46’.8歳 現場調査
ディーとクラウスをスティルアート家ですることになったのでディーだけは我が家の敷地に引っ越してくることになった。
クラウスはまだ教会で仕事があるし私たちとしてもクラウスには教会にいて情報をまわしてほしいので丁度いい。
その代わりスティルアート家の影たちが何人かクラウスの護衛にあたることになる。
彼らはクラウスが二重スパイではないか見張る役割もあるのだけどね。
ディーのほうはもとから教会から疎まれていたらしくて引越し先を探していたらしい。
…まぁ医者って名乗っておきながら仕事しないで研究とか実験ばかりしていたら追い出されるよね…。
今後の段取りが決まったところでお母様が商会の仕事があるため退席、お父様とお兄様は残られて街から見つかった魔法石の話になる。
「こちらが魔法石がみつかった場所の分布図です。点が濃い場所ほど魔法石が多く見つかっています」
そう言ってルーシーはテーブル一面に街の地図を広げた。街の全体図は初めてみるが、丸い広場を中心に放物線上に広がっていて、全体的に円形の作りをしてた。
「ちょうど街の北側、川の上流があるほうに貴族の方々が住まう北区があります。教会は街と北区の中間ですね。
そしてこのスティルアート邸と役所はまたその上部にあります。魔法石が最も多かったのはこの教会、北区と中央の広場です」
ルーシーが順番に指し棒で示すと、平面だった地図が建物の形の映像を写しながら立体的に飛び上がった。薄ぼんやりとしていてホログラムのようだ。
それの魔法に合わせて教会周辺と中央広場の点がちかちかと光り出した。
これも魔道具だったらしい。
「あとは街の病院に…ここはなんだ?」
お父様が怪訝な顔をしてある南側の小さな四角を指さした。
ほかの場所は何が建っている場所が示してあるのにそこだけ何も書かれていない。教会や病院の次くらいに点が濃くなっているが南側はそこだけしか点が付けられていなかった。
「あっ…そこはえーと…違法賭場です…」
ルーシーは視線をそらしながらいいよどむ。気軽に答えやすいものではないのだろう。
「なるほどな。多少は目こぼしをするが要注意箇所としておこう」
「これって全部土の中から見つかっているんだよね。地面を掘ってどれくらいの位置とかってわかる?」
「下水工事のときにみつかったものなのでそれほど深いところではないと思います。正確な深さは工事担当の者に聞けばわかりますが…連絡をしましょうか?」
「いや、おそらく深さは関係なさそうだ。それより本当にバラバラだね」
地図をみながら全員が首をひねった。
お兄様も真剣に地図を眺めては長さをはかったり指先でつなぎ合わせて図形を作ったりしていた。
「この場所でなにか行事とかなかったかい?」
「いえ、街があんな状態でしたから街では行事は行われませんでした。昔ですと広場で収穫祭や市場をしたのですが…」
「収穫祭?」
「はい。秋になると作物の実りを祝ってお祭りをするのです。あぁ、そういえばよく収穫祭の後は魔法石が取れましたね」
ルーシーが私の背後に構えるエマに視線を送った。
そういえばエマは街の出身だったっけ。
エマは自分も主たちの話に加わっていいものか迷って私は小さく頷く。
「はい。私どもの子どもの頃はよくお祭りのあとになると魔法石を拾って教会へ持ち込みました。それで教会から菓子がもらえたので…そういう意味ですと広場のお祭りだけでなく街以外のお祭りでも魔法石はみつかりました」
「じゃあ場所は関係ないのかしら?」
土地になにか秘密があるのなら一か所に密集しているのはおかしい。むしろ魔法石がみつかった場所で何があったかをみつけたほうがよさそうだと思った。
「教会でも礼拝の後はよく魔法石がみつかったな。孤児院の子どもたちが集めてまわっていたぞ」
「お祭りや礼拝の後ってだけなら神様の関係ってことなのかもしれないけど、それなら病院や賭場で魔法石がみつかる意味がわからないわ。
病院はともかく…賭場…って…。しかも賭場からはけっこうみつかっているのでしょう?」
「はい。それもかなり上質な魔法石がみつかったそうです」
「うーん」
教会、病院、広場、賭場にその他。
これってなんの共通点があるかしら…。
「そういえばふつうの民家のところでも魔法石がみつかったところとそうでないところがあるけどどうしてだろう?」
お兄様が街の住居区画を指さした。
たしかに量は多くないもののある家では魔法石がみつかっているのにその隣をはじめ周辺の家では見つかっていない。
「本当ですね…」
「調査ミスかしら?」
「それは無いと思います。現場監督が2人がかりで調査したと言っていましたから」
「ねぇ、もう街は綺麗になったんでしょ?なら今からこの場所に行ってみないかい?何かわかるかもしれないよ」
「たしかにそれはいい考えですね。私も工事が終わったあとは街に行っていませんから」
お兄様の提案に乗っかってふたりでお父様に許可を求めるようにチラリと伺ってみる。
お父様は両腕を組んで何か考えるように黙っていたがたっぷり5秒ほどの沈黙を経て、日が落ちるまでに帰るようにと許可をくれた。
「ならボクらは見つかった魔法石をみせてもらってもいいかい?なにか違いがあるかもしれない」
「私もそちらに同行させてもらおう」
ディーとクラウスは街ではなく魔法石を見に行くらしい。ルーシーが環境部に連絡を取って段取りを整える間に私とお兄様は外出用の服装に着替えた。
私たちが用意を整えた頃にはお父様とディーたちはご挨拶を終えたようで先に魔法石を保管してある倉庫に向かったらしい。
かくして私は久しぶりに街へと繰り出した。
「僕実際に街を歩くのは初めてなんだ!少し楽しみだな」
