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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
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61’.10歳 少しだけ反省

スティルアート邸談話室。


そこは各々忙しく動き回るスティルアート家の面々が邸宅に帰ってきたときお茶を交わしながら歓談に興ずるための部屋である。


それほど広くはないもののお茶をするには十分な広さで声を張らずとも言葉が交わせるため常に穏やかな時間が流れている。


それぞれ2人程度の側近だけを連れてお茶と新作のお菓子などを持ち込めばあっという間に家族だけの憩いの空間ができあがる。



普段は貴族の親として接する厳しい両親やなかなか顔を合わせる機会の減ってしまったアルバートお兄様と存分に甘えられるこの時間が私はけっこう好きだ。


なんだかんだでこの世界のこの家族に愛着が湧いているのだと思う。


とはいえ今日は談話室のいつもの風景とは違う様相を呈していた。



お父様は眉間に深いシワをよせ、お兄様がどこか遠くを見つめている。

それとは相反するようにお母様は上機嫌で、今にも鼻歌でも歌い出しそうなほどだ。



「で、メアリー今回の件についての報告をしてもらおうか」


お父様がようやく重たい口を開いた。

怒っているのか判断しづらい視線がこちらに向けられる。


「…報告は以前書面にまとめてお渡ししたではありませんか。まだ不足がありまして?」


「あぁ。報告書はたしかに受け取った。ただ教会に偽宝石を流した貴族を逮捕した、とだけ書かれたな」


「それ以外に何かお伝えすることがありまして?」


「あるに決まっているだろう」


どうやらお父様は怒っているというより呆れていると言ったほうが正しいようだ。


「…メアリーは文官から報告書とは何かよく教えてもらえ」


「はぁ…」


気のない返事をするがお父様はあまり気にしていないようで、背後に控える側近から紙の束を受け取った。どうやら新聞と雑誌のようだった。


お父様のようなお忙しい人が新聞はともかく下世話な週刊誌までチェックしていることには驚いたけど情報は武器ともいうし常に気をかけているのかもしれない。



「これをみろ」


お父様はパラパラと雑誌と新聞をめくるとあるページを開いてテーブルに広げた。


「これは…」


『宝石偽造犯逮捕』『違法魔道具製造の現場』『男爵一家逮捕』


『スティルアート領にて大規模な偽宝石を製造していた男爵家が一斉逮捕された。一家、家人を巻き込んでの製造と思われ同時に違法魔道具の製造も確認されており余罪を追及していくとのこと。なお今回摘発された違法魔道具は先の教会事件にて使われたものも確認されており関係を調査している』


