39’.女性で働くことは~side Lu~
(展開が忙しいのでここらでルーシー回です。女性差別的な内容が含まれます。苦手な方はご注意ください)
女性でありながら男と肩を並べて仕事をするということはその後の人生全てを失うことだ。
女は学校を卒業したらサッサと結婚して子どもを産んだ方がいい。
女で働いていたら絶対に行き遅れのオバサンになっちゃう。
そう言われたのは進路指導の面談を受けたときだった。
進路指導担当の先生と母、姉は口を揃えて私が役所の就職試験を受けるときこう言った。
「ルーシーくん、きみ今日からメアリーお嬢様付きの文官だって」
アラン部長は目線は手元の新聞の文字を追ったまま片手でシッシと追い出すような動きをした。そんな雑に下された人事異動は全く予想もしていないものだった。
「お嬢様…?メアリー様とは領主様のご息女であらせられる?」
「それ以外誰がいるのさー?そういうことだから人事部で辞令もらってから領主邸に行ってもらえる?そこで顔合わせらしいから」
「はぁ…」
気の抜けた返事を了承と受け取ったアラン部長は再び新聞のページを捲る。一応同僚であるはずのブレインさんやカルロスさんも一切何か言う気はないらしい。ブレインさんはいつもと同じようにお菓子の袋を破りながら『最新スイーツめぐり』と書かれたカラフルな雑誌をみているし、カルロスさんも求人フリーペーパーをみながらあくびをしていた。
環境部に配属されてしばらく。
この部署に思い入れとか、未練とかそういうものが一切あったわけではないけれど、こうも簡単に追い出されると悔しいやら悲しいやらといったやるせない気持ちが広がっていった。
『きみは何もしなくていいよ。どうせ仕事なんてないんだから適当に就業時間過ごしてて』
配属されて挨拶もそこそこに部長から初めて告げられた命令をいまでも覚えている。
お前の仕事はない。
入庁初日に言われた。
その後も仕事と言ったら他部署に回覧板をまわしに行くとか、環境部の部屋の掃除やお茶くみくらいしかしていない。ブレインさんにはお菓子のお使いを頼まれたりカルロスさんにはお茶がぬるいとか、愚図とか罵られたくらいだ。
誰にも何も言わずカバンをまとめて環境部の古びたドアを力一杯開けて無言で立ち去る。
本当なら挨拶なりするべきなのだろうけど、この部署で私は何の仕事もしていないし何の仕事も任されていない。誰が感謝なんてしてやるかという反抗がうっぷんを晴らすに丁度良かった。
途中で人事部に寄って辞令を受け取る。そこで受けた辞令の説明は部長の説明よりよっぽどわかりやすかった。
なんでも、来年第三皇子であるオーギュスト殿下がこのスティルアート領にいらっしゃるのだけど、メアリー様が街の状態を知って激怒され街の衛生改善計画を行うことになったらしい。
とはいえまだメアリー様は8歳になられたばかりで行政の仕事は右も左もわからないから補佐役として私が付くことになった。
『女同士のほうが何かと楽でしょ?環境部って男ばっかりだと思ってたら女もいて丁度良かったよ』
そんな役所ではよくある女性軽視の発言をそよ風のように受け流して人事部から辞令を受け取った。
スティルアート領は領主の妻であるクラリス様自ら商会を運営していることもあって他領に比べると女性への偏見は少ないほうだ。
女性への就労の制限もされていないという面ではかなり進歩しているとはいえいる。
それでもまだまだ女性が働きやすいとはいいがたい。
特に男社会である役所は偏見の目が強く残っていて、私のこうした扱いも決して珍しいものではない。
女性でありながら男と肩を並べて仕事をするということはその後の人生全てを失うことだ。
女は学校を卒業したらサッサと結婚して子どもを産んだ方がいい。
女で働いていたら絶対に行き遅れのオバサンになっちゃう。
学校や母、姉の言っていたことが頭のなかで何度も繰り返される。
母や姉は実に理想的な女性らしい人生を歩んできた人たちだった。
学生のうちに父とお見合いで婚約して卒業と同時に結婚、若いうちに姉と私を出産した母。
そんな母のいう事を素直によく聞き学生のうちに将来有望な商会勤めの男を捕まえ卒業と同時に結婚した。
ふたりとも華やかで美しい人だった。
だからこそ地味で陰気な私は目につく存在だったらしく小さいときから何かと姉と比べられては口癖のように『もっと愛嬌を振りまくべき』とか『女が勉強したって意味がない』と言われたものだ。
それでも私は勉強することが好きだったし、そんな二人を見返したくて難関と言われた役所の就職試験を受けた。
猛勉強の末か試験には合格。
無事に役所への就職が決まった。
それでもふたりは良い顔をすることはなく今度は女性が働くことを詰った。
だから私はふたりが間違ったことを証明したかったけれど、結局配属された部署は役所のなかでも最も仕事をしていない閑職部署で、仕事はなく、上司も先輩も全く尊敬できない。
同期の男たちは花形部署の住民部や建設部で働いている。
顔を合わせるたびに自分の忙しさを自慢し最後にはお約束のようにお前のところは暇そうでいいな、なんて言ってくる。
のちに領主様から性別関係なく採用せよというお達しがあったことが分かって私の採用さえも実力を認められたからではなかったことがわかった。
結局女はいい男を捕まえて家のなかで一生を終えることが幸せなのだろうか?
