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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
75/132

64’.11歳 金策

『メアリー、元気にしているかい?

僕は今クラティオに向かっているんだ。

知っているかい?クラティオの人々は全員は黒目黒髪なんだ。会うのがとてもたのしみだ。

言葉が違うから翻訳機を使うことになるし意思の疎通がしっかり測れるか心配だけどね。

あと魔力の使い過ぎにも注意かな。あまり魔力を消費しなくても済むようにって意味も含めてクラティオの言葉も勉強してきたんだよ。

アルテリシアにたくさんの利益をもたらす旅になるよう尽力するよ。


オーギュスト』


オーギュスト様、外国に行かれているのですね。

まだ学園に行かれる前なのに積極的に勉学に励んでいらっしゃるだなんて…。

臣下もたくさんお連れになるでしょうから魔力の消費なんて気にされずとも良いのにクラティオの言語まで学んでいらっしゃるなんて素晴らしい。


私もオーギュスト様のお役に立てるよう努力しなくては…。


いや、婚約破棄されるからいずれ必要なくなる努力なんだけどさ。





以上、現実逃避。





『メアリー ハ ケンキュウジョ ヲ テニイレタ』


ピコーン!


シャッキン ヲ ゲットシタ!




と、まぁそんな具合に大赤字を叩きだした偽宝石事件だけどその赤字の返済に追われることになった。

別にスティルアート家がこの程度の赤字でどうこうなるってわけじゃないけれど、後先考えずに金を湯水のように使いまくった私への罰みたいなものだ。



偽宝石事件で捕まえた男爵家はやっぱり違法魔道具の製造を請け負っていたそうで、良くて一生刑務所、悪くて死罪なのだそう。

ほかにもいろいろやっていたようだし男爵を名乗ってはいたけど実際のところはお嫁に入った前の男爵夫人の兄だったそうで男爵家には何も関係ない人だったから妥当な結果だ。


私にとってはもう過去のことで今は赤字を返済することのほうが重要なのだ。


「今のところすぐに実用化できそうなモノはありませんね…」


ルーシーが今研究所で開発しているものをまとめた目録を指で追った。


「前に開発させていた野菜は?」


「あちらは既にソニア商会が権利を買っておりますのでダメですね」


「お母様め…手が早い…」



元はと言えば私が発案したはずのものも、私が研究所をもらい受ける前にお母様が手をまわして権利を買っていたようでその利益は私の元には入ってこないようになっていた。


お母様の先見の明があるのかほとんどのものはソニア商会から発売されヒット商品となっている。


朱菫国のお菓子や小物の類いはもちろんだし朱菫国の技術を取り入れアルテリシア風にアレンジしたインテリアは好評だそうで予約半年待ちとかなんとか…。



「あとは連絡鏡、改良した魔車、カメラの記憶装置に魔力の装飾品関係か…どれもすぐには使えなさそうね」


「旦那様も今すぐ赤字分の補填をせよとおっしゃているわけではありませんし急がずともよいのではありませんか?」


「それはそうなんだけど学園に入るまでには片付けたいのよ」


「となりますとあと1年の猶予ですね…」


ルーシーは改めて手元の明細書に書かれた私が破壊した宝石の金額をみて困った顔をした。

言いたいことは分かる。


どう考えても1年で取り戻せる金額じゃない。

こちらの世界の相場に疎い私でもわかる。


中の上くらいの家庭の年収分に相当する金額だ。もしかしたらルーシーの年収くらいあるかもしれない。


今はまだ冬だけど、来年の今くらいには完済の目途が立っていないと学園に入るまでなんて不可能だ。


「聖誕祭に便乗できればと思ったんだけどね…」


「難しいかもしれません…」



聖誕祭はもう来月だ。今からでは到底間に合わない。


当然ながら聖誕祭で使えそうな電飾の魔道具や宝飾品の類はソニア商会が大々的に売り始めているので今から参入できる見込みはない。



「お嬢様使い込みましたね…」


「本当よ…」


文字通り頭を抱える。

今更後悔しても遅い。

メアリーには節約とか予算という概念がなかったのだ。

真理だったら多少は考慮したけれど最近金銭感覚が狂ってきたせいであまり考えていなかった。

庶民が急に宝くじを当てると人生おかしくなるってやつ。



これが本当にゲームだったら『犯人を捕まえました。めでたしめでたし』だけれどこれは現実なのだ。


使えばその分減る。

敵を倒したところで懸賞金は手に入らない。


まさか金のことで現実を実感するとは思わなかった…。



普通こういうのって誰か身近な大事な人が亡くなって実感したりするものじゃないかしら…?



