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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
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42’.8歳 お勉強の時間

「…各部門からの報告は以上です」


「そう。上手く回っているみたいね。環境部のみなさんの様子は?」


「はい。アラン部長は関係各所との調整に追われてなかなか家に帰れないと嘆いていました。ブレインさんは人柄が街の住人から好評で最近はお菓子をよくお土産に持ってきてくれます。カルロスさんは以前よりきちんとお話してくれるようになりました」


「みなさん元気そうでよかったわ」


「メアリー様の様子を心配されていましたよ」


「すこぶる元気だと伝えておいて」



まるで何年も前のことのように環境部の人たちの顔を頭に思い描いた。


部長は急に仕事が増えて神経をすり減らしていることだろう。長いこと隠居みたいな生活を送っていたのだから多少忙しいくらいでちょうどいい。ブレインはまた太っていないだろうか。カルロスは多少は言葉を覚えたようで何よりだ。


みんな元気そうだなぁ…。





決して、よくあるアニメや漫画の最終回みたいに急に何年後、というふうになったわけではない。なんなら3日前に彼らと顔を合わせ報告を受け、現場の視察に行ってきた。



ではなぜ追想じみたように語っているかって?


そりゃ私が衛生事業にかまけすぎてお勉強を疎かにしていたことがお母様にバレ、3日前の視察を最後に勉強部屋に軟禁されているからである。



幸い、ルーシーをはじめ優秀な部下たちのお陰で下水の修繕も浄水設備の修繕も順調に進んでいるらしい。


現場で小さないざこざはあったけど交代時間の確認不足とか、危険行動に対して監督が激怒したとかそんなところ。



あとはこうして家庭教師の入れ替わりの合間をぬって報告を受け、かんたんな指示を出すだけで上手く回っている。


元々環境部の人たちが立てた計画を私が強硬しているだけなのだから私が口うるさく何か言わなくても動き出してしまえば不都合はないのだ。



「責任者がいなくても順調っていうのは組織としてはいいことよね」


「まぁ…確かに組織としてはうまくいっているとは思いますがお嬢様がいらっしゃる時のほうが空気が締まるというか、みなさんやる気になっているのでお嬢様には毎日いらしていただきたいのですけどね…」


ルーシーが控えめに言った。


元々化粧も服装も髪型も地味だった彼女は心境の変化か最近では綺麗に化粧をして服装も以前より華やかなものになった。素材は良かったのできちんと手を加えればどこまでも輝く原石だったのだ。


「今日も大人しくお勉強をして、予定をきちんと組むのならそちらに戻っても良いと許可は頂いています。安心して」


「えぇ。奥様からスケジュールの管理は任されております」


「…そうだったわね」


優秀な文官さんは環境部との調整に私のスケジュール管理、各所への連絡回りと、とてもよく働いていると思う。


聞くとルーシーは平民出身だというけどとても努力したのだろうと思う。そこらの貴族出身の男よりもよほど気が利くし優秀だ。



「そういえばこの間の教会での原稿もルーシーが作ったのでしたっけ」


「はい。カルロスさんがあまりにも困っていましたからお手伝いいたしました」


手伝いっていうかほとんどルーシーが書いたでしょ。あれ。





話は教会に行く少し前にさかのぼる。

各部門との会議を終えて環境部だけで話し合うことになった。


アラン部長からいつから工事を開始できそうかという確認とか、ブレインに住民たちへの説明はどのように行うのかといった確認だ。



「浄水設備の管理者からはいつでも工事をしてもらって構わないと聞いています。下水の管理はもともとウチの管轄なので住民たちへの説明が終わってから随時といった形ですね」



