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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
66/132

55’.9歳 オーギュスト様のスティルアート観光


(火事についての描写があります。苦手な方はご注意ください)



花屋と執事、メイドたちの尽力によって、会場の最も目立つ位置に薔薇に牡丹、ダリアに芍薬といった大輪の花々を生けた装花が鎮座した。



満天の星空の元に誰もの目を引くその花は一度は誰もが近づいてみたくなる出来で招待客たちは装花をみて溜息をつく。


「立派なお花ですね。さすがメアリー様です」


「オーギュスト様とルイ様がいらっしゃるのです。このくらい当然ですわ」


招待客の貴族たちが領主娘の機嫌を取るために口々に褒めちぎり、私もそれにこたえる。


当然と言わんばかりの顔をする傍で、花集めに奔走した執事とメイドがぐったりと疲労の色を濃くしていた。きみたちの努力は忘れない。


お陰で私は不愉快な百合の花をみなくて済んだし。


とはいえ明らかに疲れた顔をされていても迷惑なので何人かの執事とメイドを下げて交代させた。



「会場の演出も素晴らしい!まるで庭園と夜空が一体化したようだ!」


「なんと神秘的なのでしょう」


「お料理もさすがスティルアート領です」


今のところ会場については好評なようで、私も一安心だ。



アルテリシアの貴族女性はお茶会を開く機会が多いのでこういう会場の細々したことにはけっこう厳しい。


如何に流行の最先端を追いつつ伝統を守り客をもてなすか、粒さに観察していて少しでも荒があると次の日には別のお茶会のネタにされてしまう。それも悪い意味で。



「メアリー」


そのそよ風のようにさわやかで高貴なお声はたとえ囁き程度のウィスパーボイスであろうと迷わず拾うことができる自信がある。


成長して変声期を終える頃には更に色つやが混じって声だけで何人もの女性が失神するほどになる魅惑の美声だ。



「殿下、ご挨拶は終わりましたの?」


「あぁ。ようやく解放されたから僕も会場を楽しもうかと思って」


「ご案内いたします」


「頼む。こういう時はルイが羨ましいな」


夜会仕様のお衣裳を纏われたオーギュスト様は幼いながらに皇族としての威厳と凛々しさを持ちながら成長途中の柔らかさを兼ね備えたなんとも言い難い麗しさを持っていた。



私が知っているのはラブファンのお姿で幼いときというのは回想スチルだけ。


それももっと幼い、それこそオーギュスト様のお母様が亡くなったときの回想やルイ様とオーギュスト様が戯れているもので、9歳というピンポイントの時代ではない。



あぁ、生まれかわってよかった。



神様ありがとう。


「じゃあ行こうか」


オーギュスト様が自然と手を差し出した。まだまだ幼いその手のひらは白くまろやかで柔らかくて…って違う違う!!


「え?」


「これだけ人が多いとはぐれてしまうよ。手を繋いでいおこう。ほら」


えぇぇぇ!!そんな恐れ多い!!私ごときがオーギュスト様のお手に触れるなんて!!天から賜ったオーギュスト様の御手に私のような悪役令嬢が触れたら浄化されてそのまま消えるんじゃない!?!?それも本望だけど今はまだその時じゃない!まだ生きねば、私。



「そのような失敗、私がするわけございませんわ」


殊勝にそう言うとオーギュスト様は一瞬驚いたような顔をするとん、すぐさまいつもの涼し気な表情に戻ってにっこりとほほ笑まれた。


あ…この微笑みだけで浄化されそう…。



「ついルイにしていたクセが出てしまったようだ。女性に失礼なことを言ったね。ごめん」


「オーギュスト様が謝ることはございませんわ。ただ私も幼子ではありませんのよ」


「あぁ、そうだったね」


私の高飛車な発言はあまり気にしていないのか、オーギュスト様はくすくすと笑って私に会場内を案内するよう言った。



私は会場内に設置した魔道具やしかけを秘密保持の範囲内でかんたんに説明していく。



それに興味深そうに頷き真剣なまなざしを向けるオーギュスト様。あぁ…やっぱり直視できない…そのお顔、横顔ですら凶器…。


私、気軽に天に召される…。



私はオーギュスト様より一歩下がってせめてお顔を直視しなくても良い位置でご案内した。これだけ脳内が嵐が吹き荒れようと平然としていられるのは事前にルーシーが原稿を考えてくれているからだ。



