7.Yは同担拒否なもので…
アルバートお兄様と入れ違いでやってきたのはユリウスだった。
今日は攻略キャラが次々と押しかける日だ。
私は気づかれないように小さく溜息をついて仏頂面のユリウスに着席を許可した。
ユリウス・ジュリオ・マッツァリーノジュール・マザラン
ゲーム内では寡黙キャラでオーギュスト様の護衛騎士として登場する。
イメージカラーはライトブルー。
騎士たちの間では氷の騎士とも言われるほど表情の変化が乏しい。
忠義に厚くて義理堅い昔堅気なところがある男で、あまり話さないからこそ魅力のあるキャラなのだけど…
「悪役令嬢、今度は一体殿下に何をした?」
さっきまでお兄様が掛けていた椅子に座るや否や、挨拶もそこそこに眉を吊り上げて怒っている。
「何もしていませんよ。あなたこそなんですか。淑女の部屋に突然押しかけて無礼極まりない」
「貴様ごときに無礼もあるまい。今更礼節を唱えるのならその傍若無人なふるまいを改めるのだな」
ゲームではメアリーとユリウスだけの会話なんて無かったから知らなかったけど、ユリウスはどういうわけかメアリー相手になるとこの通り会話の8割が嫌味なのだ。
ちなみに残りの2割はオーギュスト様がいるときの会話である。
これには理由があるのだけどそれは追々として…。
ユリウスはその整った顔で私をあざ笑った。
これがゲームならユリウス氷の微笑イェエエエエエエイなんて言うところだしスチルゲットを喜ぶのだけど、実際に目の当たりにすると苛立ちのほうが先走る。
これは一重に私がオーギュスト様ガチ推しってこともある。
「あら?私に一体なにを改めることがあるのでして?」
ユリウスの微笑に負けないよう、一層気を引き締めて悪女らしい笑みを浮かべてやった。
先ほどメイドたちが整えたメイクの効果も相まってその迫力は普段の1.5割増しであることは約束しよう。
「はっ!貴様が貴族の間でなんと呼ばれているか知っているのか?」
「あんな雑草たちのいう事を一々真に受けているとお思いで?私は将来の皇妃なのですよ。見るべきはこの国の未来と可愛い国民たちではありませんか」
いや、婚約破棄されるんですけどね、はい。
「貴様のいう可愛い国民とは貴様に傅く奴隷たちのことだろう?」
「まさか。そのようなことは…」
「どうだかな」
ユリウスはようやく言いたいことを言い切ったのか鼻で笑うとようやくメイドが差し出したお茶に口を付けた。
この嫌味の掛け合いはユリウスとメアリーにとって挨拶みたいなものなのだ。
ユリウスとメアリー、オーギュスト様は歳が同じということもあって幼少期から知り合いで所謂幼馴染というやつだが、メアリーとユリウスの相性は絶望的なまでに悪い。
それもそのはずなんだよね、なぜなら…。
「それよりユリウス」
「なんだ?」
「あなた、殿下のお傍にいなくてよろしいの?こんなところまでわざわざ嫌味を言いに来たんじゃないのでしょう?」
「…殿下に逃げられた…」
先ほどまで嫌味を飛ばしていた勢いは割れた風船みたいにプシューっと音を立ててしぼんでいき、途端に小さくなってしまった。
名家、マゼラン家のエース騎士が可愛らしいこと。
実はこれ、ゲーム外でみつけたユリウスの萌えポイントだ。
「あら、また殿下に逃げられたのね」
「…」
「おかわいそうに」
プルプルと笑いそうになるのを必死にこらえてしょぼんと落ち込むユリウスに嫌味を飛ばすが、とうのユリウスは反撃してくる気力もないようだ。
さて、ここでユリウスルートについて説明しよう。
ユリウスルートはルート分岐で騎士の訓練場に向かうことで成立する。
ここでヒロインは妙に荒れている騎士の打ち合いに遭遇する。
この荒れている騎士こそ今しょぼくれているユリウスなのだ。
何を隠そうユリウスはオーギュスト様が大好きなのである。
そりゃもう私とイイ勝負ができるくらいに。
騎士という立場を利用して朝起きてから夜ベッドに入るまで張り付きたがるストーカー気質まで持ち合わせているうえに融通が利かないユリウスを窮屈に感じたオーギュスト様は度々脱走をはかるようになる。
そしてついにこの新学期を目の前にした日、オーギュスト様はユリウスにもう少し距離を取るよう言うのだ。
敬愛するオーギュスト様に嫌われたと思ったユリウスは悲しくて辛くて、でもそんな感情がわからなくて苛立って訓練場で騎士たちを相手に1対20の勝負を繰り広げるわけである。
若い騎士たちがくたびれて伸びている中でユリウスはまだ折れない。体力を削がれて尚、殺気を放つユリウスに果敢にも立ち向かったのはヒロインであった。
『女が何をしている?出ていけ!』
『なにかお悩みならこんな風に力に任せずお話してみませんか?心の内にずっと溜めていてはお体に毒です』
『貴様に何がわかる?!そこをどけ!』
『どきません!これ以上剣を振るわれてはあなたが倒れてしまいます!』
練習用の木製の剣を震える手で必死に構えてヒロインはぎゅっと目をつむる。
ユリウスの一撃が来ると思い身を固くするヒロイン。