新聞の一面を堂々と飾っていた内容はだいたいこんなかんじ。雑誌も言葉を変えただけで同じようなことが書かれていた。


「エドワルダは相変わらず仕事が早いですわね」


「派手に盛り上げてくれてうれしいわ」


お母様は上機嫌で新聞記事に目を通していた。大手新聞社はそろってこの小さな男爵家逮捕のニュースに食いついたようでどこも似たような見出しが躍っている。

最近は目立った話題もなかったしちょうどよかったのかもしれない。



偽宝石が出回っていたかについては違法魔道具の話題にかき消されほんの記事の片隅に偽宝石を扱っていた商会があったが全て回収済みとだけ書かれていた。


お母様はソニア商会の看板に傷をつけることなく犯人たちを捕まえることに成功したわけだ。



「どこに問題があるのですか?それほど目くじらを立てるようなこともないと思うのですけど」


「これほどの大事になるとは聞いておらんわ。もっと穏便に済ませることもできただろう」


「あら、それに関しては私からのお願いですわ」


「なに?!」


思わぬ伏兵の出現にお父様は文字通り目をむいた。

まさか大貴族の妻たるお母様がそんなことを仕向けているとは思わなかったのだろう。



恐らくお母様とて『貴族の妻』という立場であったらもっと穏便に事を片付けただろう。

しかし今回は違う。

ソニア商会会長としての立場なのだ。



「私の顔に泥を塗ったも同然なのですよ。二度と日の目を拝めないくらいにしておきませんと」


と、お母様はにっこりとほほ笑んだ。

同時にこの場にいた全ての人間の背筋になにか恐ろしいものが這いずった。


相応の処罰があるだろうがたとえ罪を償ったとしてもこの男爵家の人間は貴族社会でやっていくことはできない。


できないようにお母様は手をまわすのだ。




「運よく違法魔道具が摘発できらから偽宝石をソニア商会が掴まされた件は有耶無耶になっているが…もし偽宝石しか出なかったらどうするつもりだったのだ?」


「お金目的で偽宝石なんてばらまいているような人たちですのよ?ほかにも悪いことをしているはずですわ」


クラウスから怪しい連中がお金好きの人たちという情報は既に掴んでいた。

未確認の魔法式を使うような連中だ。それなら宝石を細々売る程度で我慢しているとは到底思えなかった。


とはいえ、連中は宝石を売っているということしかわかっていなかった。そこで私が宝石を所望しているという情報を宝石商たちの間で流行らせた。


金に糸目は付けないと添えたところ面白くらいに自慢の一品を携えた宝石商たちが屋敷にやってきて私たちは宝石商たちの商談に付き合うことになったけど…。



「教会に違法魔道具を流していたとは思いませんでしたけど…お陰でソニア商会が偽宝石を売っていたことはあまり大きな話題にはなっていないようですし、違法魔道具製造について手掛かりがつかめたのなら良い結果ではありませんか」



「だからって持ってきた石を壊す必要があったのかい?魔法式が組み込まれているか確認したら済むことだろう?」


ここまで口を閉ざしていたお兄様が不機嫌そうに言った。

いつも穏やかなお兄様にしては珍しいことだ。


「おっしゃる通りですが…私とて相手は選んでおりますわ。私を騙そうとしたお方のお持ちした石しか破壊しておりませんもの」


「そういう問題じゃないだろう」


カチャリと、カップが音を立てる。どうやら不機嫌ではなくお怒りのようだ。


「もし宝石商が危険な人物だったら?武器を持ち込んでいたらどうするつもりだったんだい?」


「屋敷内には武器の持ち込みを制限する魔法が使われているではありませんか。それに何かあったときのために影や警備兵も控えております」


「人はこぶし一つで相手を傷つけることだってできるんだよ。怒りをぶつけるために必要なのは武器だけじゃないんだ。影や警備兵の力を疑っているわけじゃないが万が一ということだってある。わかっているのかい?」


「それは…」


「僕はね、メアリーが傷つくことが心配なんだ。怖い思いをすることも。教会が全焼したときどれほど心配したと思っているんだい?文字通り心臓が握りつぶされるかと思ったんだ」


お兄様がそう言って私の頬を指でそっと撫でた。それは幼いなりに妹を気遣う兄そのもので、兄に、そして『ラブファン』の攻略キャラに泣きそうな顔をされてしまっては素直に謝ってしまう。



「…ごめんなさい」


「お母様や領地のお仕事を手伝うことはいいけれど自分の身を大事にするんだよ」


満足げにほほ笑むと、お兄様は胸ポケットに収まっていたペンをそっと手で触れた。

すこしだけ疑問に思うがそれほど気に留めず再びテーブルの上の新聞記事と雑誌に目を向けた。


「メアリーへの説教はこのくらいにしておこう。どうせ言いたいことは全てアルバートが言ってくれたのだし」


叱るつもりでいたんですね。

お父様のげんこつのほうがお兄様のお小言の何倍も痛いので心の中でお兄様に感謝しておいた。


「それにしても、これほどの金をかける必要はあったのか?予算の倍以上だぞ」


「え?そんなにかかってました?」


「あぁ」


お父様に差し出された経費資料をみて途端に青ざめる。

宝石商たちにはソニア商会の鑑定士であるコリンが鑑定した金額の謝礼というか口止め料を渡していた。



コリンが宝石商の述べる口上に嘘があると判断したら私にそっと合図を送って私も怪しいと思ったらそれを破壊する。粉々になった石が元に戻ったらそれは魔法石だし、戻らなかったらただの宝石。今回の目的の品ではない。



