37’.8歳 結果が全て
「と、言うわけでこちらが教会との契約書。キチンとご協力いただけるそうよ」
「本当に契約を結んでくるとは…」
「わぁ…」
「…嘘だろ…」
アラン部長は目をまじまじと開いて、ブレインは口をぽかんと開いて、クラウスは驚いたまま硬直しているようだった。
三者三様に驚いてくれるようで少しだけ満足した。まさか私たちが契約を結んでくるとは思わなかったのだろう。
「一体どんな方法を使ったのですか?これまで我々が何度交渉しても首を縦に振ることは無かったのに…」
「誠心誠意お願いしたらあっさりと」
裏技を使ったことは事実だけどそれを彼らに言う必要はない。今は彼ら側に負けを認めてもらうほうが先決だった。
「どうせ領主サマに泣きついて手伝ってもらったんだろ!領主サマは娘に甘いって有名な話だ!」
カルロスがドサッともたれかかった。アラン部長もブラウンもこの結果には懐疑的な様子だ。
「あなたが馬鹿にしていた小娘があっさりと契約を取り付けてきたことを認めたくないお気持ちはわかりますけど、この件に領主様は領主の持つ権限以上のことをしておりません。つまり私に個人的な協力は一切しておりません」
「口先ではなんとでもいえらぁ!」
吠える吠える。
弱い犬ほど何とやらというけどカルロスという男は見た目のわりに小心者なのかしら?
「仮に私は領主様に個人的な協力を頂いていたとしましょう。でもそれの何が悪いのです?」
「は?」
開き直りとも言える私の言い分に再びカルロスは激しくまだたきをした。
「自分の持っている人脈を使って仕事をする。それくらい当たり前のことでしょう。まっすぐ突っ込むだけが方法ではないことを覚えておきなさい」
仕事ができるかどうかとは、ただ頭がいいとか要領がいいとかそういうことではない。
お勉強ができるかどうかで判断されるのは学生だけだ。
前世に生きた日本でもそうだったけど、大きくなると成績の良さよりもコミュ力がモノを言う。対して成績も良くない、中の下をうろうろしているような人がクラスの中心人物であったのは抜群のコミュ力を持っていたから。
コミュ力は人脈へとつながってくる。
私はそれを利用したに過ぎない。
「てめぇ…大人を揶揄うのも大概にしろ…」
「カルロス、メアリー様のいう事は間違っていない。ただ教会が協力してくれないということを言い訳に何もしてこなかったのは我々だ。やり方は確かに我々にはできない方法だったかもしれないがそれでも我々にできなかったことを成し遂げたことに違いはないよ」
拳を震わせ立ち上がり、今にも殴り掛かりそうなカルロスをアラン部長が制した。
「部長…!でもよっ!!こんなのずるいだろ!」
「カルロス、ずるくても結果を出さないと意味ないんだよ。どれだけ頑張っても結果が出なければ意味がない。散々知っていたことじゃないか」
ブレインの悲し気な呟きはカルロスに効果的だったようで震わせていた拳をダランと体の横に投げ出した。さっきまでの勢いが嘘のようにみるみると萎えしぼんでいった。
「メアリー様。この短期間で教会との協力を取り付けてきたあなたに敬意を表します。そしてこれまでの無礼をお許しください」
アラン部長が頭を下げ、それに続くようにブレインも会釈程度に頭を下げた。カルロスは認めたくないようだったけどそれ以上何も言わず無言だったことからふたりに同意だと判断する。
「あなたたちがこれからしっかり働いてくれるのなら構わないわ」
私が寛大な態度をあらわしたことで安堵の表情を浮かべる。
「あ、でもあなた方に命令があります」
「命令ですか?」
「えぇ。難しいことではありません」
一呼吸おいてから私は立ち上がって、彼ら三人とそれぞれ目を合わせた。カルロスは首は別方向を向いていたけど目線だけはこちらにやっていたのでたっぷり10秒見つめたやったらきまりが悪そうにこちらを向いてくれた。
「これから仕事をする上で私やルーシー、私が連れてくるメイドたちを侮辱したり脅したりしないこと。一緒に仕事をするにあたって上司部下の関係はありますけどそれは侮辱したり脅したりしていいということではありません。彼女らがこれらの被害に合ったと感じたときは即面談を行い場合によっては解雇も辞しません。よろしいですか?」
「…具体的にはどのような?」
解雇、という言葉に3人は驚いたのか、身をのりだしてきた。…解雇におびえるくらいならちゃんと仕事したらいいのに…。
「かんたんなことです。暴力を振るわないのは当然ですし、大きな声で脅したり怖がらせるような行為はしない、お茶くみや小間使いのような仕事を命令しないとかふつうのことです」
「は、はぁ…」
ブレインはこの命令がカルロスのためにあるように思えたのだろう。いまいちピンときていないようで困惑していた。どうしてそれが自分たちにも命じられているかわからない、といったところだろう。
「仕事中にお菓子を買ってくるよう命令しないとか片付けをさせたりしないとか、そんなことは言わなくてもわかりますよね?ルーシーもメイドたちもあなたのメイドじゃないのですから」
「は、はい!」
ようやく命令の意味を理解したのかブレインははっきりと返事をした。こういうことははじめが肝心なのだ。
「あと、ルーシーもこれに当たる行為をされたと感じたら私に報告すること。これは業務命令だから」
「え、はい。承知いたしました」
ルーシーも驚きを隠し切れない様子であったが心得たとばかりにいい返事をした。
男所帯の仕事場だとどうしても細々した作業や気を使うような仕事は女性に回ってきやすい。
でもルーシーをそんなことに使われては困るし、私のメイドたちは私の世話をするためのメイドなので勝手なことをされては困る。