ありがとう、私の文官。オーギュスト様の従者たちと一緒に後ろに控えてるけど…。





それから、オーギュスト様とダンスを踊ったはずだけど、残念ながら私の記憶には断片的にしか残っていない。



ただ全てを終えたあとどうして心のスチルアルバムに残しておかなかったのかと自分を叱咤したことは確かだ。


ダンスするオーギュスト様(9歳)なんてここでしか回収できないというのに…。




後悔に枕を濡らした翌日はオーギュスト様と共に街をまわることになっていた。



「もともとスティルアート領には下水と浄化設備がございました。教会からねつ造された神のお言葉によって長らくその使用はされておりませんでしたがこの度それを復活させたのです」



お兄様が時期領主らしく一行を先導していく。

オーギュスト様からなるべく普段の街の様子をみたいとのことで住人たちへの規制は行っていない。


その代わり警備は大変なことになっているけどそれを気取らせないこともまた、オーギュスト様やルイ様への配慮なのだ。



「お兄様、あちらにはスティルアート領でしか採取できない花が植えてありませんでしたか?少しみにいってみませんこと?」


「え?でもそっちは事前の予定にない道だよ?」


「少しくらいよいではありませんか」


ルイ様は植物が好きなのだ。せっかくスティルアート領に来ているのだしここでしか見れない植物をみてもらいたい。


「お花ですか?」


ルイ様がおずおずと聞いてくる。きゅるきゅるとした瞳が上目遣い気味に私の顔を覗き込んできて可愛いことこの上ない。


「はい、ルイ様はお花は好きですか?」


「…きれいだと思います」


おや?あまり反応が良くないぞ?どういうこと??



