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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
55/132

44’.8歳 ホウレンソウ、できてない

なにか勘違いをされているみたいだけど、ディーをお父様に紹介する日がきた。



クラウスも一緒に来るということでそのことをお父様にお話ししたら一瞬遠い目をしていた。


お母様の話でもわかるようにお父様は何か勘違いしているみたいだけどなんなんだろう…。




応接室には私と困惑顔のお兄様、何か楽しんでいるお母様、これから戦争にでも行くのではないかという気迫のお父様になぜかルーシーまで同席していた。


どうせディーに魔法石の話をするのは午後になるから遅出でよかったんだけどなぁ…。



「メアリー」


「はい」


お父様が両腕を組んでどっしりと重く口をひらく。その一挙手一投足にお兄様が小さく振るていて、可哀想…。



「その…紹介する男はディーとクラウスと言ったか?どういう男たちなのだ?」


「ディーは前回お話した通りです。名前も身元もほとんど教えてくれません。言いたくないことをわざわざ根掘り葉掘り聞く必要もありませんしどうせ身辺調査はお父様にして頂いた方が確実ですからねお任せします。


クラウスは…まぁかっちりした人ですよ。教会の副主教をしているくらいですし」



「教会の副主教だと!?最近よく教会に出入りしていると聞いていたがそいつらが目的なのか?!」


「え、えぇまぁ…」


遠からず目的にはなるのかなぁ…移民たちの求人の件で打ち合わせとかしたし。



「メアリー…メアリーはオーギュスト殿下の婚約者になるのだよね…どうして…」



アルバートお兄様がおろおろと困ったように眉をへの字にしている。でも私は質問の意味がわからなくてきょとんとするばかりだった。


「当然ですわ。それがなんだと言うのです?」


私も困ってしまいお母様に視線を向けると、お母様は小さく震えながら扇子で顔を隠していた。


傍から見たら何かに嘆いて泣いている顔を見せまいとしているようにみえるのだろうけど、そうはないことはお母様の先日の態度から予想できていた。



これは必死に笑いを堪えているのだ。

淑女が殿方の前で大笑いするわけにいかないから必死で堪えているに違いない。



この場で全てを把握しているお母様からの援護が頂けないので諦めて流れに任せることにした。



部屋全体を張りつめた空気が支配し始めた頃、執事がドアをノックし来客を告げた。


「入りなさい」


お父様が威厳たっぷりに入室を促し、ドアは音を立てることなく開いて来客が姿を現した。



来客たちは慇懃に膝を折ると無難な挨拶をして今日の招待を感謝する言葉を述べる。お父様も尊大にそれを受け入れ来客たちに着席を促した。



そして私はもっと別の疑問が頭を占めていて、ほとんど挨拶の文句も聞いていなかった。



「誰?」


「え?ディーさん…ですよね…?」


それは背後に控えるルーシーも同様だったようでふたりしてきょとんと首を傾げた。


「誰って…ディーですよ。先日お名前を賜ったばかりではありませんか」


「何?!メアリーは名前まで与えたというのか?」



食いつくところが違うお父様と、


ついに笑いがこらえきれなくなったのか失礼、と前置きして一度部屋を退出するお母様、


困り切ってしまって降参とばかりに両手を上げるお兄様。


誰一人状況を把握していないなか、話し合いは幕を開けた。




「えぇとー、ボクはあまりこういう場に不慣れなので失礼な態度が多々あるとは思いますがお許しください」


ディー、と名乗った人物はそう、前置きした。声や雰囲気、態度はディーに違いないのに、容姿が全く違う。



「本当にディーなの?信じられない…」


栗色の、アルテリシアによくある色の髪は綺麗に整えられ後頭部の下の位置でお行儀よくまとめられている。見慣れた瓶底みたいな丸い顔色のわからない眼鏡ではなくてシルバーの細いフレームの眼鏡に変わっていた。


今日初めてディーの瞳の色は灰褐色であったことを知るわけだけど元々目の色なんて見たことなかったから本人かどうかなんて確かめようがない。


切れ長の瞳にスッと通った鼻筋、うすい口元と整ったパーツがバランスを保ちながら収められている。


これがディーの顔だったのか…?


