69’.11歳 歓迎会のたたかい
「おどろいた。しばらく会わないあいだに見違えるくらいキレイになったね」
そのお言葉だけで何の後悔もなく旅立てます。
ありがとう、世界。
オーギュスト様の夜会服を目に焼き付けあまりの麗しさに眩暈を催していたところにこの一言。
あまりにも攻撃力が高すぎる。
「ありがとう存じます。殿下の隣に立って恥ずかしくないよう頑張った甲斐がありました」
「それにしてもその生地は珍しいものだね。どうしたんだい?」
「我が領地で新しく見つかった布地です。絹ですわ」
「へぇ…アルバートから聞いていたがこれが…」
溜息をつきながらオーギュスト様は真紅の艶をじっくりとみつめた。
取り囲むメイドたちやオーギュスト様の側近たちでさえ絹の美しさに目を奪われているようだった。
はじめてみる絹に興味深々のご様子だが入場を告げるファンファーレが会場全体を震わせたことで後回しとなった。
そして私とオーギュスト様は互いに手を携え会場へ躍り出た。
「オーギュスト殿下、並びにスティルアート家メアリー様、ご入場です!」
拡声器で大きくされた声が反響する。
広々として会場は親睦会のために特別に借りた王宮の一角だ。貴族なら1度は足を踏み入れたことのある者、まるきり初めての者、様々でそれぞれできる限りの正装で会場を彩っている。
色とりどりの若い花が咲くなかでもこの絹のドレスはひと際かがやきを放っていた。
頭を垂れるが視線を必死に動かしてかの有名なスティルアート家のご令嬢がどんなドレスで入場してくるか伺っている。
そして唯一動くものをみつけそのドレスをみた瞬間その美しさに誰もが視線を奪われるのだ。
上品な輝きと艶、優雅な動き、鮮やかな色、真珠のような美しさに言葉を失っているようだった。
会場に控えていた教師の1人が咳払いをし諫めると、無意識で頭の上がっていた数人の首が引っ込んだ。
「みんな君のドレスが気になるようだね」
「そのようですわ」
オーギュスト様からのありがたいお言葉のあとに私とダンスを踊って歓迎会は幕を開ける。
各々が自由に動きはじめるなかで、女の子がすぐさま私のところに優雅に飛んできた。
「メアリー様、そのドレスとっても美しいですわ!」
「なんという生地ですの?」
「メアリー様にぴったりです」
あっという間に囲まれた。
元々貴族のお嬢様たちとは交流があったので初対面ではない。
「これは絹という新しい素材ですの。近いうちに売り出しますからみなさん是非買ってくださいね」
「ドレスはどちらの工房で仕立てましたの?」
「仕立ても私の抱えている職人によるものです。余裕があれば注文も受け付けますから声をかけてください」
「絹なんて初めてみました!これが噂の絹ですのね!」
やはり注目の的は絹のようだった。
ジャンナとカイリーは1週間という鬼のような納期を守ってかつ、お母様も満足する出来のドレスを仕上げた来た。
納品にきたときのふたりはまるで幽鬼そのもので、前世の締め切り前を思い出した。
その努力が報われたのでなによりだ。
ドレスそのものも好評みたい。
「絹ぅ?絹はクラティオでしか製造されていませんよねぇ?今は輸入禁止のはずよぉ。どうしてあなたが持っているのかしらぁ?」
鈴を転がしたような声はリリーホワイト様だった。
可愛らしい声に似合わない糾弾するような言い方にさっきまではしゃいでいたご令嬢たちも声を潜めた。
エスターライリン家の至宝とさえ言わせしめるリリーホワイト様に意見できる少女はいない。
モーゼのごとく、私とリリーホワイト様を繋ぐように人が割れて道ができた。
「それともなにか特別な方法を使って手に入れたのかしら?メアリー様らしく」
