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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
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41’.神の試練を乗り越えろ~side others~

(別名、とある移民のつぶやき編です)




スティルアート領に辿り着いてからだいぶたった。最初こそ今日で何日目と数えていたがだんだんと空しくなってそれもやめた。


故郷を離れ遠いスティルアート領へやってきたのは人生をやり直すためだった。いつまでも小さな田舎で畑を耕し生まれた時から知っている顔だけをみながら細々と生きていく。毎日なにか起こるわけでもなく判で押したような毎日に未来を見出すことはできなかった。



そんなとき最近スティルアート領はとても景気がいいから稼ぎがいい仕事がたくさんあるという噂を聞いた。確かに新しく入ってきた朱菫国のお菓子はスティルアート領の発祥と聞くし、見慣れない朱菫国の工芸品が貴族たちの間で流行っているらしい。


飲み屋の席で聞いたような根も葉もない噂をもとに自分は友人や親の制止を振り切り土地も両親も環境も全てに分かれを告げて長い長い旅路についた。



だが希望を持っていたのは最初だけだった。


ようやくたどりついた新天地は決して楽園ではなかった。



自分と同じように噂を聞きつけた人たちで関所は大混乱。新しい移民の受け入れは行っていないという。


ふつう、他の領地に引越しをしたときはあらかじめ住む場所を見つけてから転居をするか、新しい領地で数日宿を借り住まいとしながら住居を探す。

近隣からの転居であれば前者でかまわないが自分のように遠方からの転居となると後者となることが多い。



たいていの場合はそれで何とかなるし、この時の自分にはどうして移民の受け入れは行っていないのかわからなかったが、関所に辿り着いたその日のうちに答えは出た。



住む場所がないのだ。


スティルアート領は元々移民の多い土地ではなかった。受け入れるだけの家も場所もなかった。



そこで通常の方法は諦めて夜間にこっそりと領地内に入る方法に切り替えた。


領地に入ってしまえば何とかなると、関所で知り合った男に言われたのだ。

自分はその男に大金を渡して安全に領地に入れるよう手引きしてもらった。



それも間違いであったと、領地に入ってすぐに気が付いた。




まずどこへ行っても住所不定の移民は仕事を断られる。


住み込みの仕事はとっくに先に来ていた移民たちに取られていたし、そもそも不法に入ってきた移民を雇う店も商会もない。


領地に入ってしまえば何とかなると唆した男もいつの間にか姿を消していた。



結局自分は故郷も土地も両親も環境も金さえも全てを失ってしまったのだ。


この時点で有り金のほとんどは消えてその日の夕食にもありつけなくなってしまった。


その後キャンタヘリー教会で移民を保護していると聞きつけ今に至る。



とにかく今は生き延びて、神が救いの手を差し伸べていただけることを祈り待つのみだ。

教会に保護してもらい食べるものと安全な場所は確保できたのは幸いだったかもしれない。


しかし風雨をしのげない中庭はただ『夜盗に襲われない』という1点においてのみしか安全を確保できていない。


雨が降ったら濡れるし夜は冷える。最近ではネズミや虫の被害にも悩まされるようになったが贅沢はいえなかった。

最も神の御手が近い場所にいさせてもらえるだけでもありがたいと思うようにしている。



「おや、今日の炊き出しは豪華ですね」


ご近所、というかとなりで寝起きしている男は美味しそうな香りのする料理をトレイに乗せて持ってきた。香りに誘われて腹の虫が元気に声をあげる。この場所でこれだけ元気なのは腹の虫くらいだった。



パンに野菜の入った白い煮込み料理、生野菜のサラダに果物までついている。スティルアート領は農作の盛んな地域と聞いていたが炊き出しでこれほど食材が乗っていることはこれまで1度もなかった。せいぜい具の少ないスープと硬くなったパンくらいだ。



