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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
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53’.9歳 お迎えの準備


屋敷に帰ると、お母様はやっぱり商会のほうで忙しく夕食の席には不在だった。


お父様もお兄様も今日は王都にいるので不在だ。



珍しいことでもないからいいのだけどね。

お母様がいないと野菜を残しても怒られないし気楽でいい。


前世の世界では好き嫌いをするほうではなかったし味の好みは多少あれどなんでも食べるほうだった。


でも転生してから思い知ったのは品種改良とは偉大ということ…。



ラブファンの制作スタッフは食べ物についての設定をそれほど作りこんでいなかったのか、現代とは大きな差がある。



それは朱菫国の件でもわかっていたことだけど野菜とかお肉についてもそうだったみたい。



まず野菜はエグイ…美味しくない…。

トマトは特有の青臭さがあるしホウレンソウについても苦い。にんじんとかピーマンも同様。既にトマトが食用として流通しているにの…。



食べろと言われても私の前世の味覚がそれを拒否しているのだ。




「農業が盛んなスティルアート家のお嬢様が野菜嫌いなんて外聞が悪いから私でも食べられる野菜を開発しなさい」



「えぇ…お嬢様はボクのこと何でも屋と勘違いしてない…?」


「違うの?」


「一応ボクにも専門ってもんがあるんだけど!?」


「本に出てくる研究者ってなんでも開発してるじゃない」


「現実的にそんなことあるわけないじゃないか!」



ゲームの登場キャラに現実を諭された。解せぬ。


ディーは現在スティルアート邸敷地内にある旧使用人寮に住んでいる。


最初こそミステリアスでイケメンが客人でやってきたと浮足立っていたメイドたちだけど、その幻想は3日くらいで打ち砕かれた。



私が仕事を押し付けまくった結果、屋敷内でディーに与えられていた客間はものの見事に本と研究資材で廃墟と化した。


初めて我が家にやってきた姿はどこへやら…。


最初こそ自分がお手伝いせねばと使命感に燃えていた若いメイドたちの淡い期待と恋心は瓶底眼鏡の小汚い研究者に見事砕かれ再起不能なまでに塵尻になった。



いつかはあのミステリアスで素敵なお姿に戻ると望みをかけどその望みが叶うことはなく、だんだん厄介な客人になり下がったあたりでメイド長からお母様に意見が上がったそうだ。



掃除に入れないどころか廊下にまで進出した荷物の山をみてお母様は使われていない旧使用人寮を丸ごとひとつディーに貸し与えることにした。


しばらく使っていなかったとはいえ掃除したら十分使えるし何より広い。ディーも気兼ねなく研究に没頭できるからと満足しているそうだ。



「朱菫国の若い職人たちも出入りしているのでしょう?野菜の品種改良に興味ある人いないの?」


「彼らは細工職人から魔道具の開発に興味をもった人たちだから野菜には興味ないよ…」


「ふうん」


教会を追い詰めるときに使ったカメラは朱菫国の職人たちが仕上げをしてくれたそうだ。


朱菫国からやってきた職人の若い人たちは魔道具の開発にも興味を持ったようで何人かディーの元に通って開発に携わっているらしい。


魔法石を装飾品としてつかえないか研究に励んでいるそうな。



「元々品種改良は教会から禁止されていた魔法の一つだったんだよ。最近ようやく解禁になったばかりだからまだまだ研究者が育つ段階でも…あ…」


「どうかした?」


「そういえば教会から禁止された研究を専門でやっている研究会があったなぁと思って」


「あら、ちょうどいいじゃない。結果を出せるなら礼は弾むわよ」


「…お嬢様のそういう判断が早いところ良いと思うよ…」


「どうせ責任はあなたに取らせるから」


「ひっど!!まぁいいよ。ボクも自分の研究に専念したいし…」


「そういえばあなたって何の研究をしているの?」


ディーは元々自分がしたい研究のために教会で医者をしていたと言っていたけど肝心の研究については聞いていなかった。


医者というわりに藪医者っぽいし…。



「言ってなかったっけ?ボクは古い魔法の研究をしているんだ」


「古い魔法?」


「そう。今は魔道具を使わないと魔法って使えないだろ?それも常に魔力を注がないといけない。でも昔はそんなことなくて、魔道具なしで、魔力を常に注がなくても魔法って使えたんだ。


その魔法の復活させるための研究をしているんだ」



「へぇ。そうなったら便利ね。是非私が生きている間に復活させなさい」


「あぁ。あなたのメイのままに」



ゲームのなかでアリスちゃんは魔道具なしで魔法を使っていたけど、それって関係あるのかしら?