そんなやるせない日々を送っていたなかでの人事異動だった。
閑職部署の次はお嬢様のご機嫌取り。
全く笑えてしまう。
私のこれまでの努力って何だったのかしら?
でも、メアリーお嬢様との出会いはそんな腐った私の頬を横殴りにするくらい衝撃的なものだった。
『お父様とお兄様はほとんど王都にいらっしゃるわ。いくら二人が協力してくれるって言っても私の実質的な味方はあなただけなの。だから協力してほしい』
アルバート様に叱責されて反省する。
不貞腐れてつい当たってしまったことをひとまわりも年下の子どもに指摘された恥ずかしかった。
メアリー様は私に仕事をしろと言ったのだ。
役所では仕事なんてない、しなくていいと言われていたのにメアリー様は一切そんなことは言わない。手の付けようがないと思っていた環境部の扉を蹴り飛ばし、男たちを一喝して働けと命令した。
男優位の役所では考えられないことだった。
もちろん、メアリー様が領主様の娘であるということもあるけれど、良家のお嬢様は幼いときより年長者、男のいう事には黙って従うように躾けられている。
それが当たり前のことで常識だ。
それなのに、メアリー様はそんな常識も『当たり前』も軽々と蹴り飛ばしてしまった。
メアリー様は自ら腕っぷしの強いカルロスさんに喧嘩を売って教会に殴り込みにかかりものの見事に結果を持って帰ってきた。
自分の倍以上も背が高く、首でも掴まれたら簡単に一ひねりできそうなカルロスさんに猛然と食って掛かったのだ。
これは男女云々の問題ではなく、自分の身の安全の問題だった。
さすがのカルロスさんも下位とは言え貴族の出身なので本当に暴力に訴えることはしなかったけど、貴族の男らしく恫喝で訴えてきた。
それにたいしメアリー様は環境部において女性差別を一切禁止する命令を出された。
この役所に勤めて初めて私という存在を守ってくれる人が現れた。
まだ8歳のお嬢様に守られるというのは大人として情けないことではあるけど、それでも孤軍奮闘していた私にとってはまさに『ありえない』ことが起こった。
この役所に勤めてしばらく。
ようやくやりがいのある仕事ができそうな予感がした。
メアリー様と領主様との報告会を終えてから一度環境部へ戻って集合住宅の完成予定時期の確認をした。
ある意味で衝撃的なメアリー様のご発言に驚きを隠せないものの仕事だけはこなさなくてはならない。
今月から来月の初頭には入居が可能になるということで一安心する。ついでに街以外の工事予定地域に空き物件が無いか調べてもらう要請もしてくれたらしい。
部長は道路工事の話に最初こそ驚いていたものの、クラリス様の言うようにどうせ道を掘り替えすのだから一緒にやってしまったほうが効率がいいと言われてホッとする。
部長も下水工事のついでに道の整備もできないか考えていたらしく既に計画書の案が2、3パターン机に置かれていた。この中からメアリー様に提案するらしい。
『何年かぶりに仕事をしているよ。これまで何もしないで給料をもらっていたぶん取り返さないと』
そう言った部長には少しだけ疲労の色がにじんでいたけど、表情は明るかった。
部長自身も今の全くなにも仕事をしていない状態に思うところはあったらしい。環境部にいながら何もできない自分を歯がゆく思っていたそうだ。
それを聞いて少しだけ部長への誤解を改めた。腐っていたのは私だけではなかったらしい。
そんなことがあった翌日、私はいつものようにメアリー様をお屋敷までお迎えにあがり、メイドを伴ったお嬢様と共に役所の環境部に向かう。
いつものように時間には余裕をもって領主家用の魔車でメアリー様と昨日の部長からの報告をお伝えしたり今後の予定について打ち合わせをした。
特別使用の魔車は外の臭いが一切遮断されているし、ガタガタ道でも一切衝撃を座席に伝えることはない。これを動かすために何人の運転手が付いているのだろう…。
「その様子なら道の整備もなんとかなりそうね。よかったわ」
「はい。これで街もだいぶ良くなると思います」
「お忍びでお買い物が出来る程度になってくれるといいわ」
「そのためにはこの後に害獣の駆除も必要になりますね。お嬢様にネズミが噛みついたら一大事です」
冗談めかしてクスクス笑うとメアリー様は何か考えるように口をつぐんだ。怒っているようではないけれど急にどうされたのだろうか?
