63’.蝶のはばたき、灰被り ~side ??~ 2
警備兵は伯父たちは領主様、特にご令嬢の逆鱗に触れ厳しい罰が下される旨を丁寧に説明した。
取り調べを受けたときになんとなく気づいていたが違法魔道具や偽の宝石を作っていたらしく、ほかにも余罪がわんさか出てきたようだ。
その資金源に我が家の資産が使われていたと思うと腹立たしいが取り返すのは難しいだろう。
「最後にあなたのことですが…」
警備兵の言葉に使用人たちの身が固まった。
こればかりは私も身構える。
いくら私が全くの無関係で伯父たちの所業について知らなかったとはいえ何の処罰も無しというわけにはいかないだろう。
大なり小なりの沙汰が下る。
私が気づいていないと思ったのか、使用人が何人か醜く口元を歪めていた。
このままではこんな小汚い少女を当主として崇めないといけないが、処罰が下ればその必要もなくなるとでも思っているのだ。
彼女らは日頃の鬱憤を晴らすためにわざと仕事を増やしたり押し付けたりされた。頭上からモノを落とされたこともあるし自分たちのミスを私のせいにしたこともある。
あるいはこれら報復をされるとでも考えているのかもしれない。
「あなたへの沙汰は一切ありません」
「え?」
「は?」
「どういうこと?」
「そんなバカな」
「ありえない」
言いたいことはすべて使用人たちの口から零れていた。
私は何も言えずにぽかんと警備兵を見つめる。
「スティルアート家ご令嬢メアリー様からの御恩情です。悪事に何の加担もしていないのなら処罰の必要はない、と。しかしそれには条件があります」
「はい…」
「この家に伝わる魔法を提供すること、ですが如何されますか?」
疑問形を取ってはいるが選択肢はない。
処罰されたくなければ古くから伝来する魔法を渡せと言っているのだ。
しかし、
「それほどの価値のあるものなのですか…?」
我が家に伝来する魔法があることは知っているし両親が生きていた頃は使ったこともある。
古い貴族家なら持っているものだが、重罪人を無罪放免にするほどの価値があるとは到底思えなかった。
「それについては後日ご説明いたします。我々も専門外なので…」
「わかりました。我が家に伝わる魔法の提供については慎んでご了承いたしますとお伝えください」
それだけ伝えると警備兵は足早に我が家を後にした。
そして私は地下の元使用人部屋ではなく3年ぶりに元々使っていた子供部屋に通された。やれ風呂の支度だ食事だと愛想を振りまこうとする使用人たち全てを下がらせ、部屋に備え付けられた風呂の湯に浸かった。
今更ご令嬢扱いされたところでなにも変わらないというに本当に身勝手な人たちだ。
慌ただしく変化していく日常に頭が追い付かないが、やっていくしかない。
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はじめてお会いしたスティルアート家当主にしてこのスティルアート領の領主様は厳格で気難しそうな印象を受けた。
最初は義理姉が使っていた贅沢を極めた悪趣味な衣装を使用人は勧めてきたが無視してシンプルながら仕立てのよい衣服を纏って領主様に対面する。
どうせもう着る人もいないのだからあの服も売ったほうがいいだろう。
改めて領主様とそのご一行へ意識を向ける。
まさか領主様自らいらっしゃるなんて予想もしていなかったからどうしていいかわからないというのが本音だ。
領主様は数人の側近と警護の者、領主様のご子息であろう男の子を連れて我が家へやってきた。
部屋に控えるうちの使用人とは着ているものから身のこなしまで雲泥の差がある方たちだった。
領地の片隅の田舎町に領主家の家紋を掲げた豪奢な魔車が走る様は町の全員が知ることとなり家の外には野次馬たちがたむろしていた。
挨拶もそこそこに領主様は私が両親から贈られた魔法石を見せてほしいというと、自分は本物であるかの確認をそこそこにして背後に控える側近に渡した。