名のごとく大輪の花のように優雅にほほ笑むご尊顔はまさに至宝に相応しい。
リリーホワイト様が私の罠にかかって朱菫国の王子と婚約させられた話はここにいる全員が知っていることだ。
まさに一触即発。
今日が学校行事なので頼れる文官もいなければ絶対的な味方であるメイドたちもいない。
誰もが私とリリーホワイト様がどう動くかに注目していた。
エスターライリン家の至宝と対立できる豪胆な令嬢はいない。
私を除いて。
迎え撃つ準備をしたところで、思わぬ助け船が現れた。
「スティルアート領にある古い男爵家がらその作り方がみつかったそうだ」
「え…?殿下?」
「そこの家からは古い魔法式もみつかったという話だから絹の製造方法が保存されていてもおかしくはないだろう」
オーギュスト様はすらすらと語る。
「知っているかい?遥か昔はアルテリシアでも絹の製造が行われていたのだよ」
「へぇ」
「さすが殿下。博識でいらっしゃいます」
「あるときからパッタリ製造されなくなってしまって今や途絶えてしまったとばかり思っていたけどこうしてまたアルテリシア産の絹を目にすることが出来て誇らしいよ」
「殿下にお喜びいただくことができ嬉しゅうございます。全て殿下のおっしゃる通りにございます。」
え、そうだったの?
でもオーギュスト様が視線で合わせて、と言っているような気がして肯定する。
いや、私も出所については曖昧なままにさせていたけど…。
「ドレスのデザインもとても優雅だ。それは君がデザインしたのかい?」
「私の所有する研究所のデザイナーによるものです。絹の製造もこちらで行っていますの。もしご要望がありましたら注文も承っていますわ」
「だそうだ。気になるものはスティルアート家に問い合わせるといい」
「いつでもお待ちしておりますわ」
冗談めかして笑うと聴衆もつられて頬を緩ませた。
オーギュスト様の機転でひりついた場がすっかり和み、再び話題は私のドレスに移り何人か注文依頼をすると予告された。
「で、リリーホワイト様、まだなにかありますか?」
今度は私がにんまりといじわるな笑みを浮かべてにらみるければ形勢逆転。
リリーホワイト様は唇の端を噛み悔しそうに眉間に皺を寄せた。
どれだけ胸の内では怒りに燃えていようと決して顔に出さないところはさすがだと言わざるを得ない。
リリーホワイト様は流行りのデザインをベースに朱菫国風の模様とを取り込んだドレスは仕立ても美しくこの場にいるどの令嬢たちより輝いていた。
私がいなければ。
従来のひたすらに膨らませ横に広がったスカートのドレスと違い、私が作らせたドレスはラインの美しさにこだわりシルエットが美しくなるが地味にはならない絶妙なデザインになっている。
それは競い合うようにスカートを膨らませた少女たちがひしめく会場のなかで優雅で上品に映るだろう。
まさに狙い通り。
失礼、と乱暴に言ってリリーホワイト様はくるりと向きを取り巻きを従え雑踏に消えた。
「ふふ、リリー様ったらメアリー様に一泡吹かせようとされていたみたいですけど見事に返り撃ちにされましたね」
「いい気味です」
「まぁまぁ、お二人ともリリー様は私が法律に違反していないか確認してくださっただけ。そんな風に言ってはおかわいそうです」
「はぁい」
このふたりは私の取り巻き、もとい、友人のベリンダ・カーリルとクリス・カレッドだ。
入学前から家格が近いこともあって仲がよく、後々メアリーの取り巻きとなる存在である。
「殿下、助けていただきありがとうございます」
「僕が言ったことは本当だよ。これをきっかけに絹の製造が増えてくれたらいいと思っているしメアリーには頑張ってほしいんだ」
「もちろんですわ!お任せください!」
オーギュスト様に頑張れですって!
