48’.8歳 神様への祈り
役所に向かうディーとクラウスをみつけた。ついでなので拾っていくことにする。
「で、結局みつかった魔法石に共通点はなし、と?」
「うん。場所の共通点とかあるわけじゃなさそう。大きい小さいや質の違いはあったけど他は本当にふつうの魔法石。
あ、でもみつけた人に聞いたら違法賭場で見つかったぶんはけっこう深い場所からみつかったって言ってたかな」
「ふうん、まぁそうでしょうね。なにせ人の祈りで魔力が溜まるのだし、賭場は地下にあるから地中の深いところからみつかっても不思議はないわ」
「えっ!?」
「そうなんですか?!」
ルーシーとお兄様が驚いて、ディーは無言で目を見開く。そしてクラウスだけは怖いくらいに私をにらんでいた。
「どうしてそれを知っている!?…ディー貴様言ったのか?」
「まさか!仮説の段階でお嬢様に話せるわけないじゃないか」
「なーんだ。やっぱりアタリか」
「なっ!!騙したのか!?」
「そもそも騙したのはあなたたち教会側でしょう。なにが魔力は神様から与えられるものよ」
私は狭い馬車の中でルーシーに地図を広げてもらった。
全員の膝に地図の端が乗ってしまうくらいに狭いけど致し方ない。今回は魔法を起動していないので地図は平面のままだが、これで十分だった。
「まず魔法石が見つかった場所。特に多かったのが教会の周辺、病院、広場、違法賭場。これって場所そのものには共通点はないわ」
「はい。立地に共通点があるわけでもないですしバラバラです」
「でも、その『場所で行われていること』は共通していると思わない?」
「行われていること?教会だったら神様へのお祈りだし病院なら病気を治す、広場ならいろいろあるけど…違法賭場はかけ事?」
「そうです。でも、これらの行為には全て神への祈りをしている人がいませんでした?」
「え…あ…あぁ!!本当だ!」
お兄様が的を射たと言わんばかりに手を叩く。
教会は言わずもがな、病院には出産の無事を願う人がいたしおそらく病気の治癒や手術の成功を祈る人もいただろう。
広場は収穫祭のあとに多く見つかったというから次の豊作を願う祈りが捧げられていたのではないだろうか。
違法賭場は…まぁご覧の通りだ。
「でもそうするとこの民家でみつかっているのはどうしてでしょう?」
地図に点在する普通の民家の周辺に打たれた点。これにも共通性はない。
「おそらくこの家で最近なにかあったはずよ。それこそお産とか、学校の試験とか神に頼みたくなるようなことが」
こちらの世界ではまだ自宅出産や医師による往診が主流だ。ノース先生の病院が珍しかったくらい。
それならこの点在していた家で最近そういう出来事があってもおかしくはない。
「そういえばここの家、この間までお子さんが大きな病気をしていたと聞いています」
エマが一か所指さした。そこはふつうの民家なのに周囲と比べて魔法石が多く見つかった家だった。
「探せばそういう家はほかにも出てくると思うわ。もっとも正解はこのあとクラウスが教えてくれると思うけど」
チラリと伺うと、クラウスは唇をきゅっと結んで眉根を寄せていた。知られてはいけない秘密を知られてしまったような、そんな顔。
「魔法石や魔草は魔法式を組み込めるのだったわよね?それなら生育や発生に魔法が関係していても不思議はないのではなくて?
ノース先生も魔草の土の中に魔法石を入れたら育つようになったって言っていたしもしかしたら魔法石が魔力を持っていて、魔法石も魔草も魔力の多い場所に発生するって考えたら筋がとおらない?」
ここまでの考察を述べると馬車の中は一瞬の沈黙に包まれた。
祈りによって魔力は発生し、魔力が地中に溜まる。その場所に魔法石が発生し魔草は生育のために多くの魔力が必要になる。
つまり魔力の多い場所に魔法石や魔草が多くみつかるというわけだ。
「あははっ!お嬢様すごいね!たったこれだけの時間でそこまで見抜くなんて!ご名答だよ!」
ディーが両手を叩きながら称賛してくれた。珍しく、おどけているわけではなくて心からの拍手だと思った。
でもまだ気になることはある。
「もうひとつ気になることがあるわ。むしろこっちが本命かしら?