服装こそ男性の服を着ているが、首元はきっちりとスカーフで隠し肩幅や腕、足元といった見える部分はゆったりとした装飾で隠されていて体格を読み取ることはできなかった。



傍目には背の高い女性とも、華奢な男性とも取れる中性的な人物だ。



「お嬢様がきちんと整えてくるように言ったのではありませんか」


「そうだけどさ…」


この私を貴族と思わない態度、何を考えているのかわからないところ。


間違いない、ディーだ。



「あら、メイドたちが騒いでいると思ったらやっぱりメアリーのお客様だったのね」


お母様が戻って、再びディーとクラウスが定型化された挨拶をした。


対するお母様はつま先から頭のてっぺんまで値踏みするようにじっくりと眺めにんまりと笑った。



「やっぱり私の娘の目は確かのようね。こんなにかっこいい殿方を2人も捕まえてくるなんてさすがよ」



「捕まえてくるなんて…」


合格、と言ってお母様はお父様の隣に満足そうに座る。お父様のほうは増々眉間の皴を深めぎろりと二人を睨み付けた。



「して、メアリーはこの二人を私に紹介したいと聞いているがそういう意味と捉えて相違ないか?」


「そういう?…彼らふたりは私にとても重要な人に違いありません。しかし私にはおふたりを守れるだけの力がないのです。どうかお父様の御力を貸していただけませんか?」



「有閑夫人が男のひとりやふたり囲うことなど珍しいことでもない。貴族ならよくあることだ。しかしメアリー、おまえにはまだ為すべきことがあるだろう?」


「はい。おっしゃる通りです。そのためにこのお二人が必要なのです」


「そこまで言うか」


「えぇ。言いますとも」


「ほお」



お父様も私も、一瞬たりとも目を反らすことはなかった。

これはそれだけ重要な場面だと理解していたから。


それも当たり前だろう。


お父様にとっては初めて会うふたりだ。


いくら教会で医者と副主教をしているからといって信用できる相手ではないし主教からの差し金という可能性だってある。


そう簡単に受け入れられる相手ではないだろう。



「貴殿らはメアリー、娘のことをどう考えている?」


今度は二人に水を向けた。私の意思は揺るがないと判断したようだ。



「とても頼りになるお方だと思います。教会の移民たちを救い今でも数々の事業を導いていらっしゃる」


「私はまだお会いして間もないですが我が教会の現状を救ってくださるお方だと考えております」


ふたりはとても信頼できる、人好きする笑みを浮かべて穏やかに答えた。



うっわー…クラウスはともかく…ディーったらいけしゃあしゃあと言うわ…。


この間まで『お砂糖とクリームでできた我がままお嬢様』なんて言ってたくせに…。


「なるほどな」



「聞くところによると朱菫国の職人たちを呼び寄せることもメアリー様の発案だとか。よそではうるさくわめく者たちもおりますがこのスティルアート領に新たな風を吹き込んだという意味では評価されるべきだと考えております」


「メアリー様が救いの手を差し伸べてくださったことの多大な感謝と敬意を持っているのです」


え?そうだったの?

絶対嘘でしょ。目が本音を語っていない。うそつきの目だ。私も嘘つきだからわかるぞ。



真意を悟れないのはこのクラウスという男もディーと同種のようで、ディーの話に合わせて言うべき言葉を選んでいることがわかった。



「メアリーはまだ8歳。とても幼いわ。それでもかまわないのかしら?」



静観していたお母様が娘を心配する母親のニュアンスを含ませて聞いた。


しかしその裏には何か二人を試す意図があることがわかる。



「敬意を抱くに年齢は関係ありません」


クラウスが迷いなく答える。お母様に試されていたことに気が付いているのだろう。


「メアリー様はこれからどんどん成長されるでしょう。しかしその本質は変わらないと私は信じております」


ディー…あなたそれは『このお嬢様はどれだけたっても我がまま令嬢だから諦めてる』って言っているように聞こえるのだけどそれでいいのかしら?



「ふうん、私はこのお二人をお認めになって構わないと思いますわ」


お母様がお父様ににっこりとほほ笑んだ。それが後押しになったのかはわからないがお父様が少し考え込んで小さく溜息をつく。



「そうか。貴殿らの言いたいことはよくわかった」


「でしたらお二人のこと…!」


「いいだろう。認めよう」


今度は盛大な溜息をついて張りつめていた空気がほどけていく。


隣で静かに聞いていたお兄様はそれをきいてそんな…!と小さく悲鳴をあげた。


ルーシーも震えているようだった。



「ありがとう存じます。ではおふたりを教会からの情報提供者として保護をお願いしく思います」



「しかしまだ殿下との婚約が決まったばかりだというのにさっそく情人を捕まえてくるとはな。ふつうの令嬢と違うと思っていたがここまでとは…。




…ん?保護?」


「保護?ですか?お嬢様」



「え?えぇ…はい…教会の情報提供をして頂くかわりに当家で彼らの身の安全を確保できないかとお願いされまして。


教会の不正情報を領主に流しているなんて主教様に知られたら何をされるかわからないでしょう?って…あれ?」


ルーシーもお父様もお兄様さえ目が点になっていた。3人とも固まっていて何一つ返事がない。


ん??