「なんでもスティルアート領のお嬢様が来ているそうだよ。アンタも早くもらってきな」



唯一元気な腹の虫に急かさせるように自分も炊き出しの列に並ぶ。


いつもは教会で働くシスターたちが炊き出しをしているのに今日は見慣れない服を着た男たちが大鍋をかき混ぜながら炊き出しをしていた。


清潔そうな服装と恰幅のよい容姿をみて本当に領主の娘が来ているのだと悟る。



この炊き出しも権力をみせるための演出だろうが、飢えた自分にはそんなことはどうでもよかった。


大人しく列に並んで順番を待つ。今日は進みが早いような気がした。いつもだったら量が少ないだのなんだのと文句を言うやつらがいて進みが遅いのだ。


ここでは1日1食の配給があればいいほうだしそれさえも並ぶ順番が遅ければありつけないことだってある。



「いつもともらい方が違うのか?」


長テーブルに積まれた四角いトレイとカトラリーに頭をひねる。いつもは1品か2品しかないので直接配膳している人からもらってお終いだが今日は違うらしい。



「そこのトレイとフォークとスプーンを1つずつとって並ぶんだと」


「そうなんですね。ありがとうございます」


困っていると前に並んでいた人が教えてくれた。同じように戸惑う後ろの人にも同じことを教えてやる。

困ったときはお互い様というやつだ。



配膳係が手際よく全員が同量に盛られた皿をトレイに置いてくれた。そこでようやく合点がいく。

いつもは具が少ないだの多いだので文句を言うやつがいるが、この見慣れない配膳係は全員分を同量に盛り付けることに長けていた。

文句を言うやつがいなければ列の進みも早いものだ。



「食事が終わったらトレイと食器をあちらにおかえしください。食べ残しや果物の皮はあちらのバケツにお願いします」



最後に果物をもらったところで配膳係にそう言われ視線を向けると最初とは別の長テーブルが用意されていて、大きなバケツも置いてある。



お嬢様はよほど綺麗好きなのかもしれない。

噂に聞くスティルアート家のお嬢様は親にたいそう甘やかされていると聞くので自分たち移民のことを知って何か気まぐれに慈悲でも与えたくなったのだろう。


どちらにしても温かい食事にありつくことが出来ただけでもありがたい話だ。



しばらくぶりにまともな食事にありついて何日かぶりに腹が満たされた。



食欲が満たされるだけでもだいぶ変わるものだ。さっきまで悲壮感しかなかったはずなのに、少しだけ気力が出てきたような気がする。


「さっきよりだいぶ良い顔をしているな」


「はい。腹が満たされるだけでだいぶ違いますね」


「こんなメシが毎日続くといいんだけどなぁ」


「どうせ我がままお嬢様の気まぐれでしょ!」



スティルアート家のお嬢様が自分勝手で我がまま放題しているというのは有名な話だった。


朱菫国のお菓子を好きなだけ食べたいという理由で国際問題を引き起こしたことは記憶に新しい。その責任を他家のお嬢様に押し付けて自分は美味しいところだけ持っていったという非道っぷりは有名な話だ。



食器を言われた通りに返して果物の皮もバケツに捨てる。


料理はどれも絶品でどれだけでも腹に入っていくような気がした。空腹だから何を食べてもおいしいということもあるがそれを差し引いてもおいしかった。


パンはほんのりと温かく柔らかで、煮込み料理は肉まで入っているうえにクリームの味が野菜や肉にしみていた。複雑な味わいのあるクリームだったが何を使っているのだろう。サラダは瑞々しい野菜に酸味の効いた白っぽいクリームがかかっていて最初こそ不思議がったものの食べてみるとクセになる味で野菜が進む。


正直あまり生野菜は得意ではなかったがこのクリームをかけると食べられそうな気がした。



ほとんどの者たちが食事を終えたようで、教会の中庭は穏やかな空気が流れていた。ここへきて初めてのことだ。

あとは温かい風呂に入ってベッドがあれば泥のように眠れる気さえする。




「えー!みなさん!我がスティルアート領のお食事はいかがでしたか?今日はみなさんに求人の募集に参りました!」


拡声器で大きくされた声が中庭に反響して響き渡る。小さな女の子の声のようだったが一体誰だ…?


