66’.11歳 デザイン画
新人歓迎会。
アルテリシア学園で新入生が最初に行う行事である。
ゲーム開始時は高等部3年だから知らなかったのだけど、中等部と高等部でそれぞれ行なっているそうな。
目的は新入生と上級生の親睦を深めるため身分差を意識しないよう制服着用の義務はない。
まぁ着てくる衣装の質でどのくらいの財力を持っているかすぐわかるのだけど…。
社交の場に触れるためでもあって、上級生はここで自分の派閥に加える新入生に目をつけるのだ。
自分の派閥が支持する皇子を玉座に据えるための戦いは学園でもはじまっている。
ということもあって、いくら学園の行事とはいえ我がスティルアート家も手を抜くことは許されない。
学園に入って最初の行事から我が家の力を見せつけねばならない、というのがお母様の言だった。
「って言われてもこっちの服ってどうもねぇ…」
ルーシーに聞かれないように小さく呟いた。
執務机には報告書ではなく、衣装のデザイン画が並んでいた。
「あまり浮かない顔ですね、お気に召すものはありませんでしたか?」
「そうね、いくつか良いと思うのはあったけれど…」
「今人気のある職人たちにデザインをさせましたが今一つのようですね」
「まぁこれを提案してきたデザイナーを片っ端から島流しにしたい程度には気に入らないわね」
「お嬢様がおっしゃられると冗談にはなりませんから…」
「えぇ」
アルテリシア、こちらの世界は前世の世界でいうなら何世紀か前くらいのセンスが普通なのだ。
ゲームの世界観という意味では良い効果を発揮していて、魔法世界にマッチしている。生活用品についても適度に魔道具があるおかげかあまり不便はしない。
しかしいざ生活するとなるとセンスの違いは死活問題である。
今まではお母様の言う通りに従ってフリフリしたドレスも着ていたけれど、子どもから大人になっていく過程でレースたっぷり、フリルゴテゴテの服は正直キツい!
だいたいメアリーの整っているけど気難しい顔立ちには甘々系ファッションは似合わない。
前世では標準装備がジャージかスウェット。スカートやワンピースなんてクローゼットに入っていたかも危うい真理にとってはロリータ系ファッションは異世界並みに別世界のファッションなのである。
…ここ異世界だけどさ。
真理もメアリーくらい顔が整っていたらオシャレしたのかもしれないけど、十人並みもいいところのモブ顔だったからオシャレとは無縁だった。
メアリーとしての人生を送る今となってもその感覚が抜けきれないせいか、可愛らしさに極振りしたような服は着たくない。
「ルーシーの普段着てくる服はシンプルに綺麗でいいわよね」
「私たちのは仕事着ですから」
「そういう服のほうが好きだわ」
ルーシーお仕事着はスーツとは違うけれど黒や紺のワンピースで装飾は最低限、袖周りも余計な飾りはない。
彼女の趣味によるところが大きいのだけど、シルエットが整っていて美しい。
貴族令嬢として相応しくないことは承知だがこういう服のほうが好みである。
「あとはコレよコレ!」
デザインがのウエストの部分をコツコツと指で叩いた。
「コルセットですか?」
「えぇ」
こちらの世界ではとにかくウエストは細くあることが良いとされ、とにかくコルセットでギチギチに縛り上げるのだ。
さらに鳥かごみたいな枠をスカートに入れてボリュームを出す仕様なのだけど…。
「こんなの着ていたらお菓子食べられないじゃない!」
「お嬢様…貴族の女性は夜会でお腹を満たそうとしませんよ」
「だいたいコルセットで腰を締めあげるなんて不健康も良いところだわ。どうしてこんなのが流行っているのか…」
「流行としか言いようがありませんね」