どうして教会から魔力が流れているの?」
地図を引き寄せて教会側を自分のほうに寄せた。地図の上部に書かれている教会は最も魔法石が多く見つかっているので魔力が多いと考えて良いだろう。
その周辺も魔力が多いと言える。そして教会から離れるごとに魔力は減っているのだ。
「途中にこうやって魔力の多い場所があったから気づきにくいけど、そういう場所を除いて魔法石が同じくらい見つかった場所同士を繋いでいくとまるく円が書けるのよ。
魔法石がみつかった量も教会から離れると減っているわ。
これで教会が怪しくないって言うほうがおかしくない?
と、思うのだけどクラウス、知っていることを全て教えなさい」
指先で地図上に円を描くように同じくらい魔法石がみつかった場所をたどる。ルーシーがペンを取り出して指先を追った。キラキラと光る細い線が出来上がり、山の等高線みたいにいびつな円を描いていた。
「…」
途中でディーとクラウスを拾ったのは偶然ではない。
魔法石の保管場所から役所に行くルートを考えわざわざ拾わせたのだ。
馬車という密室なら逃げられる恐れもない。もちろん同乗しているエマやデイジーには話の内容によって口どめをする必要があるかもしれないが。
「クラウス、諦めたほうがいい。このお嬢様は絶対答えを聞くまでここから出さない」
「…裏切り者め」
「ついさっきそこのお嬢様に忠誠を誓ったばかりだからね」
「…」
ようやく観念したのか、クラウスは固く結んでいた拳を解いて、佇まいを直した。
そして私の目をしっかりと見据える。その気迫に負けないように私も気を引きしめた。
「これからお話しすることは、どうか内密に願います。教会の重大な秘密に関わりますので」
教会の重大な秘密という言葉に誰かがゴクリと生唾を飲み込んだ音が、馬車のなかに妙に響いた。
「まず、メアリー様のおっしゃる通り、人の祈りによって魔力が発生するという説は正しい」
「では魔法とは…魔力は神から授けられるものではないのですか?」
「ほとんど正しいと言えますが一部に間違いがあります。神から人に授けられているわけではありません」
魔力というのは人の祈りによって発生する。
言い方によっては間違いではない。
正しく言うのであれば、祈りによって発生した魔力を人が吸い上げている、のだという。
「じゃあそこに神は関係ないってこと?」
「実際のところあまり関係はありません。しかし人には祈る対象が必要だ。なにか困ったときに縋るよすがが」
それは、自分のできる限りの努力を最大限にしたとき。
どうしようもない壁にあたったとき。
自分ではなんともしようがなくなったとき。
前世の真理にも経験があった。
受験のとき私は猛勉強した。自分の頭にこれでもかというくらいの公式と英単語を詰め込んで、脳みそを絞り回答用紙に書き込んだ。
やれる限りのことはした。
もう何もできることは無い。
そう思って合否発表の当日を迎えた。今もうできることはないとわかっていたけれど不安は抑えられなくて、どうにか落ち着きたかった。
同じような人は周囲にたくさんいた。
みんな普段は何の信仰もしていないくせにこういうときだけは都合よく言うのだ。
『神様、どうかお願いします』
この世界における神様もそういう対象だった。
「だから魔力も作物の実りも神が与えているものではない。人々の祈りと努力によってもたらされるものなのです。でもどうしても困ったときに神に祈る。そういうものなのです」
「うそ…」
エマとデイジーが真っ青な顔をしてクラウスをみた。信仰の厚いふたりには信じられないことかもしれない。お兄様ですら言葉を失っていた。
「でもそうなると教会って何のためにあるの?孤児院や学校のため?違うわよね?」
「元々教会という建物は大地に流す魔力の調整機関だったのです。はるか昔、スティルアート領が出来る前に大きな内乱がありました。ちょうどスティルアート家がこの領地を賜るきっかけになった内乱ですね」
知っているでしょう?というが、知っているもなにもさっき話にあったロリーヌ様にも関係する内乱のことだ。
「その当時は魔法や魔道具というのは今より軍事的な利用をされることが多かったのです。こんな祈るだけで簡単に膨大なエネルギーを得られる方法なんてそうないですから。