「それはありがたいわね。とりあえずまずは集合住宅を使えるようにしましょう。でないと作業員たちが住めないわ」



「住民たちへの説明は広場に集まって集団で説明会を行うことになりました。街には告知のお知らせを配布しております」



ブレインが片手を挙げて明るい口調で報告を上げた。ブレインにしては周到なことだ。もう少しお尻を叩かないといけないかと思ったけどその必要はなさそう。



「手際がいいわね」


「はい、ルーシーが手伝ってくれました!」


「…そう」



ブレインが背後に花でも飛ばしていそうなほどに明るく顔を綻ばせた。

なんか嬉しそうだな。まぁ積極的に仕事をしてくれるのは喜ばしいことだ。



「あとは求人募集の担当だけど…カルロス、あなたこれやりなさい」


「はぁ?!俺がかよ!!」


「当たり前でしょう。この中で何も仕事をしていないのはあなただけよ」


「俺みたいな強面がやったらみんなビビって誰もあつまりゃしねぇよ!」


「つべこべ言わずに仕事をしなさい」


「カルロス」


「チッ!!」


アラン部長に一言いわれるとカルロスは舌打ちしてそれ以上なにも言わなかった。それ以上拒否もされなかったので求人担当はカルロスに決まった。


「今日決まった募集要項を説明できるようにしておいて。ブレインが広場で説明会をするならそれに便乗して街の浮浪者を集めましょう。あと教会にも同じ説明を」


「へいへい、わかりましたよ!お嬢様!」


「お返事は1回よ」


「はい!!」


吠えるように返事をされる。小学生か。

カルロスが自分で募集要項の原稿を作れるとは思っていないけど何事も経験だ。


成人した大人なら説明文くらい作れるだろう。




「あとルーシー、教会のクラウスさんに主教様のいない日を聞いておいて」


「主教様のいらっしゃらない日ですか?」


「えぇ。なるべく主教様にみつからないようにしたいの」


「わかりました」






と、まぁそんなかんじで主教のいないタイミングでだまし討ちみたいにエサをまいて求人を募ったわけだ。


作戦は無事成功。

最初こそ警戒して教会に留まった人たちも先に応募してきた人から評判を聞いて集まるようになってきた。今では集合住宅の建設ラッシュが進んでいるとか。



結局、カルロスの原稿はルーシーが面倒見たようだけど…。



「お嬢様、現場から少し気になる報告が上がっています」


「あら?トラブル?」


「いいえ、トラブルというほどではないのですけど…施工中に魔法石が大量にみつかったそうです」


「魔法石?」


「はい…珍しいことではないのですが量があまりに多いので…」



魔法石とは、文字通り魔法を使うときに使う石のことで主に魔道具を作るときに使われる。


ラブファンの世界ではお馴染みのアイテムでミニゲームの報酬であったりイベントクリア報酬だったりした。あとは学園を卒業するときに記念品としてもらえるアイテムだ。



見た目は虹色の光を反射するきれいな石で魔法式を組み込ませないと魔道具には使えないし石の純度や大きさによって価値は変わる。



こういう街で見つかる魔法石は小さいものが多くあまり価値はない。



「私たちが小さいときは収穫祭や春祭りの後に広場に落ちているので集めて教会に持っていくとお菓子がもらえたものです」



「教会が集めているの?」


「はい。魔道具の管理や魔法に関することは一貫して教会の管轄ですから。集めた魔法石を魔道具を制作する職人や商会に売っているそうです」


「へぇ」


あまり街に出ない私には関係のない話だ。魔法石なんて魔道具に組み込まれているものか本の写真でしかみたことないし。



それにしても教会も菓子しか渡さないのか!自分たちは商会に売っているっていうのに!!



「魔法石がどうやって作られているかはわかっていないのでしたっけ?」


「はい。アルテリシアにおける重要な疑問のひとつです。教会では神の落とし物なんて言われていますし神様が置いて行っているのかもしれません」


「もしわかったら大発見ねぇ」


「そりゃあもう!研究者たちが殺到します」


「へぇ…いいことを聞いたわ」


魔法石の製造方法がわかれば何かに使えるかもしれない。それを教会が集めているというなら更に都合がいい。


「魔法石が多く見つかった場所の記録を付けておいて。何かに使えるかもしれないわ。あと見つかった魔法石は集めておくこと」


「わかりました。現場にはそのようにお伝えします」







ルーシーからの報告は家庭教師のノックの音で終了になった。


入れかわるようにお勉強の時間が再会する。


以前家庭教師を肥溜めに突き落としてから教師選びには慎重になったらしく今お世話になっている家庭教師はみんな私の機嫌を損ねないよう必死だ。


別に私だって意味もなく首を切るようなことしない程度には成長したんだけどなぁ…。




「今日の授業はわたしたちが住まうこのスティルアート領の歴史についてです。メアリー様もスティルアート領を代表して王都へ行かれるのですから領地のことはよく学んでくださいね」