「え?お父様もルーシーも何言ってるの?ジョウフ???」




ジョウフ、じょうふ、情夫?


ん?情夫??


誰が?


誰と?


誰の?



いまいち理解していない私はお母様とお父様、ディーとクラウスを順番に見比べる。


お父様は私同様、ぽかんとされていて、

ディーは奥歯をかみ殺したように笑っていて、

クラウスは指先を額に当て頭痛を堪えているようだった。



「お嬢様、このお二人を情夫として領主様にご紹介したのではありませんか?」



「え?ルーシー何言ってるの?」


「メアリーこそ何を言っているのだ?」


「ん?なにか勘違いしていらっしゃいませんこと?」


このあたりでお母様がついに笑いを堪えきれなくなって、声を抑えながら盛大に笑っていて、ようやく私はお父様との間にあった誤解が何なのか理解した。




「オーギュスト殿下がいらっしゃいながら浮気なんてするわけないじゃないですか!勘違いもおよしになってください!!」



「そもそもメアリーが紹介したい人がいるなんて意味深なこと言うからいけないんだよ!僕たちがどれだけ心配したか!」


「紹介したい人がいるなんて誰でもいうでしょう!」



「お嬢様…ふつう両親に『紹介したい人』というのは婚約者と相場が決まっています…貴族の方々の場合は第二夫人、第三夫人を紹介するときに使うこともありますので…」


「え?そうなの?」


「はい…女の子の読む恋愛モノの小説ですと定番の決まり文句なのですが…お嬢様はあまりそちらはお読みになりませんでした?」



「そうねぇ…図書室にあるのはお勉強の本が多いですし物語は冒険譚がほとんどですから」



国内有数の蔵書量を誇るスティルアート家の図書室には手書きの資料から古い文献まで様々な書籍が治められている。


しかしそのラインナップは個人所有の本と言うこともあってかなり偏っているのだ。



私はこちらの世界のことが知りたかったからあまり気にしていなかったし、童話の最後は『王子様とお姫様は幸せにすごしました』で終わっている。



「だから言ったじゃない。読み物を親の権限で制限するべきではないって。ふふふっ!あぁ!おもしろいこと!」



「う、うむ…」



「お父様ったらね、メアリーが生まれた頃に恋愛モノの物語小説は低俗だって怒って全て図書室から撤去してしまったの。


メアリーもアルバートが集めた冒険モノや勇者物語で満足しているようだったから買ってくることもなかったんだけど…


そうやって読み物を制限したツケが回ってきたのね…!あぁ!愉快!」



「えぇと…これって一体どういうこと?」


すっかり置いてけぼりになったディーとクラウスは困って私のほうを向いた。


どちらかというと聞きたいのはこっちのほうだ。








「つまり我々はそこのお嬢様の情夫として紹介されていたようだな。失礼な話だ」


「ぷぷっ!!なにそれ!!あ~そういうことか~。納得!」


「お二人はメアリー様とその…そういう関係ではないということですか?」


「当然だろう。こんな小娘の庇護下に入るというだけでも屈辱だというのに…情夫など…やめてくれ」



「ボクもお嬢様のことは尊敬してるけど情夫はいいかなー。ぜぇっっっったい苦労するし」


「…あなたたち酷い言い草ね。私が騙されていたことにしてやろうかしら」


「やめてくださーい」



さっきまでの怒気はすっかり消えて、気まずそうに構えるお父様が咳払いをする。すると軽口をたたいていたディーがきちんと座りなおした。



「メアリー」


「は、はい」


「今回の件は勘違いをした私にも責任はあるが報告をしっかりしなかったおまえにも責任がある。


これからは報告は正確にするように。特に我々は連絡鏡で話し合う機会が多いのだ。


こういう行き違いはなるべく少なくしなくてはいけない」



「はい…反省しております…」


お互いに確認不足だったことに非があることはわかっていたのでそれ以上何も言うことは無くこの話は決着がついた。



お父様も私もミスは認めたくない性分なのだ。



「よろしい。では次にそちらのおふたりではあるが…教会の副主教と先日メアリーが世話になった医師で相違ないか ?」



「はい。改めてになりますがキャンタヘリー教会副主教を務めておりますクラウスにございます」


「うむ。何度か顔を合わせているな」



「領主様が教会へいらしたときに数度。と言っても私はあまり表に出ることはありませんので数えるほどしかございませんが…」



目の下に真っ青なクマが居座っているクラウスは日夜事務仕事に追われているらしい。


そのほとんどが主教が押し付けた仕事らしいけど彼は教会をなんとか回すために寝る間も惜しんで仕事に励んでいるそうだ。



「その教会の副主教である貴殿が何故私に保護を求める?」


「私の答えは既に領主様もご存知ではないかと思います」


「何?」