「諦めて中等部を卒業するまでの返済にしたほうが良いかしら…」


「旦那様から期限を切られているわけではありませんから長期的な計画でよいのではありませんか?お嬢様が所長である以上無断でソニア商会や他の商会に開発した品々の権利を奪われることはないのですし」



ルーシーのいう事はもっともだ。


お父様は期限を決めたわけではないし毎月の返済金額を決めているわけでもない。

学園に入るまで、というのは私の期限だ。



だって学園に入ったら学生生活楽しみたいじゃん?

久しぶりの学生生活なのだから。


中等部だし『ラブファン』の舞台ってわけじゃないけどオーギュスト様と一緒に学園に通える機会ってないしこれからだんだんメアリーは邪険にされるのだから最初のうちくらいオーギュスト様を堪能したいじゃない。


そうよ、これはオーギュスト様となんの憂いもなく学園生活を楽しむための試練。


この程度の試練、今乗り越えなくてどうするの?



「いいえ、やっぱりだめよ。中等部卒業なんて悠長なことを言っていられないわ。今から研究所に行くわよ」


「えぇ?!今からですか?!」


部屋に控えていたデイシーが落胆の声を上げた。

エマとデイジーは陰気で掃除のされていない研究所に行くことをあまり好まないのだ。


「行きたくないなら結構よ。その代わり明日からもう来なくていいけれど」


「い、行きます!お供させていただきますとも!」


急にクビになったら困るものね。







==========


「そういうわけだから今の研究所で使えそうなモノはないの?」


「急に来てそれかい…」


相変わらずヨレヨレの白衣を着た男とも女ともつかない瓶底眼鏡の研究者はテーブルの書類を退け場所を作った。


ぼたぼたと床に本の山や紙が落ちるのでルーシーが拾って適当なところにまとめてくれる。

ちなみにいつものことだけどエマとデイジーは廊下で待機だ。


できた僅かな空間にディーは湯気のたつマグカップを3つ並べた。

どこか懐かしい、苦いその香りは前世の私がよく知るものだ。


「これ…」


「コーヒーっていうんだって。異国の飲み物だけど知ってるのかい?」


「えぇ…まぁ…」


知っているも何も、コーヒーは真理が前世で愛飲していた飲み物だ。

原稿の締め切り間際、眠れないときにはカフェインたっぷりのコーヒーをがぶ飲みして時間と勝負した。


「これを飲むと頭がスッキリして徹夜できるんだよね」


「あんまりやると胃が痛くなるわよ」


ちょっとだけ懐かしくなって苦笑する。

姉と部屋に籠ってパソコンとペンタブに向かって鬼の形相で原稿を仕上げてはコーヒーをがぶ飲みして、入稿を終えた頃には二人そろって胃痛に悩まされたのだ。


「…」


おっと、ディーが不思議な顔をしている。

メアリーはこんなこと言わないからね。

すぐさま思考を切り替える。


「で、こんなものどうしたの?」


「教会で最近はやっているんだって。あそこも寝てる暇もないから」


コーヒーにはカフェインによる覚醒作用がある。

前世の真理と同じように寝ている暇もない教会の人たちにはもってこいだろう。


「そちらは美味しいのですか…」


ルーシーが不審な目でコーヒーの入ったカップをまじまじとみつめていた。

知らない人にとっては黒くて苦い臭いのするコーヒーは受け入れがたい飲み物だろう。


飲むとクセになるんだけど大人の味なのだ。


「慣れると美味しいわよ。苦ければミルクやお砂糖を入れるといいわね。少し濃いからもう少しお湯で薄めても飲みやすいかしら」


「そうなのですか…」


ちょっと苦みが強いけどこれはこれで美味しい。前世で飲み慣れた私はブラックで飲めるけど最初はカフェオレにしたほうが飲みやすい。


この部屋にミルクや砂糖なんて気の利いたものはないようで廊下に控えるエマとデイジーに屋敷から持ってくるように言って運んでもらった。


「お茶は無しでもよいのですか?」


「えぇ。今日はディーが面白いものを用意してくれたから」


エマとデイジーもテーブルに置かれたコーヒーをみて興味を持ったようだ。

ディーにあと2つ作るように言うとすぐポットからカップに2つ注いで渡してくる。


なるほど、ドリップ式が採用されているらしい。


ルーシーはミルクと砂糖を少しずつ入れながら恐る恐る口を付けると、不信感で真ん中に寄っていた眉がパッと開いた。


「これは…!」


「けっこう美味しいでしょ」


ディーや私が美味しそうに飲む様子をみて二人もルーシーを真似て一口ずつ口をつけた。


「ほろ苦いのがいいですね!」


「初めての味です!」


感触は良好のようだ。

流行りものに敏感な二人が高評価なら意外とこの世界でも受け入れられるかもしれない。



「ねぇディー、これ聖誕祭で売れないかしら?」


