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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
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54’.9歳 久しぶりに

皇族の紋章が入った魔車は宮廷騎士団の騎馬兵に囲まれ優雅にスティルアート邸敷地内に到着した。



街道にはオーギュスト殿下を歓迎する領民たちが取り囲み街はお祭りムード一色だった。



警備のことで言うならこれだけの観衆がいるのはあまり良くないんだけど、国民と触れ合いたいというオーギュスト様の希望だそうだ。



ご自身よりも国民のことを一番に考えるオーギュスト様のお心遣いに私は心の中で感動の涙を流した。



魔車の重厚な扉がひらいて、最初にオーギュスト様の騎士見習いであるシリウス、次にお兄様が出てきた。


オーギュスト様のご滞在の間は案内役を務めているため王都から同行している。



そして艶めく麦色の御髪が魔車から見え隠れし、ついにオーギュスト様がそのお姿を現した。



瞬間、地割れのような黄色い歓声が観衆から湧き上がる。どこからともなくオーギュスト様を歓迎する声が上がり、オーギュスト様が優雅に手を振ると歓声は一層膨れ上がった。



是非とも私もその輪のなかに加わりたいが今はメアリー。メアリー・(以下略)である。



民衆に紛れて推し団扇を振るわけにはいかない。


オーギュスト様に続いてルイ様が魔車からひょっこり降りてくると今度は女性からの黄色い声が沸き上がった。


…気持ちはわかる。


成長して尚、天使のようなルイ様は今まさに天使そのものなのだから。





「やぁメアリー、久しぶりだね」


ずきゅううううううううううん!!!!!!



はぁぁぁああああああ!!!推しの笑顔頂きました!スチルゲットぉぉぉぉぉ!!!!!今のスチルどこでダウンロードできるの?!?!?誰か写真とった?!え…??撮って、な、い…??嘘でしょぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!この貴重な一枚を撮り逃してどうするのよ?!学園が始まったら毎日みれるって??馬鹿野郎!!!推しの挨拶は毎日毎時毎分毎秒違うのよ!ほら!少年が成長していくこの瞬間は今だけなのよ!!ゲームより幼いお姿がみえないの?!ラブファンの記憶を消して最初からやり直しなさい!!




「殿下におかれましてはお変わりないようで」



お手本通りの淑女の礼をすると、背後に控えるメイドから私たちを見守る領民たちまで感心したようなほぅ、という溜息が聞こえてきた。



我がまま令嬢と名高いメアリーが自分より目上の相手にどのような態度をとるのか気になるところではあったらしい。




「メアリー様!お久しぶりです!」


テンプレート通りの挨拶を終えると、途端にルイ様がぴょん、と飛びついてきた。


まだまだ小さいルイ様を受け止めることくらい訳ないけれど、お二人付きのメイドたちは驚いたのかヒィッと小さく悲鳴をあげた。



「ルイ、急に飛びついてはメアリーが驚いてしまうだろう?紳士にあるまじき行為だ」


「はい。お兄様。メアリー様、ごめんなさい」


「まぁ…殿下、私はなんともありませんから」



安心させるように穏やかな声を務めて出すと、ルイ様もほっとしたようでオーギュスト様の隣へ戻っていった。


「さぁ、長旅でお疲れでしょう。屋敷へお入りください」



お兄様が一向を先導して屋敷の中へ移動する。


皇族は各領地に別荘を持っているので本来の滞在はそちらになるのだけど、今回はどういうわけだかオーギュスト様とルイ様たってのご希望でスティルアート邸に滞在することになっている。



警備のことや滞在中のことでお父様はかなりハードスケジュールだったらしい。


これに伴いディーたち旧使用人寮を使っている研究者たちはいつもの小汚い恰好を禁止されたのでメイドたちに追いかけまわされていた。



ディー曰く、どうせ王都の連中に会うことなんてないんだからいいじゃない、だそうだけどフザケタ言い分は私がキッチリ絞めた。



オーギュスト様がいらっしゃるのだから何時如何なるときでも気を抜かないのは当然でしょう?