魔法石を受け取った側近は身だしなみはしっかりしているものの瓶底みたいな丸眼鏡をした男とも女ともとれる人で領主様の側近にしては浮いているという印象をうけた。
彼は魔法石を受け取ると一心不乱に組み込まれた魔法式の解読を始め た。
…もしかしたら側近ではなく研究者なのかもしれない。
「この家の状況について少し調べさせてもらった」
「はい」
領主様は前置きもなく本題を切り出した。
私も貴族的な対応はあまりしたことがないのでありがたい。
「今現在この家の跡を継げる者は君を除いて誰もいないようだが間違いないだろうか?」
「はい。私の知る限りおりません」
「では規範に則り君が成人して正式な当主となるまで領主家がその業務を代行するが異存はないだろうか?」
「ございません」
本来であれば伯父たちが乗り込んでくる前にこうするべきだったのだ。
天災や流行り病、事件や事故が起きてただひとり幼い子どもだけが残されることは少ないながらも起こりうる。
そういう場合に備えた規約があるにも関わらず伯父たちは私がそれを知らないことを言い事に好き勝手していた。
もちろん異を唱えた使用人はいたが彼らは次々と姿を消した。
当時から怪しい人たちとつながりがあった伯父なので彼らはもう…。
「逮捕された君の伯父であるが彼らには君への虐待、男爵家の資産を使ったことへの罪が問えるがどうする?」
「私ができるのですか?」
「もちろんだ。君さえ訴えれば彼らが使った資産の一部を取り戻すことができる」
「では訴えます」
思ったより躊躇いはなかった。
薄情なものだと心のどこかで言うが、勝手に使い込まれたものを取り返して何が悪いのか。
「よかろう」
そして事務的なことについていくつか話し合い、私が家を継げる歳になるまで領主様が後見人となってくれること、
孤児院へ行かずこの家から学校に行かせてもらえること、管財人と呼ばれる人が就いてくれることが決まった。
「この家の資産はほとんど伯父たちが使ってしまったと聞いています。大丈夫なのでしょうか?」
領主様は家に伝わる魔法を渡すことでこれらの条件を出してくれるのだろうが、この魔法にそれだけの価値があるとは思えない。
さらに私の生活費までとなるといささか私にとって条件が良すぎないだろうか?
「君の今後について私は必要な分しか金は出さないよ」
「…」
やはりそうだ。
やっぱり生きていくための資金は自分で稼ぐしかない。
「だが君の両親が何も残さず亡くなったと思うかね?」
「え?」
「君の両親はしっかり君名義の資産を残している。自分達に何かあったときの備えにしていたようだ。これだけは奴らも手が出せなかったのだろう」
「本当、ですか…?」
「もちろん。魔法署名も入っている」
領主様の側近は一枚の紙を私に差し出した。
そこには私名義で銀行にお金が預けてある旨が書かれておりこれだけは私でないと引き出せないようになっていた。
「しかし伯父たちは魔法署名がされた書類を書き換えられる魔道具を持っていました…どうして…」
「そもそも君にお金が残されていたことを知らなかったのだろう。家宅捜索の際にももう1枚は出てこなかったから」
「ならどこにもう1枚があるのでしょう…?」
契約書は2枚で1組になっているはずだ。
1枚は銀行にあったとしてもう1枚は家にあると考えるのが妥当であるが、それなら伯父がとっくに見つけているだろう。
その答えは一心不乱に魔法式を解読していた瓶底眼鏡から出された。
「ここだよ」
瓶底眼鏡は真宝石に組み込まれた魔法式を起動させると真宝石から一筋の光が伸びてテーブルに文字が浮かび上がった。
「これは…‼︎」
テーブルに映し出されたのは契約書と寸分違わず同じ書面だった。
魔法署名もキッチリ書かれている。
「持続的に魔力を注がなくてはいけないからこの形式の契約書はほとんどみないね。でもいまでも認められている形式だから法的根拠は十分なはずだよ」
「そんなものが…」
この魔法石に仕組まれていたなんて…。
「この魔法石は代々受け継がれていたものだろう?