これは研究所を上げて絹の製造を盛んにするしかあるまい。
借金返済のために宣伝できたらいいと思って仕上げさせたがこれはもっと増産するしかないじゃない。
帰ったら研究所に連絡しておこう。
オーナー権限だ。文句は言わせない。
オーギュスト様にも私にも声をかけておかなければいけない相手がいるのでそれぞれ分かれて挨拶まわりに行く。
学園内では側に控えることができないメイドたちに変わってベリンダとクリスが着いてくれる。
「それにしても、メアリー様、お茶会の予約を3か月先まで入れたって本当ですか?」
何人か、声をかけて落ち着いたところでベリンダがそっと声をかけた。
ベリンダは切れ長の瞳をもった知性派で頭の回転が速く理解も早い良い参謀キャラだ。
「えぇ。研究所の品を売らないといけないし」
こうしてベリンダに突っ込まれるということは何かあるな、と心のなかで構えておいた。
「ではコーヒーも学園で買えますのね!まだ王都には来ていないからこちらでは飲めないかと思っていましたの。
あ、メアリー様、次のリッツ家のカール様です。どうやらエーレン家のベティ様に片思い中だそうです。ベティ様はソニア商会のアイスがお気に入りだそうなので宣伝チャンスです」
クリスがあくまで小さな声で一息に話した。
知性派のベリンダと比べてクリスは今時の若い女の子といった可愛い系だ。
流行に敏感で情報が早い。ついでに実家が古くから手広く商売をしていることもあって人脈が恐ろしく広い。
私の挨拶回り先を全て把握していて助言をくれる。
「ありがとう、クリス。ぜひとも宣伝しないとね」
「宣伝ももちろんなのですが…もしかしたら民衆派が何か言ってくるかもしれませんね」
「あと生徒会も黙っていないと思います」
「民衆派はともかく生徒会まで?何か私にご意見でもあるのかしら」
お茶会は公式の行事ではなく生徒同士で企画から開催まで行う。
しかし校舎を使うし自主的な活動なので事前に生徒会へ申請をしないといけない。
入学式を終えて真っ先に生徒会へお手紙を出して3か月くらいまとめて予約申請をしておいた。
暗黙の了解で家格が高いほうのお茶会が優先されるのでほとんど私の予約で埋まったも同然だろう。
1人1回までとか毎週の予約は禁止とかって規約はなかったし。
「うーん、今だと生徒会がどう動くか読めないのです…」
「ふうん。まぁ出たとこ勝負だわ。さぁ、カール様にご挨拶いたしましょう」
スティルアート家とかかわりのある家や主要な貴族に声をかけ一通り終え3人で一息ついた。
ようやく会場にならぶ料理にありつけると思っていたら知らない顔から声をかけられた。
「メアリー様、少々よろしいかしら?」
貴族らしい落ち着いた雰囲気の女の子だ。
「失礼ですがどちらのかたですか?」
ベリンダが怪訝な顔をして女の子を牽制した。
この会場内でスティルアート家の令嬢に声をかけられる人は限られている。同級生なら気心のしれたふたりとオーギュスト様。
初対面同士の場合、家格がしたの者から上の者に声をかける行為はあまり好ましくないのいうのが常識なのでまず同級生ではしない。
もし同級生でないなら、
「はじめまして、私は2年のフローレンス・ローレン・アプトン。生徒会の役員をしているわ」
特別に入場を許された上級生だ。
歓迎会は基本的に1年生だけで行われる。
しかし歓迎会という名前からもわかるように上級生が入学を祝福するために数人だけ上級生の入場が許されている。
成績優秀で教師の許可を得た数人だけという条件で選ばれ、ほかの上級生が1年生を自分の派閥に入れる前に取り込むチャンスを得ることができる。
そう。
すでに学園にも派閥は存在する。
巡り巡ってそれが次期皇帝を選抜するときの勢力図にも影響を及ぼすので上級貴族たちは親からより自勢力の拡大を命じられている。
そして、アプトン家は第三皇子、つまりオーギュスト様の支持派ではない中立家だったはず。
どうして私に声をかけてきたの?