全体を見まわすと、炊き出しが行われていたスペースの横に綺麗な服を着た女の子がメイドに拡声器を構えてもらって立っていた。


まだ10歳にも満たないであろう小さな子どもは見落としてしまいそうなほどであるが、その堂々とした立ち姿は大人も顔負けな風格を備えている。



誰もなにも言わなが全員が確信した。


彼女こそこのスティルアート領の我がまま娘に違いない、と。



「あ、申し遅れました!私は今回領地内の衛生改善計画を任されたメアリー・スティルアートです。以後お見知りおきを。


今回みなさんに食事を振る舞いましたのは何も慈善活動のためではありません。みなさんに新しいお仕事を紹介するためです。お仕事についてはこちらのカルロスから説明させていただきます」



「えーと…先ほどゴショウカイにあずかりました衛生改善計画求人担当のカルロスです。このたびスティルアート領ではメアリー様のシキの元、街のエイセイ状態の改善、大幅なかいしゅー計画を行うことになりました。ツキマシテは、大量の人材を募集することとなりましたので移民のみなさんにも是非ゴキョウリョクいただきたく…」



あまりこういう仕事に慣れていないのか、大柄な男は手元の原稿を読みながら拡声器を構え慣れない文字を追っている。一見腕っぷしは強そうなのに不器用そうに原稿を読む姿に少しだけ好感を覚えた。



カルロスと名乗ったその男の話をまとめるとこんなかんじだ。


急な話ではあるがスティルアート領では来年までに下水道と浄水設備、道の修繕、公共施設の建設と改修を行うことになった。そこで大量の人員を募集するので是非応募していただきたい。


住居と食事付き、給料は相場より少し高いが住居と食事を利用する場合は差し引かれるらしい。


それでも破格の条件であった。


しかし聞きなれないのは勤務時間が異なると言うことだった。作業員たちは時間を1日の中で3つに区切られ朝勤、昼勤、夜勤に分けられる。夜勤については手当てがでるらしい。


魔法契約による契約書を交わすことになるので途中で辞めることはできないが、約1年務めたらその後、再度募集を行い下水の整備係や公共設備の保守の仕事への斡旋も受けられる。




「希望のかたはこちらの受付にて詳細の説明と契約書を交わしますので順番にお並びください」


いつの間にか炊き出しのテーブルには別の長テーブルが用意され、受付係と思われる女性が2名ほど座っていた。間には仕切りが立てられている。



かなりいい条件の求人ではあるが誰も並ぼうとしないことには理由があった。



「神のお恵みが通る大地に汚物を流そうなんて神への冒涜だ!オレはそんな仕事絶対にしないぞ!」


どこかで男が声をあげた。賛同するように別の声がする。


そう。教会が数年前に大地は神の恵みが我々にもたらされる道でそこに汚物を流すことは許されないとしたのだ。この話はいまやアルテリシア国全土に染みわたり自分の生まれ故郷の街も町中に汚物とゴミが散乱している。


故郷は最近人の出入りが増えたというスティルアート領よりはマシな状況ではあるが、ここへ来るまでの大きな街はどこも似たような状況だった。




「教会はこの件に協力するとおっしゃっております。この場所で求人をしていることが何よりの証拠ではありませんか?」


カルロスという男からいつの間にかお嬢様に話し手が変わっていた。メイドの構える拡声器をもぎ取って声を上げている。



「どうせ金の力で脅したんだ!罰当たり!」


神は教会にお気持ちを差し出せば汚物を流すことを許可してくれるらしい。


一部の貴族や金持ち商会はそうやって下水や自前の浄水設備を使っているらしいが自分たち平民には毎月多額のお気持ちを渡すことはできないし贅沢は話だと思う。

金を渡して汚物を流す貴族のことを平民たちは蔑んでいる。




「これは神から我々に与えられた試練だ!」

「我々は試されているのだ!」


お腹いっぱいになって多少力が出てきているのだろう。この状況を逆境と捉え立ち向かう雄姿さえみせはじめる者もいた。

気の弱い自分にはそんなことをする勇気はないが。



「主教様もおっしゃっていたぞ!神はわたしたちを試しておられるのだと!」

「神を侮辱する者に従ってなるものか!」

「主教様のお言葉を信じるのだ!」

「皆騙されてはいけない!住居だってどんな豚小屋のような場所に入れられるか!?食事だってあんなに豪華なものが毎日出てくるわけないだろう!」


「そうだそうだ!」



「住居は集合住宅だが家族向けの新築、食事はソニア商会から提供されるものです。家族で入居希望の方は1家族1部屋、単身者は共同で部屋を使ってもらうことになります。その場合、家賃は値下げしますが各部屋風呂トイレ付、下水の使用許可付きです」



