47’.8歳 元教会の医師
「あ、院長の診察時間が終わったようですね。あちらの応接室にご案内いたします」
看護師に誘導されて診察室の奥の応接室という部屋に通された。
そこには既にノース医師と名乗る高齢の男性がいて私たちを出迎えてくれた。
既にお歳を召しているだけあって頭は綺麗なものだけど手入れはされているようだった。着ている白衣は使い込まれた雰囲気があるが洗濯はされているのか汚れはほとんど見られない。
突然の来訪者である私たちをほっこりとした朗らかな笑みを浮かべ歓迎してくれた。
そうだよ、これが医者。ドクターといえばこういう人をいうんだよ。
どっかの清潔感がまるでない自称ドクターとはわけがちがう。
「やはり先生だったのですね!お久しぶりです」
「アルバート様。こちらこそお久しぶりです。お礼に伺えず申し訳ございません」
「そんな…!僕こそ顔も出さずに申し訳ありません…」
「お兄様、こちらの方とはお知り合いで?」
「うん、さっきも言っていた孤児院で何度かあったことのあるお医者様だよ。
もともと教会にお勤めだったんだけど教会から辞めることになってしまったとき丁度街のお医者様がいなくて困っていたからこちらを紹介したんだ」
「まぁそうでしたの!」
「ゆくアテのなかった私を救って頂いたのはアルバート様のお陰です。本当にアルバート様がいなかったらどうなっていたことか…」
教会を追い出された医者がいるってクラウスが言っていたけどそれってもしかしてノース先生のことだったのかな?
「あの、教会で孤児院以外にも診察ってされていました?」
「えぇ、もちろん。教会病院が勤め先でしたから」
「…もしよろしければどうして教会をお辞めになったのか教えて頂けませんか?」
私が神妙な顔をしてお願いすると、ノース先生も眉をひそめた。
場合によってはノース先生からも教会の情報を引き出せるかもしれない。
「それはメアリー様からのご命令ですか?」
「…どういう意味ですの?」
「私はあまり人には言えない理由で教会を追い出されました。場合によっては教会によって何かしらの制裁を加えられていたかもしれません。
幸いアルバート様がこちらを紹介してくれたことで事なきを得ましたがもしそうでなかったらどうなっていたことか」
つまり言いたくないけど命令なら仕方ないということか。
誰かに現状をなんとかしてほしいが教会への義理立てか辞めるときに秘密保持の約束でもさせられたのだろう。
日本でも良くあった話だ。
「エマ、人払いをして頂戴。ルーシー以外全員外してもらえるかしら」
「は、はい…」
ほとんどノース先生は答えを言っているようなものだけど、教会で働く医者でありながら彼は教会の気に障るようなことをした。
金にがめつい教会で教会の気に障ることと言ったらなにか教会の重大な秘密と相場が決まっている。
エマとデイジー、看護師たちが部屋から出て行ったことを確認してルーシーに目配らせをした。
「メアリー様は今、教会に保護されていた移民たちを雇って公共事業をなさっていることはご存知ですか?」
人払いをしたことで私が興味本意で聞いているわけではないと理解してもらえたみたいで、ノース先生は口が軽くなった。
「えぇ、もちろん。街の衛生状態が良くなったので医者としてはありがたいばかりです」
「しかし教会の病院にもまだ多くの移民がいると聞いています。教会は頑なに病院へは入れてくれないのですが先生は何かご存知ではありませんか?」
教会はまだ体力のあって動ける移民が教会を出ていくことには何も言わなかった。
だが移民たちから体調を崩した家族が病院に連れていかれそのまま帰ってこなくなったという報告が何件もあった。
そのうち病院にも連れていかれなくなって病を発症していても何の処置もほどこされないまま息を引き取った者もいたという。
「それは…」
瞳が揺れた。
この医者は何か知っているに違いない。そして教会が隠している病院の秘密によって教会を追い出された。
「先生、僕からもお願いします。メアリーは教会の移民たちを救いたいのです」
優しいお兄様が真摯に先生に頭を下げるので、慌てて先生はお兄様に頭をあげてくださいと懇願した。
お兄様…ごめん…私に移民を助けたい気持ちなんて1ミクロンもないのです…全てはある目的のためなのです…。
「あ、アルバート様!おやめください!!」
「しかし先生がお話したくないことを無理に聞き出そうとしているのは事実。このくらい当然です」
「わかりました…わかりましたからどうか頭をあげてください。恩人であるアルバート様に頼まれては仕方ありません…全てお話しますから…」
「まぁ!ありがとうございます」
お兄様から思わぬ助力をもらって私は内心ほくそ笑んだ。
利用できるものはすべて利用しないと。
「全ては、移民たちが持ち込んだ原因不明の病にありました…」
「病…?」
そういえば最初に会ったころディーもそんなことを言っていたな。
移民たちを手当たり次第に保護した教会はある問題に直面した。移民たちを置いておく場所がないのだ。
元々教会には身寄りのない人を保護する宿舎はあるもののそこはあっという間に満室になり、移民たちの間では感染症が流行り何人も命を落とした。
原因も感染経路もわからない病を教会から出すわけにはいかず、また教会でそのような病が流行っていると知られるわけにもいかない。