しかし、
『騎士として女は切れん。俺の負けだ』
そう言って、ユリウスは観念したように降参をした。
ヒロインは、ユリウスの先ほどまでの殺気がすっかりとなくなって力を抜いた顔をしていた。
今までオーギュスト様のことしか見てこなかたユリウスはこの出来事がきっかけでオーギュスト様以外の他者に目を向けるようになる。
そして自分には協調性が欠けていることに気が付くのだ。
オーギュスト様の騎士としてそれでは任務に支障が出ると考えたユリウスはヒロインにアドバイスを求めるようになる。
人にアドバイスできるほど出来た人間ではないと最初こそ辞退するもののユリウスの必死な様子に負けて友人としてお願いを引き受ける。
『(ヒロイン名)…またオーギュスト様に逃げられてしまった…』
『今度は一体何をなさったのですか?』
『殿下に不用意に近づこうとする輩がいたから威嚇した』
『学園内ですよね?』
『もちろん』
『学園内で殿下に無礼なふるまいをする者は早々おりませんよ…殿下は彼らとの交流をお望みだったのではありませんか?』
『…』
『それなのにユリウス様が威嚇されるから相手のかたが怖がってしまった、と』
『…おそらく』
『理由がお分かりならやることはひとつです!笑顔の練習をいたしましょう!』
『え、笑顔!?!』
『そうです!せっかくユリウス様は綺麗なお顔をされているのですからもったいのうございますわ!!さぁ!!』
ヒロインと接することで変わっていくユリウスを微笑ましく見つめるオーギュスト様。今まで氷のようだと言われていたユリウスがだんだんと人間らしくなっていくと喜んでいたのだ。
そんなオーギュスト様とは対照的に変わっていくユリウスを快く思わない人物がいた。
それが悪役令嬢・メアリーである。
おーっと!!!また同じパターンか?!?!シナリオ大丈夫か???
ユリウスルートにおいてメアリーはヒロインに何か腹を立てることがあるのか?と思うのが正直なところだ。
しかしここは悪役令嬢メアリー。
他人を利用することなんてなんとも思わない。
むしろ他人は自分が利用するために存在しているとすら思っている。
メアリーはユリウスがオーギュストに24時間365日(こちらの暦も同じ)張り付いていることで自分以外の女がオーギュスト様に近づくことを防ごうとしていたのだ。
ちょっと理由としては足りなくないか???
え?そんな理由なの??
ゲームプレイしているときは虐める理由なんてどうでもよかったから気にしてなかったけど、いざ自分がいじめる側になってみるとそんな理由で?っていうのが正直なところなんだよねー。
と、まぁそんな理由でヒロインをいじめにかかるわけなんだけど、いじめの内容は同じなので割愛。
前例の通り虐めに屈しないヒロイン。さらにユリウスルートでは少々強引さが追加されているので全くへこまない。そんなヒロインが面白くなくてだんだん虐めを過激なものにしていく。
メアリーはついにヒロインを馬車で轢くという過激な手に出るのだがそれを寸でのところでユリウスが身を挺して庇って大怪我を負ってしまう。
そこでついに怒ったヒロインが堂々とメアリーにこのようなふるまいは辞めるよう言うのだ。
悪役令嬢メアリーに訴える姿に感銘を受けた人たちがだんだんとヒロインに味方するようになる。
…おっと、ここもなんだか聞いたことあるぞ~!
なんて言ったってここからのシナリオはアルバートルートと同じでメアリーの悪行を聞きつけ裏を取ったオーギュスト様に婚約破棄されるのだから…その後については以下略で…。
ユリウスのために立ち向かったヒロインの勇ましさを認めたマゼラン家はふたりの婚約を認めるのでした!
~トゥルーエンド~
以上、ユリウスルートでした!!
「あなた、もう少し殿下とお話なさってはいかが?」
「殿下とお話なんていつもしている」
「どうせ挨拶とか定型文みたいなものでしょう?もう少し殿下のお心に耳を傾けてごらんなさい」
「…貴様にそのような…」
「でも事実でしょう?まるで過保護な母親みたいだわ。殿下のことが信用ならないのかしら?」
「そんなこと!!」
私の挑発にあっさりと乗ったユリウスはテーブルに手をついて立ち上がった。
「わかっているじゃない。あなたは殿下に何かあったときに盾となればいいのだから何もないときは背景でいなさい」
「チッ!!邪魔をしたな」
「えぇ。これからは未婚女性の部屋に断りもなく入るような無礼な真似はなさらないようにね」
ユリウスはバンっ!と音を立ててドアを閉め部屋から出ていった。
私はユリウスを邪険にできないのはユリウスがオーギュスト様推しだという同族意識があるせいかもしれない。
逆にユリウスはどうやら同担拒否派なのだ。
そのためオーギュスト様ガチ推しの私とは相いれないものがあるらしく会うたびに喧嘩になる。
「どうも嫌いになれないんだけどなー」
そう、ぽつりとつぶやいた声は誰に届くわけでもなく手元の紅茶が注がれたカップに沈んでいった。