお茶会を優先するためせっかくお茶会をひらいても招待客が来ないという事態になりかねない。
それを防ぐため生徒会で調整するのだけど、調整にも限界があるので上位貴族は学園でのお茶会はあまりしないことになっている。
その代わりやるときは盛大にやるけれど…。
「では私はその暗黙の了解を早速破ってしまったわけですね」
「そうだよ…中等部の生徒会の子たちが僕のところに泣きついてきたんだ…」
「お兄様は既に高等部のかただというのに情けないですわね」
「フローレンス嬢も頭を抱えていたよ」
はぁ、と隠すつもりのないため息をはいてお兄様は再び額に手をあてた。
「フローレンス様も生徒会のメンバーですの?」
「あぁ。今の中等部の生徒会は民衆派と貴族のメンバーが半分ずつくらいになっているけど唯一の古参貴族だ。副会長だったはず」
「あら、アプトン家のご令嬢なのに副会長ですのね」
「女性だからということで副会長に決まったらしい。会長は民衆派の男子だけど…入学式のとき挨拶があったはずだよ…」
「覚えていませんわ」
オーギュスト様が新入生代表の挨拶をしていたこと以外興味なかったし。
「…まぁいいや…。それで会長はメアリーからの申請をどうするか悩んでいるらしい」
「悩まれてもそれって生徒会で処理することではなくて?」
「そうなんだよね…正直僕に相談されても困るのだけど…」
アルバートは本来面倒見のいい性格だ。こんな風に頼られて悩むというのは珍しい。
これもメアリーである私がアルバートに処理しきれない程の迷惑をかけている証拠かもしれない。
「既にお兄様は中等部をご卒業されているわけですから突っぱねて良いのではありませんか?」
「うーん…本当はそうしてしまいたいのだけどそうもできなくて…うーん」
また頭を抱え直してしまった。
「まぁ良いではありませんか。お茶会の予約だって借金を返済するまでの間のことです。お茶会で宣伝して借金を返し終わったらその暗黙の了解に従いますのでそのようにお伝えください」
「えぇ…借金ってこのあいだの?あれは急がなくていいって話だろう?」
「確かにお父様から催促はありませんけど可能であればさっさと返してしまいたいじゃないですか」
学園生活を楽しみたいというのもあるが小市民的感覚が残っている『真理』としては平均年収を大幅に上回る借金というのは恐ろしい以外なんでもない。
「本当に借金を返し終わるまでなのかい?」
「もとよりそのつもりです。…もしかしてフローレンス様からのお誘いってそのことかしら?」
「僕はなにも聞いていないよ。彼女はあまり生徒会の活動に熱心じゃないし中立貴族だからオーギュスト派のウチに近づくなんてリスクでしかないんだ。フローレンス嬢がそんなことわからないわけない」
「だとするとやっぱりお茶会絡みの線が濃厚ですね」
家同士のことではないのならやはりお茶会の件が濃厚だ。
「でもメアリーは譲る気はないのだろ?」
「もちろん」
「あーもう…」
お兄様は額をぐりぐりこねた。こういう仕草はお父様とよく似ている。
「なんだかお兄様はお父様に似てきましたね」
「え、そうかい?」
途端にパッとお兄様の顔が咲く。
心なしか嬉しそうだ。
お父様に似てるって嬉しいの?
「さっき似たようなかんじでお父様を困らせた覚えがあります」
「自覚があるならもう少し控えてくれると助かるのだけど…」
「お父様は私の行動については慣れたようでしたよ」
さっきも私が事情をかいつまんで話しても眉ひとつ動かさなかった。
ひょっとしたらお父様の情報網で先にフローレンス様から接触がある可能性をみつけていたのかもしれない。
「はは…それでお父様はなんて?」
「…お兄様とよく相談しなさいと。私よりお兄様のほうが信用度が高いみたいです」
そういうと、お兄様はまた嬉しそうに頬を緩ませた。
お兄様にとってお父様に褒められるというのは嬉しいことなのだろう。
…私は褒められるなんて滅多にないけど。
世間では私は両親に甘やかされていると言われているが特大の甘さ1に対して超特大の辛さ100であることも知ってほしい。
それからお兄様とルーシーに持ってきてもらった資料を元に作戦を立てた。
資料とお兄様の持っている情報はとても役に立ったけどあともう少し今の生徒会の内情がほしい。
そのへんは私のお友達から収集することにしよう。
最後に私はお兄様にある質問をして、作戦会議は幕を降ろした。
お兄様は私の質問に苦々しく小さな声で「あぁ」と短く答えて首を縦にふったのだ。
その答えで私のやることは決まった。