教会は患者を外部に出すことも外部の医師を入れることも拒んだ。
ノース先生をはじめ医者たちも手をこまねいていたわけではない。原因を探ろうとしたものの全く原因はわからないままだった。
移民たちが最初強い臭いを発していたことから感染経路は臭いにあるのでは、と考えマスクをするようになるが、移民たちにマスクを行き渡らせることはできず医者たちが診察のときに付ける程度だった。
通常の治療では治らないと判断したノース先生はある薬の開発に成功する。それは教会周辺で穫れる魔草とある物を使った新薬であったが教会はそれの治療を許可しなかった。
既に何人かに投与し有効性は確認されているにもかかわらず、教会は許可しなかったのだ。
「どうして…」
お兄様が心痛な面持ちでノース医師に聞く。私はなんとなくその答えがわかっていた。
「教会は病は神への奉仕によって克服されると説いていました。私が開発した薬によって治ってしまうと神への信仰が薄れてしまうと考えたようです」
「だからって…治る患者を見殺しにしていいはずがない!」
「おっしゃる通りです。
私は教会に報告せずに投薬をつづけました。しかしそれが主教派に知られてしまいあとはアルバート様のご存知の通りです。あの時は本当に命を救われました」
「…」
「…孤児院の先生や司祭の人たちは教会が過酷な環境にあるのは試練だとおっしゃっていました。それは嘘なのでしょうか?」
「それはわかりません。もしかしたら本当かもしれないし私が助けた人たちは神の怒りに触れて罰が下されるかもしれない。
でも私は命を助けたことを後悔はしていません。だからアルバート様もご自身で何が正しいのか見極めるとよろしいかと…」
ノース先生は静かにそういうとそっと目を閉じた。
しかしまぁ…本当に教会って…。
「ノース先生。そのお薬、まだ作れますか?」
「えぇ…もちろん。魔草は必要になりますがもうひとつの材料はすぐ集まりますから。魔草も教会の近くや、あぁ、なんならこの病院の敷地内にも自生しています」
「え?病院の周りにも?」
「はい。あとはたまに広場にも生えていますね」
「…もしかして南区の賭場あたりにも生えていませんか?」
「南区は行ったことはないのでわかりかねますが…」
「あの…もしよろしければその魔草みせていただけませんか?」
ルーシーが控えめに手をあげる。
「こちらですよ」
先生は応接室の窓際に置いてあった植木鉢を持ってくる。
そこには何の変哲もない雑草のような草が生い茂っていた。深い緑の葉は植木鉢からはみ出そうなくらい元気の伸びている。
「ようやく最近栽培方法がわかりましてね。魔法石を土にいれてやると成長するようなのです。こいつが生えている場所に魔法石がよくみつかるので試してみたのですが」
「あ!これ賭場の前にも生えていました!」
「本当?!」
「えぇ…間違いありません。広場でもよく見かける植物ですが魔草だったなんて…」
「魔草ってなんなの?」
こちらの世界にはファンタジー世界でお馴染みの魔獣は存在していない。
前世の世界と同じような動物がいるだけだ。だからこそ動物園が作れるわけなのだけど、よく考えたら魔獣はいないのに魔草があるっておかしくない?
「魔草っていうのは魔力を帯びた植物のことだよ。ふつうの植物と違って魔法式が組み込めるんだ」
「へぇ」
お兄様は既に勉強してしっていたのか、得意顔で説明してくれた。アルバートも攻略キャラというだけあって頭はいい。
「あの…移民たちの間で今病は流行っていますか…?」
「そういえば話は聞かないわ。どうなの?ルーシー」
「私たちに上がっている報告では感染症が流行っているという話は聞いていません。もし移る病気なら作業員たちの間ですぐさま流行るはずですから」
作業員たちは同じ集合住宅で暮らして同じ場所に出勤している。
何かしらの感染症に罹ったらひとたまりもないだろうし何人も仕事を休んだら報告が上がってくるはずだ。
「そうですか…よかった…」
先生は先生なりに移民たちのことを気にかけていたらしい。その様子をみてお兄様も少しだけか肩の力を抜いた。
「ねぇ先生、私先生にお願いありますの」
「お願い、ですか?」
「はい。移民たちの間で流行っている感染症の原因を探っていただけません?万が一にでも領内で同じ病が流行ったときのために」
「僕からもお願いします。領地を預かる身として黙って見過ごすわけにはいきません」
「わ、わかりました!」
「あと、教会の病院でみたことを何一つ漏らすことなく報告書に上げてください。できれば魔法署名入りで」
「ま、魔法署名入りですか?」
「えぇ。お父様にも是非報告したいのです。よいですか?何ひとつ漏らさずに、たとえ教会に不利なことであろうと、ですよ?」
「…」
先生は声にこそ出さなかったけれど私が言いたいことを理解したのか息をのんでゆっくりと頷いた。
教会は病で亡くなった人たちを見殺しにした。
打てる手段があったにもかかわらず、信仰のために治療をしなかったのだ。
しかし私の予想では治療にお金をかけるくらいならほかの移民に病を移す前に死んでくれたほうが節約になったと考えたのではないだろうか。
信心深いスティルアートの住民とはいえ治るにも関わらず家族を見殺しにされたとあればどう反応するだろう?
