表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
49/132

38’.8歳 お父様にご報告

私とルーシーを映してなお余りあるほどの連絡鏡は前世の日本で姉が使っていた大きなのパソコン用モニターを思い出した。姉は同人誌を作ることに人生を捧げているような人だったのでどこが資金源かわからないパソコンや液タブが等が家には充実していた。



「以上です。教会には前回のお話の通りに進みましたのでご安心ください。環境部がこれから人手不足になると思いますので増員を頂けると助かります」


『わかった。人事部に話をしておこう』



お父様は鷹揚に頷くと連絡鏡に映し出した計画書を覗き込むように上から下まで見直した。こちらにはファクスのような魔道具はないので書類を送りたいときはこうして連絡鏡に映すことが多い。メールとは言わなくてもファックスくらいあればいいのに。



『それにしても教会相手に大胆な手に出たな…』


「正直上手くいくかは五分五分でした。でも上手く尻尾を出してくれたでしょう?」


『あぁ…驚いた。あとはそちらの結果次第だな』


「えぇ。全力を尽くします」



会議での会話を思い出した。

環境部に人材不足を移民で補ってはどうかと提案したときの反応は私の中では意外なものだった。








「メアリー様…移民を雇うなんてあまりに無謀です…」

「身元もはっきりしない、住むところもないような人間を雇うなんて…」

「これだからお嬢様は…」



「あら?どうして?移民たちは元々スティルアート領に仕事を求めてきたのでしょう?それならこちらから職を提供して何がいけないの?」


「たしかに彼らは仕事を求めてスティルアート領に来たかもしれません。でも領内で正式に受け入れたのは正規の移民のみ。教会の移民や浮浪者はそれらに該当しません。かれらは取り締まることが困難だから見逃されているのです」



正規の移民というのはまだ領内で移民の受け入れが行われていたとき領内にやってきた人たちのことだ。彼らは日本での引越しみたいに事前に住む場所を見つけてから領内に移民として手続きを踏んでいる。


でも教会の移民たちはただ身ひとつでやってきたにすぎない。身元はまだ以前の領地にある。



領をまたいでの仕事は禁止されてはいないし、転居先の領地で移民の手続きはできる。でも雇う側としては通えないほど遠いところに住んでいる人を雇いたくないし近隣に住んでいるとしても、どうしてそちらの住所を書けないの?ということになる。



雇用が増えてから店の売り上げを盗まれたりライバル商会のスパイだったり、雇っても逃げられたりというトラブルが増えたため今ではどこでも履歴書のようなものを提出することを求められているのだ。


役所でも例外はないらしく雇う場合は身元のハッキリした信頼できる人しか雇わないらしい。



「不法に流入してきた移民たちがどこにも就職できないのはそれが理由です」


そういえばそんな話を前に少し聞いたな…。雇う側も住所不定の移民を雇いたくないだろう。


「教会を住所にさせてもらないの?教会に協力を取り付けたんでしょう?」


ブレインが控えめに手を挙げた。移民を雇うことにあまり良い顔をしていなかった彼にしては積極的な意見だし案としては良いのだけどこれは後々の計画のために採用できない。



「とてもいい案だわ。でも教会の移民たちは中庭の雨風にぬれる環境で寝泊まりしているの。肉体労働で疲れているのにとても休息できる環境には思えないわ」


そう、憐憫の眼差しを持って首を横に振ると、ブレインはそうか、と言って再び思案し始めた。


こうして前向きな姿勢を見せることは良いことだ。




「では、今建設中の集合住宅を使うことはできませんか?人気が無いので入居者が集まらないと住民部から聞いたことがあります」


「集合住宅?」


「お嬢様は知らないかもしれないがひとつの建物にたくさん家みたいな部屋がある建物のことだよ。家族で住んでたり俺みたに一人で住んでたり色々だ。風呂とトイレは共同だし上の階とか隣の音は丸聞こえだし貧乏人の住処だよ」



アパートみたいなものだろうか?