結果、内乱は魔道具で魔道具を破壊することになって泥沼化。結局様々な要因が重なって大きな犠牲の上に内乱は終結しました。
でも、時の皇帝は二度とこんな内乱は起こしてはいけないと各地の教会に大地に流れた魔力を集めて溜め、再度流すことができる魔道具を設置しました。
それが今の教会の本来の役割。だから教会を中心に魔力が濃いのは当然のことなのです」
「そう、だったんだ…」
さすがに私もそこまで考えてはいなかった。
教会になにか秘密があるとは思っていたけど。
教会は魔力を溜めるためのダムみたいなものらしい。そして適度な魔力が大地に流れるように調整して、争いの道具にされないように管理している、ということだ。
「しかしこれは教会の存在意義に関わること。どうか内密に願いたい」
膝に頭が付くんじゃないかってくらいクラウスは頭を下げるのでお兄様が慌てて止めに入った。
教会の、それも副主教が直々に話すくらいなのだから嘘ということはないだろう。
この話が外部に漏れたらよからぬ輩が教会の魔力ダムを使って何かを企むかもしれない。
なら秘匿していたほうが平和のためだろう。
「どちらにしてもその魔道具の場所は主教しか知らないし起動にも認証が必要だから知られたところでどうこうできるものではない…」
クラウスは頭を上げると、いつもの仏頂面に戻って溜息をついた。
たくさん話過ぎて疲れたのか、秘密を話して罪悪感に苛まれているのか。
仕事への責任感が強そうな人だ。好きこのんで話すとは思えないしこの話をきっかけになにか助けを求めているようにも思えた。
嘘をつかれている可能性はあるけれど、嘘なら隣でにやにやと笑うディーがなにか指摘するはずだ。
「人間っていうのはね、自分で発生させた魔力をそのまま身に取り入れることはできないんだ。取り入れるための器官を体に持っていて、それをゲートというのだけど、ゲートを介して魔力を取り入れている」
「じゃあディーが魔力を授かることを魔力が開くっていうのはそのせいね」
「なんだ、気づいていたんだ。その通り。7歳で教会で行う魔力を授かる儀式っていうのはゲートを開けるための魔法を使っているだけだよ」
「…じゃあもしかしてアレって金集めの手段だったりする?」
「正解」
聞きたくなかった。
そりゃあ何も起こらないはずだよ。神様からのお言葉とかなにか光が発生すると思っていた自分が恥ずかしい…。
お兄様もそれは同様だったみたいで、少しだけ残念そうな顔をしていた。
それぞれがそれぞれに、与えられた膨大な情報を整理している間に馬車は役所の正門に到着し緩やかに動きを止めた。
お兄様は全員にこの話は他言無用であること、もし情報が漏れた場合にはこの場にいる全員を処罰すると告げる。
全員が頷いたことを確認して私たちは馬車からおり、カルロスとブレインに出迎えられた。
「…」
「……」
「………」
「…………」
どちらともなくにらみ合い、膠着状態が続いている。
見かねたお兄様がちょんちょんと私の背中を突いて、ルーシーが私の背後からカルロスをギイっと睨み付ける。
「…この間は…その…悪かったわ…」
「イエ!ワタクシのほうこそタイヘンシツレイいたしました!これまでのロウゼキ、どうかオユルシください!メアリー様、バンザーイバンザーイ」
壊れたブリキの人形みたいに片言でメアリー様万歳と繰り返すカルロスはよほど怖い思いをしたらしく目に光がない。
「…影の方たちに連行されたことがトラウマになっているんだ…しばらくしたら落ち着くと思うからそっとしておいてあげて」
ブレインがカルロスの腕をひっぱって私の前から退けてくれる。ここ最近ときどき突然こうなるらしい。
私の顔をみてトラウマによるフラッシュバックが起こっているのかもしれない。
「休ませなくて大丈夫?」
「そんな暇は環境部にございません」
私の配慮はルーシーにすっぱりと切り捨てられた。
なんか、ごめん…。
環境部はあれからお父様の指示もあって増員して大所帯になった。
元いたメンバー3人がそれぞれ部下を抱えて領地内を飛び回っている。アラン部長は全盛期並みの部下を持つようになったのでやつれはしたけど元気にしているらしい。
とはいえ私とお兄様が来ているのに顔をだせないあたり、忙しさは推して知るべきだ。
「こちらでふたりを拾ってきちゃったから来てもらった意味がなくなってしまったわね」
