59’.10歳 偽宝石の出所
キャンタヘリー教会とは、スティルアート領最大の教会にして2年ほど前に大きな不祥事を起こしアルテリシア中を巻き込んだ大事件のきっかけになった教会だ。
最終的に中央の大教会まで関係していたことが発覚して芋づる式に上層部が何人も辞めていった。
被害があったには違いないけど、礼拝室が全焼したキャンタヘリー教会に比べたら建物が残っているぶんマシだと思うけどね…。
そんなキャンタヘリー教会は主教とその側近たちを追い出し副主教が後任の主教となっているのだけど、不祥事を起こした代償は大きかったようで信頼の回復、礼拝室の再建等々やることが山積みなんだとか。
普通、主教の下に付いていた副主教も一緒に解任になりそうなものなのだけどそこはスティルアート家が手をまわしたことと、元々副主教と主教の不仲は教会内でも有名な話だったようでクラウスを主教に据えることへの反対意見はそれほどでなかった。
前から死人が歩いているような有様だった副主教、もとい、現主教クラウスは死人を通り越して最早ゾンビのようになってしまった。
でもまだちゃんと立って歩いてるし大丈夫でしょ。
『急に連絡してきたと思えばなんだ、商会に売った宝石?前主教がどこの宝石商とも知れんやつから買ったものだ。探してはみるが記録の帳簿が出てくるとは思えん』
クラウスは不機嫌さを隠すこともなく眉間に皺を寄せてスッパリと切り捨てた。
私の心がアルテリシアの領土より広いから許してあげるけど普通領主の娘にこんな態度とったら即刻処罰しているところだ。
「どうせまともなことがわかると思っていないけど…わかり次第こちらに情報をまわしてちょうだい」
『あぁ…』
視線をすぐさま手元に移して短く返事を返したクラウスはすぐさま部下を呼び簡潔に指示をだしているようだった。
連絡鏡に映りこんだ部下は短くいくつかやり取りをして素早く部屋を後にする。
どうやら調査自体はすぐにやってくれるみたい。
してくれないようならこっちも援助を打ち切るだけなんだけどね。
教会礼拝室の再建は最優先で進められ今では以前より簡素ではあるものの見事なステンドグラスと装飾がほどこされ復元のほとんどが出来上がっている。
あとは積みあがった借金を返済するための資金調達に頭を悩ませているそうだ。さらに時折こうして元主教の不正やらなんやらが湧いて出てきて、その処理に追われ息の付く暇もないみたい。
クラウスは仕事はできる人だから後者の湧いてきた不正処理は得意なのに前者の資金調達についてはあまり得意でないみたいではかどっていない。
頭の先からつま先まで真面目の塊みたいな人だから資金調達の企画とか貴族たちの顔色伺いは苦手なんだろうなぁ。
前主教は貴族相手に根回ししたり怪しい魔道具を使ってお友達を作っていたみたいだけど、クラウスはそんなことしない。
そのうえ必要な愛想も振りまけないタイプだから友達も少ないんじゃないかしら?
有能な人間ってわかっている人たちは愛想が悪くても気にしないから、彼の周囲には有能な人間が集まるようだった。
「そういえば聖誕祭って一般人は参加できないの?」
『基本的には招待された貴族だけだが…』
「それを一般開放して参加費でも取ったらどう?聖誕祭の日は家族ですごして教会にお祈りに行く日ってことにしてイベント感だしたらいいんじゃない?」
聖誕祭はラブファンのなかでもビックイベントなのだ。
スチルが楽しみだったことはもちろんだけど、聖誕祭バージョンの衣裳はいつもの制服とは違う装いで立ち絵はファンの間でも人気が高い。
元々教会の中だけで行われていた行事だったけど、前主教が資金集めのために貴族たちを招待したイベントにしてしまった。
教会の不祥事のせいで結局盛り上がりに欠けるイベントになってしまった。
もったいない気もするけど、下手に参加して他所の貴族たちから陰口をたたかれるよりマシだろう。
とはいえ人のうわさもなんとやら。
最近では地道な信頼回復に向けた活動のお陰か教会の評価も徐々に戻りつつある。
ここらで何か教会の信頼を大幅に上げるためにもなにかイベントがほしい。
それなら一般人も聖誕祭に参加できるようにして分け隔てなく国民に尽くす姿勢をみせつつ資金調達ができるようにしたら一石二鳥じゃないかしら?