ラブファンの世界は一応ゲームだしそのあたりはカットされているのかもしれないけど…。


どちらにしても常に魔力を注がなくてもいい魔道具っていうのは便利だ。



ディーはよく日にはお父様に研究会のメンバーを招く許可をもらったそうで、旧使用人寮は準備だなんだと騒がしくなっていた。


私は間近に迫ったオーギュスト様を出迎える準備に忙しくてそっちはすっかり忘れていたんだけどね…。











領地内へは3か月ほど前にオーギュスト様がご来訪される旨が伝えられた。


役所関係には既に伝わっていたけれど正式に領地内へ告知したのはこれが初めてだったのでその後は大騒ぎだ。



最近の公共事業の多さはこれが原因かと、視察予定地では準備に追われた。



移民たちを雇っていた契約期間の1年はあっという間にやってきた。



求人募集したときの雇用条件はいつのまにか民間である商会にも伝わっていたらしくて雇用条件の向上を望む声が上がっていたそうだ。


これについては商会から私が金と権力でいい条件ばかり提示したからだ、零細商会には到底無理と批判的な意見が上がっているらしい。



時間がなかったんだからいいじゃないか。



契約期間を終えた移民たちは元いた領地に帰る者、溜めたお金で新しく家を借りる者、そのまま残って役所の仕事に就くものなど様々だったけど大きな混乱もなく解散式は執り行われたそうだ。



そうだ、っていう伝聞系なのは私は解散式に参加していないから。


悪名高いお嬢様が参加していない方がみんなのびのびできるだろうっていう配慮をしたかにみせかけて、本当は勉強をサボっていたことがバレたのだ。


お祝いの祝辞は送っておいたからいいでしょ!!



そんなわけで今日は役所あたりにでも顔を出そうと思う。


懐かしの環境部は以前が全く組織化されていなかったのに今ではすっかり管理班とかなんだかんだと組織化が進んでいるそうだ。



「ここへ来るのも久しぶりね。みんな元気かしら?」


「どうでしょう?私も最近では顔を合わせる機会も減ってしまいましたから」


環境部へ続く廊下は以前の鬱蒼とした雰囲気から一変、人の行き来が激しいにぎやかなものになった。


今も若い女の子が書類を抱えて環境部に駆け込んでいった。



「そういえばルーシーは役所に戻らないの?元々そっちの希望だったのでしょう?」



「私は役所で働きたいというより周囲から認められたいというだけなので役所には戻りませんよ」



「ふうん。じゃあ私が馬車馬のようにこき使ってあげるわ」


「お嬢様の文官になった時点で私はスティルアート家に引き抜かれたようなものでしたからある意味では出世したのです」



なるほど。ルーシーは引き抜きされたのか。


これだけ優秀な文官なのだ。手放した役所の損失は大きいに違いない。



「扉はまだ直していないのね…」



環境部の扉は私が最初に壊したままで、一応のれんのようなものはかかっているけど中の声は丸聞こえだった。


経費がないわけじゃないのだから直せばいいのに…。


「あー、お嬢様じゃないですか~!こっちに来るなんて珍しいですね!」


「あら、ブレイン。痩せた?」



のれんの隙間からひょっこり顔を出したのはブレインだった。最後に会ったときより心なしか頬がこけて細くなった気がする。



両手に下げられた紙袋にはチラシみたいな書類がぎっしり詰まっている。


ブレインの後ろには同じようにチラシの入った袋を抱えた男性が2人いて、彼らがブレインの部下なのだとわかった。



「痩せたっていうかやつれたんです…ここのところおやつを買いに行く時間もないんですよ…」


「いいことじゃない。ダイエットができて」


「えぇ~」


「そのチラシはなぁに?」


「これ?殿下がいらっしゃるでしょ?それに合わせてゴミの回収日が変わるからその告知ですよ。あとはカルロスに押し付けられた猫の保護活動のチラシ…」



この間猫を街に増やそうと言った計画は順調に進められているようだ。


動物管理部からは去勢していない猫を増やすと猫による被害が増えるということで去勢と避妊がされている猫から街に開放されている。


そういう猫は耳に切り込みが入っていてすぐにわかるようになっていた。


カルロスに押し付けられたといのはそのお知らせのチラシみたい。



ほら、猫の癒し効果抜群でしょ?