「おい!予定と違うではないか!急なルートの変更は警備の妨げになる!」


予想通り食いついたのはユリウスだった。急に大きな声を出すものだからルイ様がびくりと震えていた。


ユリウスは今日、私との勝負があるから少し気が立っているようだった。



「よいではありませんか。せっかくの機会です。是非ご覧になっていただきたいのですよ」


「しかし!」


「まぁまぁ、少しくらいのルート変更なら警備に支障はないよ。ちょっとだけ寄り道をしていこう。殿下、よろしいでしょうか?」



お兄様が私とユリウスの間に入ってくれた。こういうときやっぱりお兄様は頼りになる。



「あぁ。少しくらいなら問題ないのだろう?せっかくの機会だし」


オーギュスト様が認めた以上、ユリウスがこれ以上意見することはできない。


苦虫を噛み潰したような顔をしてユリウスは引き下がった。



私は影たちに視線を送るとルートの変更をそれとなく指示した。お兄様が先頭に立っている以上こういうサポートをするのは私の仕事だ。



「わぁ…初めてみる花です!これはなんという名前なのですか?」


「エキウムローズクォーツという花です。その名前のとおり宝石のようでしょう」


「えぇ!本当に!このような花があるのですね!」



ルイ様が塔のように円錐状に伸びた花をみてはしゃいでいた。


小さな花がらせん状に連なって天を目指している花は非常に珍しい花でアルテリシアでもあまりみられるものではないらしい。



街の衛生改善計画のときお兄様がハーブと一緒に加えた花だ。魔草ではないけど綺麗な花を付けるので街の住人たちからは概ね好評らしい。



「これは天然の花ではなく品種改良によって作り出された花なのでとても珍しいのです」


「植物は全て自然にできるものではないのですか?」


「魔法と品種改良によってよりよい種を作ることもできるのですよ」


「へぇ…」


ルイ様は感心したように花を見上げた。まだ成長途中だというがエキウムローズクォーツはまさに塔のようで、どんどん成長していくそうだ。

まだまだルイ様の身長と同じくらいだけど、これから先はどちらの成長の方が早いだろうか。



「フン、植物に手を加えて人間の都合のいいように作り変えるだなんて…」



ユリウスが気に入らないのか鼻を鳴らした。さっきも自分の意見が通らなかったから拗ねているのだろう。


「あら、品種改良があったから今はお野菜をとっても美味しく食べられるのではありませんこと?この技術がなかったらユリウス様も未だにトマトが食べられないのではありませんか?」



「ば、ばかにするな!!トマトくらい食べられる!!」


ユリウスはの顔がみるみる顔を真っ赤になっていく。トマトはともかく苦手な野菜はあるらしい。


「でもにんじんは食べられないよね、ユリウスって」



「にんじんくらいすぐ克服してみせる!!今は戦っている最中なのだ!品種改良によってつくられたにんじんに勝つなんて卑怯だ!」



なんだ、こいつはにんじん嫌いなのか。威張っていても中身はやっぱり9歳だな。



「そうですね。ユリウス様はにんじんくらいすぐに倒してしまいますわね。期待しておりますわ」


「ふん!」


なんだかルイ様が大人しいなぁと思っていたら、ルイ様はエキウムローズクォーツに夢中のようで、従者にあれこれ質問責めにしているようだった。



従者のほうは植物の専門でもないのにマシンガンのように投げつけられる質問の数々にたじろいでいる。



「ルイ様、もしよろしければ屋敷に戻ってから一緒に調べませんこと?我が家の図書室には植物の辞書や図鑑が揃っていますのよ」


「本当ですか?!楽しみです!!」


「私も植物はあまり詳しくないので一緒にお勉強いたしましょう」


「えぇ!」


すっかりご機嫌のルイ様の手を引いて、一行はもとのルートに戻っていく。


お兄様は事前に用意した原稿の記憶を頼りに恙なく一行を先導していたけれど、私は昨日に引き続きオーギュスト様のご尊顔を見つめることができなくて2、3歩後ろを静かに歩きながらついて行った。



「そういえば燃えたっていう教会の中を少しみていくことはできるかい?」


「え…教会ですか?教会は今再建の真っ最中で危ないので…」


いくらオーギュスト様からのお願いでも再建中の教会は危険すぎる。お兄様は表情を曇らせた。



礼拝室が燃えた教会は今建て替えをしている。


燃えたのは礼拝室のみで高価な魔道具やステンドグラスの消失を惜しむ声は後を絶たず教会では目下再建中なのだ。



ちなみに役場で雇っていた元移民たちの一部が教会で雇われて再建事業に携わっているらしい。


衛生改善計画のとき使えなくなった下水を直したことで空き家に住めるようになったりアパートへの偏見が減少傾向にあることで、スティルアート領に定住する人が増えて雇いやすくなったそう。