『しかし平民が参加したという前例は…』
「あら!それはいいわね。冬ってどうしても消費が伸び悩むのよね。コレっていうイベントがないのよ」
意外にも食いついたのはお母様だった。新進気鋭の大商会を率いる女主人は儲け話に目がない。
クラウスの弱腰な声はお母様には届かなかったどころかかき消されてしまった。
「でも教会の聖誕祭って言ってもただ一斉に祈りを捧げる程度の簡単なものだよ?人が来るのかい…?」
「教会に学校があるじゃない。子どもたちに聖歌でも歌わせたら?聖歌を歌ったらお菓子をプレゼントみたいにして。子ども見たさに親も来るでしょう」
「え?子どもを見に来る親から入場料を取るの?ひっど…」
「当たり前じゃない。そこが貴重な資金源よ。あとは聖誕祭にまつわるありがたいグッズでも売ればいいんじゃないかしら?」
「聖誕祭の装飾を作りましょう!それを教会で売ればいいのよ。それまでに聖誕祭を大々的に宣伝して…あ、恋人や家族にアクセサリーを贈るっていうのもいいわね!あとは何かないかしら?」
「ならケーキでも販売してくださいな。クリームたっぷりのやつとか切株みたいなやつ」
クリームたっぷりの甘いお菓子は人気が出てきたけど、同業他社が真似するようになってきて最近少しマンネリ化している。
聖誕祭といえばソニア商会のケーキってくらい定番になるものを作っておきたい。
「それは素晴らしいわ!私たちは聖誕祭を盛り上げるためにひと肌脱ぎましょう!これも困窮する教会を救うためなのよ!」
『しかし奥様!我々にも準備というものが…!』
「準備?そんなもの何とかしなさいな。聖誕祭シーズンはすぐなのよ。今から準備しないと間に合わないわ!」
『は、はぁ…』
主役である教会を無視してトントン拍子に話が進むのでクラウスが止めようと必死になっているがお母様は大貴族にのみ許された強引さを発揮して聞く耳を持たないようだ。
教会の主教ともあればそれなりに発言力はあるのだけどキャンタヘリー教会はスティルアート家に恩があるので教会の発言力は通用しない。
「なら立て直した礼拝室のお披露目も聖誕祭に併せてやったらいいんじゃない?お祝いっぽい雰囲気が出て更に盛り上がりそうだわ」
礼拝室は建ったもののまだ解放されていないのだ。どうせだったら一番盛り上がるタイミングでお披露目したら良いじゃない。
「いいわね、なら偽宝石の件はメアリーに任せてソニア商会は教会への援助を行いましょう」
「え?丸投げですか…?」
「メアリー…これは教会のためなの…ひいてはスティルアート領の利益にもつながるのよ…私は領主の妻として領地の繁栄を妨げるわけにはいかないわ…」
「最もらしいこと言ってますけど偽宝石の件より聖誕祭のほうが楽しそうだからですよね?」
「…。さぁ!こうしちゃいられないわ!仕事よ!」
こぶしを固く握りしめると側近たちを伴って部屋を出ていった。
私の意見は丸無視してお母様は突き進む。
繰り返すが新進気鋭の大商会を率いる女社長は儲け話に目がない。
「嵐が通り過ぎたみたいだねぇ…」
ディーがため息をつきながらお母様が出ていった扉に視線を送った。連絡鏡を切っていなかったのでクラウスもぽかんとしている。
「えぇと…クラウス、仕事が増えたみたいだけど…大丈夫?」
ディーが遠慮がちに連絡鏡を覗き込んだ。そこには2割増しくらいで顔色の悪くなった主教様がため息をついている。この人働きすぎでそのうち死ぬんじゃないかしら?
『背後から撃っておいてよく言う…貴様らのせいだ…』
「ボクは冤罪だよ!!無実だ!」
「いいじゃない、教会だって早く借金を返したいでしょう?聖誕祭のことはお母様たちに任せておけば悪いようにはしないわ」
『はぁ…だが貴族たちと一般人を同じ空間に入れるわけにはいかないだろう?そこはどうする?』
「それもそうね…」
基本的に貴族たちと平民たち一般人は関わりを持たない。
貴族の邸宅にメイドや庭師みたいに出稼ぎに行ったり、外商として訪問とかその程度なのだ。
彼らだって貴族の邸宅に仕えるに相応しい教育を受けた上で働いている。
たとえ街で出会ったとしても平民は道を譲るし顔をみることすらしない。
この前オーギュスト様がいらっしゃったときみたいに遠くから眺めるぶんにはとやかく言わないみたいだけどね。
そういう暗黙の了解があるから貴族慣れしていない平民たちと貴族たちを同じ教会に入れようものならトラブルが起こることは避けられない。
どうしようか考えていると控えめながらルーシーが手を上げた。
「なら貴族の方々をお招きする時間と平民たちの時間を分けてはいかがでしょう?午前中は平民たち、午後は貴族の方々のように」
「それは良いわね。採用しましょう。クラウス、いいかしら?」
『こちらの負担は増えるが…はぁ…致し方ないだろう』
クラウスは小さく溜息をつくと、控えていた部下に何か指示をだした。その部下が部屋を後にすると、一拍、間があって最初に前主教の件で命令を出された部下が戻ってきた。
やけに仕事が早い。
いくつかの書類の山をクラウスと見合わせながらやり取りをして、ほどなくあまり良くない顔色をこちらに向けた。
『いい報告と悪い報告、どちらが知りたい?』
「両方に決まっているでしょう」
『ではまず悪い報告からだ。やはり帳簿は出てこなかった』
「帳簿がない?」
『あぁ。つまり記録に残せるほど綺麗なつながりではなかったということだろう』
その宝石商はやはり信頼のおけるような人物ではなく、不正な取引や犯罪紛いなことにも関わっていた可能性が高いのだろう。
にしても前主教…どれだけ余罪が出てくるのよ…。
『帳簿はなかったが何人か宝石を売りに来た商人の名前を憶えている者がいて、彼らから聞き取ったがやはり偽名を使っていたようだ。いくつかあるからまとめてそちらに送る。何ならそちらの権限で調べてもらって構わない』
身分を偽っていたということは最初から偽の宝石を売るつもりでいたということだ。
教会では信者の把握という理由で信者たちの住所や名前といった戸籍と同じような情報を把握している。
アルテリシアでは国民のほぼ全員が教会の信者なので教会の情報にないということはこちらで調べても同じだろう。
正体はわからないに等しい。
どうやら前主教は怪しい宝石商ともつながりがあったみたいだ。
それでも、クラウスの表情は悲観したものではなく、むしろ何かを企んでいるようだった。
「で、いい報告っていうのは?」
『この宝石商は金に目がないようだ』
クラウスは青白く悪役じみた口元の奥でククッと笑って見せた。
「へぇ…それはいいことを聞いたわ」
一瞬思案して、クラウスの言っている意味を理解したとき、私も思わずにんまりと口元を歪ませた。