応接室にてお茶を頂きしばしの休憩をとる。



今日は歓迎の夜会のみの予定だけど明日は街を回ったり忙しいのだ。


領地内の遠方はお兄様が主に案内するので私は街やその周辺を回るときのサポート役。お兄様ほど責任重要ってわけでもない。




「さて、さっそくだけど今のうちに明日の予定を確認しておこうか」


「はい、殿下。こちらがスケジュールです」



オーギュスト様の補佐役が細かく文字の書かれた用紙を一枚差し出す。


それは私も確認した明日の行動予定表だ。これをもとにルーシーとあれこれ考えてご案内する段取りを整えた。




「日中は街の視察かぁ。スティルアート領は街の衛生に力を入れているから楽しみだなぁ」


「スティルアート領には動物園という施設ができたのでしょう?僕も楽しみです」



ルイ様が無邪気に笑い、オーギュスト様もそれにこたえるが隣に構えるユリウスはおもしろくないのか眉をひそめている。



そういえばユリウスに会うのは初めてだっけ。ゲームではしょっちゅうみていたからあまり初めて会った気がしない。



ゲームで知っている姿より幼いけれど、ユリウスであるという雰囲気はそのままなのでこれが成長したらあぁなるんだよなぁという感慨はある。



圧倒的にまだまだ少年のオーギュスト様のほうが感慨深いけどね。


9歳という少年らしいまるみを帯びた柔らかな頬とアンバランスな知性に富んだ瞳がまた良い。余計な邪念を加えず心のシャッターを切りまくる。


こんなことならディーに命令して小型カメラの開発でもしてもらうんだったわ。私としたことが抜かった…。




前世の頃は生まれた国も世界もそもそも次元が違ったけれど毎日オーギュスト様に囲まれていたのに、どうして同じ国の同じ世界の同じ次元に生まれたはずなのにこれほど遠いのかしら…。


私は毎日オーギュスト様の事を思って朝のお祈りも欠かしていないというのに神様ってやっぱり残酷ね。




オーギュスト様を横目でチラリと垣間見て小さく溜息をつく。外で領民たちがオーギュスト様をみて声を上げていた事にも納得だ。



神が与えしその美貌は日ごとに磨きがかかっているようで以前お会いしたときよりも私の知るオーギュスト様に近づいている。



今この瞬間の輝きを瞳に焼き付け婚約破棄されたときはこの映像(記憶)を思い出して心を癒そう。


心のスチルアルバムだけで生きていける気がする…。




「ふん、動物園なんぞという非人道的なものを領民たちの税金で作ろうなんぞという奴の気がしれませんね」



楽しそうにスケジュール表をみながらあれこれ話すルイ様とオーギュスト様の間に水を差したのがこともあろうにユリウスだった。



オーギュスト様はなにか面白いものを見るように小さく口端が上がっているし、お兄様は私とルイ様を交互にみて何か心配そうだった。



ルイ様はみるみるうちに眉が下がってしまわれて、瞳が潤んでいた。まんまるの頭が下がって行って俯き加減になる。



ユリウスが気難しい性格ということはゲームを通して知っているし攻略キャラだからそれなりに気に入ってはいる。


だけどまだ幼い子どもの楽しみを奪っていいわけではない。


しかもルイ様、今にも泣きそうじゃないか。



ルイ様の大きな瞳がじわじわ赤くなって今にも堤防は決壊しそうだ。その瞳が私を伺うように上がってきてパチリと目が合った。



…ダメなんだ…。

悪役令嬢メアリーといえど、泣いている幼い子どもには勝てない…。




「まだみたこともないのにそのようにおっしゃられるなんて…マザラン家の次男はよほど知見を広めることに興味がないようですわね」



「なんだと…?!」


「だってそうではありませんこと?あなたが何をもって動物園のことをそのようにおっしゃられているのか存じ上げませんけれど、まだ見てもいない新しいものを最初からそのように言うなんて…」




「そんなこと…!!見なくてもわかる!動物たちを狭い檻に閉じ込め飼育するなどとんでもないことではないか!」




「だから動物園を作った人の気がしれないですって?寝言は寝てから言ってほしいものですわ。動物園は我がスティルアート領の建設部が自信をもって作り上げた教育施設です。それを侮辱するご発言。明日にでも撤回していただきますわよ」