メイドたちはそのあたりを理解しているから私以外の命令には従わないだろうけど暴力に訴えられてはいらない問題を引き起こす。
「さぁ、前置きはこのくらいにしておいて仕事の話をしましょう。無事に教会の協力が得られたわけだけどここからの流れはどうなっているの?」
「まずは修繕工事の計画です。元々下水と浄水設備の修繕については計画されていましたからそれに手を加えれば可能です」
ルーシーが手元の資料を見ながら答えた。3人にも同じ資料をまわす。以前教会に協力を仰ぐときに使ったという工事の計画書だ。結局使われないまま終わってしまったみたいだけど。
「部長もこれで大丈夫だとお考えですか?」
「はい。業者とすり合わせは必要になりますがほとんど大丈夫かと」
さっと計画書に目を通して、部長はあっさりとオッケーを出した。工事に関して私は素人なので判断は部長たちに投げる。計画書を渡されたけどほとんど理解できていないしあとでルーシーに解説してもらおうかしら。
「業者や関係機関との調整は私がしましょう。浄化設備の管理者たちとも打ち合わせが必要ですが顔を知っている者同士の方が何かと便利かと」
アラン部長が挙手して名乗り出た。部長は環境部に在籍していた年数が多いのでそういう繋がりがあるのかもしれない。視線でルーシーに意見を尋ねる。
「部長は教会から神のお言葉を頂く以前から環境部で仕事をされていましたから関係する業者をよくご存じです。浄化設備の管理者たちも知った仲ですし新人の私やブレインさん、カルロスさんが行くより信頼を得やすいかと…」
「わかりました。そちらはお願いします。でも報告連絡相談はマメに行ってください」
「報告、連絡、相談ですか…?」
「仕事の基本ですよ。略してホウレンソウと覚えてください。ほかのみなさんも同じです」
「は、はぁ…」
あまり仕事で遭遇することのない用語なのかもしれない。でもチームで仕事をするならこれは必須だ。たとえアルバイトでもホウレンソウを怠ったばかりに不要なクレームを引き起こすことだってあるのだ。
「次に街の住人たちへの説明です。下水の工事は家の中や外での作業が必要になりますので説明は必須です」
「そうねぇ、これはブレインにお願いしましょうかしら?」
「えぇ?!僕ぅ…!?」
まさか名指しされると思っていなかったのか大仰に驚いている。しかしこれには意外なところから援軍がきた。
「いいんじゃんねぇか?部長は業者とかとの調整で忙しいだろ?俺みたいなヤツが行くよりおまえみたいなやつが行ったほうがうまくいくさ」
「えぇ、カルロスの言う通り。ブレインのほうが住人達に警戒される心配もないし協力を得やすいはずよ。仲良くなっておけば今後の仕事もしやすくなるし」
「うぅ…自信ないよ…」
ブレインは両肘を抱えて視線をうろうろと動かした。この手のタイプはあまり周囲から良い評価をされてこなかったのだろう。人は見た目で判断しがちだし役所勤めのエリートたちは特にその傾向が強いのかもしれない。
「ブレインさんなら大丈夫ですよ。よく街にお菓子を買いに行かれているでしょう?」
ルーシーが柔らかい声で口を開いた。無駄を嫌う彼女にしては珍しくあまり関係ないような内容にも思える。
というかルーシーはこういう話方もできたのかという意外さがあった。
「そりゃ直接作った人の顔をみて買いたいからね。職人に敬意をはらうのは当然だよ。でもそれが…どうして?」
「今って街があんな状態ですからほとんど皆さんに自分で買いにいらっしゃらないのです。わざわざお店にも出向いているほどの誠意をお持ちのかたなら住人たちも協力してくれるのではありませんか?」
「そうかなぁ…?」
お、まんざらでもなさそうだ。これはもう一押しでイケるかもしれない。
「えぇ、その通りですよ」
ルーシーがにっこりとほほ笑みかけると、ブレインは弾かれたように今までに見たことないほどに破顔した。
「わかった!僕やるよ!」
「ありがとうございます」
上機嫌に鼻歌を歌いながらブレインは手元の資料を読み始めた。今にもスキップして跳ねていきそうなほどに嬉しそうだ。
「あとは…」
ルーシーの進行で会議は順調に進んでいった。教会からの協力が得られただけでここまでスムーズに進むというのも、もともと彼らが修繕工事をする予定でいたからかもしれない。ただ一つの条件が突破できないだけだったのだ。
「メアリー様、ひとつよろしいですか?」
会議もそろそろ終盤というタイミングでアラン部長が再び片手を挙げた。
「アラン部長、どうぞ」
「工事の人手が足りません」
「人手?」
「はい。今回の計画は領地内全土に渡りますので急いで着工しないと殿下がいらっしゃる時期に間に合いませんから大量の人材が必要になります。しかし今から人を雇ってとなるとかなりの時間を要してしまいます」
スティルアート領は最近の好景気のお陰か、働き手を求める商会がひっきりなしに求人を出している。求人を出すと、人気な仕事にはすぐに人が集まってしまう。楽で給料の良い仕事が人気なのはどこも同じで、前世の日本でもそうだったけど汚い仕事はやりたがる人がいない。
もちろん肉体労働だし危険も伴うのでそこを加味して給料は高めに設定するつもりだけどこれから人を集めるとなると時間が足りないのだ。
でもそれは大きな問題とは思えなかった。
「それならうってつけの人材がいるじゃない」
「うってつけ?」
「移民や浮浪者を雇えば良いんじゃない?」
「は?」
ルーシーをはじめ、目が点になっている。
ぱちぱちとまぶたが上がったり下がったりしていて、文字通り言葉を失っているようだった。
あれ?私そんな変なこと言ったかな?