メアリーは知らないかもしれないけど真理としては知っているのでこちらの世界の集合住宅と日本でのアパートは同じだろうと結論づける。



「それはカルロスが家賃の安い物件に住んでいるからだろ?最近はお風呂もトイレも部屋ごとに付いてるって」


「部屋で出来るかできないかの差だろ?!」


「部屋の中でできるだけマシだよ!」


「あの…お嬢様の前で汚物の話はご遠慮ください」


白熱しそうな二人の話にルーシーがストップをかけた。

少しだけこちらのアパート事情に興味はあったけどレディが興味を持ってはいけない話のようだ。ふつうのお嬢様は平民のトイレ事情に興味もたないよな…。



「今建設中の集合住宅は家族向けの物件になりますので設備としては十分かと」



「そこって下水は流せるようになっているの?」


「建築基準として設置の必要があるので設備としては付いているそうです。まぁご存じの通り使用はできませんが…」



こちらの世界にも建築基準法みたいな法律があるようだ。まさか教会からの妨害で意味のない設備になるとは法を制定した人も思うまい。


でも設備があるほうが好都合だった。



「あの…どうして入居者が集まらないのですか?家族向け物件なら人気がありそうですが…」


「そりゃそうだろ。毎日家に帰るたび頭から汚い水が降ってくるかもしれないんだぜ?集合住宅なら何人も住んでるし家族用なら回数も量多い。そんな家に帰りたくねぇよ」



なるほど。たしかに街の戸建てと違ってアパートは住んでいる人が多い。わざわざドアから道に出て汚物を捨てるには手間だから窓から投げ捨てるのだろうが、いつ何時頭上から汚物が降ってくるかわからないとオチオチ家にも帰れない。


だれもそんな家に住みたくはないということだろう。



「部長、その物件はいつ完成するかご存知?」


「い、いえ…正確には存じ上げませんが住民部に聞けばわかるかと…」


「わかりました。部長の案を採用します。住民部に聞きに行くついでにその物件の入居者募集は取り下げるように要請してください」


「承知いたしました」



「おい…本当に移民を雇うのか?」


「当たり前でしょう?目の前に使える人材がたくさんいて、住む場所のアテもできた。これ以上何か問題があって?」


「ありまくりだろ!住む場所があるだけで人が集まると思ってんのか?!」


「工事期間中は食事提供して住居食事付きの求人として出したら人気もでるのではないかしら?」


日本で住居食事付きの求人は珍しいものではなかった。

夜の仕事の求人にはよくそういう募集が出ていたし食事を提供したら餓死する心配もない。なによりも移民たちの夜逃げとか集団脱走の恐れがあるけど1カ所に住んでいたら監視もしやすい。



「お嬢様、あの…予算は大丈夫でしょうか…?工事だけでもかなりの規模になりますから…」


アラン部長が再び計画書を捲りながら眉間にしわを寄せた。計画書にはメモ書きがいくつもされていて計画書の内容よりメモのほうが多そうだった。



「そこは交渉しましょう」


「はっ!結局お父様頼みかよ!」


「カルロス、言ったでしょう?使える人脈を使っているにすぎません」


「せいぜいお父様に泣きついてくださいよ!」



吐き捨てるようにそう言ってカルロスはそっぽを向いた。たぶん真理よりも年上だろうに行動も言動いちいち子どもっぽいなぁ…。どうしてこんな人が役所勤めなんてできるのかしら。


「カルロス、それ以上失礼なことを言うと恐喝とみなしますよ」


「どうとでも言え。俺は認めた相手にしか頭を下げる気はねぇよ」


昭和のヤンキーを思い出すことを言うやつだ。


今のところ私にしか噛みついてくる様子はないから適当に聞き流しているけどメアリーの貴族のプライドが苛立っている。


さっき部長から説得されたんじゃなかったのか?