「カルロスは猫担当になったんだ~」


「カルロスが…猫…ぷぷっ」


「お嬢様…笑っては失礼ですよっ…ふふふっ」


「あの…聞こえてんですけど…」


ルーシーとふたりで笑いを堪えていたらカルロスが背後に立っていた。


こちらは女の子一人と男の子ふたり連れていて、女の子がいなかったら兄貴分とその舎弟みたいにみえる。



「あら、久しぶりね。お変わりないようで安心したわ」


「忙しくてやつれるなんてせいぜいブレインくらいですよ。あとアラン部長は死にそうなのに目が光っていて怖いけど…」



ちょんちょんと奥の部長席を指さすと、部長席には5人くらいの列が出来ていて、その先には枯れ枝のような腕で書類を受け取りチェックをしてサインを入れたり何やら話し込むアラン部長がいた。



以前はのんびりとした縁側でお茶を飲んでいるようなおじちゃんだったのに今ではすっかり枯れて細り突いたら倒れてしまいそうだった。


それなのに目だけはギラギラと光っていて逆にそれが不気味でしかたない。



「ちゃんと休んでいるの?」


「忙しくなり始めたときは全く休んでくれなかったから俺たちで無理やり休ませていたくらいです。上が休んでくれないと下のモンたちが休めねぇんですよ!全く!」



少々怒り気味に言うカルロスに同意するようにブレインもウンウンと頷いていた。


環境部は衛生改善計画で最も多忙な部署になった。


修繕した下水や浄化設備の維持と管理、整備されたゴミ処理事業の運営等々で今でも忙しさは続いている。


それどころか教会が下水の使用を禁じる前よりも忙しくなったらしい。



「あとはここに猫だの植物だの…もう寝る暇もないですよ…」


「ごめんね~」


忙しそうなふたりを送り出して部長にも声をかけに行く。なかなか人が途切れないけれど私の用件以上に重要なことなどないだろう。



「アラン部長、今よろしいかしら?」


「おや、メアリー様!おひさしぶりですね」


「お仕事は順調かしら?」」


「そりゃあもう!殿下のご来訪に向けて準備を進めておりますよ!」



カルロスの話の通り、アラン部長は前に会ったときより顔色も悪いし骨と皮だけみたいになっていた。ブレイン以上にやつれている気がする。



それなのに眼光だけは失われずキラキラというよりギラギラしている。さらに口調もハッキリと活力みなぎるもので一層不気味だった。


これは確かに休ませたほうがよさそうだ…。



「そう…よろしく頼むわよ」



それだけ言って私は環境部を後にした。


仕事はしてほしいけど過労死だけはいただけないなぁ…。人員の無駄遣いは見逃せない。



「ルーシー、アラン部長に休暇を取るようお伝えして。私からの命令ってことで」


「はい…おっしゃる通りにいたします」


ルーシーもアラン部長に思うところがあったようで、深く頷いた。元上司が過労死なんてあと味が悪すぎるだろうし…。








そんなかんじでスティルアート邸に戻ると、お父様とお兄様も戻っているようで、メイドたちが慌ただしく走り回っていた。


「お父様、お兄様、お帰りなさいませ」


「メアリー、戻ったか。送った報告書には目を通したか?」


「え、えぇ…もちろんですとも!」


嘘はついていない。


お父様に送られた大量の報告書には読んでサインを入れてを繰り返した。


だけど多すぎてお父様がどれのことを言っているのかわからないよ!