お兄様はそう言って楽しそうに目立たない馬車に乗り込んだ。
領地と王都の往復が多いお兄様は街にあまり出たことがないらしい。そうでなくてもあんな状態だったから行くと言っても周囲が止めただろう。
「街は清掃も終わっているとのことですので大通りであれば歩いて問題ないと思います。しかし問題は南区の賭場ですね。あのあたりは治安が悪いですから…」
「南区へ行くときは歩かないで馬車を使いましょう。裏道には入れませんが表の通りなら馬車越しにみるくらいはできると思います」
エマの提案で私たちはそのまま南区から街に入ることになった。
街の出身という事だけあってエマの道案内は完璧で、御者にどちらの道から入れば危険が少ないかとか、馬車が入りやすいかを伝えている。
一方でお兄様は窓から街の様子を真剣に観察していた。
「街ってこんなふうになっていたんだね…知らなかった。まだこんなに浮浪者がいたんだ…」
「彼らもほかの領地からの移民と聞いています。ほかにも病に侵され働くこともままらなない者もいると聞いています」
「そんなことになっていたんだ…全然知らなかった…」
これでもだいぶマシになったほうなんだけどなぁ。
街は最初に来た時よりもとても綺麗になった。
至るところにゴミの分別や捨て方を示したポスターが貼られるようになって下水が整備された。汚物を窓から投げ捨てる者は激減、最近では投げ捨てると非難されることもしばしばらしい。
ゴミの収集日には早朝に回収する業者が街を回って郊外の処分場に持っていく。下水も郊外の浄水設備に集められ魔道具で処理してから川に流す。
とはいえすぐにすべてが解決するわけではないのでまだ街にはポイ捨てが横行しているらしい。
「こちらです。そこの建物が賭場です」
これだと言われた建物は一瞬どこだかわからなかった。
同じ作りの家が立ち並ぶ通りの一つ。どれも同じような家に見えて区別がつかないし、どの家もふつうの民家にしか見えなかった。
「どれ?」
「この真正面の窓に黒いカーテンがかかっている家です。中に入ると見張りの男が立っていて会員以外入れないようになっています」
「へぇ…」
会員制の違法賭場か。よくゲームでみたやつだなぁ。
ゲームだとそういう場所に忍び込んで秘密を探ったりかけ事に参加したりっていうイベントが発生するんだよね。
ラブファンでは見ないイベントだったけどほかのゲームでみかけた。
前世の知識を生かしとぼけて違法賭場への潜入する算段を立てているとまるでその考えを見越したようにルーシーとお兄様が背後から釘を刺してきた。
「先に言っておきますけど決して中に入ろうとはお考えになりませんように。たとえ子どもであろうと立ち入った者には容赦しないのがあの場所です」
「メアリー、僕はお父様からメアリーが勝手なことをしないように見張っているよう仰せつかっているんだ。あまりお父様を心配させないで」
「は、はい…」
ふたりから釘を刺されて私はあえなく撃沈する。
そこまでして無茶をする気はなかったし危険を犯す必要もないのでここはおとなしくしておくことにする。
やがて違法賭場のドアが開いて中から男が3人程出てきた。全員平民の服をきていて顔が赤い。
お酒でも飲んでいたのだろう。あまり明るい顔をしていない3人は追いたてられるようにドアが閉まると項垂れて地面をガンガンと叩き始めた。
「あぁ~今日からどうやって暮らせばいいんだよー!」
「オレ有り金全部スッちまったんだ!!」
「ちくしょー!神様!!不幸なおれ達にお恵みをぉー!!」
…そんなこと言われても神様だって困るだろ。
負けたのだろう。
男たちは天に向かって両手を合わせると神様ー!と声を上げた。
ふだんは神に祈ることなんてなかろうにこういうときだけ都合のいい奴らだ。
神様には是非普段から信仰の厚い人たちに恵みを届けて頂きたい。
「…ふつう会員制の違法賭場って表に出ないものなんですけど、この場所はこういうマナーの悪い客が外で騒ぐので知っている人はけっこう多いのですよね…」
「あぁ、なるほど…それで…」
ルーシーもエマも知っているわけだ。有名な場所なのかしらね。
「王都の貴族の間でもかけ事って流行っているけどそんなに面白いのかなぁ…」
「お兄様、かけ事にしてもお酒にしてもゲームにしても適度なくらいがちょうどよいのです。できれば関わらないことが一番ですわ」
前世でゲーム中毒だった私が言うのだから間違いない。
私の人生はラブファンによって変わったと言っても過言ではない。ラブファンによって人生の糧を見出し財産の全てをラブファンに注ぎ込みラブファンのために死んだのだ。
でも、できれは愛着のある攻略キャラたちには真っ当な道を歩んでもらいたい。
ギャンブル中毒になった攻略キャラとか絶対に嫌だ。
「次に行きましょう」
「はい、病院ですね。こちらは街の中心にありますし治安のいい地域ですので街を歩くこともできますよ」
「そうなんだ!」
お兄様は弾むように声を上げると上機嫌に窓から外を眺めた。お兄様は聞き分けの良いほうなので私のように街に行きたいとかわがままは言わないのだ。
こういう自由の効くお出かけは珍しいのかもしれない。
馬車はゆっくりと3階建ての病院の前に停まった。
そこはまさに町医者というにふさわしいこぢんまちとしたつくりになっていてドアには『ノース診療所』と書かれた年期の入った看板が下げられている。
「え…ノースって…」
「ご存知なのですか?」
「うん…名前が偶然同じだけかもしれないけど孤児院で何度かあったことのある先生。いい人だよ」
「へぇ」
孤児院ということは教会の関係者だろうか?でもだとしたらなんで街で病院なんてやっているのだろう?