「主教様に連絡して少しだけ見学させてもらいませんこと?」


「でも工事現場に立ち入るなんて危険じゃないか?」


「ダメで元々ですから。ルーシー、主教に連絡を」


有能な文官はすぐさま懐から連絡鏡を取り出してクラウスに繋いでくれた。


連絡鏡をルーシーから受け取って短いやり取りをした後、見学の許可が下りたことを告げた。



「えぇ?!安全性は大丈夫なんだろうね?」


「はい。そろそろ休憩時間なので作業員たちの入れ変わりのタイミングであれば作業は止まっています。ただし危険と判断した場合には中止するとのことです」


「あ、あぁ…」


お兄様も不安なのか表情が曇っていた。私はそんなお兄様と、今にも火が着きそうなユリウスを無視して教会へルートを変更する。またルート変更だ。



作業中の教会、礼拝室跡地には防音効果のある魔道具である布が掛けられていた。


その奥では足場が組まれている。



「ようこそ、キャンタヘリー教会へ」


真新しい主教服に身を包んだクラウスがにこやかに私たちを出迎えてくれる。


以前の主教服は売って教会再建の資金に回されたそうだ。ついていた宝石に価値があったそうでそこそこいい値段になったときいている。



「急に無理を言ったね。少し礼拝室の跡地をみせてほしいんだ」


「こちらへどうぞ」


短く挨拶をしてクラウスは恭しく私たちを防音布の奥へ誘導した。


そこはまさに作業中という様で足場が幾重にも組まれているが建物の基礎や柱が立つのみだった。


礼拝室は全焼してしまったので基礎から作り直しらしい。


「へぇ、本当に全て燃えてしまったんだね」


「はい。残念ながら」


「人的被害がなくて何よりだった。少しみていいかい?」


「はい、構いませんよ」


オーギュスト様の意図が分からないまま、オーギュスト様が現場監督になにやら告げて奥へと進んでいった。


ちょうど祭壇があった位置で私も魔法を授けてもらった思い出があるところだ。

あの儀式にはあんまり意味はなかったらしいけど…。



「そういえば前主教はどうして礼拝室に向かったのかしら?」


「さぁ?私にもわからん」


先ほどまでのオーギュスト様に見せた慇懃な仕草はどこへやら。クラウスはぶっきらぼうに答えた。


「ただ聞いているのは『祭壇が』と叫んでいたそうだ」


「祭壇?なにがあるの?」


「…以前話しただろう?魔力を調整する魔道具が隠されている」


クラウスは一層声を潜める。周囲で聞き耳を立てられていないか注意を払っているようだった。


「え…そっちは無事だったの?」


「あぁ。もともと祭壇は入り口に過ぎないからな。第一、魔道具が壊れていたら領地内の魔力が溢れているだろう」


「それもそうね。でも作業員たちが触ったりしない?」


「祭壇に触れたところでなにも起きない。入口を開けるのは領主の血を引くものか主教だけだ」


「なら私は入口を開けるわけね」


「…何もするなよ?」


クラウスが疑り深そうに私をじろりと見降ろした。そんな顔しなくても何もしないよ…。



「さしずめ殿下も入口が心配だったのだろう。事前にこちらに連絡を入れると入口の存在を気取られてしまうから急になったのは致し方ない」


「なるほどね。さすが殿下だわ」


つまり連絡を入れた時点でクラウスはオーギュスト様の意図を察していたわけだ。だから今も祭壇のあった場所を調べる殿下をそのままにして作業の手も止めさせている。



事前に連絡をいれてルートに入れてしまえばいいのだけど、万が一魔道具の存在が外部に知られるわけにもいかない。


…クラウスはけっこうあっさり魔道具のことを言った気がするけどよかったのかな…。



「主教様、急に無理を言ってすみません」


「アルバート様、このくらい構いませんよ」


お兄様が戻ってくると、クラウスは一瞬で愛想のいい主教の顔に戻った。こいつもなかなかの役者だ。


「にしても急によかったのですか?」


「えぇ。殿下のご訪問があれば寄付金が増えるとメアリー様にアドバイスを頂きましたので」


「…メアリーそんなこと言ったの?」


うわ、この主教私に責任を押し付けてきた。そりゃ言ったけどさ!



教会は今資金不足なのだ。


これまでのありあまる寄付金は前主教とその仲間たちが使い込み、ほとんど残っていなかった。


前主教が溜め込んでいた宝石や魔道具を売り飛ばして尚、礼拝室の再建費用には足りていない。



そこで今教会は寄付金集めに奔走している。


「どうせなら生誕祭も一般に開放して大々的にやればいいのよ。そしたらもっと寄付金だって増えるんじゃない?」


「ほう。それはいいな」


クラウスは何か思いついたようにククッと笑った。


やがて祭壇があった場所を調べ終えたオーギュスト様が戻ってきて、クラウスと言葉を交わすと私たちは教会を後にした。



そしていよいよ、動物園に向かうことになった。


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