「いえ、とんでもゴザイマセン。どうせ俺も監督たちに用事がありましたから」
カップラーメンにお湯を入れた後みたいに徐々に調子を取り戻したカルロスがちょんと指をさしたほうには、作業員へ支給品のつなぎを着たガタイの良い男性が10人ほどたむろしてなにか話していた。
「あぁ、現場監督たちね。何かあったの?」
「この間の新聞記者ですよ。ほかの作業現場でも見つかったらしくて工事の邪魔になるから対策を考えようってことになったそうです」
「最近は違う記者も集合住宅にも出没するらしくて困っちゃうよね」
「ふうん、そいつらに懸賞金でもかけようかしら?」
「メアリー、あまり大事にしないようにね」
お兄様は呆れたように溜息をついた。きっとゲームのアルバートはこうやってメアリーに振り回されていたんだろう。
「ところでアレは何?前はあんなものなかったでしょう?」
役所の建物の上の方に大きな鏡が取り付けられてた。よくニューヨークとか東京の街のど真ん中にいくつもあった…そう、テレビのモニターみたいなおおきいやつ。
まだなにも映像は映っていないのでおおきな鏡が役所に付けられているようにしかみえない。
「あれは教会からの依頼で付けたそうです。連絡鏡の技術を応用したそうですよ」
「へぇ」
「教会から神のお言葉を領民に伝えるためのものだそうで広場とか街の大きな建物に付けているそうです。
こっちの工事に便乗して領地内に増やしてるんですが、俺たちのほうに作業がうるさいだの資材が邪魔だの苦情が来て困ってます」
「あんな高価なものいくつも設置できるなんて教会はもうかっているのねぇ」
「なんでももうすぐ大金が入るとかって聞きましたよ」
大金、と聞いてクラウスと密かに目を合わせた。
頭痛を我慢していそうな顔をしていて、主教に対する呪詛を送っているのか口元が震えている。
「へぇ、あんなことに使うと思わなかったなぁ」
「ディー、あなた知ってるの?」
「知ってるもなにも、アレの設計図かいたのボクだからね。主教派の司祭がいい値段で買ってくれた」
ディーが教会でどういうふうに収入を得ていたのか知った瞬間だった。
「1つの連絡鏡から複数の連絡鏡と通信ができるんだけど、1台の鏡側からしか複数の鏡にしか映像を送れなくてさ、連絡用くらいにしか使い道がなかったんだよね」
「それってけっこうすごい発明だと思うのですが…!!」
たしかに役所に設置して業務連絡に使ったら便利そうだ。テレビみたいなものだと思うけど使い様によってはとても便利だと思う。売ったらけっこう儲かるんじゃないかしら。
「そうかなー??」
「街の中の鏡は光が教会に反射されるように調整されているらしいっすよ。いくらかかっているんでしょうねぇ…」
「え…それって…」
ふいになにか、カシャという小気味いい、懐かしい音がして周囲を見回した。
「あ!あいつだ!!例の!」
「え?!」
役所の正門の物陰に小柄な体躯に帽子を目深にかぶってカメラを構える人がいて、バレたと分かるとすぐさま走りだした。
「あいつが例の記者っすよ!」
「すぐ追いかけて!捕まえなさい!!」
「おう!!」
威勢のいい野太い掛け声がして現場監督たちが駆け出した。新聞記者と思われる人は追ってがあるとわかるとスピードを上げて走り出す。
が、私の声に反応したのは監督だけではなかった。正門の壁、民家の生垣、馬車の上、裏路地から黒い服を着た怪しい人がぞろぞろと現れえて新聞記者を追う。
スティルアート家の影の騎士だ。
「ヒイッッ!!!」
カルロスが小さな悲鳴をあげて動かなくなった。最早トラウマとかそういう次元を超えていないだろうか…。
「なんだか可哀想なことをしたわね」
「そう思うなら危険な行動は控えてね。お父様は最近メアリーが情夫を作ったとかで結構神経質になっているんだ」
ため息交じりに私の肩を叩くお兄様に言われて、私は少しだけ納得した。
最近影の騎士が活動的なのはそのせいか。
「そういえばどうしてあの人が記者ってわかったのかしらね」
背格好だけなら子どもも同然なくらい小柄だった。パッと見ただけだとどこかの子どもが工事現場に忍び込んだとしか思わないだろう。
「あのカメラだよ。今時静止画のカメラを使うっていったら新聞記者くらいだから」
「あぁ、なるほどね」
連絡鏡をはじめこちらの世界では日本と発展具合が大きく違う。