新しい拡声器を用意したらしい。大柄の男が原稿を読み上げた。


集合住宅は頭上から大量の汚物が降ってくるのであまり人気はないが、下水が使えるのならその心配はないだろう。威勢よく声を上げていた男はぐぬぬぬとでもいうように黙っている。


「わっ、我々はこの試練を乗り越えてこそ楽園に辿り着けるのだ!主教様もおっしゃっていただろう!」

「みな一丸となって乗り越えようではないかっ!」

「反逆者のいう事を聞いてはならない!」



再び別の方向から奮起する声が上がった。さっきよりも弱いが賛同の雄叫びがあがる。だが自分の周りでは既に求人受付の列に並ぼうとする者がいた。


「おまえ!神を裏切るのか!?神を冒涜するものの言いなりになって恥ずかしくないのか!?」

「この裏切り者!!」

「神の罰が下るぞ!」


四方八方から責められ、受付に並ぼうとしていた年若い男はためらっているようだった。


その男はたしか家族を連れてスティルアート領に来た男だ。この間高齢の母親を移民たちの間で流行っていた病で亡くしたばかりで、小さな子どもが毎日腹を空かせて泣いている。まだ乳飲み子だっていたはずだ。




「か、家族にも食事は提供されますか!?」


「当然です。もちろん給料から差し引く形にはなりますけど。食事は1日1食は提供しますが希望者には3食の提供も可能ですわ」


「どうせ食事代と偽って給料のほとんどを持っていくつもりだぞ!!」


「そんなケチな真似はいたしませんよ。毎月給料明細をお渡しいたします。役所の仕事ですから当然でしょう。給料と食事の金額にご不満があればこちらのカルロスに申し出なさい」


「え?!俺?!」


「当たり前でしょう。作業員管理はあなたの仕事なのですから」


「は、はぁ…」


「ほかに質問はあって?」


メアリーお嬢様が中庭の見渡す。広い中庭の全体を見渡すことはできないだろうし、一人ひとりと目なんて合うわけない。それなのに自分たちはお嬢様に見つめられているような、睨まれているような錯覚に陥った。



「ど、どれだけ条件が良くても神の試練から逃げ出すことは許されないぞっ!」


「俺はこの試練に打ち勝ってみせる!」



どこかから、そんな声と賛同者たちの威勢ある声がして、中庭の壁に反響した。しかし長くその声が続くことはなく永遠とも思える僅かな沈黙が中庭を支配した。誰も1歩も動き出すことが無い、時間が止まったような感覚さえする。



だがその沈黙を打ち破ったのは誰でもなくメアリー様だった。


「さっきから随分と神にばかり責任を押し付けるものですわねぇ…」


不思議なことにそのソプラノボイスは、地の底から這い上がるような禍々しいもののように聞こえた。

これが悪魔の声であるとしたら信じてしまいそうな気がする。



「いいですか!?あなたたちが現状こうして風雨にさらされ毎日食べるものもなく空腹と寒さに耐えているのもあなたたちの選択です!


このスティルアート領に一縷の望みをかけてきたのは誰です!?新天地を求めたのは誰ですか!?新しい人生を!生活を求めて長く険しい旅路についたのはほかでもないあなた自身の選択でしょう!


その責任を神に押し付け何が神の試練ですか!?責任転嫁もいい加減になさい!自分たちの選択した結果を神の責任にするほうが神への冒涜ではありませんこと!?」



小さな少女は全身で叫ぶようにひと思いに言い放った。拡声器で増幅されたその声は魔法で調整されているのか反響して聞き取りづらいことはなく、自分の胸を容赦なくえぐっていく。



「仮にもし今あるこの状況が神からの試練だとしましょう。


神の罰を受けるは皆さんを先導した私ひとり!