と、まぁそんなかんじで環境部との会議は終了した。

部長から集合住宅の完成日時は明日にはわかるとルーシー経由で伝言が来ている。ブレインはさっそく街の住人たちへの説明会の計画を練っているそうだ。



『教会の件はよいとして、問題は予算だな。食事も提供するという案は良いと思うが工事費用に合わせてそちらも、となるとかなりの額になる』


お父様は隣に控える文官が差し出した試算をみながら困ったように頭をかいた。


今ある下水の修繕とはいえ領土全域にわたる工事には莫大な予算が必要になる。あちらの文官が計算しただけでもお父様の頭を悩ませる程度の額にはなったらしい。



「給料から家賃と食事代を引けばよいではありませんか。手元に余計なお金がないほうが脱走も防げます」


「脱走…ですか…」


こちらで隣に控えているルーシーがボソッと呟いた。


「えぇ。いくら住む場所を提供したからと言ってもきつい仕事に根を上げて脱走する可能性は否定できないじゃない」


こっちだって慈善事業でやるわけじゃないのだから貴重な労働力に逃げられるわけにはいかないのだ。

それなら脱走するための資金がなければいい。

ギリギリ生きていける程度手元に残るくらいの給料で雇ってしまえば脱走する気も無くなるだろう。


『ほう、それなら多少は…』


「工事期間中だけのことですし中には住居と食事なしで雇用される人だっていると思います。これなら両者は公平になるので不満が生まれることは無いと思います」


『なるほどな。いいだろう』



お父様が満足げに頷いたことを確認して今後の計画を続けようとしたとき、誰かが部屋のドアをノックした。

コンコンという控えめな音がする。

おかしいな。この部屋は今私がお父様と連絡しているから誰も来ないはずなんだけど…。


「メアリー?まだお父様とお話中かしら?」


「お母様!はい…まだお父様と会議をしておりますが…」


「商会の会長としてお願いがあるのだけどよろしくて?」


商会の?というとお母様が運営しているソニア商会のことだ。連絡鏡に映るお父様を伺うとお父様は頷いてお母様の入室を許可した。


「どうぞお入りください」


「ありがとう。お父様もお元気そうね」


『それで商会の会長としての話とはなんだ?』


お父様はお母様の挨拶もそこそこに本題を切り出した。


「メアリー、今下水と浄水設備の修繕工事を計画していると聞きました」


「はい…おっしゃる通りです」


隠していることではないので後ろめたいことはないが改めて言われると身構えてしまう。お母様と仕事のお話をするのは初めてかもしれない。気恥ずかしさと警戒心がごちゃ混ぜになっていた。



「一緒に道路工事も行ってもらえないかしら?」


しかしメアリーのなかに芽生えた子供らしい気恥ずかしさはお母様の一言で粉々に粉砕され飛び去っていった。



「はい?」


「道路…工事…」


横目でルーシーをみれば、頬が引きつっている。反芻するように言われたことを繰り返し言葉を失った。


一瞬眩暈でもしたのかフラリとよろめいて立て直す。ズレた眼鏡を直そうとしているが手が震えて失敗している。



「役所にはもうお願いを出してあるのだけどね。メアリーに直接言っておこうかと思って」


「な、なるほど…既に要望を出さていると…」


「どうせ下水の工事で地面を掘るわけだからそのついでに道の整備をしてもいいのではなくて?」


「ルーシー、下水の工事と一緒に道の整備って可能?」


「可能ではありますけど計画の見直しが必要になります…」



できるんだ…。できるならやってって言うよね…この空気…。ていうか直接私に言ってくるってことは断れる雰囲気じゃない。お母様が動いた時点でできるできないの問題じゃなくてイエスかハイしか答えはない。



「商会でお菓子や工芸品を運ぶときに運搬中の破損って結構多いのよ。安定させる魔道具を使ってもいいのだけどそうすると価格が上がってしまうし一々それで運送係の給料を引いていたら誰も運送業なんてやらなってしまうわ。それならガタガタの道を直した方がみんな助かるじゃない?」