エマが受付に何か話すと、看護師は驚いた様子をみせるものの病院の中を案内してくれることになった。
「院長は今診察中ですがもうすぐ午前の診察が終わりますのでこちらにお越しになるそうです。そのあいだに病院の案内をいたしますね」
お兄様は愛想のいい笑みを浮かべて看護師のあとにつづく。私もそれにならって大人しく着いていく。
「1階が待合室と診察室、2階と3階が病棟になっています。うちではお産で入院されるかたもみえます」
「え?お産ですか?」
看護師の説明に驚いたのはルーシーのほうだった。
「どうしたの?」
「あ、はい…ふつう病院では出産の処置はしないのです。助産院や自宅で出産しますから」
「そうなんだ」
前世の世界ではふつうに病院で出産もしていたから珍しいとは思わなかったけどこちらの世界ではまだ助産院が主流らしい。
「そうですね。一般的には助産院で産婆がお世話してくれますが院長の方針で最近始めたんです。誰しも順調に生まれるわけではないからって」
こちらの世界ではまだまだお産は命がけだ。
それに関しては前世の日本でも変わらないかもしれないけど医療も日本ほど発達していないこちらの世界では出産で母子ともに命の危険に晒されることも珍しくない。
「だから医師が付いてサポートするのです。処置が早ければ助かるケースもありますから。ほら、ちょうど妊婦のかたですね。あれは…破水されたみたい…」
「はすい?」
賢いとはいえまだお兄様は11歳。出産がどういうものか知らないのだろう。不思議そうな顔をしている。
…私も知識程度にしか知らないけど…。
看護師が視線を送ったほうをみると、ゆったりとした服を着た女性が大きいお腹を抱えて受付に飛び込んできたところだった。
夫と思われる男性はおろおろとしていて、よっぽど女性のほうが落ち着いている。
受付の女性はすぐさま看護師を呼んで、今度は看護師に肩を借りながら女性は奥へと進んでいった。
「奥に分娩室があるのでそちらに向かったようですね。旦那さんはできることがないのでこちらで待機です」
男性は待合室の椅子に座って落ち着きなく足を小刻みに動かしたり、そわそわしていていた。
そのうち両手を組んで何かに祈るようにじっとしていた。小さく神様、と祈っているようだ。
「奥様が心配?」
私はつい気になってその男性に声をかけた。お兄様が制止する声が聞こえるけど無視する。
「え…は、はい…そりゃ…初産ですし…」
急に子どもに声をかけられ驚いたのか男性は少しだけ戸惑っているような、怯えているような複雑な顔をしていた。そんなに怖がらなくてもいいのに…。
「きっと元気な子が生まれるわ。心配なら奥さんの手でも握ってあげなさい」
「…は、はい」
こちらの世界では立ち合い出産はあまりしないらしい。日本では珍しいものではなかったけど細かいところで差を感じた。
「あと産後の奥様をよく労わりなさい。命がけであなたの子を産んでいるのだから」
「は、はい!!」
そういうと、男性は転びそうになりながら廊下を走って行った。
「メアリー…あまり平民たちを怖がらせたらいけないよ…」
「どういうことですの?」
「たぶんさっきの彼は領主の娘とは気づいてなくても自分が声もかけられないくらい上位の貴族だってことには気づいているはずなんだ。
不用意に声をかけられたから何か興を買ったんじゃないかって怖がっていたじゃないかな?」
「あら、そうでしたの?気づきませんでしたわ」
お兄様は小さく溜息をついて、次からは気を付けようねとだけ言った。
私が怖がらせる目的で近づいたわけではないとお兄様だって知っている。
貴族としてのマナーが悪かったとは思うけど、領民を気遣った私の気持ちは否定しないでいてくれた。