皆さんは言うなれば私という悪魔に騙された被害者なのです。神はそんな哀れな子羊に罰を下すと思いますか?そのような無慈悲なことを偉大なる神がされるわけないでしょう。


しかし私は悪魔なれどみなさんにチャンスを与えます。今この状況を試練を考え乗り越えようと奮起するのであれば私が与えたこの機会をつかみ、見事神の試練を乗り越えてごらんなさい!与えられた機会を掴むものにこそ成功は、勝利は、奇跡は訪れるのです!」



メアリー様が拳を掲げ一陣の風が中庭を駆け抜けた。どこからともなく吹き込んだ風は自分たちの前髪を書き上げ壁を伝い巻き上がっていく。


タイミングよく吹いた風に最早神の奇跡さえ疑ってしまった。



このお嬢様は天使か悪魔か。


この風は私たちに危険を告げるものなのか背中を押すものなのか、その判断さえ迷ってしまう。


静寂を破るように、さっきの若い男が前に進みでて、メアリー様の前で跪く。


「私には小さな子どもと病弱な妻がおります。先日母を病で亡くしました。もう家族は失いたくありません。ふたりを守れるのならどのような過酷な労働でもいたします。どうか私に機会をお与えください」



「よいでしょう。家族のために励みなさい」



メアリー様は満足そうににんまりと笑って受付へ促した。


受付に座った男は女性から細かな説明を受けているようだが、魔道具が使われているのか会話は聞こえなかった。その男に続くようにひとり、また一人と受付に並び始める。



「お、おい…おまえたち裏切るのか!?」

「罰が下るぞ!」


「うるさいっ!何が罰だ!なにが裏切りだ!たとえ僕は誰を裏切ることになっても家族を養わないといけない!」

「そうだそうだ!これ以上妻やこどもたちをこんなところに置いておけるか!?」



そう言って、彼らは受付に並び始める。自分も背中を押されるように列に加わった。


やがて2人では追い付かないと判断したのか、受付のテーブルは6つに増えていた。


説明は丁寧にされているようで、最初に並んだ男の表情は明るい。やがて受付の女性と握手を交わした男はメアリー様に深々と頭を下げると妻と子どものもとに駆け寄り何かを話していた。


男の話を聞いて歓喜に涙する妻と、不思議そうに両親を見上げる子ども。


きっと彼の判断は間違っていない。そう信じたくなった。




やがて順番が自分に回ってくる。

席につくと目の前の女性は安心する笑顔で迎えてくれた。


「本日はご応募いただきありがとうございます。先ほどの説明と重複いたしますが再度、求人案内についてご説明いたしますね」


「は、はい…」


聞き取りやすい女性の説明は先ほどと同じ内容もあったが確認の意味を込めてきちんと聞く。


なによりも背後にさっきのカルロスと呼ばれていた大柄な男が構えていたので大人しくしているほうが身の安全のためだと思った。

誰ひとり受付の女性に横柄な態度を取らないのはこの男が睨みをきかせているからかもしれない



「では勤務時間のご希望を頂きたいのですが…」


「夜勤のほうが給料はよさそうですね」


「えぇ。夜間ですから危険手当として少し高くなっています。2日の連休はありますが昼夜逆転しますので自己管理には注意が必要です。ご家族はご一緒ですか?」


「いいえ。家族がいると何かあるのですか?」


「お子さんや奥様と生活時間がズレますのでそういう方には朝か昼をお勧めしています。家族手当が支払われますので実質は夜勤と同じくらいのお給料にはなりますね」


「なるほど。後から変更はできますか」


「はい。可能ですよ。その場合は管理者にご相談ください」



一通りの説明をうけとりあえず昼勤で希望を出した。慣れていってから夜勤に変えても良いかもしれない。また自分は単身なので共同で部屋を使うことになりそうだが、今単身者向けの集合住宅を建てているから希望があればそちらに移ることもできると説明された。



「今日から家族向けの物件には入居は可能ですが如何いたします?」


「今日からできるのですか?」


「はい。なにしろ工期は1年ありませんからね」



とにかくお嬢様はこの計画を急いでいるらしい。

それならこの充実した福利厚生にも納得がいった。自分は今日からの入居希望を出して移動に使うという大型の魔車に乗り込んだ。




スティルアート領に来てしばらく。

絶望しかなかった毎日に少しだけ希望が見出せたかもしれない。







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