「私はルーシーが普段着ているような服のほうが好きなのよ」
「これは仕事をするための服ですから…コルセットなんてしていたら動きにくいですし」
「貴族の女は動く必要がないってことなのよね」
この身動きが取れない窮屈なドレスは自分が何かをする必要がない女性の象徴みたいなところがある。
実際私も従者に命じればなんでもやってくれる環境に身を置いているのでその意味は十分に理解していた。
だからといってコルセットを着けるかと言われたらやっぱりイヤだ。
「デザインだけならいいと思うものはいくつかあったんだけどね」
ペラペラとデザイン画をめくっていたらドアをノックする音がした。
「ドレスは決まったかしら?」
「お母様!」
訪問者はお母様であった。今一番会いたくない人である。
おおよそ『スティルアート家に相応しい』ドレスを選んでいるか確認しに来たのだろう。
「アルバートに聞いたのよ。メアリーが今日あたりに歓迎会のドレスを選んでいるはずって」
「お兄様め…」
「それで気に入ったものはあった?」
「いまいちですわ」
「人気のデザイナーがあなたのためにって描いてくれたものだけどダメだったの?」
「たとえ私のために描かれたデザインであったとしても私、コルセットは着たくありませんの。あと鳥かごみたいなやつも」
「きっとそれは全貴族女性の願望ではあるけど…アレのお陰で綺麗にドレスが着れるのよ?コルセットが着れるようになって大人として認められるのよ」
「ドレスを綺麗に着たいのならコルセットを着なくても綺麗になるデザインのドレスがほしいです。あんなの着ていたら身動きがとれませんし大事なお話の最中に失神して倒れたらどうするのですか!」
「そうね」
「だいたいあんな腰を絞め上げる服装は健康に害を及ぼします。これから成長期であったり妊娠する女性の体に何かあったらどうするのですか?とにかく細い腰が美しいなんていう美的感覚はどうかと思います。美のためなら努力はするべきですしそれは当然です。しかし異常なまでに腰を細くみせることが美しいのでしょうか?コルセットを着けなければ大人として認められないのであれば私は認められたくありません!」
「……」
「……」
「…メアリーの言いたいことはわかったわ」
「お母様?」
私の心からの叫びを淡々とお母様は聞いていた。
ひとしきりまくしたてると、お母様は一端考えるように目を閉じ小さくため息をついた。
「そうねぇ、ならメアリーがそういうドレスを作ったら良いのではなくて?」
「作る?」
「えぇ、デザイナーと相談してそういう衣裳を作らせるの」
「それは良いですわ!」
「ただし、それを着て学園のかたたちに恥をかくのもあなた次第。スティルアート家の人間としてもし恥ずかしいものを持ってきたら…わかっているでしょうね?」
「え…!!は、はい…」
つまり、着たいものを作って良いが必ず成功させろということだ。
もし批判されるようなことがあれば…なんだろう…少なくともこれから一切私の要望は聞いてもらえない気がする。
「そうね、もし受け入れられないような衣裳を持ってきたら…あなたのセンスには任せておけないからこれから先すべてあなたが着るものは専属の衣裳係を付けましょう。今の流行りにあった衣裳を選んでくれる人を、ね」
美しく紅のひかれた赤い唇がにんまりと弧を描く。
お母様としてはどちらに転んでもおもしろいから楽しんでいることは間違いない。
「うっ…それは…」
一生コルセット生活決定というわけだ。
さらにソニア商会は普段着からドレスまで服の取り扱いもしていたはずだからもし私が失敗しようものなら新作を着せて広告代わりにするつもりだろう。
絶対イヤ!!