中世ヨーロッパみたいな暮らしをしているのに妙に魔道具のせいで文明じみているのだ。
それはたぶんゲームの製作スタッフがあまりに中世に寄せると乙女ゲームに相応しくないからという判断だと思うけど…。
こちらの世界では静止画より動画が主流で、家族写真ですら魔道具を組み込んだ動画みたいなものになっている。常に魔力を流さないといけないから普段は鏡になっているけど。
一方で貴族たちは財力の象徴として家族の肖像画を描きたがる。
ご婦人方が顔や肌の修正を加えるのに静止画や動画よりも簡単で、かつお金のかかる肖像画はお金持ちの自慢の一つなのだ。
そのため静止画の写真はあまりみかけないのだけど、数少ない静止画主流の業界が新聞や雑誌の業界だ。
コストが安くて刊行頻度が高い新聞や雑誌には静止画が多く使われるので、静止画のカメラを持って走り回っているといえば新聞や雑誌の記者を思いつく。
ちなみにカメラの形は日本の一眼レフとそんなにかわらない。あれが魔道具になっているらしい。
「それほど捕まえるのに時間がかからないと思います。地の利はこっちにありますから」
監督たちはこの街を誰よりもよく知っている。そのうえ現場で培った底なしの体力がある。たかが人一人捕まえるのに雑作もないだろう。
やがてどこからか断末魔の悲鳴が聞こえて、さっきの記者が捕まったことがわかった。
果たして捕まえたのは影の騎士か監督か…。
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季節は流れて秋が近づく。
なんだかよくある漫画の最終回みたいだけど最終回ではないので安心頂きたい。
夏の終わりと冬の訪れを感じさせる肌寒い風がスティルアート領を吹き抜け、収穫祭の準備でもはじめようかと役所では言っていた。
こちらの世界の冬は基本的に家に籠りがちなものらしく年内最後の大きな行事である収穫祭をそれはそれは盛大に行う。
街をあげてのお祭り騒ぎなのだ。
とはいえ私たちが行くと領民たちが気を使うので行くならお忍びかバレないようにするとお兄様が話していた。
この収穫祭が終わると冬になるわけだけど、家に籠るということは商会の売り上げはガタ落ちだそうでお母様が嘆いていた。
こちらの世界にはクリスマスはないらしい。…まぁ宗教違うから当たり前なんだけどさ…。
「そういうわけなんだけど、教会で何か行事ってないの?」
『あるわけないだろう。こちらは収穫祭と生誕祭の準備で忙しいのだ。用事がないなら連絡を寄こすな』
数日ぶりにクラウスに連絡を取るが、本人は迷惑そうにシッシと手で追い払われた。連絡鏡が拾う音にも背後の雑音が混ざっていて慌ただしそう。
「生誕祭?なにそれ?」
『あぁ、今年から神の生誕を祝う行事を復活させることになったんだ。その準備だよ』
「へぇ~、そんなものあったんだ」
そういえばラブファンの一大イベントで生誕祭ってあったなぁ~。飾り付けされたダンスホールで踊るのよね。ルートによってはこのイベント発生しなかったりするけど。
『全く迷惑な話だ。教会内部でしかしないというのに主教が見栄を張って一部の貴族を招こうとか言いだすし…』
眉間に深々と皴を刻んで頭痛を堪えるように指先を額に当てている。どうせまた寄付金集めのためのイベントをやると言い出したのだろう。
こちらからのお気持ちを遅らせているので街中に設置したモニターの支払いに困っていると噂で聞いた。
「じゃあやっぱり収穫祭より先にやってしまったほうがいいかしら?そのほうが気持ちよく収穫祭を迎えられるし生誕祭より後だと年が明けてしまうわ」
『私が死にそうなスケジュールだが…まぁいたしかたないだろう。そちらの準備はいいのか?』
「十分よ。お父様が週明けにお戻りになるから最終的な段取りはそれからだけど…」
『構わん。どうせ主教はしばらく教会にいるから』
連絡鏡の隣に詰まれた手紙の山をみる。連絡鏡という方法が主流だけど、証拠を残したい場合は未だに手紙という手段が使われるのだが、これは全て主教から教会に参られたしという招待状だった。
どうせ用件は想像がついているのでぎりぎりまでひっぱるつもりでいたけどそろそろ限界だろう。
「わかったわ。こちらの準備が整い次第また連絡する」
『あぁ』
これで準備は整った。
あとは決行するだけだ。