クラウスによると、教会は今主教派と反主教派のふたつの派閥に分かれているそうだ。


派閥争いなんてどんな組織でもよくある話なので珍しいことではないのだけど、問題は主教派の汚職である。



ディーに聞いたとおり、主教派は移民や孤児の保護、病院の支援を名目に金集めをしている。


しかし集まった金が移民の救済や孤児の支援に使われることはない。


そのほとんどを主教派が私物化し教会をわが物のように扱っている。


もちろん、我が家を悩ませていた寄付金だって同じ。極々一部しか孤児や病院運営のために回されてはいなかった。




結果、残るのは1日1回の僅かな配給で飢えをしのぎ寒さに凍える移民と、みすぼらしい些末な服とすきま風が吹き込む部屋で眠る子どもたち、十分な治療も投薬もされずにただ死を待つ病人だけだった。



その現状をみても主教はただ神の試練である、彼らは神の元へ旅立ったのだというばかり。



救いの手を差し伸べることはなかった。





「たとえ寄付金が増えたところで教会の現状がどうにかなるとは思っていませんでした。増え続ける移民を受け入れ続ける主教を何とかしなければ…」


「だったらあなたが主教を追い落とせばよいのではなくて?」


それだけの不正を働いているのなら主教の上、総主教に訴えて主教をクビにしたらいいのに。


誰が見てもあの教会は正常に機能していないことはすぐにわかる。



「そうした者たちはごまんといたよ。


病院で感染症を治療しようとした医師、孤児院を憂いた院長、主教に反旗を翻した司祭…。その全ては教会から追い出されていった」



「なにそれ…上までグルだってこと?」



「おそらくは。どこまで繋がっているかはわかないが不正を隠蔽できる程度の権力がある連中とつながっているのは確かだ」


「そんな…」


教会の汚職はこのスティルアート領に留まらなかった。教会という神秘のベールに包まれた組織は外部の手が入りにくい。


特にアルテリシアは信仰心が強い国民性だ。教会が黒と言ったら白いものでも黒くなりそうな気さえする。



「現状、主教を解任できるのは総主教と領主のみ。総主教と主教がグルだった以上領主様の御力添えを頂くほかないのです」



「しかし貴殿は副主教であろう?身内を裏切ることになるのだぞ?」


「もとより彼らを仲間と思ったことなどありません。神の言葉を捻じ曲げ私腹を肥やす連中など身内とは到底思えません」



「なるほどな。では貴殿は汚職には関わっていないと?」



「証拠が必要とあればいくらでも潔白を証明しましょう」


「証拠とやらがあるのなら後でじっくりと拝見させて頂く」


「私は敬愛する神の家がこれ以上穢されるところをみたくない。しかし無力な私では教会を救うことはできない…どうか、御力をお貸しください」


深々と頭を下げるクラウスの言葉に嘘はないと思った。


彼は本当に教会が好きで、心の底から神の信奉者なのだ。場合によっては彼に不正の全てを被せて捕縛して教会の内部調査をすることだってできる。



お父様はそれが最短の方法だと考えているだろうし、私ならそうする。


でも、


「どう思う?メアリー」


「私ですか?」


「あぁ。おまえは教会の現状をみていただろう?」


お父様はクラウスを捕縛して教会に調査を入れるつもりはないようだ。



「…クラウスの言葉に偽りはないと思います。それで彼も潔白であると証明することはできませんが教会を愛しているという言葉に偽りがない以上信じてもよいかと」


「そうでなけれは連れてなどこないか」


「えぇ…まぁ…」


そりゃね…最初はディーがきっかけかもしれないけど教会の情報については教会の雑務を一手に引き受けるクラウスのほうが情報源として頼りになる。



主教の不正を暴くカードは既に用意してあるけど、教会の上まで汚職が進んでいるというのならもう少し何か手がほしい。


そのためにクラウスの存在が欠かせない。



「いいだろう。クラウスよ、貴殿が我々に有益な情報を持ってくるのなら貴殿の身の安全は保障しよう」


「ありがとうございます」



クラウスは再びお父様に深く頭を下げた。少しだけ憑き物が落ちたような晴れやかな顔をしていた。



「次に、ディー。貴殿はいったい何者だ?」


そう。この人物だ。


経歴不明、本名不明、性別不明。


お父様は私が連れてくる情夫だから男と思っているようだけど改めてみると男とも女とも取れないし名前だってわからない怪しいことづくめの不審者だ。



「そうですね。ナニモノと聞かれてハッキリお答えするのは難しいと思います。


なにせわたしどもの一族はロリーヌ様の亡きあとに名前も身分も全てを奪われてしまったのですから」



「何?!」


ガタリと音を立ててお父様が立ち上がった。


ロリーヌ?誰?





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