「はぁい」


あくびをかみ殺して子守歌のような初老の女性教師の講話に耳を傾ける。


やばい。寝そう。



このスティルアート領は領地としての歴史は実はそれほど古くなく、アルテリシアの中では比較的新しい。


スティルアート家はそれ以前から存在しているけれど、家格と歴史はそこそこなのに土地を持たない貴族だったのだ。



今は平和なアルテリシアだけど、はるか昔に帝位争いから発展した大きな内乱があった。


多大な被害を被りながらも我がスティルアート家は自分たちの支持する皇子を帝位につかせることができた。



既に妻子のあった新皇帝にはひとつだけ私生活における大きな悩みがあった。



それは自らの娘のことである。


その娘は器量はいいのに全く色恋に興味はなくひたすら自ら興味のある魔法の勉強や勉学に打ち込んでいた。


当時の女性に求められたのは賢さではなく愛嬌と気立ての良さ、貴族社会で自らの派閥をまとめあげる能力だった。


だが彼女はそのどれにも興味がなかった。



流行りの化粧やファッションに一切興味を示すことはなく毎日自室と研究室に籠る姫は周囲から変わり者姫と言われ頭の中まで本の黴が移ってしまっているとさえ言われた。



そんな娘と結婚しようなどと言う男は誰一人現れず、皇帝は即位してすぐにこの問題で頭を悩まされることになった。


さすがに皇帝の娘を行き遅れにさせるわけにはいかないと側近たちも頭を抱え、その一人がある妙案を思いつく。



『そうだ、先の内乱で多大な功績をあげた男に姫を褒美として授けよう!』



白羽の矢は当時のスティルアート家当主に当たった。当主はある条件と引きかえにその話を承諾する。


かくして、スティルアート家は広大な土地と当時の皇帝のご息女を内乱の褒美として賜ったのである。


これがスティルアート領のはじまり。




しかしそんなスティルアート領、最初から何もかも順風満帆だったわけではない。


アルテリシアの西に位置するスティルアート領は海に面していて、いつも海賊の被害に悩まされ、作物は育たない荒れた土地だったのだ。



当時の側近たちは貰い手のない娘と、どうしようもない土地を内乱で多大な功績をあげた褒美としたのだ。



だがこの事態にスティルアート家当主とその妻は黙っていたわけではない。


当主が側近たちに突き付けた条件は国の役人としての地位を持ったまま領主となることを認めさせることだった。


彼は不可能と言われた役人と領主というに足の草鞋を見事に履いてのけ、領地のために資金をまわした。



元姫だった妻は領地のためにまず領民が飢えないための研究を開始した。


毎日王都では研究所と自室に引きこもっていた妻の研究は功を奏し、痩せた土地でも効率よく収穫できる作物を広めることに成功。


最初こそ土の中で育つ作物は悪魔の作物だのなんだの言われたが彼女は周囲の反対を押し切り栽培を断行した。



天候や土地といった環境を問わず育つその実は多くのスティルアート領の民を救った。



彼女が提唱した様々な栽培方法と、元々研究していた魔道具の活用によって痩せて荒れた土地は次第に回復。


畜産にも力を入れるようになりスティルアート領はアルテリシア国内有数の農業と畜産の領地となった。




「こうして、スティルアート領は今日まで非常に豊かな資源を持つようになったのです」


なっが!!!

長いよ…もう少し簡略版でよかったんじゃないかなぁ…年表とかでパパっとまとめてさ…



「メアリー様?ご質問など疑問点はございますか?」


「いいえ…ございませんわ」


「結構です。では今日の授業はここまでといたしましょう」


先生はにっこりとほほ笑むと手元に持っていた本をぱたんと閉じた。


「では明日からまた私はお仕事に戻りますわ」


「いいえ、そういうわけには参りません。奥様からお勉強も疎かにならないよう宿題を出すよう言付かっております」


「えぇ?!宿題ぃ~」


「はい。宿題といってもそれほど難しいものではありませんわ。お嬢様は今役所のお仕事として下水や浄水設備の修繕をなさっているとお伺いしております」



「その通りです」


「ではスティルアート領の白地図をお渡ししますのでこちらに川と山、領地内で収穫される主な作物と教会の位置を書き込んでください」


「はい…」


小学校でそんな授業あったなぁ…自分たちの住む地域の研究みたいなやつ。って私今8歳だからそれくらいの歳なんだっけ。



「来年はオーギュスト殿下がいらっしゃいます。こちらを学んでおくと領地内で殿下をご案内するときに優雅に案内できますわよ」


「次の授業までに完成させますわ」



手元に渡されたA3サイズくらいの厚紙を眺める。真っ白の厚紙には黒い線がぐるりと一周、うねうねとした細かい曲線を描きながら回っていた。


ある程度精確な測量がされているのだろう。下には縮尺まであった。



どういうわけか単位はキロメートルで中途半端に前世の世界の影響を受けているなぁと思う。



暦といい時間といい、どうやらラブファンの開発者はファンタジー世界特有の設定をあまり作りこまなかったらしい。




その日の夕方、図書室で資料を広げながら白地図を埋める作業をしていると、3日後にお父様とお兄様が戻るので『お父様に紹介したい人』を連れてくるようルーシーを介して連絡があった。



ん?誰だっけ…???


「誰って…ドクターですよ…大事なことではないですか…」


「あぁ!!そうだったわ!!」



やば…すっかり忘れてた…。








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