相手の商品を壊してしまったに違いはないからお金は渡していたのだ。



それなりの金額を渡していたお陰か宝石商たちはどうやらスティルアート家への批判は公には言っていないようで噂話程度に出回っているらしい。


「どうせ金のことなどお構いなしだったのだろう」


「はい…まぁ…」


「成果をあげようと予算には限度がある。これでは結果をだしても大赤字だ」


「…はい」


お父様が腕を組みながら諭すように言うときはたいてい無理難題を押し付けるときだ。いや、今回の件は私のミスだから押し付けているわけじゃないけど。


「世間ではスティルアート家は金を湯水の如く使っていると言われているがそれは大きな間違いだ。わかるな」


「はい」


「たしかに成果の見込める事業なら金は惜しまない。ただ投資というものには引き際も重要だ」


「結果を出す前に引けばよかったということですか?」


「そうはいっていない。ただ宝石商を追い返す程度でよかったのだ。おまえが宝石を破壊しなければここまで赤字になることはなかっただろう」


「…それについては返す言葉もございません…」


「さきほどアルバートも言ったように宝石商が激怒して危害を加えた可能性だってあるのだ。メアリーだけでなく同席していた鑑定士やおまえの文官たちも」


「はい」


「上に立つ者は下のものたちを守らなくてはならない。わかったな」


「心致しました」


なんとかなるとタカをくくっていたけれど、上手くいくばかりではない。


今回は偶然宝石商が大人しくなっただけで、偶然偽宝石を作っていた連中が違法魔道具を作っていただけ。

全てのことがうまくいくとは限らない。



私がひとりで反省している間に話題は重要参考人として身柄を拘束した宝石商の件に移っていた。

お父様の側近が取り調べの結果について報告している。



「例の宝石商は取り調べに素直に応じており偽宝石の製造については何も知らされていなかったようです。違法魔道具についても関与しておらず逮捕には至らないかと」


「限られた身内のみで商売をしていたようだし外部からの人間は信用していなかったのだろうな」


「はい。違法魔道具の製造販売は重罪にあたりますので男爵家の者たちは全員処刑かよくて終身刑となるかと思われます」


「結果は裁判次第だろうが…一家全員が関与していたということなら処刑は免れないだろうな。全員奴隷階級まで落とすという手もあるが」


「そちらのほうがよろしいのではありませんか?むざむざ殺してしまってはもったいないです」


「…参考にしておこう」


お父様は複雑そうな顔をして側近に続きを促した。以前も同じようなことを言った気がするけど何かおかしかったかしら?


「あと1つ問題がありまして」


「問題?」


「はい。この男爵家には養女がひとりおりまして彼女は事件には全く関与していませんでした。この娘の処遇について意見が割れております」


「男爵家の娘でしたら連座が妥当ではありませんこと?」


お母様の意見は最もである。

通常であれば養女だろうが関係なしに罪に問われる。それなのに意見が割れるというのはどういうことだろうか?


「実はこの男爵家には古くから伝わる魔法がありまして全員を処罰してしまうとこの魔法が途絶えてしまうのです。そこで血縁があって事件には関与していないこの娘だけでも残したほうが良いのではないかと言う意見が出ているのです」


「その娘は仇討など目論みそうなのか?」


「今のところはなんとも言えません」


アルテリシアの貴族には古くから一族伝来の魔法や魔道具というものが存在する。かくいう我がスティルアート家にもあまり表に出せないような魔道具の数々が眠っているそうだ。


この一族伝来の魔法というのは魔道具も含めてその一族の当主が許可した血縁者しか使うことができない。

当主の許可があれば他者も使えるらしいけどそもそもどの家にどんな魔法や魔道具が伝わっているか公にされていないので借りるということもできないのだ。



どうやら男爵家に伝わる魔法が消滅することを懸念しているらしい。

残せるものなら残したいが処罰せざるを得ない状況というわけだ。

それ以前に一族伝来の魔法や魔道具はあまり外に出したがらないので、この娘が墓までもっていってしまう可能性だってある。



「それなら一族伝来の魔法を渡すなら身の安全を保障してやるとでも交渉してやればよろしのではありませんか?魔法さえ手には入ればその娘がどうなっても構いませんし」



「ふむ。それもそうだな。魔法がどのようなものかにもよるが関わっていないのならむやみに処罰する必要もあるまい。ただし、その娘に仇討の疑いがあれば容赦はしないがな」



お父様にしては寛大な処置だけどまだ若い娘が処罰されることに罪悪感があるのかもしれない。


以前はもっと重い罪を犯した一族だったけれど今回は直接犯罪に加担したわけではないのだし。


「ではそのようにいたします」


側近はホッとしたように息をついた。この側近も何の罪も犯していない少女が処罰されることは阻止したかったのかもしれない。



「さて、メアリー」


「はい?」


「先ほどの大赤字の件だが」


「う…」


すっかり忘れていた。

このまま忘れていてくれたらいいのに。


「クラリスから研究所をもらったそうだな。そこで何か開発して赤字分を補填してもらおうか」


「え、えぇ…」


「もちろん、お勉強を疎かにしてはいけませんよ」


と、にっこり微笑むお母様がそう言うと、


「危ないこともしないようにね」


と、お兄様が後に続いた。



「そんなー!」


こうしてまた私には新たな課題ができてしまったわけだ。



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