「フン!たとえ誰が何と言おうが私は撤回なぞしないからな!貴様こそ後悔させてくれる!」



「へぇ、おもしろいことになったねぇ」



私たちのやり合いをおもしろそうに見物されていたオーギュスト様は増々楽しそうに口角を上げにんまりとほほ笑んだ。


ユリウスはどういうわけか知らないけれどあまり私のことを良く思っていないらしい。


今日が初対面のはずだから私がなにかしたような記憶はないけれど、おそらく私の世間での評判を聞いてのことだろう。




それは別に構わないのだけどルイ様を悲しませることだけはいただけない。


ルイ様は攻略キャラだ。もちろん好きだし何よりオーギュスト様の弟で、オーギュスト様はルイ様を誰よりも大切に思っている。



それを知っているはずのユリウスが軽率にルイ様を傷つける浅はかさは許しがたい。



「でもメアリーもユリウスも絶対にお互い譲らないよね?僕はふたりがこのまま喧嘩しているっていうのは良くないと思う」



「あぁ。アルバートのいう通りだ。僕もふたりがいい争いをしたままっていうのは見過ごせないなぁ。さて、話を整理しようか。


まず、ユリウスは動物たちを狭い檻に閉じ込め飼育している、動物たちをモノのように扱っていることが認められないんだよね?」



「はい、おっしゃる通りにございます」


ユリウスは私に対する態度とは打って変わって柔らかな口調で答えた。


こいつのオーギュスト様至上主義はこのころからなのか。




「で、メアリーはスティルアート領の役人たちが一生懸命作った新しい設備が見もしないうちから否定されることが許せないと?」


「えぇ。その通りです」


私がかしこまって答えると、ユリウスがギィっと私を睨み付けた。


将来氷の騎士なんて呼ばれるユリウスだけどこの時はまだ9歳の子ども。


いくら睨まれたところで痛くもかゆくもない。むしろ可愛らしささえあるくらいだ。




「たしかにこれは平行線だね。アルバート、明日の予定を少し変更して動物園の中まで見学することはできる?」


「え?はい、それは大丈夫です。動物園はまだプレオープンなので一般客も制限していますからあちらに事前連絡を入れておけば問題ないかと」



「そう。なら施設の中まで見学させてもらえるよう手配をしておいて」


「はい」



「見えるところだけじゃなくて施設の中まで見たら動物たちのことまでよくわかるからね。


実際に動物たちがどのような環境で飼育されていて、非人道的な扱いを受けていると僕が判断したらメアリーはユリウスに謝ること。


逆に僕が動物たちの扱いに疑問を持たなかったらユリウスはメアリーに謝ること。


これでどう?」



「さすが殿下…殿下のご判断であれは正当性は明らか…。わかりました、この勝負受けて立ちましょう」



おい、いつから勝負になったんだ、これ。



オーギュスト様のおっしゃることに異論はないけれど最初から自分が勝った気でいるユリウスに少しだけ苛立ちがあった。



ユリウスもこれほど急では取り繕っても間に合わないと判断したのだろう。


実際いまから足掻いたところでどうにかなるものではない。今からできることなんてたかがしれているのだ。




「殿下のおっしゃることに異論なんてございませんわ」




私は既に勝利を確信したユリウスに涼しい顔をしてにっこりと返してやった。











さて、ユリウスとの勝負はともかく、今夜がオーギュスト様とルイ様を歓迎する夜会をスティルアート邸で行う。


お母様はその準備に忙しく、私もそのお手伝いに奔走していた。




ちなみにお父様とお兄様はホスト役として殿下たちに付いているので夜会の会場には姿はない。



私は会場の最終チェックに回っていた。



天井を彩る照明は魔道具を使って満天の星空に、天井までの空間にはランタンを飛ばして幻想的な風景を作ってみた。大きな窓からも庭園の風景と夜空が見えるのでまるで星空の下にいるような感覚になる仕掛けだ。会場の最も目立つ位置に大輪の花を設置して完成となる。



「お嬢様、花が届きました」


「見せて頂戴」


業者がセットした花を確認して問題がなければこれで完成。

ようやく一息つけるかと思ったとき、花器に生けられた花をみて私は思わず眉をひそめた。



「これは…何かしら?」


思っていたより低い声がでて、ルーシーも怪訝な顔をする。


百合のは見事に美しく、贅沢かつダイナミックにそれでいて上品に生けられていて間違いなくこの会場に入った瞬間、招待客たちの目を引くだろう。


これを作った人物は相当な人であると予想できる。



でも、


これはダメだ。



「今すぐ花を変えなさい」


「えぇ?!どうしてですか?!お嬢様!!」



花を運んできた業者も目をむいているがそんなことはどうでもいい。とにかくこの花はダメだ。


「どうしてですって!?あなたたち正気?百合の花を私が置くとお思いで?今すぐ取り換えて」



「た、直ちに!!」


古参の執事はようやく思い出したのか弾かれたように花器を会場から運び出す。



百合の花はリリー。


かつて私と同じようにオーギュスト様の婚約者候補として名の上がった令嬢のことを思い出したようだ。



「今から新しい花を用意するなんて無理です!!」


「夜会まで時間はないのですよ!」


執事たちも花屋も困り果てて今にも泣きそうだった。夜会まで時間がないのは本当だ。



あと数時間もしたら招待客たちは続々と集まり始めるだろう。花を置く場所に何もなくても夜会は可能だ。



でもそんな不完全な状態でオーギュスト様をお迎えするなんて考えられない。





「無理でもなんでも用意なさい。それがあなたたちの仕事でしょう!!」


「は、はい…!!」







「お嬢様、百合の花はお嫌いでしたっけ…?」


花屋と設営の執事やメイドたちがてんやわんやしている喧噪のなかで、ルーシーが静かに尋ねた。


「いえ、別に嫌いじゃないわ」


「えぇ?!」


「ただ、オーギュスト様にリリー様のことを思い出していただきたくないでしょう?」


「なるほど…」








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