「キャンタヘリー教会のことだが」


「あぁ…」


それなら覚えがある。


キャンタヘリー教会は元主教派を全員逮捕、その余波はアルテリシア全土に渡っているそうで今は『神のお言葉』の真偽について調査中だそうだ。



「新しい主教の人事についてだがおまえの意見も聞きたい」


「え、大教会から誰か派遣されてくるのではないのですか?」


「今は大教会もそれどころではないんだ。あっちもあっちで大主教の疑惑で持ち切りだからいずれ辞任するだろうし」



「そんなことになっているのですねぇ…」



教会についての関心はこの間主教を逮捕したあたりでもうどうでもよくなっていた。


新聞で読んだ気がするけど忘れてた。



「大教会からまともな人間が送られてくるとも限らない。ならばこちらで信用できる人間を据えてしまったほうが何かといいだろう」


「なるほど。おっしゃる通りですわね。それでしたら人材がいるではありませんか」


「ほう?」



私はルーシーに頼んでその相手に繋がる連絡鏡を用意してもらった。


「そんなわけであなたをキャンタヘリー教会の主教に任命したいのだけどどうかしら?」


『急用だというから何かと思ったら…そんなことをしたら教会には増々疑惑の目が向けられるぞ。副主教が主教の座を奪うために追いやったと』



連絡鏡の相手はキャンタヘリー教会副主教、クラウスだ。


こちらもアラン部長に負けないくらい青白い顔で山のような資料に囲まれていた。元主教の使い込んだ額を計算しているらしい。


『だいたい、領主の許可が必要だろう。いくらメアリー様とはいえ一存で決められるものでもあるまい』


「あら、許可なら取ったわ。お父様」


「そうだな。副主教なら適任だろう」


『そんなあっさり決めてよいのですか?!』


「今の状況でそんなこと言っていられないでしょう。だいたいあなたには教会を混乱に陥れた責任を取る義務があります」


『責任を取る義務?』


「そうよ。いくら教会が汚職にまみれていたとしても今アルテリシアの全教会が混乱しているのはあなたがそもそも私たちに助けを求めたから。


なら一刻も早く教会の信頼を取り戻す義務があるのではなくって?」


『無茶苦茶だ…』


「副主教だったあなたがお咎めなしってわけにもいかないでしょう?あなたはこれから主教を追い落とし主教になった疑いを受け続け誰からも信用されない。それがあなたへの罰よ」



『そんなことまかり通るのか…?』


「お父様は既に了承済みよ。正式な任命状はあとから持って行かせるわ。覚悟しておきなさい」


『は、はい…謹んでお受けいたします…』



連絡鏡の通信を切ってお父様に向き直る。


「これで教会のほうは大丈夫ですわ」


「あぁ。よくやった」


「にしても殿下はなぜ教会へ行きたいとおっしゃられたのでしょう?まだ再建中ですしご来訪には間に合わないということはご存知でしょうに」


お父様は教会の人事だけでも体制を整えようとしたことには理由がある。


オーギュスト様が燃え尽きたキャンタヘリー教会の礼拝室を訪問したいと申し出があったのだ。


あのとき全焼した礼拝室は今再建の真っ最中だけど、元々工事予定になかったものなので人も資材も足りていない。


以前ほど魔道具を大量投入しないにしてもある程度元の形に戻したい。


そのため残念ながら殿下には教会以外の場所を案内する予定だったのだ。



「なんでも燃えた教会の様子が心配なのだそうだ。危険なので中には入れないと言ったがどうしても見たいと…」


「まぁ…あんな教会のことなのに大変気を使って頂いているのですね…殿下のなんと慈悲深いことでしょう…」


「そういえば元主教は捕まる直前に礼拝室に向かったらしいけどどうしてだろう?」


「言われてみればそうですねぇ…」



元主教が礼拝室に向かったのは既に火の手が回っていると連絡が入ってからだった。


わざわざ燃えているような場所に自ら行くだろうか?



「逮捕される汚名に晒されるくらいなら自殺したほうがマシだとでも考えたのではないでしょうか?」


「あの主教なら考えそうなことねぇ。ルーシーもわかってきたじゃない」


「…お褒めに預かり光栄です…」



露骨に嫌な顔をされた。あまり褒められた気がしていないのかもしれない。


「礼拝室のドアノブが熱くなっていたから中には入れなかったらしいけどね。おかげで主教は手にやけどしていたよ」


「じゃあ本当に中に入ろうとしていたのね…」



どうせ捕まるのに無駄に怪我をして哀れなこと…。



「あとは動物園のことだが…」




そんなふうに殿下をお迎えするための準備を整えているうちにあっという間に3か月経って、ついに殿下がスティルアートを訪問される日がやってきた。




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