つまり売値をあげたくないから道を直せと…。


でもお母様のいう事は一理ある。人通りの多い街ですら道はガタガタで歩きづらい。万が一オーギュスト様が足を引っかけて怪我でもしてしまったらそれこそ一大事だ。



お母様の商会は今スティルアート領の大商会で経済を支える存在として大きい。

なんならアルテリシア国内中に支店を持っているという影響力は領内随一だ。そこからの要望となれば役所も無視できないだろう。



「お母様、なにもタダで、とはおっしゃいませんよね?」


「ふふ、抜け目ないわね。もちろん商会からも支援はさせてもらいますわ」



金銭を渡すと商会と役所の癒着だなんだと外野から文句を言われる可能性がある。


特にソニア商会は領主の妻であるお母様が経営していることは周知の事実だ。周囲からお母様の商会をひいきしていると思われてはソニア商会のイメージに傷がつく。


つまり金銭以外で支援をしてくれる、ということらしい。



「わかりました。環境部との話し合いは必要ですが前向きに検討しましょう」


「ありがとう、メアリー!」


満面の笑みを浮かべて手をパンと叩いた。お母様のなかでこれはもう決定事項なのだろう。お父様と連絡鏡越しに世間話を交わして小躍りしながら部屋を後にした。




私としてもオーギュスト様を迎えるにあたって道の整備はしておきたいことだけど工事が間に合うかが問題だった。何か魔道具でどうにかできないかしら…。



「では今後の計画ですが教会と街に求人を出しに行きます。直接雇った方が効率的ですし」


『わかった。くれぐれも主教には気を付けろ』


「わかりました。あ、お父様」


『どうした?』


「こちらにお戻りになってからでかまいませんのでお父様に紹介したい人がいます」


「えっ!?」


『何ィィ?!』


ルーシーとお父様が身を乗り出して目を見開いた。


「お、お嬢様…お嬢様はオーギュスト殿下の…その…婚約者候補であらせられるのですよ、ね…??」


「え、もちろんじゃない。それがどうしたの?」


『メアリー、まだおまえには為すべきことがある…。今は邪念を排し職務に当たるべきではないか?』


「もちろんですが…」


お父様は連絡鏡の向こうで両手を組んで何か納得させるように云々首を縦に振っていた。何か自分に言い聞かせているようだけど一体何なのかしら?


「そのうえで領主様に紹介したい人がいると言うことですか?」


「仕事ももちろんしますし私はオーギュスト殿下の婚約者候補です。そのうえでお父様に引き合わせたい方がいます」


『ど、ど…どういうことだ!?いったいどこの誰だ!?!?』


お父様がテーブルをバンっと叩いて大きな声を出した。連絡鏡に映りこんでいる文官が小さな悲鳴をあげている。



「この間ルーシーにも紹介したじゃない。この間連絡鏡で話した人よ」


「えっ…!?ドクターですか!?やめた方がいいです!あんな高性能な連絡鏡を渡してくる人なんて何か裏があるにきまってます!」


『連絡鏡までもらっているというのか!』


「そりゃ連絡とるとき不便ですし…」


連絡鏡って便利だけど1セットでしか使えないのが不便なんだよね。糸電話みたいなかんじ。

電話機みたいに1台でどこの誰とも連絡が取れるってわけじゃない。



「いくら年上がかっこよく見えると言ってもあまりにも怪しすぎます!!」



『何!?年上?!?!いくつだ!??!』



ルーシーが顔を真っ赤にして両手を頬に当て、お父様は今にも煙が出そうなほどにあらぶっている。

そんなにドクター(仮)を紹介するのって危ないのかな…でも約束しちゃったしどうしようかしら…。



「いくつって…歳を聞いたことはありませんから…でもまだ若いとは思いますよ。そのかたは変わった人としか…」


変人って呼ばれてるって言ってたし。



「年齢不詳…貴族のお嬢様なら少しミステリアスで怪しい方にひかれるものなのかしら…」


「年齢どころか名前もわかりませんし…」


あと性別もわかんないんだよなぁ…。



『怪しい!!怪しすぎるだろう!!メアリー…お前はまだ子どもだからわからないだろうが世の中には幼い少女を騙していいようにしようとする輩が山ほどいるのだぞ…特におまえは筋金入りの貴族の娘だ。まだ何も知らないうちに手を出そうというとんでもない奴もいるのであってこの間も大臣のひとりが娼館の…』



うんうんうなるルーシーと何か力強く熱弁するお父様と…なんだか不思議な光景になってきたなぁ…。

ドクター(仮)たちの保護をお願いしたいだけなんだけど…。



「お父様の心配は最もだと思います。私もまだ8歳の若輩者です。だからこそ人生経験豊かで最も、もぉっとも!信頼できるお父様にその方を本当に信頼してよいのか見極めてほしいのですわ!」


『会うのか!?私が?!』


「ほかにだれがいらっしゃいますか?人伝に話を聞くだけよりも直接お会いになった方がよいではありませんか。百聞は一見にしかずとも言いますし」


『メアリーは難しい言葉を知っているな…。わかった。会おう。領地に戻ったらそやつを呼ぶがいい』


私が最も信頼している、というところに気をよくしたのかお父様は満更でもないようにみえた。やはりかわいい娘からのお願いには弱いらしい。



「ありがとうございます。ではあちらにもそのようにお伝えいたしますね」



今から戦いに行くかのように構えるお父様に手を振って、今日のお父様との会議は終了した。



頭は放心していても手元はしっかりと動いている有能な文官ルーシーに部長に道路整備の要請が来たことを伝えてもらうよう指示する。



道路整備のこととか新しい課題は増えたけど予算もどうにかなりそうだしドクター(仮)との約束も取り付けたしけっこう順調なんじゃないかしら!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