「試作品が出来上がったらお母様にも点検させて頂戴。スティルアート家に相応しいものでないと」
「は、はい…」
お母様はそれだけ言うと、ニコニコしながら部屋をあとにした。
背筋を嫌な汗がだらりと伝って、事態さの大きさに気が付いた。
「…お嬢様、今からでも遅くありませんよ」
「いいえ、一度決めたことを簡単に覆すものじゃないわ。私はコルセットは着ないと決めたの」
「…」
「これと、このデザインを描いたデザイナーに要望を出して。『コルセット無しで着れる衣裳のデザインを描きなさい』って」
「は、はい!」
ルーシーに気に入ったデザイン画を渡す。上がってきた衣裳の中ではセンスが似ていると感じた数点だ。
それから王都に行くまでに残された日数とやることを見直して期限を切る。
依頼を出すとき急かしたのがよかったのか、1週間もしないうちにデザイナーたちは新しいデザインを描いてきてくれた。
「あら、コレいいじゃない!」
「綺麗ですね」
「お嬢様にお似合いだと思います!」
「シルエットも美しいですし可愛らしいですね」
今日は最近のセンスに合うか知りたくてエマとデイジーに意見を出してもらう。ふたりはメイドという立場だけど付き合いが長いせいか私相手でもあまり遠慮のなく言ってくれるのでこういうときはありがたい。
もちろん度が過ぎるときは諫めるけど。
「赤色を大胆に使っているところは良いですね。必ず目立つと思います」
「でも、けばけばしくありません?お嬢様には派手すぎるかも…」
「そうかしら?お嬢様はお顔がハッキリしていらっしゃるからこのくらい派手でも負けないわ」
「それもそうねぇ」
一歩間違えたら失礼なことを言われている気がするけれど、今日は許可すると言ったので何も言わずに自由な発言を許す。
なにより、数枚上がってきたデザインのなかで、赤を大胆に使った衣裳はいかにも悪役令嬢らしくてとても気に入った。着ても良いと思える衣裳にようやく出会えたので気分が良いのだ。
「ならこのデザインでいきましょう。デザイナーに連絡を取って頂戴」
とんとん拍子でデザインは決まり、すぐさま採寸の日になったがデザイナーが屋敷に来る当日の朝になってお兄様から中止するように連絡が入った。
「どういうことですの?デザイナーに何か問題がありまして?」
息を切らせながら慌てて飛び込んできたお兄様にお茶を出す。
私もまだ朝食を食べ終わったばかりだったのでお兄様を迎える準備ができていないし、妹とはいえそんな状態の女性を訪問するなんてお兄様ならありえないことだ。
「あぁ…メアリーはペラム伯爵家って覚えていないかい?」
「…誰だっけ?」
遠い、昔に聞いた覚えがるような内容な家名だ。なんだったかしら?
メアリーの頭脳は悪役令嬢にしてはとても優秀で、国内の貴族の顔と名前、階級とその関係性までしっかりと記憶されている。
ペラム伯爵家は聞いたことはあるもののイマイチはっきりと思い出せなかった。
「もしかして何年か前に国家反逆罪で死刑になった貴族家ですか?」
思い出せない私に変わってルーシーが答えてくれた。
そういえばそんな家もあったかしら。
「その通り。…メアリーも会っただろう?ペラム伯爵家のジャンナとカイリーの姉妹」
「あー、そういえばなんだか腹の立つ姉妹がいましたわね…あの堆肥姉妹ですね、どうして彼女らが急に?」
そういえばオーギュスト様に無礼を働いた姉妹がいたから物置小屋に閉じ込めて堆肥を投げ込んだことがあった。
その後あまり首を突っ込んではいけない何かがあって貴族の粛清が行われて名前を聞かなくなった貴族家のひとつだ。
「堆肥姉妹…その二人、娼館に入ったんだけど今はデザイナーをやっている」
「まさか…」
そこまで言われたら私も察しがついた。
お兄様がこれだけ慌てて飛び込んできた訳も。
「あぁ。来る予定になっていたデザイナーが件のふたりなんだよ」
「そんな偶然ある…?」
「彼女らは別々の娼館に移されたはずでは?どうして二人でデザイナーをやっているのでしょうか!?」
ぽかんと呆けていた私に変わってルーシーが手を上げた。
そういえば姉妹は結託して逃亡するかもしれないから別々の娼館に入れるよう提案した気がする。
「それがうまく再会していたみたいなんだ。ふたりとも娼婦としては全く芽がでなかったけれど服飾職人の目に留まって修行してデザイナーの道に進んだらしくて」
「えぇ…」
そんなのってアリ?
どうして全く違う地域の娼館に入れなかったのか、無理やりにでも客を取らせなさいよ、とか今更意味のない疑問と怒りが湧いてくるがそれよりなにより、
世間の狭さか運命の悪戯か、そのどちらでもいいけれど私のドレス、どうなるの?!