一族伝来の魔法や大事なものが外部に漏れないよう魔法石に隠し当主が管理していたのさ。この契約書もそれに紛れていたよ」
それを聞いて納得した。
なにせうちに伝わる魔法というのは、
「この家に伝わる魔法式っていうのが魔力を自動的に吸い上げる魔法だったから今まで維持できたんだろうね」
「魔力を自動的に吸い上げる⁉︎」
「はい。おっしゃるとおり我が家に伝わる魔法というのは魔力を自動供給する魔法記号です。
式さえ覚えておけば魔法石だけで魔法が使えますが…
魔道具なしで魔法を使うには膨大な魔法式を覚えなくてはいけませんし起動させるために相当なな魔力を消費します。
今となっては不便なだけではありませんか?」
「式を覚えなければいけないってこともこの魔法石が解決しているじゃないか」
「え?」
「実はねこの魔法石には複数の魔法式が組み込まれているんだ。高品質な魔法石が必要にはなるけど複数の魔法式を同時に石に組み込む式も解読できればわかるはずさ」
「複数の式が…?」
「おかしいではないか。普通1つの魔法石に組み込める式は1つであろう?」
「おっしゃるとおりです。それを可能にしているのがこの家に伝来する魔法、正確には両方とも記号ですね」
「そんなものが…あったのですか?」
魔力を注ぐことなく魔法が使える記号というのが我が家に伝来する魔法であるときいていた。
それを使って伯父はいろいろと悪どい商売をしていたようだけど…
「これは古の魔法といって今はもう消滅してしまっていると考えられてきたんだ。まさかこんなところに残っていたなんて…これは素晴らしい発見だよ!」
瓶底眼鏡は興奮を隠しきれない様子で早口に言った。
なにがそこまで凄いことなのか私にはさっぱりわからないが領主様も目を見開いて驚いているからよほどのことなのだろう。
「これにはいかほどの価値があるのだ?」
「価値なんてものじゃ計り知れない程ですよ。いまの魔法概念が根底から覆されてもおかしくない。やりようによっては魔道具そのものが必要なくなるくらいです」
「それほどなのか…」
領主様がほうとため息をついた。
小さい時からお父様が使う様子を当たり前のようにみてきたし私にとっては珍しいものでもない。
むしろ魔道具を使った方が魔力の消費も抑えられるし魔法式を覚えなくて良いぶん楽だとさえ思っていた。
その上これを伯父に悪用されてからはあまりいい印象を持っていなかったくらいだ。
「魔力を自動供給できる記号を魔道具に組み込んだらどうなる?」
「え…あぁ…」
言われて気がつく。
これまでは魔道具に持続的に魔力を注ぎ続けないと魔道具は機能しなかったけれどこの魔法があれば注ぎ続ける必要がなくなるのだ。
でも、
「この魔法をどうやって…」
「それを研究するのがボクの役目さ。きみが使用許可をくれたらボクはこの魔法の研究ができる」
「あなたは魔法の研究をしているのですか?」
「そうだよ。今じゃほとんどいないけどね」
瓶底眼鏡は今では珍しい魔法の研究者だったらしい。
なるほど、と領主様の側近でなかったことに納得した。
「たぶん複数の式を魔法石に組み込む魔法を継承する前にお父上は亡くなられたのだろうね。そうじゃなかったらきみの伯父さんは絶対使っていたはずだから」
「…」
「あ、いや…複数式を組み込むとその分魔力の消費量が増えるし魔法石の耐久が低くなるから使っていなかったのかな?どれくらい教えられていたかによるけどボクだったら絶対使うのになぁ…どちらにしてもこんな重要な魔法なんだからもっと使い方ってものを、」
「ディーさん」
捲し立てるように話す瓶底眼鏡を制してくれたのは先ほどからこちらの様子を静観していた領主様のご子息だった。
「ごめんね、いろいろ話しちゃったから疲れたよね。僕たちは領主家としてきみが成人するまで支援することを約束するって言いにきたんだ。
この魔法は代々伝わる大事なものだからよく考えて決めてほしい。でも使用許可をくれるなら絶対悪いようには使わない」
ご子息は私の手をそっと握った。
そこでようやく私は自分の手が冷え切っていて、小さく震えていたことに気がついた。
ご子息の手の暖かさがじんわりと伝わって、思考がはっきりとし始めた。
そして当初から決めていたことを領主様にお伝えする。
「この魔法は最初のお約束通り領主様にお渡しして構いません。どうせ今は私にしか使えないものですし私が持っていてもただ朽ちていくだけです。
それならたくさんの人に使っていただいたほうがお役にも立てましょう」
「感謝する」
「もったいないお言葉です」