「聖誕祭で?確かに美味しいけど売れるのかい?」


「最初は少しずつ試飲をやってみてほしい人はご購入くださいってカンジにしたらいいのよ。聖誕祭の儀式で眠気覚ましにおすすめですって言って」


「へぇ、それは面白そうだね。クラウスに言ってみるよ」


「情報提供は私ってちゃんと言ってよね」


「あぁ。どうせこの抽出方法は食品部門が開発したものだから器具代はもらうつもりだよ。人気が出たら道具を揃えなくちゃいけなくなるし売れるでしょ」


「よろしく頼むわ」


よし、これで少しだけど借金返済の足しになりそう。



「お父様たちと一緒に例の男爵家に行ったのでしょう?進んでいるの?実用化にはまだかかりそうって報告は受けているけど」


ディーは偽宝石事件の主犯だった男爵家に伝来する魔法に興味があって一緒に行ったのだ。


私も最初は行く予定をしていたけど、これまでお友達との社交を蔑ろにしていたせいでお母様から待ったがかかった。


結局スティルアート家の御令嬢として将来取り巻きとなるご友人方とお茶会をしていたのだ。


学園に入る以上交遊関係は円滑にしておきたい。

それに私も大赤字の件から現実逃避したかったのよね。


「うん、記号そのものは実用化できそうだよ」


「すごいじゃない!」


「でも起動に必要な魔力が莫大多すぎて結局実用できない」


「どういうこと?例の魔法記号って自動で魔力供給するから魔力を注ぐ必要はないのでしょ?」


「そうなんだけど、起動させるのに魔力が必要なんだ。魔法を起動させてようやく魔力を自動供給してくれる。こればかりはどうしようもない」


電源みたいなものか。スイッチを入れるために魔力が必要みたい。


「でも大昔はふつうにこの魔法を使っていたんでしょ?どうしていたの?」


「それがわからないんだ。そのうえ過去には魔道具なしで魔法式をいくつも石に記憶させて起動させてたっていうんだから到底魔力が足りるわけない」


「人が持っている魔力の量が減っているのでしょうか…?」


たしかにルーシーの言う通り、人間の持つ魔力量が時代と共に減っているとしたら説明がつく。

でも…


「たしかに魔力量が減っているのかもしれないけど何か方法はあるはずだわ。何としても使えるようになさい」


私は知っているのだ。

『ラブファン』の世界では主人公のアリスちゃんが魔道具無しで魔法を使っていることを。

ゲームの世界とこの世界は似て非なる世界であって全てが通じるとは思っていないけど、可能性はまだある。


「魔力の回復薬とかそういうものはないの?」


魔法世界の定番、ポーションだ。

こういう魔法の世界ってとってもマズいけど飲めばすぐさま魔力を回復してくれるアイテムが定番じゃない。


「簡単に魔力を回復できたら苦労しないよ」


ポーション、ない。


「でも魔力って自然に流れているものを吸い上げているのでしょ?」


「人間が一度に吸い上げることができる魔力も保持できる魔力量も決まっているんだ。限界を超えて魔法を使ったり無理に吸い上げると体が持たない。最悪死ぬよ」


「…」


回復薬、使えない。


制約の多い魔法世界だなぁ…。



「だったら魔法石は?魔法石には魔力を溜めておけるのでしょ?」


「できるけど魔法石が溜めておける魔力なんてそれほどじゃないよ。品質の高い魔法石ならできるけど希少な魔法石だから入手だって難しいんだ」


「なら魔力って濃縮できたりしないの?」


手元ですっかり冷めてしまったコーヒーに視線を向ける。

今飲んでいるのは普通のドリップコーヒーだけど、圧をかけ濃縮したエスプレッソコーヒーがある。

同じように魔力も濃縮できないだろうか?


「1つの魔法石に溜めて置ける魔力を増やすってことかい?…できなく、は、ない?」


「本当?!」


「やってみないとわからないけど、やってみる価値はあるね。なによりこの方法が成功したら本当に古の魔法が使えるようになるんだ。できることはやってみるよ」


「ならすぐ進めて頂戴。できれば来年までに実用してね」


「え…本気で?」


「当然でしょ?私が学園に入る前によろしくね」


最後の一口を飲み干して、私はディーの研究室を後にした。

赤字分の返済も重要だけど、ゲーム世界の魔法に近づける可能性があるというのは少しだけ楽しみだった。


なにより、


「魔力を魔法石に溜めておけたら魔法を使わない外国にオーギュスト様が行かれるときに重宝されるに違いないわ」


翻訳機以外にも魔力を使う場面は多い。慣れない異国で少しでも快適にお過ごしいただくためにも魔力は多いに越したことは無い。


オーギュスト様のお役に立てる可能性があるのだ。

それは赤字分の返済より重要に違いない。




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