このことを魔法署名入りで領主に報告するということは告発に近い。
私がそれを命じたということはつまり何が目的か、ノース先生は気が付いているみたい。
「さて、では私たちはそろそろ行きましょうか。長居しすぎましたわ」
「そうだね。では先生、また遊びに来ますね」
「はい。いつでもお待ちております」
再び乗り込んだ馬車の中で、私たちは再び顔を突き合わせる。
「魔草が多いところに魔法石も多いってどういうことだろう…?」
「両方とも魔法式は組み込めますが…」
「あら、この2つなら共通点はあるじゃない」
「え?」
そもそも魔法石や魔草はあるのに魔獣がいないという時点でおかしいと思っていたのだ。
植物や石と動物の違いはパッと思いつくだけでたくさんあるけれど、難しいことを考えずに答えをだすならこれだ。
「魔法石や魔草って土の下から生えてくるじゃない。もしかして魔法石や魔草が多いところには魔力が多いのではなくて?」
神の恵みは地面を通って私たちにもたらされる。魔力だって例外ではないはずだ。
「あぁ…確かに言われてみればそうかもしれないね…でも教会はまだしもどうして病院や賭場の周辺なんだろう…」
「そうですね…。この場所の共通点…」
「うーん…」
頭を悩ませているとき、エマが持っていた連絡鏡がけたたましい金属音を立てた。この音は…
『やぁ!お嬢様!そっちはどうだい?』
連絡鏡に映っていたのは未だに見慣れないディーだった。瓶底眼鏡ではないので顔がいまいちピンとこない。
「どうもこうも…魔法石が多い場所に魔草があって、そこに魔力が溜まっているのでないかって話をしていたところよ…。あ、そういえばノース先生って知ってる?」
『えっ!?知っているもなにも…元同僚!あの人教会に殺されたと思ってたのに生きてたの?!』
ノース先生のことはディーですら知らなかったらしい。
お兄様は相当うまくノース先生を教会から匿ったみたい。
「お元気そうに街で医者をされているわ」
『うわ~!本当かい!?』
「えぇ。私の優秀なお兄様が助け出していたのよ。さすがお兄様だわ」
『アルバート様が?さすがだね!お嬢様と違って優しい!』
もっと褒めなさい。私の自慢のお兄様よ。将来は玉の輿確定の優良物件なんだから。
お兄様をチラリとみると、恥ずかしそうに顔を赤くしながら頭をかいていた。
「で、そっちはどうなの?魔法石に違いはあった?」
『全然!ふっつーの魔法石だった!』
「なによそれ…」
『まぁ取れた魔法石に違いはないってことがわかっただけでも成果だよね。実験ってそういうものだよ。ちょっと魔法石が取れた場所から魔草も見つかったって話詳しく聞きたいから合流しない?』
「そうね。少し話を整理したいわ」
「では環境部に行きませんか?そちらでしたらカルロスさんやブレインさんがいますから何かわかるかもしれません」
「そうね…じゃあ役所に集合ってことで。ディーたちは環境部に行ったことないから役所で誰か迎えに行くよう伝えてちょうだい」
「わかりました」
カルロスに会うことは少し憂鬱だった。この間の件はさすがに一言いっておかないとまずいだろ。
「はぁ…」
「メアリー、どうしたの?」
「いえ…この間ちょっと悪いことをしてしまった相手に今から会わないといけないので…」
「何があったかは知らないけどそういうことは早く謝ってしまったほうがいいよ。後になるともっと気まずくなっちゃうから」
「はい…」
お兄様に背中を押されてもう一つ溜息をつく。
悪役令嬢らしく自分に非はないと言い切ることはできるけど、今後を考えたらあまり得策ではないだろう。