領主様は満足げに大きくうなづいて、私と握手を交わした。
その大きな手と力強さはたしかな安心感をもたらすもので、どっと力が抜けてしまった。
少しだけ気が緩んでいたのかもしれない。
私は気になっていたことを領主様に聞いてみることにした。
「どうして私にこのような寛大な処置をいただけたのですか?」
正直、我が家に伝わる魔法だけが目的なら私に使用許可を出させそのあと伯父たちと一緒に処罰してしまえばいい話だ。
それなのに処罰なしの上に魔法を渡した後も支援してもらえるなんていくら未成年の当主とはいえ破格すぎる。それも小さな古いだけが取り柄の男爵家に。
「私にもきみと同じ歳の娘がいてな。他人事のようには思えないのだ」
「私のような者なんていくらでもおりましょう。我が家の魔法に価値を見出していただいたことには感謝しておりますが私が何の処罰を受けずに済むような代物なのですか?」
「…実はきみの処罰についてはメアリーの一存だ。犯意が無ければ処分の必要はない、と」
「メアリー様の…」
スティルアート家ご令嬢メアリー様の噂はこんな田舎町でも新聞を介して入っていた。
私と同じ歳なのに話題に事欠かないかただと思っていた。
「メアリーがきみの処分は必要ないと結論を出して我々もそれに同意した。無駄に処罰する者を増やす必要もないからな。ただ何もなしというわけにもいかないから魔法の提供を条件にしたのだ」
「なるほど…」
ただ処罰なしというだけでは色々難しいものがあるのだろう。貴族の世界は面倒だ。
「メアリーはこの魔法で得た収益をきみにも還元するつもりだ」
「え…」
てっきり私は魔法を渡してそれでおしまいだと思っていた。それなりの遺産があることがわかったし家を売って贅沢をしなければ学校を卒業するまでは生活できるだろう。
それなのに…
「ご両親が遺したものは大事に使いなさい」
「領主様…本当にありがとうございます…メアリー様も…本当に…寛大な処置に…心からの感謝を申し上げます…」
いつの間にか目がじんわりと熱くなって、涙が溢れていた。
泣くなんていつぶりだろう。
両親が亡くなって、伯父たちが乗り込んできて、地下に追いやられて、毎日悲しむ暇もなくくたくたになるまで働いた。
それでも泣いたことなんてなかったのに。
恥ずかしいところをみられてしまったが、一度流れ始めた涙は堰を切ったようにあふれ出しなかなか止まらなかった。
それでも領主様は呆れることも怒ることもなく私が落ち着くまで待ってくれた。
そして帰り際、領主様が思い出したように呟いた。
「きみが今後悪い気を起こさないよう継続的に息子に様子を見に来させるがそれは覚悟してもらいたい。
もちろん、きみだけでなく彼ら使用人たちも悪い気を起こさないとも限らないからな」
「私はともかく、使用人たちについては必要ありません」
「というと?」
「先程私は領主様より正式な当主として認められました。そこで皆さんを今この場で解雇します」
「なっ!!」
「ひどい!」
使用人たちが口々に文句をいうが聞く耳は持たなかった。持つ必要もないと思っている。
「だって、信用できない人たちを側に置きたくありませんからね。皆さん、今までお世話になりました」
にっこり微笑んで裏の使用人口を示すと渋々使用人たちは部屋を出て行った。
領主様が愉快そうにその様子を眺めていて、私も少しだけ愉快な気持ちになった。
「立派に勤めるがよい」
そう言って、領主家の立派な魔車が小さな田舎町から帰っていく。
魔車がみえなくなるまで見送ると、町の住人たちが恐る恐る声をかけてきた。
「一体何があったんだい?」
「今まで心配していたんだよ」
「助けてやれなくてごめんな」
あぁ、なんて勝手なのかしら。
これまで私が伯父や伯母に蔑ろにされていたときは無視してみて見ぬふりをしていたのに。
誰も助けてくれなかった。
いない者として扱っていたのに。
私はそこそこに挨拶を返すとさっさと家の中にひっこんで、玄関に背を預けて大きくため息をついた。
ようやく終わった。
いや、ようやく始まったのだ。
速かに使用人たちは出て行ったようで家の中はすっかりもぬけの殻だ。
誰もいなくなった家はずいぶんと広く感じる。
でももともと一人で掃除も洗濯もこなしていたようなものだ。
庭の手入れや家の修繕は外注したほうがいいが、普段の手入れは人数が減った分管理もしやすいだろう。
両肩に乗っていた重さはすっかりとなくなって久しぶりに晴れやかな気持ちでいっぱいだった。
まず何からしよう?
とりあえず両親の墓参りからだろうか。