「そういえば昨日のルーシーの対応は良かったと思うわ」
「昨日?」
「ほら、ブレインの背中を押してくれたでしょう?ルーシーがあぁ言ってくれなかったらブレインはもっとごねていたでしょうね」
ブレイン、と言われて記憶の糸を手繰る。
昨日の環境部での会議のことかと思い出す。その後のことのほうがいろいろとインパクトがありすぎてすっかり忘れていた。
「あれはメアリー様のお言葉を借りたにすぎませんよ。おっしゃっていたでしょう?『まっすぐ突っ込むだけが方法ではない』って。だからやり方を変えてみたのです」
「それがよかったのよ。私やカルロスではブレインを説得できなかった」
「お役に立てたのなら光栄です」
メアリー様に褒められて少しだけ気分が良くなった。これまで仕事でも勉強でも褒められるなんて滅多になかったから。
「ルーシー」
「はい?」
メアリー様は一層、真剣なお顔をされると、まっすぐに私の目をみた。領主様とよく似た気難しそうな瞳がこちらをまっすぐ射貫く。
「女性として男と一緒に仕事をするからといって男と同じになる必要ないわ」
「でもそれでは男性から舐められてしまいます」
役所で働く数少ない女性たちは日々男たちに下に見られないよう努力を重ねていた。常に男たちと戦い、そのうえで勝利をもぎ取っている。
「舐めてくる男なんて可哀想な人と思っておけばよろしい。大切なのは結果です。どうせ男と比べたところで体力だって腕力だって違うのですから同じようにする必要なんてありません。女性は女性らしい戦い方で結果を出せばいいのです」
「え…」
メアリー様のいう事は最もだと思ったけれど、これまでの考え方とはまるで違った。
「ルーシーはいつも気難しい顔をしていますし化粧も薄い。服装も地味。きっと男性に舐められない努力なのでしょうけど逆効果よ。男なんてブレインのように単純な生き物なの。ちょっとおだてて良い気分にしてやればホイホイ仕事をしてくれるわ。ルーシーは賢いのだからそのくらい立ち回れるはずよ」
「は、はい…」
まるで老成した人生の先輩と話しているような不思議な感覚だった。
目の前に座る私よりずっと年下でまだまだ声音も幼い少女は、私に男との闘い方を伝授してくれた。
「ルーシーは顔はかわいいのだからいつもムスっとしているより良く笑ったほうがいいわ」
「え、ありがとうございます…」
かわいいなんて初めていわれた。いつもそういう風に言われるのは姉のほうだったから。
「女性はね、みための美しさを無意味に求められる宿命にあるけれど美しさなんてどうせ衰えるのよ。どうせみんなシワシワのおばあちゃんになってそのうち性別なんて関係なくなるわ」
シワシワと言われて母親を思い出した。たしかに母は口癖のように姉は若いときの自分にそっくりだと言っていたけれど、どうしたって母は姉にはかなわない。肌や髪の色つやがどうしたって違う。
「でも賢さは誰にも盗まれることはないしどこへ行っても強力の武器になる。ルーシーはそのどちらも持っているのだから使わないと損よ」
「そ、損…」
なんとなくわかってきた。
もしかしたらメアリー様はとことん合理主義のかたなのかもしれない。
でも、これまで誰にも意味がないと言われてきたお勉強を肯定されたことは嬉しかった。
「さぁ、行きましょうか」
すっかり道を覚えたメアリー様のあとを追うように環境部に続く廊下を歩く。
その足取りはとても軽かった。
メアリー様が蹴り飛ばして以降、直されることはなかったドアの向こうが騒がしい。
いつもは3人しかいないから静かなものなのに、今日はなんだかがやがやとしていて人がたくさんいるようだった。
「どうしたのかしら?」
「さぁ…?」
環境部のドアをくぐると、そこにはこれまでに見たことが無いような十数人を超える人が環境部の部屋に押し込まれてなにやら大騒ぎになっていた。
「どうなっているの?」
メアリー様の声に十数人の視線が一斉に集まって思わずビクっとした。
そんな視線にも物怖じせずメアリー様はいつもの長机の前に立った。
「これはいったいなんの騒ぎかしら?」
「め、メアリー様!大変です!!」
「もう訳が分かりません!」
「どうなってんだよ!お嬢様!」
アラン部長とブレインさん、カルロスさんが紙の束と図面を抱えて人の波から這いつくばるように姿を現した。
「領主様がこれまでの計画に合わせて公共施設の修繕と建築もせよとのお達しがっっ!!」
「はい?」
アラン部長の絞り出すような叫び声に思わず私たちは言葉を失った。




